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「ある技術者の死~アルキメデスの史実に寄せて (流花さま)」(2008/07/06 (日) 13:18:12) の最新版変更点
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ミルフィオーレファミリーのアジトの一角に、スパナの作業部屋はあった。
現場での整備などが長引いた場合は、自室には戻らずここで寝泊まりすることがよくある。
スパナは週の半分以上を、このがらんとした広い部屋――大きな部品を運び入れた時には、
この高い天井と深い奥行き、そしてたっぷりとした幅を備えた大きな空間がそのまま
作業スペースとなるのだ――で過ごすことも多かった。
殺風景という形容がふさわしい部屋だ。四方の壁はおろか、床や天井に至るまで剥き出しの
鉄板で覆われていて、壁や床の隅には何本ものケーブルや配管が走り、そこここに
機械の部品が転がっている。家具とよべるものは冷蔵庫と申し訳程度の寝具くらいで、
あとは雑然と工具が並んだ作業台、そして床に置いたいくつかのドラム缶ばかりが目についた。
上部にペンキで「チャブダイ」の文字がペイントしてある、日本茶の缶とポットやマグカップを
乗せたドラム缶の近くで、緑茶のカップを手にしたスパナが俯いて床に座り込んでいた。
真剣な表情で床の一点を見つめたまま、身じろぎもしない。ひょろりとした長身を
カーキ色のツナギに包んだ、ロボットと技術を愛するこの青年に、今素晴らしいひらめきが訪れていた。
頭の中に次々に描き出される図面を見て、スパナの瞳が燃えるように輝く。
今までの機体とは比べものにならない燃焼効率を生み出す、動力部のシステム。
高速での移動を可能にする、駆動部の構造。
「――これは……イケる……!」
スパナは半ば飛び上がるようにして立つと壁際の机に向かい、大きな白い紙を広げて
筆記用具を手に取り、猛然と新しい機体の外観や内部設計のラフ・スケッチを描き始めた。
要所要所に短い言葉で注釈を付けながら、背中に収納するサブ・ウェポンの構造図を
描き出した時、突然部屋の扉が乱暴に開けられて、銃で武装した数人の男がなだれ込んできた。
机を取り囲んだ男のうちの一人がスパナに銃を突き付けて、有無を言わせない強い口調で告げた。
「ブラックスペルの技術者だな!我々と来てもらう」
スパナは束の間男たちに目をやったが、すぐに設計図に向き直った。
「今、いいアイディアが浮かんでるんだ。邪魔しないでほしい」
別の男が無遠慮に設計図に手を伸ばした。
「こんなものがなんだ。つべこべ言わずに来い!」
男の腕が机に置いていたカップに当たって倒れ、緑茶が書きかけの設計図の上に広がった。
普段、滅多なことでは激昂しないスパナの頬が見る間に紅潮した。
スパナは立ち上がり、設計図を奪った男の腕につかみ掛かった。
「何するんだ!ウチの図形を乱すな!」
「うるさい!」
男の手にした拳銃が火を噴いた。乾いた音が鉄の室内に響いて、ツナギの左胸を赤く染めた
スパナは、まだ顔に怒りの表情を留めたままゆっくりと前のめりに倒れて、床に崩れ落ちた。
とあるファミリーのアジト。
背の高い革張りの椅子に、葉巻を手にした一人の男がかけていた。男が葉巻を持った手を
口にやると、先に点った火が赤く燃え上がった。
何事かを思いながら男が深く吸い込んだ煙を吐き出した時、扉をノックする音が聞こえて、
部下が一人、足早に部屋に入って来た。
「失礼します」
椅子の正面で姿勢を正して立った部下に、男が声を掛けた。
「やったか」
部下が答えた。
「はい。ミルフィオーレファミリーのアジトの急襲に成功。ブラックスペルのメンバーを制圧したとの
連絡が入りました」
「ブラックスペルの技術整備士……スパナはどうした?」
「はっ。スパナ氏は……突入部隊員に抵抗したため、射殺された模様です」
その言葉を聞いた男の目に暗い光が灯った。
「いかがなされました?」
上司の様子に気付いた部下が尋ねる。
「うむ。――その隊員を銃殺しろ。即刻だ」
「了解いたしました」
短く答えて、部下が出ていく。
再び一人になると、男は葉巻を深く吸い、煙を吐き出しながら呟いた。
「スパナ……惜しい人材を亡くした……」
スパナの故郷、シチリアの海を見下ろす丘の上に、スパナの墓が建てられている。
墓石にはイタリア語の本名に並べて、ややいびつな漢字とカタカナで「酢花゜ スパナ」と彫られていた。
墓石の下半分には、生前彼が「自分が造った最高の機体」と豪語していたキング・モスカの目玉である、
炎吸収パワーアップシステムの簡略化した設計図が刻み込まれている。
技術の追究に生涯を捧げた青年の魂は、失われた大発明と共に、海風が吹く故郷の丘で静かに眠り続ける。
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