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『放課後のデイズ_後編』
銀成市の繁華街に店舗を構えるファーストフード店「ロッテりや」。
またの名を「変態バーガー」と呼ぶ。
そこは、銀成市を徘徊する変態どものうちでもトップエリートが集う奇人変人のサバト会場であり、
都市伝説『蝶人パピヨン』との遭遇スポットに、また人との待ち合わせ場所に、はたまた怖いもの見たさのお化け屋敷感覚、
と銀成市民から密かな支持を得ている憩いの店だった。
「いっらしゃいませ」
開く自動ドアに反応してにっこりスマイルで来客を迎えた女性店員が、彼女の姿を認めると営業用ではない親しみの込められた笑顔を浮かべた。
「あ、こんにちは『ブチ撒け女』さん」
「誰がブチ撒け女だっ!」
客──斗貴子の怒声をやんわり受け止め、にこにこしながらレジ横を示す。
そこには斗貴子の姿を模し、様々なポーズをとったミニチュアフィギュア五種類が満艦飾で並べられている。
「蝶人パピヨン全面プロデュースによる『五種類から選べるブチ撒け女セット』の企画、好評なんですよ。
一番人気がこの『脳漿』ヴァージョンで、二番がこっちの『目潰し』ヴァージョンです。
でもわたしのオススメはやっぱりこの『臓物』ヴァージョンですね」
飲食業に従事する者が決して口にしてはいけないようなグロフレーズを並べながら、一つずつ指差し説明を行う店員。
店頭におっ立てられたPOPにも、その馬鹿げたオマケ付きセットメニューを薦める文句が踊っている。
隅の方にちっちゃい文字で「これらのフィギュアに塗布された赤い着色料はハンバーガーのケチャップをイメージしたものです」
と書かれているが、どう見てもセーラー服を着た血塗れの怪人としか映らないのは斗貴子の気のせいだろうか(反語法)。
そして、「ここまで熱心にオススメしたのだからきっとこのセットを注文してくれるだろう」的な満足顔で、店員のオーダー確認。
「ご注文は?」
「コーヒー」
「ご一緒に──」
「こんなグロいフィギュアなんかいるか!」
店員は笑顔でオーダーを復唱し、笑顔で代金を頂き、笑顔でコーヒーを淹れ、笑顔でトレーに載せて差し出し、笑顔で一礼した後──
バックヤードで『ブチ撒け女』さんの無下な態度にちょっとだけ涙した。だって女の子だもん。
_ _ _
コーヒーを載せたトレーを持って二階席へ上がった斗貴子を迎えたのは、『武藤カズキの赤点をなんとかする会』の面々。
すなわち蝶人パピヨン、
「遅いぞ、『ブチ撒け女』」
「黙れ。人を勝手にフィギュア化するな。貴様の悪ふざけのお陰で道端の子供にすら
『あ、ブチ撒けのおねーちゃんだ』などと指を差される始末だ。──殺すぞ」
すなわち早坂桜花、
「あらあら、殺すですって。ダメよ津村さん、女の子はもっとお淑やかじゃないいと」
「お前が先にあの下品な自動人形をなんとかしろ。お淑やかにしろなどと私に言えた義理か?」
すなわちキャプテン・ブラボー、
「け、ケンカはやめて下さい~」
──は急用で席を外したので、その代理人たる謎のガスマスク美少女──毒島華花。
頭部をすっぽり覆ったガスマスクのせいで素顔は見えないが、美少女然とした雰囲気が隠しようもなく滲み出るおろおろ声で険悪な場を仲裁。
「──ったく」
挨拶代わりの悪罵も一通り済ませ、荒く鼻息をつきながら斗貴子が着席。
「で、わざわざ私を呼び出すとはなんの用だ?」
「決まってるじゃありませんか。武藤クンのことよ」
コーヒーに口をつけた斗貴子の顔が、まるで苦いものでも飲んだかのように微かに歪む。
「いや、現に苦いものを飲んでるわけだが」
「はい?」
不思議そうに首を傾げる桜花に軽く手を振り、
「こっちの話だ。──それに、お前に言われずとも分かっている。私ではカズキにモノを教えるのは向かないと」
呆れるくらいドSな普段の態度は鳴りをひそめ、代わりになんとも言いがたいネガティヴ感情が斗貴子の小さな肩の上に渦巻く。
「私は──カズキに甘すぎる」
「分かってるなら改善すればいいでしょうに。飴と鞭とを使い分けなさいな」
ねえ? と桜花は隣の華花に同意を求め、
「い、いえ……わたしはどっちかと言うと鞭のほうが……強い人にいじめられたいって言うか……」
少女はマスクの先端に据えつけられた排気筒からピーッ、と蒸気を吐いて、微妙に答えになってない返事。
仮面に遮られてもなお分かりやすいくらいに分かりやすい、もじもじはにかみモードへ。
(その発言はある意味問題なのでは?)と、華花以外の三人が同時に抱いた感想。
なんかおかしいことになってる場の空気を誘導すべく、軽く咳払いの桜花。
「……ま、まあどうぞご安心になって、津村さん。秋水クンに武藤クンの指導をお願いしましたから、とりあえず今回はだけ凌げますわ」
この女に借りを作るのは嫌だなあという思いと、素直な感謝の入り混じったマーブル状の気持ちでこくんと頷きかけ──、
「安心するのはまだ早いんじゃあないのか」
と、パピヨンがいきなりそんなことを言う。
「あら、なにがです? 私の人選にミスがあるとでも? 秋水クンなら武藤クンに丁寧に勉強を教えてあげられると思いますわ」
「さて、それはどうかな?」
薄く笑いながら、ち、ち、と指を振り、
「俺から言わせてもらえば貴様たち姉弟も相当に武藤カズキに『甘い』。案外、二人して勉強そっちのけで別のことに精を出してるかも知れんぞ」
カズキと秋水の共通点──特訓好き。
だが、幾らなんでも勉強中に剣道の稽古に励んだりはすまい。
結局この変態はなにを言いたいのだ? と眉をひそめる斗貴子へ、
「我々も二人を監視すべきだ。実は既にゴゼンを武藤の部屋に忍ばせてある。現在は潜伏待機中のはずだ」
「……ひとの武装錬金を私物化しないでいただけません?」
ゴゼン──早坂桜花の武装錬金「エンゼル御前」の制御系を担う、無駄に高性能な自我を持つエンゼル型の自動人形(オートマトン)。
小さなボディでありながらも一廉の変態であり、変態の王様パピヨンとはとっても仲良し。
「ふん、オレが隠し持っていた核鉄を使っているんだ。オレが使役する権利は必要にして十分だ。いいからさっさと通信機能をオンにしろ」
「……仕方ありませんわね」
腹黒さでは彼に負けぬ桜花は、あっさりその監視計画に同意。待機モードを解除して通信装置を兼ねた篭手を装着。
「おい、やめろ馬鹿者。お前たちにはプライバシーというのが無いのか」
「ダ、ダメです、盗み聞きなんていけないことです~」
やっと事態を飲み込んだ斗貴子と華花が慌てて制止するが、聞く耳持たず。
「人聞きの悪いことを言うな。これは必要なことだ。早坂秋水がどれだけの指導力を持っているか把握するためにもな」
うっとり笑うパピヨン──どこまでも純粋な悪意のみで構成された、紛うことなき悪ふざけに満ちた表情。
「そうですわ。ただ二人の勉強を見守るだけですよ。なにも疚しいことをしてるのを見張るわけでもなし」
くすくす笑う桜花──「秋水クンって私がいないときはどんなことを話すんだろう」という黒い興味に満ちた表情。
「ゴゼン様、聞こえる? ゴゼン様? ……眠ってるのかしら。あら、でも部屋の様子は聞き取れるようね──」
_ _ _
ノイズ──不鮮明な音声情報。
秋水「違う……それはそこじゃない。ここに入れるんだ」
カズキ「ここかな、秋水センパイ」
秋水「ああ、いいぞ。……しかし、不思議なものだな。君とこういうことをするのは、どうも妙な気分だ」
カズキ「そうかな。オレは嬉しいけど。一人でやるよりかよっぽどいいよ」
秋水「ふ……例のストロベリー禁止令か。──待て武藤、焦りすぎだ。もっと落ち着け。ここは……こうするんだ」
カズキ「あ、ゴメン……オレ、不器用だから」
秋水「オレも似たようなものだ。気にするな」
カズキ「そんなことないって。秋水センパイ、凄く上手いよ」
秋水「そうか? ……まあ、オレと君は相性が良いようだからな」
ノイズの増加により一時的に通信不能状態に。
_ _ _
桜花の腕に装着された篭手にしがみつくようにして聞き耳を立てていた四人が──深く重い沈黙の地層に埋もれる。
まず最初に反応を見せたのは華花だった。
「ピ─────ッッ!!」
鋭い風切音と共にガスマスクの先端部からおびただしいまでに蒸気を噴出。
二階フロアの湿度が一瞬で熱帯雨林並になる。
蒸気機関のごとく、もくもくと蒸気を吐き続ける華花を、駆けつけた店員が制止。
「おきゃくさまー! 店内での排気行為はご遠慮くださいー! お客様!? おきゃくさまー! ──テンチョー!!」
その側でゴトッ、と体重の込められた音を立て、桜花が床にくずおれる。
澄ました微笑を保ったまま、ひっそりと白目を剥いて気絶していた。
その二人のはしゃぎっぷりに面食らって思考停止に陥っていた斗貴子だったが、
時間の経過とともに『ある理解』がじわじわと彼女の胸に染み込んでくる。
──『オレと君は相性が良いようだからな』『相性が良いようだからな』『良いようだからな』
脳内でエコー過剰気味に反響する声が収まったとき、
「カズキイイイィィッ!」
斗貴子はテーブルを蹴って立ち上がり、弾丸のように階段を駆け下りていく。
騒々しい足音が遠く消え、華花の発する蒸気音も止み、全てが静まり返り──最後に残ったのはパピヨンだけとなった。
そして店内を駆け巡る店員の声。
「ベーコンレタスサンドでお待ちのお客様ー」
すらりとした白い指を伸ばし、パピヨンの挙手。
「ここだ」
_ _ _
窓の外はもう夕暮れだった。
「今日はここまでにしようか」
勉強道具を鞄にしまい、秋水はそう告げた。
「終わったぁ」と溜め息をつきながら、ノートを放棄するカズキ。苦行から解放された喜びで足を投げ出しながら、
「いやー、数学って難しいね、秋水センパイ」
「だが、『代入式をどこに入れたらいいか分からない』というのはさすがに驚いたな」
「はは……どうも数式を見ると頭がこんがらがっちゃって」
「君は決して頭が悪いわけではないんだから、冷静になって問題に取り組めば大丈夫だ。事実、君は見事に問題を解いた」
「秋水センパイの教え方が上手かったからだよ。ありがとう、秋水センパイ」
「礼を言われるほどのものでもないさ。それに、教えるこっちも勉強になる」
ピリリリリ。
「む、電話だ。──姉さんからだ。武藤、ちょっと失礼する」
武士の佇まいでぺこりと一礼し、携帯電話を片手に退室。
ふと窓が開かれる気配を感じてカズキが振り返ると、
「あ、斗貴子さん!」
なんでか知らんが窓から部屋に出入りするという悪癖を持つ彼女が、夕日を背にして窓際に立っていた。
逆光に包まれてその表情は判然としなかったが──まるで全力疾走直後のように顔を赤くして息を荒げている。
真っ直ぐカズキに向けられた切実なまでに深刻な目線、そのただならぬ異様にカズキは漠然とした不安を感じ、
「……斗貴子さん?」
「カズキ、やはり私が勉強を教えよう」
古代スパルタ人も裸足で逃げ出すドS女神が、光り輝かんばかりの莞爾とした微笑を浮かべた。
夕暮れの陽光を浴びて、彼女の顔は自ら光を放つような錯覚すら与える。
ちなみにミケランジェロなどに代表される彫刻作品「モーゼ像」に鬼の角みたいのが生えているのは、
旧約聖書の出エジプト記がヘブライ語からラテン語に訳されたときに「光に輝く顔」を「角の生えた顔」と誤訳したのに起因する。
「なにを隠そう、私は教育の達人だ。みっちりしごいてやる。鞭と鞭と鞭だ。ストロベリーのスの字も言わせん。
勉強のこと以外なにも考えられないようにしてやる。泣いたり笑ったり出来なくしてやる。──ノートと筆記用具を出せ! 駆け足!」
_ _ _
後日、武藤カズキは追試を突破し、かくして彼の安寧の生活は守られた。
その代償として、しばらくの間はシャーペンのノック音や消しゴムの角の部分にすら怯えるような
PTSDを背負込むことになるが──それはまあ思いっきりどうでもいい話。
_ _ _
蛇足ではあるが、秋水が桜花と電話で交わした内容を追記する。
「どうしたんだい、姉さん」
「秋水クン──神様って信じてる?」
「……なんの話だい?」
「神様はアダムの肋骨からイブを生み、男と女でひとつの番となされたわ。それが一番自然な愛のかたちだからよ。
──もちろん、愛にだって色んなかたちがあってもいいと思うの。でも……でも、ねえ、秋水クン。
それでも、ただの興味本位や一時の感情に流されて、神様の思し召しに背くようなことをしたらいけないわ。
もっと自分の身体を大事にして。ね、お願い……」
「……つまり、こういう話かな? 『健康管理に気をつけよう』、と」
「違いますっ!」
『放課後のデイズ_後編』
銀成市の繁華街に店舗を構えるファーストフード店「ロッテりや」。
またの名を「変態バーガー」と呼ぶ。
そこは、銀成市を徘徊する変態どものうちでもトップエリートが集う奇人変人のサバト会場であり、
都市伝説『蝶人パピヨン』との遭遇スポットに、また人との待ち合わせ場所に、はたまた怖いもの見たさのお化け屋敷感覚、
と銀成市民から密かな支持を得ている憩いの店だった。
「いっらしゃいませ」
開く自動ドアに反応してにっこりスマイルで来客を迎えた女性店員が、彼女の姿を認めると営業用ではない親しみの込められた笑顔を浮かべた。
「あ、こんにちは『ブチ撒け女』さん」
「誰がブチ撒け女だっ!」
客──斗貴子の怒声をやんわり受け止め、にこにこしながらレジ横を示す。
そこには斗貴子の姿を模し、様々なポーズをとったミニチュアフィギュア五種類が満艦飾で並べられている。
「蝶人パピヨン全面プロデュースによる『五種類から選べるブチ撒け女セット』の企画、好評なんですよ。
一番人気がこの『脳漿』ヴァージョンで、二番がこっちの『目潰し』ヴァージョンです。
でもわたしのオススメはやっぱりこの『臓物』ヴァージョンですね」
飲食業に従事する者が決して口にしてはいけないようなグロフレーズを並べながら、一つずつ指差し説明を行う店員。
店頭におっ立てられたPOPにも、その馬鹿げたオマケ付きセットメニューを薦める文句が踊っている。
隅の方にちっちゃい文字で「これらのフィギュアに塗布された赤い塗料はハンバーガーのケチャップをイメージしたものです」
と書かれているが、どう見てもセーラー服を着た血塗れの怪人としか映らないのは斗貴子の気のせいだろうか(反語法)。
そして、「ここまで熱心にオススメしたのだからきっとこのセットを注文してくれるだろう」的な満足顔で、店員のオーダー確認。
「ご注文は?」
「コーヒー」
「ご一緒に──」
「こんなグロいフィギュアなんかいるか!」
店員は笑顔でオーダーを復唱し、笑顔で代金を頂き、笑顔でコーヒーを淹れ、笑顔でトレーに載せて差し出し、笑顔で一礼した後──
バックヤードで『ブチ撒け女』さんの無下な態度にちょっとだけ涙した。だって女の子だもん。
_ _ _
コーヒーを載せたトレーを持って二階席へ上がった斗貴子を迎えたのは、『武藤カズキの赤点をなんとかする会』の面々。
すなわち蝶人パピヨン、
「遅いぞ、『ブチ撒け女』」
「黙れ。人を勝手にフィギュア化するな。貴様の悪ふざけのお陰で道端の子供にすら
『あ、ブチ撒けのおねーちゃんだ』などと指を差される始末だ。──殺すぞ」
すなわち早坂桜花、
「あらあら、殺すですって。ダメよ津村さん、女の子はもっとお淑やかじゃないいと」
「お前が先にあの下品な自動人形をなんとかしろ。お淑やかにしろなどと私に言えた義理か?」
すなわちキャプテン・ブラボー、
「け、ケンカはやめて下さい~」
──は急用で席を外したので、その代理人たる謎のガスマスク美少女──毒島華花。
頭部をすっぽり覆ったガスマスクのせいで素顔は見えないが、美少女然とした雰囲気が隠しようもなく滲み出るおろおろ声で険悪な場を仲裁。
「──ったく」
挨拶代わりの悪罵も一通り済ませ、荒く鼻息をつきながら斗貴子が着席。
「で、わざわざ私を呼び出すとはなんの用だ?」
「決まってるじゃありませんか。武藤クンのことよ」
コーヒーに口をつけた斗貴子の顔が、まるで苦いものでも飲んだかのように微かに歪む。
「いや、現に苦いものを飲んでるわけだが」
「はい?」
不思議そうに首を傾げる桜花に軽く手を振り、
「こっちの話だ。──それに、お前に言われずとも分かっている。私ではカズキにモノを教えるのは向かないと」
呆れるくらいドSな普段の態度は鳴りをひそめ、代わりになんとも言いがたいネガティヴ感情が斗貴子の小さな肩の上に渦巻く。
「私は──カズキに甘すぎる」
「分かってるなら改善すればいいでしょうに。飴と鞭とを使い分けなさいな」
ねえ? と桜花は隣の華花に同意を求め、
「い、いえ……わたしはどっちかと言うと鞭のほうが……強い人にいじめられたいって言うか……」
少女はマスクの先端に据えつけられた排気筒からピーッ、と蒸気を吐いて、微妙に答えになってない返事。
仮面に遮られてもなお分かりやすいくらいに分かりやすい、もじもじはにかみモードへ。
(その発言はある意味問題なのでは?)と、華花以外の三人が同時に抱いた感想。
なんかおかしいことになってる場の空気を誘導すべく、軽く咳払いの桜花。
「……ま、まあどうぞご安心になって、津村さん。秋水クンに武藤クンの指導をお願いしましたから、とりあえず今回はだけ凌げますわ」
この女に借りを作るのは嫌だなあという思いと、素直な感謝の入り混じったマーブル状の気持ちでこくんと頷きかけ──、
「安心するのはまだ早いんじゃあないのか」
と、パピヨンがいきなりそんなことを言う。
「あら、なにがです? 私の人選にミスがあるとでも? 秋水クンなら武藤クンに丁寧に勉強を教えてあげられると思いますわ」
「さて、それはどうかな?」
薄く笑いながら、ち、ち、と指を振り、
「俺から言わせてもらえば貴様たち姉弟も相当に武藤カズキに『甘い』。案外、二人して勉強そっちのけで別のことに精を出してるかも知れんぞ」
カズキと秋水の共通点──特訓好き。
だが、幾らなんでも勉強中に剣道の稽古に励んだりはすまい。
結局この変態はなにを言いたいのだ? と眉をひそめる斗貴子へ、
「我々も二人を監視すべきだ。実は既にゴゼンを武藤の部屋に忍ばせてある。現在は潜伏待機中のはずだ」
「……ひとの武装錬金を私物化しないでいただけません?」
ゴゼン──早坂桜花の武装錬金「エンゼル御前」の制御系を担う、無駄に高性能な自我を持つエンゼル型の自動人形(オートマトン)。
小さなボディでありながらも一廉の変態であり、変態の王様パピヨンとはとっても仲良し。
「ふん、オレが隠し持っていた核鉄を使っているんだ。オレが使役する権利は必要にして十分だ。いいからさっさと通信機能をオンにしろ」
「……仕方ありませんわね」
腹黒さでは彼に負けぬ桜花は、あっさりその監視計画に同意。待機モードを解除して通信装置を兼ねた篭手を装着。
「おい、やめろ馬鹿者。お前たちにはプライバシーというのが無いのか」
「ダ、ダメです、盗み聞きなんていけないことです~」
やっと事態を飲み込んだ斗貴子と華花が慌てて制止するが、聞く耳持たず。
「人聞きの悪いことを言うな。これは必要なことだ。早坂秋水がどれだけの指導力を持っているか把握するためにもな」
うっとり笑うパピヨン──どこまでも純粋な悪意のみで構成された、紛うことなき悪ふざけに満ちた表情。
「そうですわ。ただ二人の勉強を見守るだけですよ。なにも疚しいことをしてるのを見張るわけでもなし」
くすくす笑う桜花──「秋水クンって私がいないときはどんなことを話すんだろう」という黒い興味に満ちた表情。
「ゴゼン様、聞こえる? ゴゼン様? ……眠ってるのかしら。あら、でも部屋の様子は聞き取れるようね──」
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ノイズ──不鮮明な音声情報。
秋水「違う……それはそこじゃない。ここに入れるんだ」
カズキ「ここかな、秋水センパイ」
秋水「ああ、いいぞ。……しかし、不思議なものだな。君とこういうことをするのは、どうも妙な気分だ」
カズキ「そうかな。オレは嬉しいけど。一人でやるよりかよっぽどいいよ」
秋水「ふ……例のストロベリー禁止令か。──待て武藤、焦りすぎだ。もっと落ち着け。ここは……こうするんだ」
カズキ「あ、ゴメン……オレ、不器用だから」
秋水「オレも似たようなものだ。気にするな」
カズキ「そんなことないって。秋水センパイ、凄く上手いよ」
秋水「そうか? ……まあ、オレと君は相性が良いようだからな」
ノイズの増加により一時的に通信不能状態に。
_ _ _
桜花の腕に装着された篭手にしがみつくようにして聞き耳を立てていた四人が──深く重い沈黙の地層に埋もれる。
まず最初に反応を見せたのは華花だった。
「ピ─────ッッ!!」
鋭い風切音と共にガスマスクの先端部からおびただしいまでに蒸気を噴出。
二階フロアの湿度が一瞬で熱帯雨林並になる。
蒸気機関のごとく、もくもくと蒸気を吐き続ける華花を、駆けつけた店員が制止。
「おきゃくさまー! 店内での排気行為はご遠慮くださいー! お客様!? おきゃくさまー! ──テンチョー!!」
その側でゴトッ、と体重の込められた音を立て、桜花が床にくずおれる。
澄ました微笑を保ったまま、ひっそりと白目を剥いて気絶していた。
その二人のはしゃぎっぷりに面食らって思考停止に陥っていた斗貴子だったが、
時間の経過とともに『ある理解』がじわじわと彼女の胸に染み込んでくる。
──『オレと君は相性が良いようだからな』『相性が良いようだからな』『良いようだからな』
脳内でエコー過剰気味に反響する声が収まったとき、
「カズキイイイィィッ!」
斗貴子はテーブルを蹴って立ち上がり、弾丸のように階段を駆け下りていく。
騒々しい足音が遠く消え、華花の発する蒸気音も止み、全てが静まり返り──最後に残ったのはパピヨンだけとなった。
そして店内を駆け巡る店員の声。
「ベーコンレタスサンドでお待ちのお客様ー」
すらりとした白い指を伸ばし、パピヨンの挙手。
「ここだ」
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窓の外はもう夕暮れだった。
「今日はここまでにしようか」
勉強道具を鞄にしまい、秋水はそう告げた。
「終わったぁ」と溜め息をつきながら、ノートを放棄するカズキ。苦行から解放された喜びで足を投げ出しながら、
「いやー、数学って難しいね、秋水センパイ」
「だが、『代入式をどこに入れたらいいか分からない』というのはさすがに驚いたな」
「はは……どうも数式を見ると頭がこんがらがっちゃって」
「君は決して頭が悪いわけではないんだから、冷静になって問題に取り組めば大丈夫だ。事実、君は見事に問題を解いた」
「秋水センパイの教え方が上手かったからだよ。ありがとう、秋水センパイ」
「礼を言われるほどのものでもないさ。それに、教えるこっちも勉強になる」
ピリリリリ。
「む、電話だ。──姉さんからだ。武藤、ちょっと失礼する」
武士の佇まいでぺこりと一礼し、携帯電話を片手に退室。
ふと窓が開かれる気配を感じてカズキが振り返ると、
「あ、斗貴子さん!」
なんでか知らんが窓から部屋に出入りするという悪癖を持つ彼女が、夕日を背にして窓際に立っていた。
逆光に包まれてその表情は判然としなかったが──まるで全力疾走直後のように顔を赤くして息を荒げている。
真っ直ぐカズキに向けられた切実なまでに深刻な目線、そのただならぬ異様にカズキは漠然とした不安を感じ、
「……斗貴子さん?」
「カズキ、やはり私が勉強を教えよう」
古代スパルタ人も裸足で逃げ出すドS女神が、光り輝かんばかりの莞爾とした微笑を浮かべた。
夕暮れの陽光を浴びて、彼女の顔は自ら光を放つような錯覚すら与える。
ちなみにミケランジェロなどに代表される彫刻作品「モーゼ像」に鬼の角みたいのが生えているのは、
旧約聖書の出エジプト記がヘブライ語からラテン語に訳されたときに「光に輝く顔」を「角の生えた顔」と誤訳したのに起因する。
「なにを隠そう、私は教育の達人だ。みっちりしごいてやる。鞭と鞭と鞭だ。ストロベリーのスの字も言わせん。
勉強のこと以外なにも考えられないようにしてやる。泣いたり笑ったり出来なくしてやる。──ノートと筆記用具を出せ! 駆け足!」
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後日、武藤カズキは追試を突破し、かくして彼の安寧の生活は守られた。
その代償として、しばらくの間はシャーペンのノック音や消しゴムの角の部分にすら怯えるような
PTSDを背負込むことになるが──それはまあ思いっきりどうでもいい話。
_ _ _
蛇足ではあるが、秋水が桜花と電話で交わした内容を追記する。
「どうしたんだい、姉さん」
「秋水クン──神様って信じてる?」
「……なんの話だい?」
「神様はアダムの肋骨からイブを生み、男と女でひとつの番となされたわ。それが一番自然な愛のかたちだからよ。
──もちろん、愛にだって色んなかたちがあってもいいと思うの。でも……でも、ねえ、秋水クン。
それでも、ただの興味本位や一時の感情に流されて、神様の思し召しに背くようなことをしたらいけないわ。
もっと自分の身体を大事にして。ね、お願い……」
「……つまり、こういう話かな? 『健康管理に気をつけよう』、と」
「違いますっ!」
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