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非常階段内。人の住む空間から隔絶されたそこは、不思議な静謐さを纏う場所
だ。本来の用途に使われるまで、そこは独特の冷気と雰囲気を保ち続ける。
唐突に――そして静かに、沈黙が破られた。階下から木霊する音。それは遠く
から徐々に、徐々に迫ってきた。
人が駆け上がる足音だった。一定のリズムで刻まれるそれは、防音が完璧な壁
から外に漏れることはなかったが、階段内に響き渡り、静寂を払拭していった。
そして――見える姿。がむしゃらに振られる腕/額から吹き出る汗/ぜはーぜは
ーという呼吸/黒いコート――シグバール。軽やかには見えなかった。疲労困憊、
その言葉が適切だろう。部屋から飛び出し、今の今まで、非常階段を上ってきた
のだろう。全力で。
走る。走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。
頂上へ向かって。
このビルの最上階を目指して。
いったいどこまで続いてるんだ、このクソッたれな階段は。かれこれ、部屋を
飛び出してから、十分はたったか。ただでさえ体力が消耗しているというのに、
一面コンクリートの代わり映えの無い景色が、精神を磨耗させていく。
そろそろ足を休めるか。――そう思ったところで、目当てのものが現れ始めた
。重々しい鉄の扉。階段はその扉の前で途切れている。おそらく、向こう側には
屋上の景色が広がっているだろう。
俄然やる気が出た。今までの疲労はどこへ行ったのやら。シグバールは尋常で
は無い速度で階段を駆け抜け「どりゃあぁぁぁぁ!!」扉を蹴破った。
広がる視界。だだっ広いだけで、そこには何も無かった。強風でがたがたとフ
ェンスが鳴る。高所の刺すような冷気がほてった肌に心地よい。そして時間が時
間なら、突き抜けるような青空を楽しむことも出来ただろう。が、今は夜の帳が
下りている。深呼吸を繰り返した。心臓は徐々に静まり、普段のリズムを刻み始
めていた。呼吸が整い、額の汗をハンカチで拭いたところで一言――「階段で最
上階まで上るもんじゃねぇな」
「さて、売られた喧嘩は買わなきゃならん。が」
シグバールは嘆息した。何で俺が、こんな苦労をしなきゃならんのだ――何が
簡単な任務だ、ゼムナスめ。貸しは高くつくからな。憶えておけ。
ノーバディの居城――通常空間と虚数空間の狭間にある、本来は存在しない世
界。そこで、シグバールは命令を受けた。白亜の大きい大きい椅子が立ち並ぶ部
屋の中で。ゼムナスという男に。ゼムナス。ⅩⅢ機関のリーダーであり、ノーバ
ディの指導者であり、シグバールが最強と信じる男。
強い男だった。力だけではなく、その精神も。本来統制のなかったノーバディ
たちを纏め上げ、強靭な組織を作り上げることが出来たのも、全てゼムナスの手
腕があったからこそだ。
ゼムナスとシグバールは旧知だった。共に賢者の下で真理へ至る道を探してい
た。だが、紆余曲折あり、その二人を含む賢者の弟子の六人はノーバディとなり
、賢者の下を去った。ⅩⅢ機関設立より以前に知り合った仲――だから彼のゼム
ナスへの態度は、どのノーバディよりもくだけていた。やれ任務がきついだの、
予算を増やせだの、他メンバーが言いにくい事柄をすんなりと言える間柄。だが
一方で、シグバールは誰よりもゼムナスの隠された意図を読み取る。誰もが首を
かしげる命令に、何の疑問も出さずに従い、予想以上の成果を示してくる。それ
が、どんなに汚い仕事でも。 互いのことを深く知っていなければ出来ないこと
だ。それは互いに相手を認め合っていることの証左。余人には計り知れない信頼
の形。
シグバールは別の世界から任務を終え帰還してからすぐに、ゼムナスから指令
を受けた。当然ごねた。一仕事終えたと思えば、また任務。体の疲労は問題ない
。が、ここでこの任務を簡単に承諾すれば、次々と別の任務がシグバールの元へ
やってくるに違いない。もちろん命令は受けるが、自分は便利屋ではない。
――だがしかし、断る気もさらさらなかった。ⅩⅢ機関は慢性的な人手不足に
陥っていた。これはノーバディの原型となる〝強い心の持ち主〟の基準を満たす
者が少ないことに起因していた。自然、ただの心から生まれるハートレスとノー
バディの間には絶対的な数の格差が生まれている。 その上、単独行動が可能な
上級ノーバディが十指にも満たないことも、ナンバーを冠するⅩⅢ機関員に負担
を強いている要因だった。
だから、最古参の自分が、仲間の負担を和らげてやらねばならない。ゼムナス
もそう自分が考えていると見抜いたからこそ、この任務を任せたのだ。ゼムナス
が言うには、これは簡単な任務だという。事実、話に聞く限りでは楽な部類のよ
うだ。激務の続くシグバールに配慮したのだろう。
ひとしきり愚痴をこぼした後、シグバールは新たな世界に旅立った。
そして、現在に至る。
シグバールにはリップヴァーンの位置は分からない。これは決定的な差で
ある。対策の立てようが無い。反撃のしようが無い、逃亡もままなら無い。
が、まるきり手も足も出せない、ということでも無い。方法はあった。リッ
プヴァーンを見つけ出す方法は。
グールには心が無い。吸血鬼に噛まれた時点で、魂と共に心は別次元――
世界の中心/王国の心/キングダムハーツへとシフトされる。だからグールの
海であるこの一帯には、心は存在しない。――たった一つを除いて。
吸血鬼禍が起こるところには、確実にその元凶がいる。歪んではいるが、
心を持っているもの――吸血鬼。実際には、吸血鬼の心は人間が吸血鬼にな
る際に生じる高度な複合呪詛――吸血鬼を吸血鬼たらしめる強力な『呪い』
――が、脳に残留するデータをサルベージし、〝屍体を効率よく動かすため〟
に再構成したまがいものだった。が、その高度な再現度から、それはほとん
ど心といって差し支えない。
だから吸血鬼は十分に心を持っている、と言える。
やりようはある。どこから狙ってきているのか、その居場所を突き止める
ことができるのだ――その心を使って。
宵闇の彼方から、羽音が聞こえる。歪んだ陰影を描く不気味な翼を背に持
ち、ねじくれてはいるが不思議な均衡を保った身体の悪魔が数体現れる。彼
らは耳障りな羽音以外には一言も言葉を発さず、その寡黙さを維持しながら
シグバールの周辺に着地した。避雷針、フェンスの上、または床の上に。
それらはⅩⅢ機関に使役されるハートレス達だった。シグバールが事前に
用意していた手駒達。〝ないよりはマシ〟という軽い気持ちでつれてきたが、
思わぬところで役に立ってくれそうだ。
「おまえら、仕事だ。なぁに緊張すんな、簡単なことさ。お前達がいつもや
ってること、心を持ってる奴をを探し出してそいつのいるところに向かうこ
と、ってハナシ。抵抗すんなよ、お前らじゃ相手になんねぇからな」
一応注意しておくが、知能を持たないハートレスに何を言っても無駄だろう。
本能的に心を追い求めるこいつらに、我慢の二文字は無い。だが、要は標的を
発見できればいいのだ。そのためにはハートレスが何体犠牲になってもかまわ
ない。
「見つけたらすぐに、俺に教えろよ。――んじゃ、いけ」
一斉に飛び立つ悪鬼の群れ。それらは甘い蜜/心に誘われ、心を持つもの/狙
撃手の下にたどり着くだろう。
標的の位置――それが分かれば後は単純だ。
狙いを絞ってトリガーを引く。それだけだ。
リップヴァーンは吸血鬼になってからも、マスケット銃を手放
しはしなかった。大抵、吸血鬼に転化したものは銃を好まない。
銃に頼っていては、その異常なる力――吸血鬼の力を、思う存分
楽しめないからだ。自分の腕で骨を砕き肉をすり潰し全身を血で
染め上げる。全ての吸血鬼はその衝動を抱えている。生まれたも
った異能を行使したいという欲望――それが吸血鬼の強みでもあ
ったし、弱点でもあった。
だがリップヴァーンは銃を捨てなかった。理由は単純だ。
彼女の異能が、銃を媒介としたものであるが故に。魔弾。その力
は幾多の吸血鬼――エルダーさえも上回る。丸腰の吸血鬼はもち
ろん、近代兵器で身を固めた吸血鬼でさえも問題にならない。
その力を、わざわざ捨てるなどと、考えられなかった。
そしてその力で殺戮を行えなくなるのもまた、リップヴァーン
には考えられなかった。
吸血鬼になってから、リップヴァーンは新しい悦びに目覚めた。
マスケット銃を構え、自分の目で遠くの獲物を撃ち抜く――その瞬間
、途方も無い興奮が襲う。始めはさざなみに過ぎない。だが――獲物
を見つめ、それがどんな人生を送ってきたのかを想像し、どんな喜び
や、悲しみがあったのだろうかと考え――その人生を自分が刈り取る
のかと夢想するだけで――波は大きくなり、意識は大海へと連れ去られ、
気づいた瞬間には引き金を引いている。その夢遊が、彼女にとって変え
難い快楽となるのだ。
リップヴァーンは、自分を制御すると同時に、その快感を味わっていた。
彼女は、速く引き金を引きたかった。
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