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「ヴィクティム・レッド 45-9」(2007/12/24 (月) 11:35:54) の最新版変更点
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「状況は?」
「PSIラボは完全封鎖しました。ですが、目標は各ブロックの障壁を破壊しながら進行中です。
ラボに隣接する医療セクションを目指している模様」
廊下を早足で歩いていたキース・シルバーは立ち止まった。リノリウムの床を叩く軍靴の音が消える。
「医療セクション? なぜだ?」
「さあ、それは──」
「ふん、まあいい。そのセクションにもアラート42をレベル3で発令しろ。急げよ」
「イエス、サー・シルバー」
再び歩みを始めたシルバーの目が、わずかに細められる。
「ふ……まさか『アラート42』とはな」
最先端かつ非人道的なテクノロジーを多く扱うエグリゴリにおいて、それらが引き起こす危機的状況を想定して、
ケースごとの様々な対応策が用意されている。
それは、ウィルス流出などを意味する『微生物学的災害(バイオハザード)』や
ARMSの暴走災害を示す『微金属粒子の異常増殖(ナノハザード)』のように比較的頻発しやすいリスクから、
『宇宙空間における航空機の非衝突性圧壊』など、どういう状況を想定しているのかよく分からないものまで多岐に渡っている。
その中の『アラート42』はこれまで一度も発令されたことの無い、いわゆる『処女アラート』だった。
しかし、それもたった今破られた。
クリフ・ギルバートという一人の少年のために。
「アラート42……『超心理学的アプローチによる人為的災害(サイコハザード)』、か」
シルバーは面白そうにつぶやき、左腕に眠るARMS『マッドハッター』を解放させた。
ぱきぱきと鉱物が触れ合うような音とともに、シルバーの左腕が形を変えていく。
「さて、その悪魔のごときサイコキネシス……とくと味あわせてもらおうか」
シルバーの攻撃的な性格を象徴するように鋭角的なフォルムのARMSは、その拳が振り下ろされるときを待っていた。
それよりわずかに数分前、アラート42が発令される直前の医療セクションを、
その静謐な空間とは少し場違いと思われる三人の子供が歩いていた。
一人は少年と青年の中間くらいの、どこか癇の強そうな少年だった。
「待てよ、おい」
もう一人はまだ幼さをわずかに残した少女で、本来なら整っているであろう顔立ちは、
ぷっとむくれた頬のせいで、この上ない不機嫌さを周囲に発していた。
その少女と手をつないでいるのはさらに幼い、少女というよりは女の子という表現が似つかわしい、
どこか憂いを帯びた表情の子供で、険悪そうなムードの少年と少女を交互に見比べていた。
「わたしは『おい』とかそういう名前じゃありません」
「セピア」
「はい、なんでしょうか、サー・レッド」
「なんだよ、その棘のある言い草は」
「あら、失礼しました。親愛なるレッドお兄様のご機嫌を損ねたこと、心から陳謝いたしますわ」
「なにがそんなに気に食わないんだ」
セピアと呼ばれた少女はぴたりと足を止め、背後からついてくる少年を振り返った。
つん、と突き出された下唇は、自分が不機嫌だということをどうしても相手に伝えなければならいとでもいうかのように、
そのレッドへと真っ直ぐ向いていた。
「『なにがそんなに気に食わないんだ』? なにが、ですって? 呆れた、本当に分からないのかしら、キース・レッド?」
「……分かんねーな」
「それ、嘘」
「なんだと?」
「レッドは分かってないんじゃない、分かろうとしないだけ。この子の気持ち、分かろうともしていない」
「他人の思考なんて分かるわけねーんだから、しょうがないだろ」
顔を真っ赤に染めて、過剰なアクションでレッドに指を突きつけた。
「ただ努力を放棄してるだけじゃない! そういうことを少しも考えていない! 心とか気持ちをこれっぽちも大事に思ってない!
『どうやったらもっと強くなれるか』、『明日目が覚めたら、昨日よりもマシな自分になっているか』、エトセトラエトセトラ!
あなたの頭の中はそんなことばっかり! ホントにホントにほんっっとぉっにっ、馬っ鹿じゃないのっ!?」
一息もつかずに言い終えたセピアは、はあはあと息を荒げ、それでも言い足りないのか恨めしそうにレッドを睨んでいた。
「それのなにが悪いんだよ」
「悪いとは言わないよ、でも、もっと……」
「もっと?」
セピアは靴の先に視線を落としてから、湿った上目遣いでレッドを見やった。
「わたしはレッドのことを理解しようとしている」
(だからなんだっつーんだよ……オレにはそーゆーの分からないんだって)
返すべき言葉を知らず、レッドは苦々しく横を向く。
セピアもこれ以上重ねる言葉を持たないのか、黙ってレッドを見上げていた。
「ほんとうに、分からないんですか?」
頭上を飛び交う二人の会話をずっと聞いていた少女が、不意に口を利いた。
「あなたには、ほんとうに、人の心が分からないんですか」
短いシラブルに込められた、その剥き出しともいえる苛烈な意味に、レッドは内心どきりとした。
それきり、少女もまた沈黙に戻る。ゆっくりとレッドから視線を外し、目を伏せた。
これ以上の問答はもはや不要だとても言うように。
「……とにかく、わたしのこの子のお兄ちゃんの薬の都合をつけてもらってくるから、レッドはドクターのところで待っててよ」
「あ、ああ」
少女の言葉によってなんとなく毒気を抜かれたレッドは、やはりどこか戸惑うなセピアの声に、曖昧に頷いた。
「ごめんね、じゃ、行こっか」
「うん」
二人の背中をぽつねんと見送り、その姿が見えなくなってから、やっとレッドは盛大に溜息をついた。
その三人から百メートルも離れていない地点。
「なんだ? この怪我人たちは?」
「隣のPSIラボで事故が起こったんですって」
「ふーん、医療セクションの隣で事故とは、運が良いやら悪いやら。とにかく収容する場所を確保しようか」
「はい」
などとどこか暢気に、続々と運ばれてくる負傷者の受け入れ態勢を取る医療スタッフたちは、自分たちにまもなく降り注ぐ
破滅的な災害を知る由も無かった。
その『隣』から、災害の発生源そのものが現在進行形で接近中であることを。
……なんの前触れも無く、ぴし、と壁に亀裂が走った。
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