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「シュガーハート&ヴァニラソウル 52-4」(2007/12/24 (月) 10:26:08) の最新版変更点
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『液状と透明 ⑤』
「質問を質問で返すな、か。それは僕がさっき言った言葉だな。
つまり、貴様はその時点から監視していたんだな。僕か……そうでなければ彼女を」
「その通りよ。私はあの御方の命令でずっとこの子を観察していたわ」
ひたひたと、得体の知れない気配がユージンたちの周囲に集う。
それは学生服を着た少年少女たちの姿をしており、手にはそれぞれ武器を握っている。
奇妙なことに、その集団がぞろぞろとユージンらを包囲しつつあるこの状況になってもなお、
辺りの静謐さ──『無人の校舎』という雰囲気──が少しも損なわれていないことだった。
まるでそいつらには人としての気配がまるでないような、そんな不気味な感触がこの世界を支配しつつあった。
「……ふん、そうだろうとも。貴様が彼女のセリフを真似てみせたことで、それは容易に想像のつくことだ。
だが、解せないな。彼女自身にそれだけの価値があるとはとても思えない。
それとも、やはり『そう』なのか? 彼女こそが『羽』を──」
「違うわね」
星火の異論を許さぬ断定に、ユージンは言葉を呑む。
「この子は、貴方が求めてる『羽』とはなんの関係もないわ。──さ、これでもういいでしょ。
貴方がこの子にかかずらう必要は無くなったのだから、後ろのお二人さんと一緒に引き下がってもらえないかしら?」
しばしの沈黙。星火の言葉の価値を値踏みするように、醒めた目で彼女の腕の中の静を見つめる。
静・ジョースターの言葉がリフレインする。
少女は言った。「なぜここにいるのか」と。
天色優こと合成人間ユージンがここにいる理由、自分が今『羽』に関わろうとしている理由。
そして少女はこうも言った。「あなたは誰?」と。
それらは、ユージンがその少女に向かって放った言葉でもあった。
──その答は出ていない。
「シンフォニ──それは却下だ。貴様の言うことを信じる理由はどこにもない」
その一言で、緩慢な緊張に満ちていた場の空気が一変する。
余裕を崩さなかった星火の目つきがわずかに細くなり、そこに苛立ちが混じった。
「聞き分けのない人は嫌いよ」
ユージンたちを囲む者のうち、一つの影が大型のナイフを振りかぶってユージンの右手側から切迫する。
ユージンは慌てず、たじろがず、花でも積むような所作で己の右手を襲撃者に添える。
次の瞬間、襲撃者の肉体が爆散した。数拍遅れて、焦げた脂肪の匂いが漂い始める。
これが合成人間ユージンに与えられた能力──『リキッド』であった。
掌から分泌される特殊な体液を対象に注入することで、爆発的な反応を誘発する極めて戦闘的な能力。
「あらあら。『ダーク・フューネラル』の『墓守』を一撃で倒すなんて。さすがね。
借り物だからあまり盛大に壊されると私が困るのだけれど」
「知らないね」
言いざま、跳躍。床を蹴り、次いで壁を蹴って星火の背後に跳び、両手に静を抱えているゆえに無防備なその首筋に貫手を──、
だが、まるでそれをあらかじめ察知していたかのような緩やかな動作で、ユージンの必殺の一撃を回避。
もう一度手近な壁に蹴りを食らわせ、その反動で再接近、そして再攻撃。
ユージンは彼女の『能力』を知っていた。探索型の合成人間シンフォニの『能力』は、
瞳から赤外線を照射し、その反射光を感知することで普通人には見えないものの形すら見抜くというもの。
透明化した静を捕らえることが出来たのも、その能力に拠るものだろう。
だが、あくまで彼女の『能力』は補助的なもので、反射神経などの戦闘能力は並みの合成人間レベルだったはず。
この至近距離からの攻撃を、腕に大荷物を抱えた状態でかわせはしない──、
はずだったのだが、
「なに──!」
常人なら視認も出来ないほどの神速の一撃を、星火をものの見事に紙一重でかわしてみせた。
それこそ、あらかじめ攻撃箇所を知っていなければ出来ない芸当であるにも関わらず。
辛うじてバランスを保ちながら膝立ちで着地したユージンを、にやにや笑いながら見下す星火。
ポーカー勝負で強ハンドを隠している者が見せる攻撃的なポーカーフェイス。
「……貴様の『能力』は単なる赤外線探知だったはずだ、シンフォニ」
「勘違いしてもらっちゃあ、困るわ。私は貴方の知ってるシンフォニじゃないの。私は星火だと言ったでしょう?
あの御方が私に素晴らしい能力を授けてくれたのよ」
知りたい? と悪戯っぽくほころぶ艶めく笑い。
「うふふ……教えてあげましょうか。──『予知』よ。私はね、未来のヴィジョンを見通す力を得たの。
そう、それこそ……『パンドラの匣』に残された『希望』のように、ね」
その瞬間、ユージンの内面で何かが爆ぜた。
「おおおおおぉぉッ!」
白く細い首から絶叫が迸る。
それは今までのユージンの言動からは似ても似つかぬ、感情を露わにした雄叫びだった。
獰猛な殺意を腕に乗せ、左から横薙ぎに繰り出される手刀を、星火をとんでもない方法で対処する。
ひょい、と、腕に抱えた静の肉体をそこに差し出したのだった。
「────ッ!」
反射的に腕の制動を掛けるユージン──ぎりぎりのことろで、盾となる静に命中する前に静止させた。
「なにを熱くなってるのからしら、ユージン? 私、そんなにいけないことを言ってしまったかしら?」
「黙れ!」
「ふうん……これは本当にちょっと興味が湧いてきたわね。ねえ、貴方、どうして統和機構から抜け出したの?」
ユージンは応えない。微笑を浮かべる星火はちょっと肩をすくめ、
「ま、いいわ。私はこの辺でお暇するから、貴方たちはそこの『墓守』と遊んでて頂戴。
そして、いつか機会があったらお茶でもしましょう。その時こそ、貴方の身になにが起こったのか聞かせて欲しいわね」
「待て──!」
ユージンが追いすがるその先で、バシュ、という音と共に廊下の蛍光灯が次々に消えてゆく。
窓の外は既に夜がこの世界を支配していた。
暗適応しそこねたユージンの虹彩が、彼の視覚野をブラックアウトさせていくその一瞬で、
星火と静の姿はどこへともなく消え去っていた。
「く……」
消えた彼女の行方を求めるように虚空を睨むユージンの背後から、斧を構えた学生服がそのクソ重い金属板を叩きつけるべく、
全身の硬直した筋肉を無理矢理に引き絞る。
それに対する反応がわずかに遅れたことに内心舌打ちし、ユージンは後の先を取るカウンター攻撃よりも防御に徹する。
だが、いくら待っても斧による攻撃は繰り出されなかった。
そのことを不審に思うユージンの眼前で、学生服がずるりとくずおれる。
開けた視界の向こう側には、白衣を翻らせてにこにこ笑うファイがいた。
「優くん、大丈夫?」
その後ろでは、モップを振り回す黒鋼が『墓守』どもをばっさばっさと片っ端から薙ぎ倒している。
「優、あの女を追え! 間違いねえ、あいつ──『羽』に深く関わっていやがる!」
「──なに?」
「それを持つ者に、今まで持ち得なかった『力』を与えるってのは、『羽』の特性の一つだ! ここはオレとこいつが抑えとく、だから行け!」
その言葉が引き金のように、ユージンは一直線に廊下の奥へ駆け込んでゆく。
前に『墓守』が立ち塞がろうとするも、ファイの投げた黒板消しを脳天に食らい、転倒。
脇目も振らずに闇の中へ溶けていくユージンの背中を見送る黒鋼。
「けっ……世話の焼ける野郎だ」
「でもオレびっくりしたよー。優くん、いきなり怒り出すんだもん」
「……オレには知るべくもないが、あいつにとって大事なものが『そこ』にあったんだろ」
そう言う一方で、迫る『墓守』をモップの一閃で数メートル向こうまで吹き飛ばす。
「あいつの芯を支えている『なにか』……それがあるからこそ、あいつは戦っていられるんだ」
「黒さま的に言えば知世ちゃんみたいな感じー?」
『前の世界』で出会った少女のことを持ち出され、黒鋼は軽く鼻白む。
「あいつは『別の世界』の知世姫だろーが」
「でも、黒さまの元いた世界にもいるんでしょ? あの知世ちゃんと同じだけど違う知世ちゃんが。
見た目は同じだし中身も似てるけどやっぱ違くて、でも夢で二人は繋がってるとかなんとか」
「あー、ややこしいこと言ってんじゃねーよ!」
凶器で武装した集団に包囲されながらも、余裕があるのか単に馬鹿なのか、緊迫感に欠ける二人だった。
星火は落ち着いた足取りで一階の廊下を進んでいた。
まだ灯が点いている職員室の前をなんの気負いも無く通り過ぎ、下駄箱へと向かう進路を取る。
ユージンが自分の追跡を開始したことを、すでに星火は悟っていた。
そのことに対する焦りは無い。
いくらユージンが戦闘能力の卓越した合成人間だろうと、自分には『あの御方』に授けられた無敵の『能力』がある。
『レディ・ゴディバ』──未来の視覚情報を先取りする異能。
元から備えている赤外線探知能力と併せれば、まさに死角はない。
いや、この『能力』さえあれば、赤外線なんてチンケなものに頼らずともこの世の全てを見通せる。
まさに『無敵』──。
「さて、それはどうかな?」
いきなり降ってきた声に星火が背中に氷を入れられたような気分を感じる。
いつからそこにいいたのか、保健室の扉の脇の柱にひとつの人影が寄りかかって立っていた。
──いや、それはまさしく影だった。
メーテルみたいな黒帽子をすっぽり被り、口元には黒のルージュ、黒マント、あまつさえブーツまで黒をしたその異様な装い。
「君の『能力』はどうやら私には通用しないようだ。さもあらん、ただの儚い『泡』たる私には──」
ゆらり、と幽鬼のように揺れるのを予備動作として、そいつは黒い風となって星火に殺到する。
『レディ・ゴディバ』を発現させ、そいつの行動を予知──できない!
咄嗟の反応で、今まで抱えていた静を床に落とし、腕で頭部をガード。
黒帽子の風を切り裂く蹴りが、そこに命中した。容赦のない一撃だった。びりびりと震える衝撃が、腕を伝って全身に走る。
「──『未来』が無いからな」
黒帽子はそんな意味不明な言葉を放ちながら、奇妙な仕草を取る。
それは人差し指と中指を伸ばして自分に向けるといった──子供が遊びで手を銃の形に模り、「バキューン」ってやるアレそのものだった。
だが、その人を馬鹿にしているような所作に、星火はたまらなく嫌な予感を覚える。
黒帽子が銃を構えて「フーッ」と強く息を吐いた刹那、星火も大きく手を横に薙いだ。
星火の手元から、黒く長く細い針が数本放たれる。
それは頭皮から分離することによって硬質化する毛髪であり、合成人間たる星火が先天的に備えた特殊能力だった。
人を射抜き殺せる速度で宙を進み、その黒さゆえに闇に溶けて不可視性を獲得したその攻撃が、
それ以上に『見えない』──星火の目にも「なんだか分からないけど見えない力」に遮られ、あらぬ方向へ弾き飛ばされた。
狙いを大きく外れて壁に突き刺さった毛髪に黒帽子が視線を送り、そして再び星火の方へと向き直ったその時には、星火の姿はこつぜんと消えていた。
「三十六計逃げるに如かず、か……中々に油断のならない相手だ」
床に投げ出された静に歩み寄りながら、黒帽子──ブギーポップは淡く息を吐く。
「これで彼女のことを諦めたって訳でもないだろうし……態勢を整えた上でもう一度彼女を狙いに来るというのが、
妥当な判断だろうな。さて、どうしたものかな──」
困っている風でも面白がってる風でもなく、台本を棒読みしてるような口調で呟くブギーポップは、そっと静を抱きかかえた。
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