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第二話「真剣勝負」
笑顔で自分を迎えるクラスメイト。手渡される刃渡り十五センチほどのナイフ。坂道を
転げ落ちるように状況は悪化していく。
「じゃあこれ持って、あのアパートに行って来い」
「で、でも……」
「そんでアパートの誰でもいいから、ナイフ突きつけて『俺と勝負しろ』っていってこい。
それだけでいいんだ、簡単だろ?」
いじめっ子のリーダー格は目で威圧しながら、一方的に命令を与えてきた。
「頑張れよ。応援してるぜ、鮎川」
「大丈夫だよ、殺されやしないって」
リーダーの後ろでは、同じくいじめっ子に属する二人組が無責任な励ましを飛ばしてい
る。あくまで主犯ではないように振舞いいざという時の逃げ道を残しながら、なおかつい
じめによる愉悦をとことんまで味わおうとしている。
「さ、行って来い」
「ちょ、ちょっと待ってよ……僕は……」
「いいんだぜ、行きたくなきゃ。明日から学校が地獄に変わるけどな。写メはいっぱい撮
らせてもらったからなァ」
「ゴメン、わ、分かったよ……行くよ……」
尻を蹴られ、送り出された鮎川ルミナはしけい荘の前に立つ。
置かれている立場が立場なだけに、単なるボロアパートが悪魔が住む魔城のように感じ
られる。
背後から注がれる三つの視線に押されるように、ルミナはアパート敷地内に足を踏み入
れた。
唾を飲み込み、アパート中を見回す。ドアが開く気配はない。
ポケットの中ではナイフが息を潜めている。もし誰かが部屋から出てくれば、これを突
きつけなければならない。
祈る。ドアよ開くな。
祈る。誰も出てこないでくれ。
祈る。ついでに自分をいじめる奴らもいなくなれ。
祈る。こんな情けない自分も消え去ってしまえばいい。
たった数秒が永遠のように感じられた。ナイフと共に未知の土地に侵入しているという
いかにもゲーム的で非現実なシチュエーションが、なんともいえぬ浮遊感を呼ぶ。今すぐ
にでも逃げ出したい。が、逃げ出せば後でどんな目に遭わされるかを計算する理性はまだ
残っていた。
突然、戸の開く音がした。
背筋に電撃が走り、即座に音がした方向に首を動かす。
「あっ!」
侵入せし者とされし者はまったく同じタイミングで異口同音に発した。
鮎川ルミナとシコルスキー。世代も国籍も違うが、日常的にいじめられているという共
通点を持つ二人が出会った。
「なんだ少年(ボーイ)、こんなアパートに用があるのか」
事情を知らぬシコルスキーが、階段を降りルミナに話しかける。すると、
「オッラァァァァァァッ!」
ナイフを取り出しルミナが吼えた。
小学生の咆哮にびびりまくるシコルスキーには目もくれず、ルミナは命じられた通りに
台本通りの台詞を読み上げる。
「俺と勝負しろォッ!」
「ヒィッ!」
いじめられっ子特有の陰の気迫。この場を切り抜けるには土下寝しかない、とシコルス
キーが覚悟を決めた瞬間、見計らったかのように別のドアが開いた。
「君たちの試合、私が立会人となろう」
オリバだった。
近所の空き地。シコルスキーとルミナが向き合う。
セールスマンの巧みな話術に振り回されている善良な市民のような顔の二人と、二人な
ど無視して勝手に段取りを進めるオリバ。
「ルールは特に不要だろう。ただしシコルスキーは素手、そちらの君はナイフの使用を認
める」
空き地に来るまでの間に、シコルスキーは必死でルミナの戦力を分析していた。
──勝てる。
たとえナイフというハンデがあっても、経験値と体格差はそれ以上だ。
この華奢な少年がなぜ挑戦してきたのか、理由は分からない。が、全力を以て迎え撃つ
ことこそが挑戦を受ける者の義務であると感じていた。
「初めいッ!」
開始と同時にシコルスキーが駆ける。が、石につまずいた。
次の瞬間、
つまづいたつま先から足首へ、足首から膝へ、膝から股関節へ、股関節から腰へ、腰か
ら背骨へ、背骨から首へ、首から頭蓋骨へ──。
同時八ヶ所の加速が、奇跡を生む。
強烈な破裂音をご近所に響かせながら、シコルスキーは音速でこけた。地面にめり込ん
だ五体は完全に機能を停止している。
オリバはルミナの肩に手をやり、親指を立てながら微笑んだ。
「勝負あり。君の完全勝利だ」
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