「ロンギヌスの槍 part.1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ロンギヌスの槍 part.1」(2008/03/04 (火) 14:28:20) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
スプリガン<SPRIGGAN>
古代遺跡に出没し、宝物を守る伝説上の妖精
オーストリア、ウィーン。国際機関の本部の集積地でありながらも、美しい宮殿や大聖堂が数多く残る都市。
ゴシック建築を代表するシュテンファン大聖堂やハプスブルク家の避暑地であったシェーンブルン宮殿、そして現在では国立図書館や博物
館として使用されている旧ホーフブルク宮殿。特に旧ホーフブルク宮殿の王宮博物館には、神聖ローマ皇帝の帝冠、金の羊毛騎士修道会の宝
物、瑪瑙の鉢など展示されている。
その王宮博物館の中で。
「へーえ。さすがかつてのハプスブルク家の中心地、豪華そうなもんがいっぱいあるぜ」
展示物をしげしげと眺める、一人の少年。顔立ちは東洋系、それほど背は高くなく、周囲を行きかう欧州系の人間と比べると、どうしても
小柄に見える、普通の人間だ。 しかし彼の隙のない挙動、緩やかに構えているように見えて常に周囲に注意を向けている様を見れば、自ず
と彼が普通ではないと分かるだろう。
――スプリガン。
アーカム財団が擁する特殊エージェント。
目的は、古代文明の残した"遺産"の保護。そして遺産の悪用を阻止すること。
彼は若年ながら、そのスプリガンの中でもトップクラスの実力を持つ。
名を御神苗優。物語は、ここから始まる。
彼が王宮博物館に足を踏み入れてから、およそ1時間。本や写真でしか見られない、歴史的展示物を前にしながらも、優の胸中は複雑だっ
た。確かに目を引く展示物は数多くある。見るべきものはあり、それが優の好奇心を刺激していた。しかし……。
がっくりと肩を落とし、溜め息をつく。
「しっかし、卒業早々任務とは、ついてないぜ……」
今年の春、無事高校を卒業した優は、その喜びに浸る間もなく、すぐに任務に着かなければならなかった。場所はオーストリア、ウィー
ン。卒業式が終わってすぐアーカム支社に呼び出された優は、さっそく上司である山本という男に食って掛かった。せっかく高校卒業してゆ
っくりできるはずだったのに、休む暇もないのか、と。
……すまんな、優。だが、お前の知っての通り、今アーカムは人手不足なんだ。
お前には悪いが、いってもらえるな?
つい先日までアーカムでは急進派による強引な組織改革が進められていた。急進派の中心人物、ヘンリー・ガーナムの野望。遺産を積極的
に使い、世界のパワーバランスをコントロールする。それはアーカムの理念に反する、遺産の悪用に他ならなかった。スプリガンを初めとす
る反対派が立ち上がり、急進派と衝突。結果、ヘンリー・ガーナムは失脚し、急進派もアーカムの中で影響力を失っていった。今では組織全
体を立て直すために、多くの人間が奔走している。そんな事情を知る優である。また恩人でもある山本の頼みを断れるほど、彼は冷淡な人間
ではなかった。
――というわけで、同級生との別れの挨拶もそこそこに、彼はウィーンまでやってきたというわけだ。本来なら、今頃、気の合う友人達と
の卒業旅行を楽しんでいるはずだ。気が重くなるのも、仕方のないことだった。
博物館の中を散策した優は、仲間との合流地点についていた。そんな彼のところに、涼やかな声がかけられた。
「ひさしぶりね、優」
喧騒の中、まるでそこだけ世界から切り離されたかのような、静寂な空間があった。その中心にいる、黒髪の美女が、優にうっすらと笑い
かけていた。氷のような微笑。若々しさと老人のような狡猾さが同居している女性。その美貌の裏には、油断ならない何かが潜んでいる。
彼女はスプリガンの重鎮であり、一時期アーカム財団代表を務めていた。今ではその席を譲り、再び前線に復帰している。
名をティア・フラット。信頼と尊敬と畏怖をもって、彼女は"魔女"と呼ばれている。
「ウィーン観光は楽しめたかしら?」
「まあね。学生の身分じゃ、到底来られなかったからな。じゃ、さっそく任務の話に移ろうじゃないか」
「あら、随分と先を急ぐのね」
「生憎だが、今の俺は一分一秒が惜しい。さっさとこの仕事を終えて、一刻も速く日本へ帰りたいんだ」
「どうして?」
「卒業旅行だよ、卒業旅行。四泊五日。いつかの修学旅行のような失敗は、絶対にしないからな!」
あきれたような表情をつくるティア。
「なら、さっさと合流地点に来ればよかったのに」
「いや、せっかくウィーンに来たんだ、観光しなきゃもったいないだろ」
そういうものかしら、とティアは疑問に思うが、優の方は彼の言葉通り一刻も速く任務を終わらせたいらしく、ずんずん先へと進む。ちな
みに、とティアは聞いてみた。
「その卒業旅行まで後どのくらいなの?」
「あと五日」
「あら。確かにそれじゃあ、急がなきゃね」
先陣を切る優であったが、肝心の遺産が何で、何処にあるのかまだ知らされていなかった。日本をたつとき、詳しい説明は現地で行う、と
聞かされていた。ティアがその説明役なのだろう。優は後ろを振り返り、任務の詳細を尋ねた。自分達が守らねばならない遺産はどこにある
のか、そして何なのか。
「あら。遺産なら、もう目の前にあるじゃない」
「……なに?」
怪訝そうな表情で、優は魔女を見返す。そんな視線を受け流しながら、ティアはゆっくりとあるものを指差した。
「今回私達が守らなきゃいけない遺産は、あれよ」
「あれって……」
ティアが指し示すその先。アーカムが回収しなければならない"遺産"は、大勢の一般人の前に、堂々と展示してあった。色あせた皮のケー
スに、無造作に置かれた、古ぼけた金属の塊。
「あれが今回、私たちアーカムが回収しなければならない遺産……ロンギヌスの槍よ」
「もちろん、あれはレプリカよ」
自販機のコーヒー缶に口をつけながら、ティアが言う。
「キリストの脇腹を貫いたとされる槍……キリストの血を受けたとされる槍。聖遺物としての価値は、あの聖櫃(アーク)と並ぶとさえいわ
れているわ。"運命の槍"、"聖なる槍"……呼び方は様々だけど、ただ一つ言い伝えられていることは」
「ロンギヌスの槍を持つ者は世界を統べる、だろ?」
「そう。だから、多くの権力者が槍を求めたわ。実際、槍の所有者は絶大な権力を手に入れた。
ローマのコンスタンティヌス1世、東ゴート王のテオドリック、ローマ帝国のカール大帝、フリードリッヒ1世……。そして、アドルフ・ヒト
ラー」
未曾有の災厄をもたらした最大最悪の独裁者。
ヒトラーの周囲には、オカルトめいた噂が絶えなかった。
彼は魔術結社の庇護を受けていた、とか。
彼は黒魔術を修めていた、とか。
その陰謀の中心に、ロンギヌスの槍の存在があった。まだ彼が貧乏学生に過ぎなかった頃。
偶然訪れた、聖槍との邂逅。その際ヒトラーは、自分が世界に君臨している未来を見たとされている。真実はどうであれ、聖槍を通した体
験が、彼の野望の原動力になったのは間違いない。
「知っての通り、彼の野望は潰え、第三帝国は消滅したわ。彼が地下壕で自らを拳銃で撃ち抜いた時に、ね。槍の脅威を怖れた各国は、暗黙
の了解のうちに、どの国の影響下ではないここに封印したの」
「そいつを、トライデントが狙ってるってわけか」
「ええ」
トライデント。<三叉矛>の名を冠し、各国軍部や秘密結社に兵器を供給する死の商人。
かつてNATO各国と結託し勢力を拡大してきた彼らは、スプリガンと深い因縁を持つ。遺産を守るものと、遺産を利用しようとするも
の。トライデントは、遺産の絶大なオーバーテクノロジーに目をつけ、兵器開発に利用していた。実際、遺産を参考にした兵器は、新たな市
場を作り上げた。既存の兵器を遥かに上回る性能は、大国の目の色を変えるには十分だった。トライデントは多くの死を吸い上げながら、闇
の中で着実に枝葉を伸ばしていた。
「彼らにはうってつけの遺産ね。今は、喉から手が出るほど欲しいのでしょう。たとえ伝承だとしても、世界を支配できる力が授けられる、
なんて文句があるのだから」
「ああ。あの一件以来、奴らは落ち目だからな」
かつてはアメリカ合衆国を動かすほどの力を持っていたトライデントも、今では見る影もない。ヘンリー・ガーナム主導のアーカムと手を
取り合おうとした高隅財閥の裏切り行為により、グラバーズ重工、キャンベルカンパニー三社の協力関係は瓦解し、トライデントは事実上消
滅した。残されたグループは生き残りをかけて各国軍部や巨大企業と結びついた。V&Vインダストリィ、桐原コンツェルン、オクトーバー
社……。結果、その力は最盛期と比べて格段に落ちることになり、以降、トライデント残党はかつての力を取り戻すべく、遺産の獲得に躍起
になっている。
「彼らは死に物狂い聖槍を狙ってくるでしょうね。……万が一、ロンギヌスが彼らの手に渡れば、伝承どおり彼らが再び覇権を握ることも夢
ではないわ」
ティアの美貌が沈鬱に曇る。ロンギヌスに限らず、これまで人間は、力を手に入れるために愚かな争いを繰り返してきた。飽きもせず、永
い時を。そんな精神的にまだまだ未熟な人間にとって、遺跡の力は過ぎたものだ。手に余る力を持ったものの行き着く先は、自己の破滅に他
ならない。
「それをさせないために、俺たちがここにいるんだろ?」
魔女の憂鬱を払うように、優は不敵な笑みを浮かべた。
ティアもまた、不敵な笑みを返した。
「そうね」
人間は愚かだが、前に進むことができる。
いつか、遺産の力をよき方向へ使えるときがくるかもしれない。
その日を信じてティアは、無限の可能性をもつスプリガンたちに世界の未来をかけたのだ。
遥か過去、彼女の偉大なる師が、人間の未来を託すために自分に魔術を教えたように。
そして作戦会議が行われた。王宮博物館の一室。
優とティア、アーカムのA級エージェント、オーストリア憲兵隊の代表者が集まった。
アーカムが掴んだ情報によれば、今回ロンギヌスの奪取を狙っているのは、トライデントの中でも少数派だということだ。先の大戦の原因
となったロンギヌスは、その絶大な影響力を怖れた大国によって半ばタブー的な扱いを受けていた。最盛期のトライデントでさえロンギヌス
の回収には消極的だった。
トライデント残党の大部分も、ロンギヌスだけは避ける傾向にある。力を失った今、大国に睨まれることはしたくないのだろう。今回の回
収作戦に動員される人員は、ごく少数のはずだ。よって、この襲撃を阻止することで、聖槍を狙う勢力を一掃できるというわけだ。
警備には優とティア、そしてアーカム財団のA級エージェントとオーストリア憲兵隊であたることになった。博物館の外側に憲兵隊とA級
エージェントを配置し、ロンギヌスが安置されている部屋に繋がる通路に優、そしてティアが最後の砦として聖槍を監視する。
A級エージェントはアーカム選りすぐりの精鋭であり、オーストリア憲兵隊も国際機関を狙ったテロ対策のために厳しい訓練を積んできた
兵だ。トライデントといえども、この布陣を突破するのは困難を極める。
だが、鉄壁と思われたこの配置も、予想を超えたトライデントの襲撃によってあっけなく崩れ去った。
深夜、闇に沈む王宮博物館の前で行われた戦闘は、とても一方的なものだった。
それは殺戮といってよかった。
警備にあたっていた兵が、背後から忍び寄る影に、音もなく殺害されていく。
銃をとる間もない。気配を察知する暇すらない。ただただ合理性を追求した、
無駄のない襲撃。それは歴戦の勇士のやり方ではなく、まるで機械のやり方だった。
地面に転がる幾体もの死体を見下ろす少年兵たち。手には血にぬれたナイフが握られている。
その表情は虚ろで、何の感情も見出すことはできなかった。まるで人間の形をした機械だった。そう、まさに彼らは機械として育てられた
のだ。人を殺す機械に。
A級エージェントと憲兵隊が全滅したのを見計らい、物陰から何人もの兵士達が現れた。
指揮官と思しき男が、少年兵の一人に近づき、労いの言葉をかける。
「御苦労、No.54。さすがはコスモス、まったく気取られることなく行動できるとは」
チルドレン・オブ・ソルジャー・マシン・オーガニック・システム。通称<COSMOS>
かつて米軍で密かに進められ、後にトライデントが引き継いだ特殊部隊計画。人間を最高の殺人機械に作り変える悪魔の所業。 幼少期か
ら薬づけにし催眠術を施すことで理性を剥ぎ取り、絶対服従を刷り込む。そして反逆の懸念がなくなった後に行われる、地獄のような訓練。
さらに脳内に埋め込まれた精神増幅機によって強化されたテレパシーによる完璧な統率。
その成果は絶大なもので、コスモスの"性能"は各国の特殊部隊を壊滅させ、スプリガンを後一歩のまで追い詰めたほど高いものだった。
もっともトライデントが消滅する原因となった日本沈没作戦の折、コスモスはスプリガンに敗北し、現在では小隊規模しか残っていない。
それでも敵性勢力にとって脅威には違いない。
コスモスは、ロンギヌス回収作戦におけるトライデントの切札だった。もっとも、あと一つ切札は存在するのだが、今はまだそれを切る段
階ではない。
「では、突入するぞ。No.54、お前達がスプリガンをひきつけろ。その隙に我々がロンギヌスを回収する」
無表情に頷きを返す。その動作はまるで人形のように無機質なものだった。
そしてNo.54を先頭に、ロンギヌスが安置されている地下室へ向かおうとするトライデント・アタッカーズの前に。
三つの影が、まるで幽鬼のように、姿を現した。
「なんだ、貴様ら!」
「スプリガンか!?」
驚愕するアタッカーズを尻目に、No.54は迅速に行動した。脳内のオリハルコン製精神波増幅器が起動。強化された脳波がテレパシーとな
り、各コスモスにNo.54の命令が行き渡る。
すばやく最適な迎撃位置に配置を変更。そしてコスモス全員が自動小銃を構え、引き金を引く。
だがそれは叶わなかった。引き金にかけた彼らの指は、いつの間にか切断されていた。当然、弾は発射されない。人形に似つかわしくない
驚きの表情を浮かべたNo.54は、見た。刃紋の美しい日本刀を上段に構え、そのまま袈裟懸けに斬りおとす、黒い軍服の影を。それがNo.54の
見た最後の光景になった。
そしてNo.54の死を切っ掛けに、虐殺が始まった。
「銃声!」
馴染みのある音、そして忌むべき調べ。弾かれたように優は、持ち場を離れ、仲間のところへ走る。入り口に近づくにつれ、濃密な血の匂
いが鼻に届く。優の警戒心はますます大きくなった。そして優の目の前に、大きな塊が飛んで来た。
とっさにライトを当て、正体を確認する。苦悶の表情を貼り付けた生首が、虚空を睨みつけていた。おそらく、力任せに引きちぎられたの
だろう。生首にはねじ切れたようなあとが見えた。だが、その顔に見覚えがなかった。少なくとも、ブリーフィングの時に顔を合わせた覚え
はない。
「まさか、トライデント・アタッカーズか?」
疑念が膨れ上がる。なぜ襲撃者である彼らが、こんな風に殺されているのか。A級エージェントと憲兵隊の武装は標準的な現代火器であ
り、また人間の首をねじ切れるほど怪物じみた膂力をもつ人間は彼らの中にはいなかった。
そして死体はこれだけではなかった。
通路に、壁に、天井に――いたるところに人間の成れの果てがこびりついている。無残に引きちぎられたもの、鋭利な刃で切断されたも
の、獣に食いちぎられたようなものまであった。
あまりに凄惨な光景に、優は思わず呻いた。ここまで残虐な光景は、戦地に身を置く優であっても、めったにみたことがない。
そしてこの惨劇を作り上げた存在が、優に近づいてきていた。
「遅かったな、スプリガン。待ちくたびれたぞ」
得意げで嘲った調子の声が優に投げかけられた。
軍靴の音が通路に響き渡る。その数は三つ。
暗闇の中から、それより尚濃い漆黒の軍服が姿を現した。
三つの影。それらはちぐはぐな印象を他人に与える。
一人はティーンの少女で、もう一人は熊のような巨躯、そして最後の一人は金髪碧眼で隻眼の女性だった。
だが一つだけ共通するものがあった。
腕章に禍々しく輝く、ハーケンクロイツ。
「お前のことはネオナチのごろつきどもから、よぅく聞いているよ。水晶の髑髏、総統の復活……そのすべてを阻止した。どれも我らの復活
に不可欠な作戦だったというのに。いつも我らの邪魔をする、いけ好かない餓鬼だ」
金髪碧眼の女性が口を開いた。
「私はグルマルキン・フォン・シュティーベルSS大佐。
栄光ある第三帝国の騎士にして、鉤十字騎士団の魔術師だ」
第三勢力の出現。鉤十字の亡霊たちが、いま現世に帰還を果たしたのだ。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: