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「HAPPINESS IS A WARM GUN 55-3」(2008/05/13 (火) 22:59:35) の最新版変更点
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都内のとある喫茶店、内装はやや地味めで客の入りも盛況という程ではない。
そんな店内の片隅に“彼”は座っていた。
ポケットだらけのミリタリーコートとカーゴパンツに身を包み、頭はバンダナを巻いた上から
キャップを目深に被っている。
更にはサングラスのオマケ付きだ。
端的に言えば“怪しい人物”ではある。
テーブルの上にはケーキ、コーヒー、そしてノートパソコン。
彼はもうしばらくの間、コーヒーカップに指を掛けたまま、ノートパソコンの画面に見入っている。
せっかくのコーヒーが冷めるのも厭わせないものとは何であろうか。
その答えは画面に映し出された、陽も暮れ始めた公園で向かい合う“二人の男”にあった。
一人は、黒のスーツが少しホストを思わせる銀髪の男。
たっぷりと腰を落とした半身の姿勢で、左腕はやや前に出してダラリと下げ、右腕は腰の高さに
落ち着けている。
もう一人の男は、若者らしい無造作ヘアにTシャツとスパッツ。四肢には肘・膝サポーター付きの
レガースを装着している。
身体全体をユラユラ動かしながらの軽い前傾姿勢で動かない。
「“ランキング2位”ジョンス・リーVS“3位”小西良徳……。
“深道タッグバトル”開会前のエキシビション代わりにしては、あまりに豪華なドリームマッチだったか。
少しサービスし過ぎの感も否めないが……――」
男はようやくコーヒーを口にした。
ぬるくて味がわからない。もう一杯、頼む事になりそうだ。
「――“お祭り”は羽目を外すくらいが丁度良いのかもしれない。それに『空気を読む』のも
主宰者の手腕のひとつだ。いずれにせよ、現代最強の“八極拳士”と完全なる“サブミッションハンター”の
対戦は非常に価値があるな」
不意に――
喫茶店のドアが開き、取り付けられたカウベルがカラコロカランと来客を告げた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
ウェイトレスの控えめながらよく通る声が客を迎える。
二つの気忙しげな足音が店内を横断し、やがて窓と壁の角、最も隅に位置する席で止まった。
そこにはノートパソコンに釘付けの彼がいる。
この目立つファッションスタイルをあまり広くない店内で見つけ出すのは、そう難しくない。
「待たせたわね、“深道”」
二人のセーラー服姿の美少女、阿頼耶と斗貴子だった。
話しかけた阿頼耶は腕を組んで胸を張り、待ち合わせに遅れた割には随分と偉そうである。
その姿を横目で見る斗貴子は呆れ半分、可笑しさ半分だ。
初めて銀成学園に訪れた際や現在のこの高飛車な態度は、見た目よりも不器用な彼女の被る
仮面なのだろう。
一方の深道はさして気を悪くしている様子も無い。
「久我阿頼耶か。悪いが少し待っていてくれないか? 今から大事な勝負が始まるんでね。
ああ、そういえば――」
何かを思いついたか、いや思い出したのか。
深道は懐からモバイルパソコンを取り出すと、手元で何やら操作し、阿頼耶に手渡した。
「――君も後学の為に観ておいた方がいいかもな。どうぞ、座って。何か頼むかい?」
阿頼耶は斗貴子の顔を窺い、彼女が頷いたのを確認すると、不承不承向かい側の席に着いた。
斗貴子もそれに続く。
そして、二人揃ってモバイルパソコンの画面を覗き込む。
「コイツ……!」
画面に映し出された銀髪の黒服を見るなり、阿頼耶の顔色がサッと変わった。
それだけではなく、緊張に身を固くし、視線には敵意が込められている。
「知っているのか? アラヤ」
現ランカーの阿頼耶が同じランカーである彼を知っていても不思議ではないが、反応の仕方が
尋常ではない。
「ええ、知ってるも何も……。ジョンス・リー、深道ランキング2位。私が初めて闘った
深道ランカーよ……」
「!?」
思い返せば、斗貴子は阿頼耶自身の深道ランキングでの戦歴はまだ聞いていなかった。
まさか、デビュー戦で一桁上位ランカーと闘っていたとは。
(この子の事だ。誰の言葉も聞かず、彼に突っかかっていったのかもな。だが、身を以って
彼ら上位連中の強さを知る事が出来たのは貴重な経験だぞ……?)
出会ってまだ二十四時間と少ししか経っていないが、斗貴子は彼女に対して妙な仲間意識を
抱き始めていた(若干、先輩目線な節はあるが)。
KOされた事すらも己を見つめ直すといった具合に昇華出来たのだ。
どこか似た者同士、お互いに学び合い、高め合える。そんな気持ちで阿頼耶を見ている。
阿頼耶は言葉を続けた。
「対戦時間は1.5秒くらい。魔弾を当てると同時に、コイツの“裡門”とかいう中段肘打ち一発で
吹っ飛ばされた。おかげで丸二日は何も食べられなかったわ……!」
テーブルの上に置かれた両の拳が握り締められ、細かく震えている。
斗貴子が彼女を見る分に、どうやら闘いの“恐怖”や敗北の“失意”よりも、“悔しさ”と“怒り”が
上回っているようだ。
戦士としてはまだマシな状態だろう。そこから何かを学んでくれれば尚良い。
しかし、深道は画面から眼を離さずにボソリと言う。
「彼女の敗因はふたつ。“無知”と“無謀”だ」
「くっ……!」
屈辱に焼き焦がされそうな阿頼耶はキッと深道を睨みつけた。
不穏な雰囲気が三人のいる空間に充満していくのがわかる。
そんな中、斗貴子は疑問とも確認とも取れない言葉を阿頼耶に投げ掛けた。
「キミが喰らった技、それに独特の構え……。この男、八極拳士か」
上手いタイミングで水を入れられた阿頼耶は、意識を斗貴子の方に向ける。
「へえ……。詳しいのね、斗貴子」
「ああ、まあ、大体の武芸はそれなりにな……」
深道は画面から眼を離し、チラリと斗貴子の方を覗き見た。
見たのは一瞬、すぐにまた視線を画面に戻したが。
「そろそろ静かにしてくれないかな? この勝負、まばたきひとつも見逃したくない」
思惑は三者三様だが、この試合への興味だけは共通したものへと束ねられている。
三人の眼差しは、画面内の二人の男に注がれた。
二人が向かい合う公園の広場は、もうだいぶ薄暗くなりかけている。
その公園の灯が自然光に代わって照らし出すのは主役達だけではない。
かなりの数のギャラリーもそこにいた。
電灯の下にも、ベンチにも、そして二人から大きく離れた周囲にも。
観客がこの深道ランキング屈指の好カードを見逃す筈も無いが、それはランカー達にも言える事だ。
最下層の下位ランカーもいれば、これから闘いを開始する彼らと同じ上位ランカーの姿も見える。
純粋な強さに対する“好奇心”。上位に取って代わろうという“野心”。
そんなものがこの空間に渦巻いている。
沈みゆく太陽の最後の光を背に、不動の構えを見せるジョンス・リー。
不敵な笑みを浮かべながら、身体を揺らす小西良徳。
二人の姿は数台のハンディカメラによって、主宰者深道だけではなく、日本全国に存在する
大勢の会員へネット配信されている。
数百数千の緊張感はカメラを通じて今、ひとつに集約され、この二人へと注がれていた。
「今、この時、ここで俺と闘えるアンタはツイてる」
小西が不可解な言葉を洩らす。
「俺は強い。俺は速い。どんなスピードの打撃だろうが捕らえ、極め、折る。即バキバキだ。
だけど10年後はどうだ? 50年後はどうだ?」
口を動かしながらも間合いとタイミングを計る事は忘れない。
ごく僅かずつではあるが摺り足で距離を縮めていく。
「どんな人間でも醜く年老いて死ぬ。今じゃなきゃダメなんだ。今の強い俺じゃなきゃ」
饒舌に語る小西に乗せられてか、これまで一言も発していなかったジョンス・リーもようやく口を開いた。
「おまえ、よく喋るな。俺もまあ割と喋る方だが、おまえの喋りにはサービス精神が足りないぞ。
人を楽しませられない性格ってよく言われないか?」
「今の俺は完璧だ! 完璧に強い! 間に合ったアンタは神か仏に感謝しろ!」
会話など成立させず、己のペースで語りたい事を語り続ける小西。
いささか苛立ちを含んだ呆れ気分のジョンス・リーも間合いを詰め始める。
「あと十秒だけ好きに喋らせてやるよ」
「アンタはサービス精神旺盛なんだな」
二人の距離は徐々に、だが確実に縮められていく。
『アラヤ、この勝負はかなり決着が早いぞ』
『何で?』
『“間合い”だ。八極拳や心意六合拳は数ある中国拳法の中でも、最も“接近単打”を重視する。
おそらく密着状態でも最大威力の攻撃を放てるだろう。だが、それは同時にサブミッション使いの
間合いでもあるんだ。一流の者ならば打撃よりも素早く相手の手脚を捕らえて、折る……』
そこに“制空圏”という概念は存在しないのか。
二人が向かい合う距離は、並の試合ならばとっくの昔に打ち合いが始まってもいいまでに、
組み合いが始まってもいいまでに狭まっている。
だが動かない。もうお互いが必殺の間合いに入っているというのに。
会場の観客も、画面の前の観客も、身体中の筋肉を力ませて震え上がらんばかりだ。
見る者誰もが尿意の限界にも似た緊張感と緊迫感に息を飲んでいた、その時――
“それ”は不意に訪れた。
二人は同時に一言を呟く。
「一撃だ」
「一瞬だ」
地響きのような震脚で踏み込みながら、ジョンス・リーは身体を捻って左背面を打ち出す。
対する小西はその足元目掛け、超低空の片足タックルで飛び込む。
肉眼でもカメラ映像でも満足に捉えきれない高速度で二人は交錯し――
――小西の身体は5~6m、右側方へ大きく飛ばされ、転がった。
両手足を痙攣させながら這いつくばる小西の姿に、会場の観客は唸るようなどよめきを上げる。
幸いにも小西の意識は保たれていた。
跳ね起きて見得を切りたいところだが、身体が思うように動かない。
打たれた肩口を始めとして全身が熱く、重い。
(おいおいおいおい! なんかメチャクチャ低い裏拳が飛んできたぞ! “アレ”は肩とか
背中とかをぶつける技じゃなかったのかよ! しかも完全に捕れるタイミングで入ったのに!
クッソ! イイ感じに大ダメージだ!!)
一方のジョンス・リーは多少驚いた風な表情で、何故か地面に座り込んでいた。
打撃を放ったと思いきや、足場が崩れるようにバランスを失ってしまったのだ。
(野郎、俺の打を喰らうと同時に足を掬いやがった。って事はアイツのタックルは俺の歩法と
ほぼ同じ速さか……)
『下段裏拳だけであそこまで吹っ飛ばすって……どういう威力なのよ……』
『し、信じられん……! “鉄山靠”の体勢から“捜下崩捶”に切り替えるなんて……』
“生まれたての子馬”とはよく言ったものだが、今の小西の姿はまさにそれだ。
震える上下肢で懸命に身体を支えながら、実に時間を掛けて四つん這いになる。
喉が詰まるというよりも肺が締めつけられる表現した方が正しいのか、呼吸が邪魔され、
満足に声も出せない。
(何なんだ、この妙なダメージの残り方は。頭から爪先まで下痢気味の腹になった気分だぞ……)
やがて、小西は両手を膝頭に突いて、顔を下に向けた前のめりながらも何とか立ち上がった。
ジョンス・リーは未だ座ったままだ。
追撃するつもりはないらしい。それどころか、小西の回復を待っているようにも見受けられる。
「立てるのかよ。“二の打はいらない”が俺の拳風なんだがな。オマケに尻餅まで突かされるし……」
小西はまず呼吸のみに専念した。
吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて。
とにかく呼吸を整える。全身の細胞に酸素を送る。
今度は上体をしっかりと伸ばし、スーハー、スーハーと深呼吸を二度三度四度五度。
次は勢いをつけて力強く地面を踏み締める。最初は右足、続けて左足。
更に先程までの構えとは対照的に、リズムを刻むかの如く、軽やかなステップワークを踏む。
見る見るうちにステップのスピードは上がっていく。
小西は己を打ちのめした八極拳士を真っ直ぐに見据え、薄笑みで口元を歪めながら言い放った。
「“次”で捕る……」
その言葉を聞き、ジョンス・リーはやっと腰を上げた。「よっこらしょ」という掛け声が似合いそうな
ゆっくりとした起き上がり方だ。
そして、フゥーとひとつ溜息を吐き、まるで愚痴るように呟く。
「おまえはだいぶふざけた事を言ってるな。いや、今日の俺も結構ふざけた状況なんだが……
あー、まあその、何だ……――」
踏み抜く震脚が轟音と共にアスファルトを砕き、ジョンス・リーは再び構えを取った。
眼光が鋭さを増す。表情は豪壮なものへと変貌する。
迫力と圧力がこれまでとは比較にならない。
「“次”で終わりだ」
小西の頬を一筋の汗が伝う。
この闘いの“流れ”をして、ジョンス・リーが抱く八極拳の一撃に懸けるプライドを燃え上がらせたのだ。
先程のように間合いを詰められない。もしや、知らず知らずの内に「間合いを詰めたくない」とさえ
思っているのか。
眼前の八極拳士が発散する気迫に心が掻き乱される。
(威圧されるな! 余計な事を考えるな! 冷静に! 冷静(クール)! 冷静(クール)! 冷静(クール)! 冷静(クール)!)
軽やかなステップを刻み、一定の距離を保ったまま、小西は自分に言い聞かせる。
(俺は完全だ! 俺は完璧だ! どうすればいいか、俺には見える……! 見える……!)
何とも稚拙な自己暗示みたいなものだが、唱えていく内に波立っていた水面は次第に平静を
取り戻していく。
(その映像に合わせて動くだけ。同調(シンクロ)すればいいだけ……)
精神が先鋭化されていく。だが鋭さを増せば増す程、水面には細波ひとつ無くなっていった。
やがて、少しの乱れも無い鏡の如き水面が形成されたのを感じ取ると、小西は素早いフットワークで
一気に間合いを縮めた。
それに合わせてジョンス・リーも前に出る。
一粒の水滴が落ち、美しい波紋を描いた。
「見えた」
相手の攻撃も、どう避ければいいかも、どう捕らえればいいかも、どう極めればいいかも、
すべてがダイレクトに小西の脳内へ映し出された。
あとはその映像に自分を同調させるだけだ。
ジョンス・リーはこれまでにない速度と踏み込みの強さで突進し、小西の鳩尾目掛けて
左掌を打ち込む。
この攻撃に対する小西の反応は事実、“完璧”なものだった。
どこぞの映画よろしく背中を反らせながら身体全体を左へ旋回させ、唸りを上げて飛んでくる手掌を
紙一重で避ける。
そして、両手でガッチリとジョンス・リーの手首を掴み、それとほぼ同じタイミングで地面を蹴って
右脚を大きく回し、彼の上腕部に絡めた。
更には左脚も絡め、完全にロックする。
文字通りの極めつけに、彼の手首を掴んだ両手をしっかりと胸元へ引きつけ、渾身の力を込めて
上体を反らせた。
これら一連の動作を宙に舞った状態で瞬時にやってのけたのだ。
「同調完了――」
完璧な形の“飛びつき逆十字”である。
『“猛虎硬爬山”を捕った……!?』
『何!? 今の反応!』
ジョンス・リーの左肘関節がバキッと生々しい音を立てるに至り、小西は今から数分後に
訪れるであろう自身の勝利を確信した。
あとはこのまま右腕、左脚、右脚を破壊して決着、と。
「――……?」
しかし、宙空でジョンス・リーの左腕を抱えてほくそ笑む小西の眼に、妙なものが映った。
彼の左掌が自分の胸にピッタリとくっつけられているのだ。
それが――
小西良徳、本日最後の記憶映像となった。
次の瞬間、ドォンと大砲の発射音に似た轟音が響き渡り、小西の身体が凄まじい勢いで地面に
叩きつけられた。
ジョンス・リーが腕を振り下ろした訳ではない。手首を僅かに捻り、手掌を小西の胸に当てただけである。
にも関わらず、飛びつき逆十字を極めていた小西は、落下以上のエネルギーで空中から地面に向かって
吹き飛ばされたのだ。
その圧倒的威力を示すかのように、彼がダウンしているアスファルトの地面には蜘蛛の巣を思わせる
大小様々なヒビ割れが入っていた。
「……」
立ち上がる気配は無い。
見事に白目を剥いており、鼻と口からは鼻水とも涎とも吐瀉物ともつかない液体が漏れ出ている。
これはジョンス・リーの勝利確定と見ていいのだろう。
周囲を取り囲む観客達の声が騒がしくなってきた。
ある者は彼の勝利に歓声を上げ、ある者はその技の破壊力に驚愕している。
だが、上位ランカー達は沈黙の内に、一人また一人と会場を後にする。
『は、発剄……! 本物の“剄”を使うのか、この男……』
『“気”ってヤツね。だとしたら、あの無茶苦茶な威力もおかしなダメージも頷けるわ。
魔弾を喰らって平然としていたのも……』
ジョンス・リーもまた早々と帰路に着こうと歩き始める。
特に勝利を喜び、余韻に浸る様子は見られない。倒れて動かない小西を振り返る事もしない。
勝者を畏怖するように観客は皆、後ずさる。
彼は極められた左腕に眼を遣り、何の気無しに一人呟いた。
「左肘、獲られちまったな。まあ、痛みは剄で殺せるし、あの馬鹿馬鹿しいイベントの方は問題無いか」
右手だけをポケットに突っ込んだジョンス・リーは、カメラに背を向けた姿で次第に小さくなり、
画面から消えた。
「ジョンス・リーの底はまだまだ見えないか。しかし、彼の扉の幾つかを開けさせた小西の実力もまた
予想を遥かに超えていた。やはり貴重な一戦だった」
長らく手をつけていなかったケーキを口に運びながら、感嘆に満ちた賛辞を送る深道であったが、
淡々とした表情や口調は変わっていない。
表情を変えているのは斗貴子だった。それも“喜色”と表現した方が良い。
彼女は画面から眼を離さずに阿頼耶へ語りかける。
「これがキミの言っていた“化物”という連中……。凄いな……」
斗貴子はこの闘いを見る事で、阿頼耶の言った言葉すべてに納得出来た。
確かにどちらの強さもストリートファイトの域を大きく逸脱している。
精神、身体能力、戦闘技術。どれも錬金の戦士に匹敵しているのではないかとさえ思える。
だが、斗貴子が珍しく陽の感情を顕にしているのにはもうひとつ理由があった。
それは他ならない、闘いにおける人間の可能性だ。
小西が相手だからこそジョンス・リーは最大威力の剄を放たざるを得ないまでに追い詰められたのだろう。
また、ジョンス・リーが相手だからこそ小西は己の持つ潜在能力を残らず完全に引き出せたのだろう。
二人の織り成した激闘はプラスの意味で斗貴子を驚愕させ、“闘い”と“強さ”が秘める素晴らしさを
再確認させた。
感じ入り、胸躍らせる斗貴子だったが、横に座る阿頼耶の反応が無い。
「……アラヤ?」
斗貴子が覗き込んだ先には、瞳を潤ませ、唇を噛み締める阿頼耶の顔があった。
「私と闘り合った時は半分の力も出してなかったんだ、アイツ……」
掛ける言葉は見つからない。何を言っても彼女を傷つけてしまいそうだ。
斗貴子は阿頼耶の肩にそっと手を置く。
不意に、ノートパソコンの画面に眼を落とす深道が言った。
「安心してくれ、久我阿頼耶。今回のタッグバトルで彼と君を闘わせたりはしない」
「……!」
「貴様……」
皮肉や嫌味ではなく、本当に“安心させる”意味を含んだこのセリフは阿頼耶のプライドを
ズタズタに引き裂いた。
無粋な深道の言葉に斗貴子も怒りを隠せない。
「すみません。注文、いいですか?」
そんな二人の気持ちなど我関せずとばかりに、深道はウェイトレスを呼び、コーヒーのお代わりと
二個目のケーキを注文する。
画面に向かって「ケーキは三ツ星……」と呟きながらキーボードを打つと深道はやっと顔を上げ、
阿頼耶に促した。
「ところで……世紀の一戦も終わった事だし、そろそろ“そちら”の人を紹介してくれないかい?」
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