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「悪魔の歌 53-2」(2008/01/21 (月) 20:45:14) の最新版変更点
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「うん、やっぱり話を聞いてもらったら少し楽になった気がします」
「そ、そう。それは良かった」
「じゃあ、ボクはこれで。根岸さん、もし根岸さんのCDとか発売されたりしたら、
教えてくださいね。ボク絶対買いますから!」
言う通り、根岸と話をして少しは気が楽になったのだろう。爽やかな笑顔を見せて、
一歩は去っていった。
だが根岸の方こそ、その笑顔に救われた思いだった。DMCとして、クラウザーとしての
ファンは熱狂的なのが大勢いるが、根岸として、自分の好きな音楽でのファンというのは
少ない……というか、身内ではない全くの部外者としては初めてだったから。
それも、あんなに心の底から力一杯、感動してくれて。こうなると、もっともっと自分の歌
で幸せにしてあげたくなる。例えば次回は久美ちゃんとかいう彼女を連れて来て、
そこでラブソングを歌って二人をいいムードに……
『……って、その僕の歌のせいで彼女と気まずくなってるんじゃないかっっ』
頭を抱えて落ち込む根岸。初めてのファンに対して、これではあんまりだ。何とかせねば。
とは言っても、歌以外に能のない身ではどうしようもない。やはり、一歩が認めてくれた
自分の歌を精一杯頑張るしかないか。
そんなことを考えつつ帰宅した根岸は、机の上のPCを見て、ふと思いついた。
「そういえば幕之内君、ボクシングやってるって言ってたな。今度会った時にボクシングの
話ができるよう、ネットで話題を仕入れておくか。今活躍してる日本人ボクサーは……と」
根岸は今までボクシングには興味なかったのだが、ググってみたらすぐに見つかった。
「! に、日本チャンピオン!? あの子が? へえ~っ、こりゃ凄い。人は見かけによらない
とはいえ、あんな大人しそうな顔してプロボクサーをボコボコ殴り倒してるだなんて」
そういう点に関しては根岸だって負けちゃいないのだが。
ともあれ根岸は、某巨大掲示板や動画サイトなんかを巡っていく内に、一歩のことが
いろいろとわかってきた。戦績や戦うスタイル、所属ジムやファン層など。
『う~ん、知れば知るほどスゴい子だ。でも、こんなに強いボクサーでも、あんなに力なく
落ち込むこともあるんだなぁ……よっぽど好きなんだろうな、久美ちゃんって子のこと』
なのに、その子と気まずい思いをさせてしまった。やはり何とかせねばなるまい。
とはいえ。今まではこういう場合、クラウザーに変身していろいろやってきたのだが、
今回はそのクラウザーが元凶。んなもんを表に出すわけにはいかない。
何とかできないか何とかできないか、と根岸は頭を抱えて一晩悩んでみたが……結局、
何も思いつかずに朝を迎えた。
「ぅぅ。眠い~」
睡眠不足の頭を抱え、鞄に詰めたクラウザーの衣装も抱え、根岸は欠伸しながら立ち上がる。
今日は、DMCのニューアルバム発売イベントの日。行かないわけにはいかない。
「……はぁ。ごめん、幕之内君……」
都内の某大型CDショップに設けられた特設ステージ。根岸はクラウザーの衣装に身を包み、
いつものヅラとメイクで素顔を隠し、ベースのジャギ、ドラムのカミュと共に席についていた。
曲に入る前に、まずはインタビュアーから新曲のことなどについての質問を受ける。続いて
会場に集ったファン、DMC信者たちからの質問コーナーとなった。
「ハイ! クラウザーさんは、魔界と人間界を行き来しておられるわけですけど、人間界に
気になる女はいますか?」
「それはもちろん相川さ……じゃなくて、あれだ、気になる者などおらぬ。そもそも人間のメス
如き、その気になればいつでも犯れるからな。ノドが乾いた時、水を飲むようなものだ」
根岸の悪魔的発言に会場がどよめく、なんてことはなく嬉しそうな歓声が上がった。
「うおぉ~やっぱりクラウザーさん、そうでなくっちゃ!」
「なにしろ異常性欲の魔王だもんなぁ!」
「それじゃクラウザーさん、男は? 男もそうなんですか?」
興奮した信者たちから新たな質問が飛ぶ。
「……む。男か」
根岸は、少し考えて。
「そうだな。皆の者、聞くがよい。オレは生まれ育った魔界において、数知れぬ猛者どもを
殺害してきた。やはり、同じ殺害するのなら手応えのある相手を直接ブチ殺すのが
一番面白い。すなわち撲殺、殴り殺しだな」
さすがクラウザーさんっ! とまた歓声が飛ぶ。
「で、この人間界における撲殺の第一人者はどの程度のものかと調べてみたのだが、
どうやらマクノウチというボクサーが秀でているようだな」
客席がざわめいた。あ~オレ知ってる、という声がちらほら聞こえてくる。
クラウザー=根岸は、昨夜ネットで見た一歩の戦う姿、勝った時の心からの笑顔、そして
一歩ファンたちの微笑ましくも熱い応援メッセージなんかを思い出しつつ語った。自分も
いつか音楽で、あんな風に皆に夢や希望を振りまく存在になりたいなぁなんて夢想もして。
「奴の拳には強い力がある。その戦いぶりで、見る者に力を与える力がな。いずれ奴は、
人間界最強のボクサーとなろう。そう、世界チャンピオンにだ。オレはそう信じて……」
『おいおい、根岸っ』
隣に座っていたジャギこと和田が、根岸をつついた。根岸は我に返り、会場の空気を察して、
「あ……つ、つまり、そうなってから奴を喰らおうと思っておるのだ。奴が世界の頂点に立ち、
文字通り有頂天となった時にオレが撲殺して、天国から地獄へ突き落としてやろう、とな。
その時の、奴の絶望する顔が、今から楽しみでならぬわ。わははははははははっ!」
何だそういうことだったか、と首を傾げていた信者たちも一応納得した。異常性欲猟奇魔王
たるクラウザーが、一介のボクサーをただ褒めるなんて変だよなぁ、と皆思っていたのだ。
それで質問コーナーも終わり、新曲発表などが続いてイベントは滞りなく進んだ。もう誰も、
あの魔王クラウザーがただのボクサーを褒めたことなんて覚えちゃいない。
……ただ一人を除いて。
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