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そこは墓場だった。
幾人もの人間達が命を散らせ、二匹の化物(フリークス)が灰と消えた、不吉な場所。
そこは塵芥と化したあらゆる“命”が彷徨う、忌まわしの合祀墓なのだ。
肉と髪の毛が焼ける火葬場の悪臭が充満し、千切れ焦げた無数の肉塊がコンクリートの
瓦礫の中に散らばっている。
New Real IRA本拠、“ズーロッパ・トレーディング・ファーム・ビル”一階ロビー。
防人衛の熱く冷たい闘いの幕が切って落とされた、この場所。
決斗戦斗のすべては、この場所に帰ってきた。結末を決める者達は、この場所に帰ってきた。
「シィイイイイイイイイイイ!!」
「オオオオオオオオオオオオ!!」
天井に大穴を開けた広いロビー。
そこで二匹の獣がぶつかり合う。
爪牙は拳と銃剣。
唸っては爪を立て、吼えては喰らいつく。
だが意外な事に、獅子と虎の如き両者相譲らぬ互角の戦いとなってはいない。
防人はアンデルセンの銃剣をすべて回避しているのだ。
握る銃剣の斬撃も、複数の銃剣の投擲も。
更に攻撃を避けた後、的確にアンデルセンの顔面に神速のカウンターを叩き込む。
“人間離れ”などという陳腐な言葉はとても使えない、防人の速さと格闘技術。
武装錬金を失っているからこそ、ホムンクルスではない人間が相手だからこその、この状況だ。
一方、打たれても打たれても銃剣を振るい続けるアンデルセン。
呼吸は乱れ始め、矢継早に繰り出される拳の前に徐々に再生が遅れていく。
彼は新鮮な驚きを歓喜と共に躊躇いも無く受け止めていた。
『これが錬金の戦士! これが錬金の戦士!』と。
防人はアンデルセンとの間合いを充分に開け、足を止めた。
「どうした……。そんなものか、第13課(イスカリオテ)。そんなものか、聖堂騎士(パラディン)」
防人を駆り立てる。胸を渦巻くドス黒さが、己の冷たい心が。
不条理。死。無情無慈悲。裏切り。理不尽。虚無。
死んでいく。皆、死んでいく。
敵、味方、敵の敵。
俺は今、何をしている? この時、この場で拳を振るう俺は?
任務も果たせず、仇も討てず。
「そんなものかァ!! アンデルセェン!!」
ベッ、と床に血を吐き捨て、アンデルセンは防人に問い掛けた。無論、笑いは崩さずに。
「貴様、名は何と言う……?」
「キャプテン・ブラボー」
即座に返す防人。
このごく短い問答は、アンデルセンにある可笑しみを覚えさせた。
“名前なんぞを知ったところでどうなる”
ほんの刹那、闘争の場という意識を忘れてしまった。
「キャプテン・ブラボー、か。フザけた名前だな……」
不意にアンデルセンが構えを変えた。
順手持ちだった両の銃剣は逆手持ちとなり、幾分脇が締められている。
「性に合わんがやむを得ぬか……」
戦闘再開の空気に防人は敏感に反応した。
アンデルセンの巨躯が全体的に若干縮まった印象を受ける構え。
明らかにこれまでの、攻撃重視の豪放な構えとは違う。
しかし、今の防人にはそんなものは関係無い。
(奴の攻撃はすべて当てさせない。俺の攻撃はすべて当てる)
表在意識ではたったそれだけの事しか考えていなかった。
普段の防人が現在の防人を見たならば、このあまりの粗雑さを嘆くだろう。
アンデルセンは動かない。散々にカウンターを狙われては動けないのかもしれないが。
防人は苛立ちを募らせた。
「来ないのならこっちから行くぞ……!」
何をすればいいのか、防人は充分わかっている。
相手が動かないのなら先の先を取るだけ。
上階で喰らわせた第一撃(ファーストインパクト)の時のように。
一直線に飛び込み、拳を顔面に捻じ込み、銃剣の届かない間合いまで離れる。
アンデルセンの銃剣が振るわれるのは、それより遥かに後。
まるで、それは映画の脚本だ。
何もかもが決まりきっており、その通りに事が進む。
そして、終劇は倒れ伏す一人の神父。
防人は声も立てずに地を蹴った。
アンデルセンまでの最短距離を一直線に突っ込み、左のストレートを放つ。
そして確信のそのままに、顔面の肉が潰れ、骨が割れる感触が防人の拳に伝わってきた。
だが――
それと同時に手首に正体不明の熱さが走る。
「!?」
異変に気づいた時には、既に防人はアンデルセンから数mの距離を取っていた。
灼熱感の原因を確かめようと、己の手首を確かめる。
防人の眼に飛び込んできたものは、普段では決して見る事の出来ない光景。
ごく薄い脂肪。赤い筋肉。想像以上に太めな動脈や神経。
ただし、見えたのはほんの一瞬。
噴き出した血飛沫によって、それらはすぐに隠されてしまった。
防人の逞しさ溢れる手首は、アンデルセンの銃剣によって全体の半分近くも斬り裂かれていたのだ。
「惜しいな。あともう爪先半分、踏み込んでくれれば――」
アンデルセンの銃剣には一滴の血も付いていなければ、脂肪の曇りも見えない。
「――その小癪な拳を斬り落とせたものを」
「くっ……!」
小指と薬指がまったく動かない。他の三指は辛うじて伸ばせるが、握る事も横に広げる事も出来ない。
拳を握れぬ左手。それは闘いにおける機能のほとんどを失ってしまった事を意味する。
いや、それ以上に出血量が問題である。
動脈も静脈も微細な血管も、前腕を走る血管の半数が切断されている。
すぐに右手を左脇に挟み、強く締めつけるも、その程度で出血が止まる訳も無い。
血液は後から後から止めど無く噴き出してくる。
アンデルセンは若干失望の色を漂わせる。“やはり、この程度のものか”と言わんばかりに。
「“ただ”速いだけの者が、“ただ”強いだけの者が、この私を倒せるとでも思っているのか……?
そんな連中とは飽きる程……いや、腐る程闘ってきたぞ。
貴様のような小僧とは、積み上げたものも練り上げたものも違うのだ」
確かにスピードも力強さも防人が上だったのかもしれない。いや、“かも”ではなく事実だろう。
だが、防人はその身体機能、身体能力をそのままの用途でしか使用しなかった。
“最速”と“最大限”にこだわり過ぎ、動作も戦術も単調極まりないものになっていた。
対するアンデルセンの取った行動は実に精妙なものだった。
攻撃も防御も考えず、ただ“反撃”のみに集中した。
銃剣の上を拳が通過する一瞬。
その一瞬を狙い、僅かに銃剣を横に滑らせただけ。たったそれだけだ。
最小の動作を転じて、最大の反撃と成した。
それこそは、アンデルセンが数十年の闘いと狩りの歴史で培った、巧緻行き渡る“技術”。
生まれて二十年、戦闘に身を投じて数年の防人が持ち得る筈の無い“老獪さ”なのだ。
「その出血量ならば、せいぜい五分足らずといったところか。ククク……」
アンデルセンは更に構えを変えた。
今度は、右の銃剣を順手持ちにして防人の方に突き出し、左の銃剣は顔の前で逆手持ちの
ままにしている。
攻防一体の構えといったところか。
「……」
防人は動けない。左手から流れるは血液。背中を流れるは汗。
失われていくものの代わりに、焦燥と恐怖が徐々に防人を侵食しつつある。
今ではアンデルセンの巨躯が、その大きさを増して部屋中を占めているかのような錯覚に
陥りつつある。
銃剣を煌かせながら、アンデルセンが告げた。
「さあ、死の宣告(カウントダウン)だァ……」
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