「やさぐれ獅子 ~二十七日目~ 54-1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「やさぐれ獅子 ~二十七日目~ 54-1」(2008/02/11 (月) 01:21:58) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
首から上は獅子と大蛇の混合、首から下はティラノサウルスのフォルム、標高五メート
ル。十センチを超える牙が規則正しく生え揃い、絶えず生温かいよだれを垂れ流している。
二つある胃袋には、それぞれ火と氷を貯蔵しており、いつでも外に吐き出すことが可能だ。
むろん、人語など一切通じない。
巨躯に殺気を詰め合わせただけの、正真正銘のケダモノ。
魔法を打ち砕き、天災を耐え忍び、死をも乗り越えた加藤に送り込まれたのは、竜神の
しもべであった。
「でかっ」
加藤の第一声がこれだ。
冷静に規模(スケール)だけを比較すれば、島全体を巻き込んだ風神と雷神の方が上だ
が、眼前に五メートルが居座るとやはり迫力が違う。
ファーストアタックは加藤。
勢いよく飛び出し、竜の腹に正拳をめり込ませると、跳び蹴り、前蹴りを突き刺す。さ
らに肥えた腹を駆け上り、顎にアッパーをぶち込む。
並みの相手ならば『一本』を三回は取れていたコンビネーションだったが、相手は伝説
上の生物。平然と爪で体をかいている。
「この……ッ!」
攻撃を再開しようとした矢先、尻尾によるフックが加藤を捉えた。
「うがっ!」
ガードを吹き飛ばされ、体ごと飛ばされる。バウンドしながら十メートル以上転がった。
すかさず立ち上がった加藤に、迷いはない。
「でかくて強い、分かりやすくていいな」
鍛え抜いた足腰を爆発させ、またも正面から攻める。
(これはチャンスだッ! こいつを真正面から空手だけで倒せるくらいにじゃなきゃ、と
ても刃牙たちには勝てないッ!)
もし果たせなければ、仮に東京に戻ったところで死ぬだけ。超重量級を相手取り、加藤
はもっとも危険な勝ち方を自らに課した。
竜が巨大な口を開くと、灼熱の炎が加藤めがけて噴き出された。
(ビビるな、走れッ!)
逃げない。もし一瞬でも足を止めていれば丸焼けだったろうが、魔法使いとの戦いを経
て火には慣れている。紙一重でブレスを掻い潜ると、加藤は再度竜に肉迫した。
(──今ッ!)
脳内麻薬と喧嘩空手が、魔獣を呼び覚ます。
理性を生贄にした加藤の拳が竜を打つ。
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!」
拳が轟音を生む。一撃一撃に加藤の空手人生が込められている。尋常ならない重さ。こ
れが空手だ。
さっきまでとは別人のようなラッシュに、竜も戸惑う。
戸惑いは、やがて怒りに。
「ギャオオオオッ」
尻尾フック。
これを跳び上がって回避すると、そこには大きく開かれた顎が迫っていた。
(──喰われるッ!)
咄嗟に飛び出た行動は、突きだった。沢山あるうちの一本ではあるが、拳が牙を見事へ
し折った。竜が怯んだ。
加藤は追撃を止めない。それどころか、あえて竜の口に飛び込むと、柔らかい口内に貫
き手を容赦なく刺しまくる。
「ギャアッ!」
たまらず竜が炎を吐こうとする寸前、第六感でそれを察した加藤は口から抜け出す。直
後、火を吐いた竜は口の中に無数に出来た傷を自ら焼いてしまう格好となり、激痛を声に
変換した。
「グギャアアァァァァオッ!」
竜の大絶叫を耳に受けながら、加藤はふと思考を巡らせる。
たしかに竜は強い。サイズとパワーはこれまでの試練の中でも最高ランクに位置し、さ
らに生まれながらにして炎という武器も手にしている。反則といってもよい。
しかし同時に、竜からは是が非でも加藤を打倒するという意志がまるで感じられない。
生まれ持った殺意と能力に頼って暴れているだけ。同じく獣であり虎であったドッポに比
べれば遥かに格上だろうが、ドッポはこの島のナンバーワンであることに誇りを持ってい
た。無生物であった人形や城も、製作者の命令を果たそうという命を持たないが故の執念
があった。これらに比べ、竜には何もない。大きくて強い、以上のものが何もない。
(こんな奴に……俺が敗けるかッ!)
氷を吐き出す竜だが、何を吐き出そうと関係ない。加藤はすでに勝利を確信していた。
廻し受けで氷を弾くと、一呼吸置き、懐に侵入する。
「シャリャアッ!」
全身から捻るようにして放たれたローキック。五メートルが傾いた。
加藤は止まらない。牛若丸の如く跳ね回り、竜の全身に空手技を味わわせる。
立会人がいたならば、大勢は決したと判断するところだ。
それでもなお──
竜が振り払うように動かした腕で、加藤はホームランボールのように飛んだ。
──体格(サイズ)は嘘をつかない。
痺れが体中に染み渡る。
単なるまぐれで、視界がぼやける程のダメージを負った。
巨体にもかかわらず、竜は跳び上がった。小さなビルにも匹敵する重量が、加藤に降り
注ぐ。
着地の瞬間、地盤が軋んだ。竜が踏んだ箇所はクレーター状に陥没してしまった。肝心
の加藤がどこにもいない。
竜は首をきょろきょろさせ加藤を探すが、見当たらない。
それもそのはず。着地の際生じた局地的な地震を利用し、加藤はトランポリンの要領で
大ジャンプを決行した。
竜の頭の上に加藤は立っている。
「ガァオッ!」
ようやく頭上の加藤に気づいた竜が、顔を上に向ける。が、これこそが加藤がもっとも
欲したシチュエーション。
すかさず顔面部に移動し、
「セイッ!」
まず右目──。
「ケリャッ!」
次いで左目を全力の下段突きで潰す。
たった二撃で、竜は暗闇に堕ちた。通常ならば勝負ありだ。
「グラオォォアァァァッ!」
竜、再始動。
炎と氷を闇雲に噴射し、五メートルもの巨体で駆けずり回る。視界がなくとも巨体があ
る、とばかりにメチャクチャに暴れ回っている。巻き込まれれば命はない。
これに、加藤は恐れずに応じる。
踏まれぬよう、焼かれぬよう、凍らぬよう、全力の突き、全力の蹴り、全力の肘、全力
の貫き手、全力の全力が、竜を打つ。
日が沈みかけた頃、山はようやく崩れた。
空手の要である手足はヘトヘトになっていたが、心は晴れやかだった。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: