「実験中」(2007/01/30 (火) 13:38:29) の最新版変更点
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「こは何ぞ?」
最初にそれを発見したのは伊良子清玄であった。
それは黄色く、ふよふよとした煙のような何かである。
道場の庭先の松の枝に引っかかっていた。風にでも飛ばされてきたのだろう。
道場に持ち帰って内弟子の面々にも見せてみた。
「面妖な…」と呟いたるは宗像進八郎、恐る恐るつついてみる。
つつくとぷるんと震えてうねうね動く謎の物体。
「こは一体?」
首をひねるは内弟子一の学者、興津三十郎。
「興津も知らんのか?」
たずねたるは内弟子一の巨漢、丸子彦兵衛。今朝方、宗像に五文巻き上げられたので機嫌が悪い。
いつも学で見下す興津をこれ幸いにと攻撃し始める。
やれ「役に立たない学」だの、「意外と無知よ」だの、「タレ眼」だの、「包茎」だの言いたい放題である。
ちなみに興津が虎眼流を見放す遠因はこのときの罵声にあるらしい。
丸子が殺されたとき彼の一物が口中に押し込まれていたのは「口が災いの元」ということだろうか?
じっとだまって謎の物体を見つめているのは、ひときわ大きな双眸の持ち主、山崎九郎衛門。
彼の瞳は猫科の肉食獣の如く拡大していて、さらに口元に笑みを浮かべている。
笑うという行為は獣が牙を剥く行為にその原点があるとかいっているが、彼の場合もそれにもれない。
山崎が発する異様な空気に謎の物体はちょっと後ずさりした。
「おお、動いた」
驚く一同。道場の戸は開け放たれているので風で動くのは自然なことかもしれないが、虎眼流は不自然な挙動は見逃さない。
「・・・」
黙して何も語らないのが藤木源之助。ほとんど何もしゃべらないこの男だが、今日は少し口を開いた。
「山内、大坪出口を塞げ」
どうやら逃がす気はないらしい。
謎の煙、筋斗雲は一つの事実に気がついた、このままではあの目玉野郎(山崎)に喰われる。
恐慌をきたして震えながら道場内を逃げ回る筋斗雲。
上に3間という間合いは剣術の及ばぬ安全な距離と思われたが、虎眼流には流れと呼ばれる特殊な握りがある。
柄を鍔元から柄尻まで横滑りさせる技法なのだが、これは道場内で使ってはいけないことになっているので使えない。
「おのれ、流れさえ使えればあんな雲…」と悔しがる興津。
ここは天性のバネの持ち主、伊良子の出番である。
跳んで斬りつけるが、さすがに届かない、柄尻を握ってみてもやっぱり届かない。
それでは「流れ」も届かないではないかという突っ込みはいけない。届く、届くのだ。
そこで梁に上って掴まえようとしたのだが、そこへガラリと戸を開けて入り来るは師範代の牛股権左衛門。
さすがに師範である。すぐに状況を把握して的確な指示。
「真槍をもて」
座敷牢に入れられた筋斗雲が隙間から出て行かないのは出入り口に山崎刳九郎衛門が陣取って、今にも筋斗雲の尻尾をちゅぱちゅぱせんと狙っているからだ。
いや彼は既にちゅぱちゅぱしたようだ。さっぱりした顔をしている。独り身の内弟子である。
このような山崎を見てみぬ振りをするなさけが虎眼流の内弟子たちにもあったらしいが、あまり関わりたくない。
事実、過去に山崎に話しかけた内弟子は誰もいない。すべて山崎が一人でしゃべっているのだ。
そんな眼に見つめられた筋斗雲は牢の端っこでおびえることしかできない。
ああ、くちがきけたらなぁ
筋斗雲は心よりそう思い、ふるふると震えることしかできないのだった。
悔しくて文献をあさった興津三十郎、一つの記述を見つけた。岩本家使用人の茂吉の私物にあった「龍たま」なる絵巻物にあったのだ。
「ふむふむ、これは筋斗雲と申し、人が乗りて空を飛ぶ物ならん。」
早速、皆に報告する。空を飛ぶ、それは古来より人の夢であった。
言いだしっぺの、興津が筋斗雲に足を乗せて乗ろうとするが、ずぼりとすっぽ抜けて腰をしたたかに打った。
「こ、こは何事、これは筋斗雲ではないのか?」
「いや、筋斗と申すからには、とんぼ返りをして乗るものなのでありましょう」と進みでたるは伊良子清玄。
この際、興津よりも優位に立っておこうという心の表れである。伊良子清玄はただの内弟子ではない、もっとおぞましい何かだ。
だが筋斗がとんぼ返りというのは正しいが、これは西遊記ではなく、カリン塔にあった筋斗雲だ、乗ることあたわず。
派手にとんぼ返りをして飛び乗った清玄は一瞬雲の上で止まったが、やはり下に転がり落ちた。女たらしに乗れるわけがなかろう、亀仙人でもだめだったのだ莫迦奴。
「こ、こいつ」
悪態をたたいてみても乗れないものは乗れない。
「何故じゃ?」
四股を踏むように筋斗雲に片足を突っ込みながら、丸子がぶーたれる。
皆が頭を抱えたとき口を開きたるはやはり師範の牛股権左衛門。
「よいか、筋斗雲の申すはな…」
牛股がいうには清い心の持ち主しか筋斗雲には乗れぬのだ。
筋斗雲もうんうんと肯く。
知っていたくせに皆が面目を失うまで口を開かなかった牛股、人の良さそうな顔をして腹黒い。とても筋斗雲に乗れるものではない。口がひどく裂けてるくせに。
というか虎眼流に乗れそうな心の清い者がいるのか誰もが疑問に思った。いや、一人居る。
「されば」
と皆が揃って顔を見たのは藤木源之助である。
剣しか知らない一途さ。師、岩本虎眼の娘三重への思いをひた隠しにするひたむきさ。虎眼に対する忠義。童貞。天然ボケ。どれをとっても清い心を持っていそうだ。まさに筋斗雲好みの男だろう。
しかし源之助より先に足を乗せたるは山崎九郎衛門。
「こは何事」
皆が眼を丸くした。(ちなみに猫科の動物の様にはなっていない。)恐る恐る足を乗せた九郎衛門は完全に大地を離れ、筋斗雲にその体を預けていた。
これで虎眼流の面々の九郎衛門への無視もより強いものになったのだが、それは今はおいておく。
さて、筋斗雲が九郎衛門を乗せたるにはわけがある。
九郎衛門がしっかりと乗ったのを確認した筋斗雲はその名に恥じない動きをしたのだ。
筋斗
すなわちとんぼ返りである。筋斗雲の真意は九郎衛門の抹殺にあったのだ。天井程度の高さから落下し頭をぶつければ人の体はたやすく壊れる。
既にちゅぱちゅぱの体勢に入っていた九郎衛門は避けるすべなく落下した。
しかし無双虎眼流の内弟子たるもの握力は恐るべき強さである。
梁から頭を出している釘をつまんで体勢を立て直し、足から落下、事なきを得た。
多分シコルスキーよりは強い。しこり方も強い。
下では牛股が巨大木剣「かじき」を切り上げるように構えていたが見なかったことにしておこう。
ちなみにこのときの牛股の構えが、後に清玄に無明逆流れのヒントになったとかならなかったとか。
落ちた山崎の頭に虎拳を打ち込みたるは清玄。先月山崎に喰われた亀の卵の仇打ちだ。
失神した山崎の口におととい山の中で見つけた目玉の親父を突っ込んで、さっさと女漁りに出発。
大事な笑顔を見逃すことになる。
さて、源之助の出番である。このとき伊良子以外の内弟子は初めて源之助の笑みを見た。(伊良子は見逃した)
ちなみにその日虎眼流を訪れていた近所の侍はこの笑みを見て失禁した。
整った顔なのにそれほどやばい笑みなのだ。
現代ではこれ程やばい笑みをうかべられるのは、少し方向性が違うが,デビ夫人くらいだろう。
(ちなみに次に藤木が笑うのは伊良子仕置きで伊良子がぼこぼこになったり、失明したりするときです。)
さて藤木がいざ乗らんとしたとき乱入者あり。
乱入したるは三重、そして道場の主、岩本虎眼。
「種種種~~~~」
とケルベロスの脳髄を持って三重を追い掛け回している。
滋養によいものを食べて、強く育ち、たくましい種を宿してほしいという切なる願い。
その親心は確実に三重とその他多数の心を蝕んでいた。
ちなみにケルベロスの唾液からは毒草が生えたりするらしいが、とにかく珍味なら漢方である。
毒をもってなんとやらだ。
逃げ回る三重が筋斗雲を踏みつけると筋斗雲は勢いよく発進した。まるで水を得た魚のようである。
道場の戸を突き破り、大空へ飛び出した。筋斗雲は三重の味方だ。
藤木の面目丸つぶれである、が何も言わずに心に秘めるのが武士道にござる。
さて三つ頭の犬の脳髄の内二つを自ら平らげた虎眼は残る一つを持って、東に向かって印を切った。
これぞ無双虎眼流流れ雲。青天にわかに掻き曇り雷が降り注ぎ、真っ黒い雲が虎眼の前に下りてきた。
それに乗って三重を追う虎眼。最早尋常の人ならぬ魔神である。これが濃尾無双クオリティ。
逃げる三重と筋斗雲。筋斗雲は一飛び十万八千里。追いつけるものか。しかし虎眼流は速い。
常よりも一指多い腕を振り降ろすと雷の束で筋斗雲の行く手をさえぎった。
ゆうゆうと三重を捉えて、筋斗雲に飛び移り、うどん玉のように最後の脳髄を三重の口に流し込んだ。
「たねぇぇ」
という叫びはもう聞こえない。虎眼先生は満足したようだ。
筋斗雲に乗り、三重を抱えて悠々と道場に帰ってきた。
さすが虎眼先生だ。藤木は感動の涙を流した。
その後筋斗雲がどうなったのか、誰も知らない。
ほほい
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