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「ッ野郎……」
腹を刺された火渡はガックリと頭を垂れ、うつむいてしまった。
千歳の方へ向けた彼の背中からは銃剣の切っ先が顔を覗かせている。どうみても致命傷だ。
「火渡君!!」
絶体絶命の危機にある親友の姿に、千歳は絶叫した。その悲鳴は彼女には珍しくヒステリックな
響きさえも含んでいる。
火渡は千歳の声に答える様子も無く、串刺しにされるがままだ。
終わりなのか? こんなところで?
火渡の命は目の前で風前の灯と化し、防人は化物に変えられた友人との戦いを強いられている。
孤独と使命感の中で出会い、錬金の戦士となった時から始まった、三人の戦いの旅は
こんなところで終焉を迎えてしまうのか?
千歳の絶望感は涙となって両の眼から溢れ出そうとしていた。
しかし――
「……!?」
――アンデルセンの表情が終幕には早過ぎる事を物語っていた。
圧倒的優位にいる筈のアンデルセンの顔からも笑みが消えている。
その原因は銃剣を握る彼の手にあった。
“何の手応えも無い”
あの肉を突き破る、あの内臓を切り裂く、甘美な感触が伝わってこない。
まるで水か、いや、煙にでも銃剣を刺しているかのように手応えを感じない。
久しく訪れず、ほぼ忘れかけていた“驚き”という感情が、アンデルセンの動きを
しばし止めさせた。
そして、意識しているのかいないのか。
“満を持して”という形容が似合い過ぎる程のタイミングで、火渡がゆっくりと顔を上げた。
獣臭漂う兇悪な笑顔を貼り付けて。
「テメエ、死んだぜ……?」
その言葉が発せられるや否や、銃剣が突き刺さる腹の傷から炎が噴き出した。
炎は瞬くままにアンデルセンの腕や胸に燃え移る。
「ヌウウ!」
当たり前の話だが、彼は知らなかった。火渡の武装錬金の特性を。
数刻前の車上の戦いの際に、“炎を扱う”戦士だとは認識していた。
しかし、それはアンデルセンの認識不足だ。
火渡の“ブレイズオブグローリー”の特性は炎を扱うのではなく、我が身を炎と化す
“火炎同化”だ。
炎を斬れるか? 炎を殴れるか? 炎を狙撃出来るか?
その答えは、先刻のテロリストやサムナー、そしてこの時この場にいるアンデルセンが
身を以って我々に見せてくれている。
「火渡君……! よ、良かった…… 」
復活の狼煙を上げ始めた火渡の姿に、千歳は安堵の溜息を吐いた。
グイと拳で涙を拭い、彼女は決心する。
“火渡君を信じ抜こう、最後まで。火渡君は絶対に負けない”と。
そんな千歳の心持ちが伝わったのか。それともただのアピールなのか。
火渡はしっかりと立てた親指を、千歳が目視できる高さまで静かに上げた。
対するアンデルセンの意識の切り替えは早かった。
火渡の特性・能力を完全に把握し、仕切り直しを図る。
まずは、未だ火渡の腹に収められている銃剣を振り上げようとした、その瞬間。
そうはさせじと、火渡の右手がアンデルセンの手首をガッシリと力強く握り締めた。
ニヤリと不敵に笑う。プラス、サムナー直伝の皮肉が反撃開始の合図だ。
「こういう時は何て言うんだ? 『灰は灰へ』だったか……なァ!!」
人の姿を保っていた火渡は突如“火渡を形作った火炎”に変貌し、アンデルセンの手首を
握る掌も激しい業火と化して彼の腕を昇っていく。
腕や胸辺りの衣服を焦がしていただけの炎が、一気にアンデルセンそのものを包み込む
焦熱地獄となった。
「ヌゥウウウオアアアアアアアアアア!」
廊下中にアンデルセンの叫びが木霊する。
髪の毛は瞬時に燃え尽き、皮膚は焼け爛れて弾け、眼球が水分を蒸発させて萎んでゆく。
それはまるで火葬を早回しで見ているような勢いだ。
再生者といえども、消える事を知らない無限と無間の業火に舐められる苦痛は筆舌に
尽くし難いだろう。
現に“ブレイズオブグローリー”の炎は彼に再生(リジェネレーション)の暇など与えない。
それでも……――
「ブファア! ハハッ! ハハハハハハハ!! ゲァハハハハハハハハハハッ!!」
それでも尚、彼は笑っている。
紅蓮の焔に身を包まれたアンデルセンは、平然と火炎を呼吸しながら哄笑を響かせていた。
喉を焼かれたせいで、しゃがれて掠れた笑い声は、生理的な嫌悪感に満ちている。
肺腑と共に全身をくまなく焼き焦がされながらも、傲岸とそびえ立つアンデルセン。
彼から苦痛を取り去っているものは信仰心か、戦闘意欲か、狂喜か、それとも純粋過ぎる程の
“歓喜”か。
哄笑は廊下中に響き渡り、恐怖と嫌悪に両手で塞がれていた千歳の耳にも入り込んでくる。
それを聞き流しながら、火渡はアンデルセンの手首を掴んでいた右手を離した。
随分と余裕を感じさせる所作である。
そして、その右の拳を弓引き、充分に“溜め”を作る。
「うおるあああああ!!」
豪快な気合いと共に紅蓮の拳が弧を描いた。
火渡の大振りな右フックはアンデルセンの頬を打ち抜き、その巨体を大きく傾がせる。
そこから更に間髪入れず、左のフックを叩き込んで倒れかけた身体を強制的に元の位置に戻す。
簡単には倒れさせない。
ここはもう既に火渡の独壇場だ。
ラッシュというよりも乱打と言った方がピッタリの拳の雨を、火山が噴射する灼岩弾
さながらに浴びせていく。
「オラァ! これが神父サマのお嫌いな“錬金術の力”だぜ!? どうしたァ! 何とか言いやがれ!!」
「くたばれ! くたばりやがれェ! テメエをクソッタレな神サマのとこに送ってやんぞ!」
「テメエみてえな! 信心深え野郎のバーベキューを見たら! 神サマもさぞかし大興奮だろうぜェ!!」
火渡は粗暴かつ罰当たりな台詞を吐きながら、火達磨となったアンデルセンの顔面、胸、
腹、股間を手当たり次第に打ち続ける。
威力もスピードも防人には及ばないものの、拳にまとった炎と気迫はそれを補って余りあるだろう。
一撃また一撃と打ち込まれる度に、ケロイドの部分は炭化し、炭化した部分は渇いた音を
立てて爆ぜてゆく。
「とどめだァ!!」
地面を削り取るのではないかと思われる程の低い軌道を描いたボディアッパーが炸裂すると、
火渡の拳は遂にアンデルセンの胴体を貫通した。
アンデルセンの身体が大きく“くの字”に折れ曲がる。
目鼻の判別も定かならぬくらいに黒焦げた顔面が、火渡の眼前まで下りてきた。
それは、実に絶好の位置(ポジション)だ。
「喰らいィやがれェエエエ!!!!」
渾身の力を込めた右ストレートが顔面を捉える。
それだけでは終わらず、一瞬遅れて火渡の腕から放たれた強烈な紅炎(プロミネンス)の波が
アンデルセンを大きく吹き飛ばした。
2m近い巨体ははるか後方の壁に地鳴りのような音を立てて叩きつけられた。
サムナーの死体が転がり、自身が姿を現した、あの非常階段近くの壁だ。
木炭のように捻れ、捩れ、真黒のアンデルセンは倒れたままピクリとも動かない。
今更、と言うべきか。
この年季の入った古さのビルが、あまりにも遅すぎるスプリンクラーを作動させた。
天井を一直線に走る複数のスプリンクラーは次々に申し訳程度の雨を降らせていく。
無慈悲に遅れた雨は、人間としての原型を留めるのがやっとの焼死体に降り注いだ。
炎の化身から人間としての姿を取り戻し始めた火渡にも。
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