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「ちくしょう、なんてぇ火力だ!」
燃え盛る火炎を前に、加藤は怒りの混じった大声を吐き出す。炎の侵攻は恐るべき速度
で進み、熱帯林が次々に炭と化していく。
業火の主は、右手に持ったステッキから炎を召喚しながら加藤を追い詰める。虫かごに
閉じ込めた昆虫に殺虫剤を浴びせかけるように陰湿で、効果的な戦法だった。すでに島全
体の樹木のうち、五パーセントが失われていた。
逃げれば逃げるほど不利になる。かといって、真っ向から挑んでどうにかなる相手でも
ない。
試練『魔法使い』が加藤の前に現れたのは、まだ空が白んでいる早朝のことであった。
もはや日課となった砂浜でのロードワークを終え、食料調達に森に入ろうとした時、背
後に気配を感じた。
「──誰だッ!」
「おぉっ、あまり大きな声を出さないでくれないか。やかましくてかなわん」
「んだと……」
シルクハットに燕尾服、片手でステッキを器用に回している。典型的な英国紳士の容貌
が、海をバックに直立していた。
「自己紹介から始めようか。私は」
加藤は跳び上がり、上空から足刀を落とした。ところが紳士は突如消え、元いた場所か
ら三メートルは離れた地点に立っていた。
「まともに会話もできんのかね、君は。これだから嫌だったのだよ。未だに素手から進化
できない原始人と関わるのは……」
(今、一瞬で移動しやがった……ッ!)
「しかしまぁ、これも仕事だから仕方ないがね。私は魔神に仕えている魔法使いだ。せい
ぜい楽しませてくれ」
「ん、魔神? 武神じゃねぇのか」
「君、勘違いして欲しくないが、我らが魔神と武神風情を同格と思わないでくれよ。君ら
のような原始人同士の取っ組み合いを司る武神と、世界中の災厄を司る魔神とでは、所詮
レベルが違うのだ」
加藤も武神を嫌ってはいるが、こうして第三者に貶されると不思議と腹立たしくなる自
分がいた。同じ分野(ジャンル)に属する者同士の連帯感からであろうか。とにかく口で
やり合っても始まらない。加藤は黙して構えに入った。
息吹きにて呼吸を整え、精神をフラットな状態とする。ここから一気に魔獣を呼び覚ま
す。昨日よりも殺気は充実している。
「ウオオオオオッ!」
黒い闘争心が燃え上がる。規格外の破壊衝動が身体を作動させる。
攻撃だけを考えた猛ダッシュ。むろん、加藤には策がある。ローで足を壊し、必殺の目
突きで一気に勝負を決めようとしていた。
ところが、間合いに入る前にまたしても魔法使いはフッと姿を消した。
後ろに回り込まれたことを察知し、すぐに後ろ蹴りを放つが、やはり当たらない。
今度は前方二メートルにいた。
「瞬間移動(テレポート)。これがある限り、君たち格闘士は私を間合いに置くことすら
かなわぬ」
「くっ、んなもん──」反則じゃねぇか、と口から出そうになった台詞を意地で押し止め
る。言及したところで意味はないし、余計自分が惨めになる。「軽く破ってやる!」
「ほほう、どう破るというのかね」
魔法使いがステッキを軽く振るうと、先端に火が灯った。瞬く間に炎の勢いは大きくな
り、小さな太陽となった。
あとは予想通り、太陽はステッキから弾丸のように撃ち出される。
「うおっ!」
時速二百キロを超える剛速球を、加藤は横に跳んでかわした。
「見苦しい避け方だ。わざわざ体を動かさねばならんとはな」
次は連射。ただ撃っているだけでなく、速度に緩急をつけ、一発一発のサイズが異なる
ので非常にかわし辛い。カーブを描いているものまである。
避けた火球は砂を焼け焦がし、海に入ればジュワッと音を立ててかなりの体積を蒸発さ
せる。ガードできる代物ではない。
よけて、よけて、よけて、よけて、よけて、よけまくるしかない。
回避しながら地道に距離を詰める加藤。が、加藤が進めば進むほど、魔法使いは瞬間移
動で進んだだけ数メートルずつ距離を空けてしまう。当たり前のことだった。
障害物がない浜辺では勝ち目は薄い。こうして加藤は思案の末、島の大部分を占める熱
帯林へと舞台を移した。
焼き払われる森林。大気が揺れている。呼吸もままならない。
「悲しい現実だな。君の大好きなカラテは、私の魔力のほんの一握りにも及ばない」
弾丸だけではない。火の刃、火の壁、火の津波が周囲を燃やし尽くす。木に登って魔法
使いを待ち伏せしようという企みはすっかり当てが外れてしまった。「ほんの一握り」と
いう言葉から、魔法使いが炎の出しすぎで疲労するというシナリオも捨てた方がよさそう
だ。
加藤は火を恐れる生物としての本能からだろうか、火事に不快感を覚えていた。自然保
護を訴える精神は持ち合わせてはいなかったが、無遠慮に炎に晒される木々は好ましい光
景ではない。奥にあるドッポの墓も守らねばならない。
加藤は足を止めた。
「……もう逃げねぇ。ここで決着だ!」
焼け落ちる森をバックに従え、魔法使いがステッキを加藤に向ける。
「いささか蒸し暑いな。うむ、魔法を変えようか」
打って変わってステッキに寒気が渦巻く。
寒気は氷結し、三十センチはあろうつららが誕生した。
「……マジかよ」
「大火災の真っ只中でのつららも、なかなかオツなものだろう」
つららが飛ぶ。速度は火球とさほど変わらない。燃えているか、凍っているか、の違い
だけだ。
これを難なくかわす加藤。が、何かがおかしい。
かわせばかわすほど、頭の中に違和感が募っていく。
(どこか変だぞ、このつらら──なんというか、本物じゃないっつうか……)
どすっ。
左大腿に、完璧に避けたはずのつららが刺さった。
「ぐあっ!」
無慈悲な氷の矢が肉に食い込む。まず痛い。熱い。しかし冷たい。
目測を誤った──否、そうではない。映像自体がずれている。
加藤は最速で結論を導いた。
「あれか……蜃気楼みたいなやつか」
理系の知識などまったく持ち合わせていない加藤でも、かすかに記憶があった。火と氷。
両者の急激な温度差が光を屈折させ、網膜に入る情報を捻じ曲げてしまっていた。
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