「VP 53-1」(2008/02/11 (月) 00:17:42) の最新版変更点
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「――ッ――!」
不意に呼ばれたように思い、彼はまぶたを開けた。
誰もいない。
夢か、と思うが、それがこの熱帯雨林の高温多湿さと混じり、彼にはことさら不愉快だった。
熱帯雨林の中で仁王立ちの巌のような巨躯に、赤銅色の肌、蛍火のように鈍く輝く頭髪をもった威丈夫の名は、
ヴィクター・パワードと言った。
元々、彼はここにとどまる積もりなどなかった。そもそもこの地の者ですらない。
かつて太陽の沈まない国と呼ばれ、世界に冠たる帝国としてその名を轟かせたユナイテッドキングダム、
その最後の黄金期に彼は生を受けたのだが、気まぐれな運命の女神に弄ばれた彼は、
人として生を全うする事が出来なかった。
人でも食人の怪物でもないなにかへと成りはてた彼は、紆余曲折を経て東の彼方、日本へと落ち延び、
その地で出会った朋輩の助けを得て百年を眠った。
もしそのまま目覚めることがなかったら、彼にとっては幸いだったのかもしれない。
しかし、彼の朋輩は天才で友誼に厚かった。
百年をヴィクターの復活に費やした不世出の天才・蝶野爆爵の妄執に等しい研鑽が実を結び、
ヴィクター・パワードは陽光の下に戻ってきた。
しかし、運命の女神は、気まぐれで残酷だった。
百年の彼方から帰ってきたヴィクターの目にしたのは、彼と同じ存在となった少年の姿だった。
狂った戦闘神のようにただ闘いだけを望み求める少年の姿は、この上なく醜悪で、身震いするほどおぞましい、
自分自身の姿そのもの。
今の彼に耐えられるものではなかった。
少年と遭遇戦を終えた彼は、そうしてここにいる。
「――ッ!―――!!!」
先ほどの声は、夢ではなかったらしい。
この地の言語での助けを求める声と、そして断末魔。
ヴィクターは本能的に、声の主に向かって駆けだした。
人でも怪物でもない彼に残されたただ一つのもの、
それこそが「錬金術を持って理不尽に曝される人を守る」事だ。
例え体が怪物へと変貌しようとも、それを抱き続けていれば、ヴィクターはヴィクターで居られる。
裏切られたとはいえ、彼は錬金の戦士で有り続けられるのだ。
ヴィクターの聞いた断末魔の主、それは今や人間だった肉塊でしかなかった。
全身の皮を剥がされ、血液の赤と新鮮な肉を求めて集まってきた羽虫と蠅とで赤黒く斑になった肉塊だった。
その肉塊を作り上げたのは、人ではなかった。
空気を歪ませ、青白い鬼火とともにそれが姿を現す。
ドレッドヘアを振り乱した巨躯の狩人は、毒蛇のような擦過音を漏らすと、
満足げに自分の作り出した作品を見やった。
銀色のマスク、胸部と手足を覆うプロテクター、は虫類のような地肌を覆う編み目。
狩人は、ふたたび鬼火を纏って姿を消した。
接近するヴィクターの気配を察知したのだ。
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