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万策は尽きた。
そもそも、最初から武装錬金を使わぬ闘いというのが無謀だったのだ。
絶対の自信を持つ純粋な身体能力も、アンデルセンが連綿と築き上げてきた闘いの機略の
前に打ち砕かれた。
そして、頼みの綱の筈のそのパワーとスピードも、出血多量の影響から失速を続けていく。
それだけではない。能力低下に止まらず、今では機能不全にさえ陥っている。
視点は揺れ動いて一ヶ所に定める事が出来ず、どんなに大きく呼吸しようとも息の荒さは治まらない。
全身の筋肉は己の意思に反して、緊張を解いて弛緩したがっている。
まるで上がりが地獄と決められている双六だ。
終われば死ぬが、賽を振らない訳にはいかず、進行は続く。
己の流す血溜りにしゃがみ込んだままの防人は動けずにいた。
闘いの趨勢は敗北に傾き、肉体は死に向かって突き進んでいる。
それどころか、意識さえも徐々に混濁を示し、ともすれば肉体と共に休息を選んでしまいそうになる。
防人を突き動かしていた冷えた心、無情なこの世の理によって生み出されたドス黒さ。
それらさえも濁りを増し、死の果てに押し流されていく。
しかし、そんな中、消滅を頑強に拒否し、輝きを増していく“もの”があった。
アンデルセンは再び構えを取る事もせず、虚ろな色合いを増していく防人の瞳を見つめている。
やっと見つけた、やっと対峙出来た、自分だけの錬金の“戦士”。自分の為の錬金の“戦士”。
だが、彼もまた過去に始末した“錬金の戦士”と同様に、己の銃剣によって終焉を迎えようとしている。
それがアンデルセンには我慢がならない。
『“私に殺される錬金の戦士”なんぞ木偶人形程の価値も無い。
“私との闘争の果てに命を滅する錬金の戦士”を求めていたというのに』
アンデルセンの眉が釣り上がる。歯が軋む。
「貴様はそうではなかったのか……」
防人ではない、防人の意識の奥底に向けて語りかける。
「どうした……。そんなものか、錬金戦団。そんなものか、錬金の戦士。
我が仇敵、我が怨敵よ。所詮、貴様も我が“宿敵”とは足り得ないのか……」
アンデルセンはひとつ息を吸い、地を揺るがすが如き怒声をフロア中に轟かせた。
「どうしたァ!! 私を失望させるなァ!!!!」
アンデルセンの怒号に呼応し、防人はビクリと身体を震わせた。
働きを失いつつある鼓動に対し、そこに残る“もの”は尚も輝きを増していく。
それは――
『彼と闘い続け、そして、勝ちたい。いや、勝たなければならない。たとえこの身がどうなろうとも』
――という、あまりにも単純かつ無謀な意志。
火渡の言葉を借りるならば――
『ここでおっ死ぬ事になろうが、このクソ野郎をブッ殺さずにゃいられねえ』
――といった所だろうか。
「まだ、だ……」
身体を起こし、前を上を見据える。
「まだ生きてる……そうさ、まだ命がある……」
足を突き、地を踏み締める。
「まだ、闘える……!」
立ち上がり、残された拳を握る。
「この拳は差し出せないが――」
“それを打ち倒さなければ己になれない”
「――命なら差し出すぞ、アンデルセン。お前に勝つ為に……!」
立ち上がった防人を前に、硬く堅く固く銃剣を握り締めるアンデルセン。
「Behold, I tell you a mystery, we shall not all sleep...」
嬉々とした曲線を描いたその口から何事かが低く呟かれたが、防人には聴き取れない。
防人衛とアレクサンド・アンデルセン。
彼らは再度三度、対峙した。
幾多の敵を越え、互いの拳打斬撃を越え、己の命を越え。
既にそこは、二人が共有する空間は、余人の意思など及ばぬ領域へと変貌を遂げている。
否。最早、己の表在意識すらも及びはしない。
すべてを“闘争の本質”という不文律が支配しているのだ。
そして、この間合いである。
アンデルセンの足元に尻餅を突き、そこから立ち上がった防人。
二人を分かつ距離は僅かに数cmしかない。
得物持ちのアンデルセンには絶対的に不利な間合いだ。
「貴様のその――」
言葉半ばにあったアンデルセンの顔を一瞬、肌色の刃が薙ぎ払った。
「グゥオォ……!」
アンデルセンの身体はグラつき、顔を伏せる。
それは使用不能となった左手の“肘”。
鋭利な肘打ちがアンデルセンの頬をザックリと切り裂いたのだ。
極端な間合いの狭さが、使う筈が無いと思われていた左腕を武器に変えさせた。
防人の攻撃は終わらない。
何故ならば、アンデルセンの鳩尾にひっそりと右の拳が当てられているからだ。
「デリャアアアアアアアア!!」
防人が腹の底からの気合いを吐き出した瞬間、アンデルセンは激しく後方に吹き飛ばされた。
零距離射程からのストレートパンチ。
だが、それは“寸剄”などという高等技術ではない。
ただ単に遮二無二、持てる力のすべてで右腕を前に押し出しただけだ。
アンデルセンは後方へ身体を大きく動かされたというだけであり、拳のインパクトによる
ダメージはほぼ見られない。
吹き飛びながらも冷静に防人の位置を見極めたアンデルセンは、懐に手を入れ、そのまま何かを
勢いよく投げつけた。
「爆導鎖ァ!!」
それは異形の鎖。
一節一節に銃剣が括りつけられた長大な鎖が防人に迫る。
アンデルセン考案の“対多人数用”銃剣応用武具である。
鎖は幾重にも防人に巻きつき、銃剣同士がぶつかり合い打ち鳴らされる。
銃剣が肌を切り裂き、傷を増やしていくが、どうやら鎖そのものはただの鉄製のようだ。
「くっ! この程度の鎖――」
防人は己が身を虜にする鎖を粉砕しようと力を込める。
「甘いわ……!」
アンデルセンの言葉と同時に、無数の銃剣の柄がカチリと奇妙な音を立てる。
その瞬間、すべての銃剣が光を発し、轟音と共に強烈な爆発が巻き起こった。
「ぐああああああああああ!!」
これこそがアンデルセンが爆導鎖を“対多人数用”としている所以である。
本来は軍勢の中に投げ入れ、戦端を切り開く為のものなのだ。
濛々とした黒煙がフロア中に埋め尽くす。
徐々に晴れていく煙の中に見えるものは、倒れ伏す防人。
爆破の衝撃と爆炎で全身の至る所が焼け焦げ、傷つけられている。
それでもまだ四肢体幹が砕けて肉塊と化さなかったのは、鎖の緊縛を断ち切るのが爆破より
ごく僅かに早かった為であろう。
「ぐぅうッ……! ガハッ!」
息も絶え絶えにうつ伏せる防人の様は、“風前の灯”という言葉以外では表せない。
身体にダメージを与えている傷も切創、熱傷、挫創、裂傷、刺創、擦過傷と枚挙に遑が無い。
手首から流れる血液もいよいよその勢いを増し、デッドラインである全血液量の1/3に
達しようとしている。
防人は起き上がる事が出来ない。
倒れたまま震える右手を前に伸ばし、床を掻く。何度も何度も。
その行為は死に行く者の苦悶のものなのだろうか。
そうではない。むしろ、ベクトルはまったく反対だ。
それは“生”にしがみつく為。命を捨てた闘争を続ける為の“生”を逃さないように。
見ると、指の間から煙を漏らしながら、防人は“何か”を掴んでいる。
先程の行為はそれを集める為のものだった。
防人はゴロリと仰向けになると、手に握った“何か”を左手首の傷に押しつけた。
肉の焼ける不快な音と悪臭が放たれ、立ち昇る煙は量を増していく。
防人が集めて握っていた物は、燻り続ける火薬の残滓や焼け焦げた銃剣の破片。
それらを使い、鮮血溢れる切創を焼いたのだ。
「これで……ち、血が、止まった……」
防人はゆっくりと立ち上がる。ゆっくりとしか立ち上がれない。
肉体の組織は傷つき尽くし、酸素を運ぶ血液量も致命的に足りない。
“死”は間近い。
だが、立ち上がれる。立ち上がれるのだ。
「こ、来ない、のか、アンデルセン……。俺は……た、立ち上がったぞ……。
さあ、来い……! さあ、早く(ハリー)!」
防人の叫びに呼応し、今度はアンデルセンが身体を打ち震わせる。
歓喜は電流となり、全身を駆け巡る。
遂にこの錬金の戦士は、この男は、“初めて”我が眼前に立った。
「やっとだ……。やっと、始められる……!
私はお前を倒さなければならなくなった!
お前はこの私が、第13課(イスカリオテ)のこの私だけが殺さなければならない!
今! まさにたった今だ! 我らの闘争は今この時、今この瞬間から始まるのだ!!」
この時。この瞬間。
アンデルセンの発した言葉。
相対した敵が死の淵に立ち、闘いは佳境を迎え、終幕も間近という“この時”“この瞬間”。
ここまで来て、ようやくアンデルセンは防人に及第点を与えた。
“キャプテン・ブラボー”という存在を認めた。
己のすべてを懸けて闘うに値する“宿敵”として。
尚且つ、“これから”“今から”が闘いの開始だと言う。
これに誰が異を唱えられる?
至極、もっともな話ではないか。
「征くぞ、錬金の戦士(キャプテン・ブラボー)……!」
「来い、神父(アンデルセン)……!」
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