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火渡の心臓さえも射ぬかんばかりの眼光を浴びせながら、アンデルセンが構えを取る。
だが火渡はその眼光を受け流すように笑い、悪態の限りを尽くして毒づいた。
「気取った口上述べてんじゃねえよ。涙目で正直にこう言ったらどうだ?
『ボクは今、全然余裕がありません』ってな。もしくは『ボクは今、必死です』でもいいぜ?」
「貴様ァ……!」
アンデルセンにとっては便所の反吐同然という位置付けの異端者の嘲りである。それは彼を
激昂させるには充分過ぎるものだった。
ギリギリという歯噛みの音は火渡にも聞こえる程だ。
「シィイイイイイッ!」
何の前触れも無く、アンデルセンの右手から銃剣が投擲された。
怒りを込めて放たれた銃剣が凄まじいスピードで火渡に迫る。
火渡は素早く五指を広げた手掌を前方にかざした。
「オラァ!」
気合いと共に発せられた業火が銃剣を瞬時に溶かし、消滅させた。
無視しても良かったのかもしれない。だが自分の身体を通過した後、千歳に突き刺さる事を
危惧したのだ。
あの神父ならやりかねない、との思いも火渡にはある。
さて、単純にここまでの攻防を見る限り、火渡は優勢と考察しても良いのだろうか。
火渡に物理攻撃が通用しない以上、アンデルセンの銃剣による攻撃ではダメージは与えられない。
しかも、聖水による“ブレイズオブグローリー”封じは失敗に終わった。
しかし――
「カハッ……!」
火渡の胸部に激痛が走り、明らかに心臓の鼓動が一拍遅れる。
やや俯き加減に胸を押さえた火渡は焦燥感に駆られた。
(クソッタレ、余裕が無えのは俺の方だな……)
“聖水による浄化”が辺り一面、そして火渡自身にも及んでいる、現在のこの状況。
武装錬金を強引に発動させた事で大きなダメージを刻み込まれ、更には攻撃をするどころか
発現状態を維持させているだけで生命力をむしり取られていく。
対するアンデルセンの方は、やや陰りが見えてきたとはいえ聖水の効果もあってか、
再生能力そのものは未だ保たれている。
ジリ貧。そんなありきたりの言葉が火渡の頭に浮かぶ。
それでも尚、彼の闘争心は揺らがない。
(別によォ、ただ……)
まさか「死ぬ事と見つけたり」とは言わないが、火渡にとって“劣勢”や“死の危険”は
闘いにおける不安要素には当たらない。
(ただ、“届かねえ”のはもう願い下げってだけだ……)
火渡は胸から手を離し、傲岸不遜に顎を上げる。
「……どうしたよ。テメエの“本気”ってヤツを見せてくれるんじゃねえのか?」
「ああ、出し惜しみはせん」
相変わらず笑みの無いアンデルセンは、空いた右手で懐から何やら取り出した。
それは、プラスティックらしき物で出来た細長い箱。
表面には『SECTION 3 MATTHEW(聖遺物管理局 第3課“マタイ”)』と書かれている。
握り締められた箱はアンデルセンの眼の高さまで掲げられた。
「随分、大仰じゃねえかよ。秘密兵器登場ってか?」
「そんなところだ」
アンデルセンはそう言うと、掌中の箱を中央から一息に握り潰した。二つに割れた箱が
幾つかの破片と共に床に落ちる。
そして、開かれたアンデルセンの手掌と割れた箱の中から、灰白色の細かな粒子が宙を舞う。
これは灰だ。何かを燃やした後の灰。
無論、あの神父の用意した物なのだから、只の灰である筈は無いのだろう。
それを証明するかのように灰は限り無く、無尽蔵にその量を増やし、火渡らの元へと
伸びていく。灰というよりもまるで煙幕だ。
やがて舞い踊る灰は、廊下の端にいるアンデルセンからだいぶ離れた二人までを包み込む程に
大きく範囲を広げた。
火渡は己を取り囲むグレイの世界を仰ぎ見、可笑しそうに首を傾げる。
「それがァ……どうしたってんだ!」
雄叫びの中、灰を吹き飛ばさんばかりの勢いで炎が放射された。
紅蓮の波はアンデルセン目掛け、まっしぐらに襲いかかる――
――筈だった。
だが炎はその途中で白く濁り、幾つもの細かな電光と化して灰の中へ拡散してしまった。
「ほ、炎が……!?」
呆気に取られる火渡をよそに、電光は灰の中を縦横無尽に駆け巡る。
徐々に雷雲の様相を呈していく灰の中に、うっすらとひとつの“顔”が浮かんだ。
眼を大きく見開き、口を裂けんばかりに開け、嘆きの声を上げる。怨讐の叫びを上げる。
そして“顔”が一際高く吼えるや否や、電光は細く鋭い稲妻となって火渡に降り注いだ。
「やべえ!」
「ああッ!!」
後方で甲高い悲鳴が響き、火渡は慌ててその発生源へ振り向いた。
見れば千歳が苦悶の表情を浮かべ、両手で右脚を押さえている。
「千歳!」
やはりだ。恐れていた事が起こった。
火渡を通り抜けた稲妻は、その勢いを緩めず千歳に直撃してしまったのだ。
元より火渡は稲妻程度の攻撃を恐れてはいない。
炎による攻撃は無効化されてしまったが、灰から落ちる稲妻もまた火炎同化している火渡には
ダメージを与え得るものではないのだから。
しかし、“これ”は別だ。この状況は別だ。
激痛に耐えかね、千歳の顔は脂汗に濡れる。
「あ、脚が……」
右脚はすねの部分でズボンもブーツも弾け、皮膚は焼け爛れて煙を上げている。
「ジャック・ド・モレーの灰……」
混乱極まる二人を眺めながら、アンデルセンはボソリと呟く。どうやら彼ら二人を包む
この灰は人間の遺灰のようだ。
「異端の濡れ衣を着せられ、無念の内に火刑に処された聖堂騎士(テンプルナイト)の怒り……とくと知れィ!」
「野ァ郎ォオオオ!!」
激怒と憎悪の咆哮を上げる火渡。
怒りだけならば七百年前に没した聖堂騎士にも負けないだろう。怒りだけならば。
「仕上げだ……」
アンデルセンは激する火渡へ力いっぱいに何かを投げつけた。
それは“聖書”。革と金属で神々しく装丁された聖書だ。
飛翔する聖書は独りでにパラパラと開かれ、その中の頁(ページ)が無数の紙片となって
勢い激しく湧き出でる。
幾百幾千の乱れ飛ぶ紙片は、まるで意思を持っているかのように火渡に向かって襲いかかった。
「畜生ッ!」
紙切れ如き、と炎を放つ火渡だがそれも聖遺灰によって電光に変えられ、空しく拡散する。
やがて紙片の一枚が火渡の腕に張りつく。
その瞬間、燃え盛る業火と化していた火渡の腕は、ただの人間のものとなった。
「何だァ!?」
驚愕の間こそあれば紙片は次々に火渡の全身に張りつき、張りついた先から火炎同化が
無効化されていく。
それだけではない。紙片が幾重にも火渡の身体に絡みつき、その自由を奪う。
「クソッ、動けねえ!」
もがく火渡の足元にコトリとシリアルナンバーXXの核鉄が落ちた。
再び武装錬金は解除されてしまったのだ。
思えばここまでアンデルセンが使用してきた道具の中に、攻撃に特化された物はひとつも無い。
聖水も、聖遺灰も、聖書も、そのどれもが邪悪な力を縛りつけ、戒める為のものだ。
武装錬金という異端の力を発動させなければ、“ただの人間と何ら変わり無い”錬金の戦士を
殺しきる為だけに選択された道具だ。
火渡は忘れていた。一番、心に留めておかねばならない事実を忘れていたのだ。
アレクサンド・アンデルセン神父は錬金の戦士を、それもいずれ名だたる歴戦の勇士達を
何度と無く血祭りに上げてきたという事実を。
「聖具と聖遺物による三重縛……。何者も逃れる事は出来ん。諦めて――」
完全に自由を奪われた火渡を前にしても、アンデルセンの眼光は鋭さを増していく。
「――大人しく殺されろ……!」
アンデルセンは床を蹴り、猛烈な勢いで火渡に向かい突進を開始した。
銃剣を握る両腕を、猛禽類が有する翼の如く大きく広げながら。
右の銃剣はコンクリートの壁を削り砕き、左の銃剣は窓ガラスを次々に粉砕していく。
壁の亀裂は天井にも及び、ガラスだけではなく窓枠までも木っ端微塵に吹き飛ぶ。
廊下全体を破壊しながら迫り来るアンデルセンの形相は、鬼神を彷彿とさせる荒々しさで
歪みに歪んでいた。
「死ィねェエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアハハハハァ!!!!」
[続]
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