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「モノノ怪~ヤコとカマイタチ~ 53-1」(2008/02/11 (月) 00:04:13) の最新版変更点
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ごうごうと風が鳴る。
宿の外ではとても強い風が吹いていた。
それは宿のあちこちを軋らせ、窓やふすまを鳴らしほんの少しの不安をヤコに抱かせた。
小ぢんまりとした宿だった。
小さく宿泊料も安いながらそこそこの料理を出すということでわりと人気の宿である。
宿泊者はヤコ達のほかには中村という若者と安藤というおじさん、そして薬売りだ。
欠点といえば多少年季の入りすぎた建物かもしれないが、
食事が旅の大半の目的であるヤコにとっては大した問題ではない。
今、宿の広間で膳を前にし、桂木弥子は至福の時を過ごしていた。
「叶絵、美味しいよこれ!」
「それより涎垂らしてあたしのご飯狙うのやめてくれる?」
「やっぱり宿はお食事で選んでよかったよね!」
「それよりあたしとあんたのお膳すり替えるの止めてくれる?」
はあ、と籠原叶絵がため息をつく。食い物を目前にしたヤコに叶絵の話が通じることはあまりない。
「そうだよね、美味しいもの目の前にするとため息が出るよね!」
「あんたにため息ついてるんだけどね。あとあんたはいつもため息より涎が出てるでしょ」
「そうだよね、美味しいもの目の前にすると涎出るよね!」
「あんたあたしの話あんまり聞いてないでしょ」
「ははは、お姉ちゃんら面白いなぁ」
ふと気がつけば周りの注目を浴びていたらしい。
給仕をしてくれている宿の主人と女将にも笑われていたようだ。
「すみません、この子美味しいものに目が無くって……」
2人の正面に座っていた安藤というおじさんに笑われ、叶絵は身を縮めてヤコを小突いてきた。
「ちょっと、薬売りさんにまで笑われてるでしょ!?こっちの印象悪くなったらどうするのよ」
叶絵にとっては普通のおじさんに笑われたことより変な格好のイケメンに笑われたことが一大事のようだ。
ヤコが叶絵に言われて薬売りと名乗った妙な男を見ると、
確かに静かに目をこちらにやりつつ口元を歪めていた。
「でもさあ、あの人変だって叶絵。つづらみたいなのと剣みたいなの、お食事にまで持ってきてるし」
「大事なものなのよきっと。貴重品は部屋に置いとかないでしょ。財布と一緒よ財布と」
「さっきだってここにモノノケが出るとか言ってたでしょ。モノノケって妖怪みたいなものでしょ?変だよやっぱり」
「変な病気が流行るかもってことじゃないの?だから薬の入ったつづらは手放さないとか。仕事熱心なのよきっと」
2人がひそひそ言っているのを知ってか知らずか、安藤は姿勢良く座している薬売りにも目を向ける。
「まあ、兄ちゃんも相当面白いけどなあ。その格好は大道芸かなんかかい」
「いいえ、ただの―――」
「薬売りさんです、よね!」
叶絵が割り込んで応える。なにがなんでも薬売りと会話したいらしい。
「へえ、今時居るんだなあそんなの」
安藤は首をかしげる。ネウロと知り合って以来色々なものを見てきたヤコもこんな薬売りなんて見たことが無い。
「俺さあ、アンタの剣みたいなのが気になってたんだけど、それ本物?」
それまで食事に集中していた中村という青年も口を挟む。
宿の主人夫妻も興味が有るようだし、結局皆この妙な薬売りを気にしているのだ。
「本物、ですよ。人は―――斬れませんが、ね」
「なんだそりゃあ?結局なんにも斬れないってことかぁ?」
「斬れますよ」
「何が」
「物の怪、ですよ」
ごう。
……外の風が、強さを増した。窓もふすまもガタガタと鳴っている。
「も、もののけかあ……」
中村は聞いてはいけないものを聞いてしまったような顔をする。
きっと、ヤコと違って今まで魔人とか電人とか超人とかに関わりの無い人生を送ってきたのだろう。
ヤコはそういう「非日常」が確かに存在することを知っている。あまり関わりたくは無いのだけれど。
「ははは、んじゃあ兄ちゃんはその剣でもののけとやらをバタバタ斬るわけか。格好いいなあそりゃあ。
名前とかあんのかい。折角だから抜いて見せてくれんか」
安藤は冗談だと捉えたようだ。笑いながら薬売りに言う。
「抜けませんよ、この退魔の剣は。今のままでは、ね」
「するってと?どうすりゃいいんだい」
「必要なんです。
物の怪の―――『形(かたち)』と、『真(まこと)』と、『理(ことわり)』、が」
その時、剣に装飾されている狛犬もどきがカタカタと歯を鳴らしたようにヤコには見えた。
「ねえ、変だよヤコ、さっきから」
急に、薬売りに気を取られていたヤコの袖を叶絵が引っ張った。
「うん、薬売りさんの話も変だし、こんな美味しいものが目の前にあるのに皆手を止めてるのはもっと変だよね」
「ううん、そうじゃなくて」
叶絵の視線は薬売りでもなく目の前の膳でもなく、廊下に面しているふすまに向いていた。
叶絵は薬売りの話を聞き逃さないために無言なのだと思っていたが、彼女はヤコとは別のものを見ていたようだ。
「そうじゃなくて、―――なんでふすまがガタガタ鳴ってるんだろう」
「風が吹いてるからでしょ?」
「窓なら解るよ!窓の外は風が吹いてるんだから解る。
けど、ふすまだよ?隣はただの廊下なのに、なんでガタガタしてるの?」
「……そういえば」
安藤も中村も、宿の主人夫妻も顔を見合わせる。薬売りは静かにふすまを睨んでいた。
「お、俺も気になってたんだけど」
中村もそろそろと言う。
「気のせいかと思ってたんだけど、
……さっきから、風がこの部屋の周りを回ってる音がしねえ?」
その時もう一度ふすまがなり、ヤコは身を縮めた。
北の窓。
東の窓。
南の壁。
西のふすま。
確かに順番に音を立てている。
「は、はははは、そそんなわけは無いだろ、そこのお姉ちゃんも兄ちゃんも面白いなあ、
薬売りの兄ちゃんに負けずユーモラスだははははは」
静まり返った部屋に安藤のだみ声だけが響く。
「な、なあ、そんなポルターガイストみたいなことあるわけ無いって、ははは、
ほら薬売りの兄ちゃんも面白いよな、ははは!」
「いいえ、霊じゃあありませんぜ」
ふすまを睨みながら薬売りが静かに答える。
ヤコを含む皆が声を殺して薬売りの言葉を待っていた。
「じゃ、じゃあなんだっていう」
「言っているでしょう、さっきから。―――物の怪、ですよ」
「い、嫌ですよお客さん。
うちはちょいとばかり建てつけが古いからちょっとの風でもぎしぎしいうんです。
このふすまだって痛んでるだけで外に何かあるわけじゃあ―――、」
宿の主人がよろりと立ち上がってふすまに近づいた。
「よせ!」
薬売りが叫ぶのと、主人がふすまを開けるのと、
「ひゅうッ……」
そして主人が妙な空気音を発して倒れるのはほぼ同時だった。
「あああ、あんたあ!」
「ひ、ひいいい!」
「うわあああッ」
「ヤ、ヤコ、なにこれ!?」
叶絵がヤコにしがみついてくる。
薬売り以外皆の悲鳴が沸きあがる中、しっかりと叶絵と抱き合いながらヤコは見た。
……倒れた主人の喉は、ぱっくりと真一文字に裂けていた。
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