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「BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN 56-2」(2008/04/20 (日) 21:30:19) の最新版変更点
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鈴木との戦いから数十分後。斗貴子と山崎は、斗貴子の現在の住まいである
安アパートの部屋にいた。
女の子はまだ気絶しているが、目立つ外傷はなく呼吸や脈拍にも異常はない。もうしばらく
様子を見て、何かあれば戦団に連絡して治療、何事もなければ帰すことにする。
「ホムンクルス二体を倒し、この子を救い出した手腕は見事だったと思う。だが、奴らに
核鉄を一つ奪われたことも事実だぞ」
斗貴子は不機嫌な様子で窓際に立ち、コツコツと指先で窓枠をつついている。
そんな斗貴子に、山崎(今は戦闘モードとやらではないらしく、普通の黒縁眼鏡をかけて
いる)は落ち着いた口調で応えた。
「核鉄の解析には、我がNS社も悪戦苦闘中です。パレットの技術陣とて、一朝一夕には
何もできませんよ。彼らは今回、そんなものと引き換えにホムンクルスの試作品二体を
失ったのです。これは相当な痛手、出費、そして鈴木氏個人にとって大きな失点となるはず」
「だから何だ」
「鈴木氏がこの埋め合わせをするには、遠慮なく実験する分と保存・観察する分とで
合わせて二つの核鉄を社に提出する、ぐらいのことをせねばなりません。遠からず、
鈴木氏はアナタの持つもう一つの核鉄を寄越せと連絡してきますよ。無論、何らかの
罠を含んでのことでしょうが。我々としては、その時の交渉をチャンスとして……」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
斗貴子は苛立ちの裏拳で窓枠を殴りつけた。
「あんたの、戦士としての強さは認める。だが戦士としての姿勢は明らかに間違っている!
あの時は、交渉も何もせず、この子を見殺しにして戦うべきだったんだ! そうすれば
核鉄も奪われず、バヅーとグムンを倒せて、鈴木の身柄だって確保できたはずだ!
私に加えて、あんたほどの戦士もいたのだから!」
「お褒めの言葉は光栄ですが、一応あの時、ワタクシも努力はしたのですよ。あの場で鈴木氏
から核鉄を奪還しようとはしたのです。結果としては鈴木氏の逃走手段が勝りましたが」
「だから! そうなる危険があるのは判りきっていたのだから、100%確実に核鉄を奪われ
ない手段を取るのが当然、つまりこの子を見殺しにするのが最善の……真面目に聞けっ!
こんな時に何をしてる!」
居間で吠えている斗貴子に背を向けて、山崎は狭い台所で何やら料理をしている。が、
その割には何かを刻んだり油が弾けたりする音はせず、調味料の匂いなどもしてこない。
している匂いと言えば米、白いご飯の匂いだけだ。
「よし、と。できましたよ津村さん。腹が減っては何とやらと申しますし」
山崎は大きめの皿を持ってきて、居間のちゃぶ台の上に置いた。その皿に整然と並んでいる
のは、三角おにぎり。海苔と佃煮と紅ショウガで髪・目・口をつけたニコニコ顔のおにぎりだ。
斗貴子も言われて気付いたが、もう夜中だ。短時間とはいえ激しい戦闘もしたので、
空腹ではある。
「本来、このような時間に食事というのは好ましくありませんけどね。今は非常事態
ですから、栄養を摂取して心身を回復させるのが急務です。さ、どうぞ」
「……………………わかった」
心身を回復とはまた大仰だが、今夜中にでも鈴木から連絡があって再度戦闘になる
という可能性も低くはない。今の内に食べておいた方がいい、というのは正論だ。
斗貴子はちゃぶ台の前に正座して、山崎の握ったおにぎりを一口、二口と食べた。中身は
梅干だ。奇しくも斗貴子の好物だが、別に珍しいものではないので驚くことではない。
が、もぐもぐと食べていく内に、斗貴子は静かに穏やかに、驚いていった。
『ん……この、おにぎり……この味は……』
見た目は前述のように、少々変わっている。しかしその味は、変わっているも何も
斗貴子にとって一番馴染んだものだった。正確に言うと馴染んでいたもの、だった。
錬金の戦士になる前、平和に暮らしていた幼い頃。学校の行事や家族で出かけた時
などに、母が作ってくれたおにぎりの味だ。
愛する家族や親しい友人たち、自分を育んでくれた全てを、ホムンクルスに奪われたのが
九歳の時。以来、厳しい訓練と血みどろの実戦に明け暮れ、ただただホムンクルスを憎み
続けて生きてきた斗貴子。そのせいで、とっくの昔に忘れていたものが、今、
おにぎり一つで蘇ってきた。
忘れていたもの、といってもそれが何なのかは斗貴子自身にさえ言葉ではうまく
言えない。愛とか優しさとかで括れるものではない、ただ「あの頃の自分の気持ち」としか。
今の自分とはあまりにもかけ離れてしまっている、あの頃の自分。きっかけはもちろん、
幼い自分の目の前で繰り広げられた、盛大な惨殺ショーだ。余りにも凄惨すぎたせい
であろう、その時のことを鮮明には思い出せない。それほどの一大事件だった。
が、自分が変わった原因は、本当にそれだけだろうか。
わからない。わからないがしかし、このおにぎりを食べていた頃の自分は……
「お気に召して頂けましたか?」
山崎の声で、斗貴子は我に返った。
「あ、ああ。けど山崎さん、このおにぎりはどうやって? その……何というか、
すごく私の好みに合っているんだが」
「それは良かった。別に大したことはしてませんけどね。正確なデータの収集と分析と活用
は、ビジネスマンの嗜みというものですから」
山崎は、眼鏡を人差し指で、くいっと持ち上げる。
「まず津村さんの故郷、赤銅島の特産米を取り寄せました。塩と海苔と佃煮と梅干も。
そういった食品の産地でしたから、集めるのは楽でしたよ。それから津村さんのご自宅で
使用されていた釜と竈を調べ、その温度や圧力に合わせるよう、炊飯器を改造しまして」
山崎はスラスラと説明する。斗貴子は感心するやら呆れるやらで。
「い、いつの間にそこまで、そんなことを」
「今回の仕事の話を聞いてすぐにです。NS社の情報網をもってすれば、これぐらいは
容易なこと。この仕事中、斗貴子さんの心身の回復に役立てればと思ったのですが、
予想以上だったようですね。今、とても優しげな、良いお顔をしておられましたよ」
はっ、と気付いた斗貴子は、袖口で乱暴に目元を拭い、意識して表情を引き締めた。
そして咳払いを一つ。
「こほん、その、確かに美味しい。このニコニコ顔もなかなか面白いと思う」
「ありがとうございます。それは昔、ワタクシの母が作ってくれたものでしてね。
……今となってはもう、ワタクシにはそれを味わうことはできませんが」
変なことを言う。赤の他人、それも今日会ったばかりの斗貴子の「おふくろの味」を
しっかり再現してみせたくせに、自分のそれができないとは。
『あ、いや、そういう意味じゃないか』
おそらく、もう山崎の母は亡くなっているのだろう。自分で正確にコピーして作っても、
心情的に違うものだろうし。
今斗貴子が食べているおにぎりだって、斗貴子が同じご飯を使って同じように握っても、
やはり自分で作って自分で食べるのと、誰かが自分の為に作ってくれたものとでは……
「津村さん?」
斗貴子は立ち上がって台所に入った。そして一分もせずに戻ってくると、
「ほら」
山崎に、少し形の崩れたニコニコ顔おにぎりを渡す。
「今、私が握った。あんたみたいに上手には握れなかったし、多分あんたのお母さん
には数段劣るだろうが、まずくはないと思う。食べてくれ」
ぶっきらぼうな口調でそういう斗貴子と、その手のおにぎりを山崎は交互に見つめて、
「……これはこれは。では、頂きます」
一礼して、受け取って、ぱくりと一口。もぐもぐ。
「どうだ?」
「ん、美味しいですよ。もちろん母の味とは違いますけどね。まあワタクシとアナタ
ですから、年齢的に娘の味とでもしておきましょう」
「なんだそれは。娘さんがいるのか?」
言われた山崎の表情が、少し沈む。
「ええ。こうして、おにぎりを作ってくれるような、優しい子に育っているといいのですが」
斗貴子のおにぎりを手にして、しみじみと、しんみりとしている山崎。
「育っているといい、って随分長いこと家に帰ってないみたいだな。だったら
今回の仕事を早く片付けて、帰ってやれ。娘さんはきっと寂しがってるぞ。
休みを取って遊園地にでも連れて行っ……な、何だ」
山崎に、じっと見つめられていることに斗貴子は気付いた。
「ありがとうございます。やはり、アナタはお優しい方でしたね」
などと言われて斗貴子は、珍しくほんの少しだけ、顔を赤らめる。
確かにちょっと、今のは、普段の自分からすると優し過ぎるというか、おせっかいというか。
さっきのおにぎりのせいだろうか。自分が子供の頃、家族と一緒に遊びにいった時のこと
を思い出してしまって。母のおにぎりとか、父の肩車とか。それで……
「へ、変なことを言うな。その、つまり、子供にとって親との思い出は大切なものなんだぞ」
「はい。努力することにしまょう」
微笑む山崎に、斗貴子も照れながら微笑を返した。
刺々しかった空気が和んだところで、まるでそれを待っていたかのように、山崎の
胸ポケットで携帯電話が震えた。
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