「背中」(2008/02/10 (日) 22:28:36) の最新版変更点
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突然の来訪者は扉から現れた。
「な、な、なんじゃ!? おぬしらは!」
開かれた一枚のドア。その先にあるのは、畳が敷かれた小さな部屋。そして立っている
のは一体のロボットと、四人の子供だった。
無造作に界王星に足を踏み入れようとする五人に、界王が忠告した。
「これ、いかんぞ! おぬしらではここの重力に耐えられ──」
「あ、ご心配なく。ぼくたちテキオー灯をかけてありますから」
「適応……?」
きょとんとする界王を尻目に、次々にドアを乗り越えてくる子供たち。高重力を物とも
せず、誰もが平然としている。
頼んでもいないのに、自己紹介が始まる。
「初めまして、ぼくドラえもんです。ネコ型ロボットです」
「こんちは、ぼくのび太です」
「俺はジャイアン様だ。よろしくな」
「骨川スネ夫と申します。お会いできて光栄です」
「源静香です。よろしくお願いします」
口をあんぐりと開いたまま、呆然とする銀河の監視者。
「おい、のび太。こんな奴で本当に大丈夫なのかよ」
「何が?」
「俺たちの新聞記事だよ!」
のび太の頭に拳骨が振り下ろされた。
実は一昨日から、のび太たちは四人で学級新聞を作っていた。新聞の一面には偉い人の
インタビューを載せることになったのだが、取材相手を決めかねていた。
校長、市長、大臣と、実現性はともかく、次々に挙げられる候補者。
そんな中、いつものように大きな口を叩いてしまうのび太。
──どうせなら、宇宙一偉い人にしようよ。
この結果がこれである。
どこでもドアに「宇宙で一番偉い人の所へ」と話しかけ、開けたら界王星と通じてしま
った。
いくらどこでもドアでも、さすがに大界王や界王神が住む領域はインプットされていな
かったようだ。しかし、界王とて宇宙屈指の権威者である。たかが学級新聞の題材に使っ
ていいような相手ではない。何しろ仮に全宇宙に配達される新聞があったなら、その一面
に毎日取り上げられてもおかしくないような地位にあるのだから。
だが、下々の住民であるのび太たちに分かるはずもない。
「くそっ、宇宙で一番偉い人っていうからどんなにすごい奴なのかと思ったら、昆虫みた
いなおっさんじゃねぇか!」
「まったくだよ。これならぼくのパパを取材した方がよっぽどいいよ」
「こら、おまえたち。わしを何だと思っておる!」
子供の口喧嘩のような問答が続き、界王は大見得を切った。
「よし、分かったわい! わしが宇宙一偉いことをおぬしらに証明してやろう!」
体育座りで見学する子供たちから、疎らな拍手が送られる。なぜか照れる界王。
「さっそく始めるぞ、わしの超能力!」
近くにあったレンガがふわりと浮く。むろん、念力によるものだ。
「はいーっ!」
界王が両腕を振り回す。すると、腕の方向に合わせレンガが凄まじいスピードで飛び回
る。
縦横無尽に直方体が狭い星を行き来する光景に、少年たちは目を輝かせた。飛んでいる
のが、何の変哲もないレンガであることすら忘れていた。
一転、大きな拍手が界王に浴びせられる。
これで銀河の監視者としての面目は保たれた。天狗になりつつも、界王はほっと胸をな
で下ろしていた。
しかし、静香の何気ない一言で状況は一変する。
「でもレンガを動かせることと、宇宙一偉いことってどう関係があるのかしら?」
回復しかけた威厳が、優等生らしい鋭い指摘によって再び崩された。
寄り集まって、ひそひそと陰口を叩く子供たち。レンガでのパフォーマンスもこうなる
と、「偉さを示す材料がないことを曲芸でごまかした」と受け取られてしまっている。
やむを得ない。こうなれば、あの能力を出すしかない。
界王は決心した。
「おい、今すぐわしの背中にさわるのじゃ! ……おぬしらの言葉を地球中の人間に伝え
てやろう」
子供たちが一斉に振り返った。
界王は自らの背中に手を触れさせることで、宇宙中の誰とでも話をさせることができる。
範囲さえ自由自在だ。界王神すら持たぬ高貴な能力であるのだが、今回は界王の面目を保
つためという、もっとも安っぽい使われ方をしようとしていた。
「じゃあ、まずぼくからやってみるね」
のび太が界王の背中に掌をつけ、話し始める。
「あー、あー、えー、ぼくのび太です」
無意味な呟きが地球上にばらまかれた。
世界中の人々がのび太の声に反応する光景が、ドラえもんが出したテレビに流れる。界
王の神秘性が証明された。
だが、いかに素晴らしい能力だろうが、のび太たちにとっては新しい玩具と大差なかっ
た。
「まだ少ししか話してないよ。もっとやりたいよ」
「のび太の声なんか聞いて誰が喜ぶんだ! 一度世界中に自慢話をしたかったんだ」
「あら、私だってやってみたいわ。自分の声が地球のみんなに伝わるなんて、とっても素
敵だもの」
ざわつく子供たち。だが、彼らは次の展開を心のどこかで予想しきっていた。
「ええいおまえら、俺様が先だ! 界王のおっさん、次は俺に喋らせてくれ!」
げんなりする子供たち。喉をいじりながらジャイアンが界王の背中に手を触れる。
今や地球という球体を包むのは大気でもなければオゾン層でもない。
絶望だった。
視力が失われ、両耳は役目を放棄した。体内を行き交う枝、血管と神経は朽ち果てた。
動くことを止めた骨と筋肉は主人(あるじ)の無力を呪いながら腐ってゆく。
例外はない。
一分も経たぬうちに、死は地上を覆った。
人類は今ようやく『人類不滅説』から目覚めたのだ。
かつて地球を滅ぼす候補といわれた核兵器と環境汚染。
だが、核兵器が撃たれると本気で心配していた人は果たして何人いただろうか。使われ
ることなく未来永劫、人と核は共存すると楽観していた人がほとんどではなかったか。環
境汚染にしてもそうだ。昔の人が現代に描いたSFのような未来がまるで程遠いのと同様、
環境破壊によって荒廃する未来もまた程遠いと考えていたのではなかったか。
色々問題は山積みだけれども、結局人類の滅びは永遠にやって来ない。誰もが信仰して
いたこの説は、核兵器とも環境汚染とも違う原因不明の猛烈な毒素によって粉砕された。
やがて、泥のような屍が地上を埋め尽くした。人間どころか、人の形すら世界から消え
ていた。
界王を介したことにより、その殺人能力を増幅させたジャイアンの美声。もたらされた
悲惨な結末。
学級新聞の一面記事が決定した。
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