「戦闘神話51-5」(2007/10/05 (金) 18:23:13) の最新版変更点
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part.5
星華とすれ違い、エドワードとぶつかりそうになった少女は、
言うまでもないが錬金戦団亜細亜支部所属の戦士・津村斗貴子である。
彼女はこれでも忙しい。
戦闘終結と同時に事後処理に奔走する事になり、
それらがようやく落ち着いた今は、戦闘レポートの作成にかかりっきりだ。
今回の任務は、はっきり言ってしまえば大失態の連続だった。
着任早々に一般人に被害、回収した核金を使用しての治療が無ければ被害者は死んでいた。
本格的にホムンクルスとの戦闘に入ってみれば、その被害者の協力が無ければ失敗し、
挙句の果てには自分自身がホムンクルスになっていたという事実、
幸いにして、被害者にして協力者である武藤カズキの奮闘もあり、
辛うじて一連のホムンクルス事件の主犯格を打倒する事ができたが、
彼女自身が培ってきた矜持を痛く傷つける結果であったことは事実だった。
この地上に存在するホムンクルスの一切合切を認めない。
この地上に存在するホムンクルスを皆殺す。
その為だけに津村斗貴子は錬金の戦士となったのだ。
錬金の戦士にとって、最悪の事態とは何か?
命を永らえて引退した錬金の戦士の多くは、後進を育てるべく指導教官となる者が多い。
斗貴子の指導教官となった武田という男は、ホムンクルスとの戦いで右腕と右目を失ったそうだが、
それでもそのホムンクルスを討ち取ったという。
その彼が、候補生となった少年少女たちに先ず最初に教えるのが、その最悪の事態である。
核金を奪われることか?
命を落とすことか?
敗北か?
どれも、否。
答えは只一つ、自分自身がホムンクルスとなることである。
その最悪の事態を招きかけたことが、津村斗貴子のなかで昏く燃えていた。
自分の過去を奪ったホムンクルスに自分自身が成り果てるというのは、許されざることだ。
そう自分の思考に埋没していた彼女は、自分自身に向けられた視線の中に、
警戒の目が含まれていたことに気が付かなかった。
視線の主は、帰宅途中の中年男性である。
彼の職業は銀成署に勤める刑事なのだが、同時にホムンクルス信奉者の一人であり、
その職権を使って市内の行方不明事件のもみ消しを行っている不正警官でもあった。
不老不死の魅力に勝てる人間は少ない。
彼は、パピヨンが回収された翌日の夜に行われた緊急集会にて、
錬金の戦士が銀成市内に潜伏している事を知らされており、
不審な人物に対する注意を呼びかけられていたのだ。
通常のホムンクルスコミュニティは、人間型一体に対して信奉者、
もしくは人間型一体を中心として非人間型数体、そして信奉者というケースが一般的である。
人間型のみが寄り集まるというケースは非常に稀なのだ。
人間型ホムンクルスは、基本的に非常に独占欲が強く、自分の作ったコミュニティを侵す者や、
その潜在的要因を極力廃す傾向が強いためである。
錬金戦団が過去に扱った事件で、
複数の人間型ホムンクルスがコミュニティを形成していたケースを数えるには、
片手で足りてしまう程である事がその証明といえるだろう。
故に、この第三のケースを錬金戦団上層部は思考の埒外に置いてしまう場合が多い。
この時点で戦士長火渡らが闘っているホムンクルスコミュニティもまた、第二のケースであり、
日本国内のホムンクルスコミュニティに、
第三のケースは今まで存在しなかった事も錬金戦団の思考硬化を招いた原因でもあるのだが…。
第一のケースは規模が小さい為に駆除は容易いが、隠密性・機動性が高いために行動に迅速さが求められ、
第二のケースは規模の大きさと戦力的な充実により、戦士といえども後れを取ることも少なくない。
今回銀成市において発生した「パピヨン事件」は、結果的には後者に分類されるが、
実は斗貴子が投入された時点では前者のケースと見なされていた。
元々銀成市自体が、先代亜細亜支部大戦士長・犬飼による錬金術及び核金探査レポート、
通称犬飼レポートの中でもあまり危険視されていない一件であったことが原因である。
彼女の上司であるキャプテンブラボーが、錬金の戦士育成最終段階で手が離せないことや、
また若輩ながらも、豊富な実戦経験をもつ彼女自身のキャリアを重視される形で、
津村斗貴子の単独投入という形になったのである。
その結果が、この体たらくである。
(しかし、斗貴子自身はそれを失態の理由にしない。それが彼女の生真面目さ、美しい部分なのだろう。)
作戦完了の報告は上へと上がっているものの、
現場の綱渡り的な深刻さまでは上層部に伝わっては居ないし、現在の上層部は汲み取ろうとはしない。
それが結果として半月後の亜細亜支部大戦士長・坂口照星更迭へと繋がるのだが、
神ならぬ津村斗貴子にそれを知る由は無かった。
現在、非人間型ホムンクルスが単独で徘徊するというケースは先ず無い。
ヴィクター事件以降一時的に増加したものの、錬金戦団の暗部の証人とも言うべき連中であるため、
優先的に狩られていたためである。
それが結果として欧州からのホムンクルス一掃という形になるものの、
同時に人間型ホムンクルスの拡散という事態を招いている。
百年物(ヴィンテージ)と俗称される人間型は、主にこの時代の生まれである為、
非常に狡猾であり、人間社会への浸透性が極めて高い厄介な存在だ。
実際、海外のある都市を裏から支配していたケースもある。
この百年物の一人であるムーン・フェイスは、駅前で斗貴子を見かけた信奉者から電話報告を受けると、
それをバタフライに伝わらないように情報を握りつぶした。
彼の真の目的の為には、是非とも錬金戦団が超人選民同盟L.X.E.と事を起こしてくれなければ成らない。
警戒してくれるのは結構だが、今ここで本格的な警戒態勢に入られては困るのだ。
いや、警戒態勢だけならばまだいい。
先走って事を起こされ、錬金の戦士の大量投入を誘発し、
ヴィクターを破壊されでもしたらたまったものではない。
幸か不幸か、錬金の戦士と戦闘を経験したパピヨンは、
事前調査と行動を見る限りこちらの支配下に収まることを良しとしない性分だ。
完全復活したら早々に錬金の戦士に宣戦布告でもしにいくに違いない。
彼の回復は予想外のスピードで進んでおり、
おそらくあと一週間ほどで行動可能状態にまで回復するだろう。
わずかであるが、ムーン・フェイスにそれが是非とも欲しい。
「むーん。
U.K.だけでなく、ギリシャ…。
私でなければ参ってしまうね、むーん」
思わず愚痴も出ようというものだ。
彼の武装錬金の特性は、30体もの分身体を生み出すことである。
研究畑の彼としては、自分と全く同じ思考をする助手の存在というのは諸手を挙げて喜べるのだが、
彼の本当の仲間はこれを連絡要員として使ってくれるからたまらない。
たしかにタイムラグなしでの情報伝達というのは重要なのだが…。
本部に一体残しているのだが、この分では、
もう一体別行動を起こさねばならない分身を出さねば成らないだろう。
あまり分身を出すと、思考が乱れる為に歓迎は出来ないのだが、人手不足であることは否めない。
彼の本来の目的を知る者は、少なければ少ないほど良いのだ。
ノックの音と共に、彼の研究室の扉の向うから声がかかる。
声の主は、信奉者の中でも特に優秀な双子の片割れだ。
「ムーン・フェイスさま。ドクトルバタフライさまが御呼びですわ」
彼女の名は、早坂桜花。
「むーん。
それは大変♪
…ああ、そうそう。キミ、聞いていたのかね?」
おどけた風で部屋をでると、彼は長身を屈めて桜花にそう問いかけた。
三日月型のその顔が、まるで槍の穂先のように桜花に突きつけられる。
この目聡く小賢しい切れ者の少女を、ムーン・フェイスはそれなりに買っている。
「あら?一体何のことです?」
そう言ってみせる桜花に、ムーン・フェイスは少し、
ほんの刹那にも満たないほどの少しだけ厳しい視線を向けると、
どうでも良いとばかりに笑って桜花に背を向けて歩き出した。
たしかに、ホムンクルスの叡智に匹敵するような切れ者は必要だ。
しかし、切れすぎる剃刀は要らないのだ。
ムーン・フェイスの中に密かな警戒を作り出した桜花は、
基本的に自分と弟以外の世界に興味を持たない。
だが、二人だけの世界を傷つけ侵そうとするモノを決して看過しない。
故に、潜在敵の発見を兼ねた情報収集に余念が無い。そうして磨かれた
情報収集と解析能力は、他の追随を寄せないほどのレベルに達している。
それ故に、現在L.X.E.の雑務諸々を任されているのだが、
つい先日、高笑いをあげるムーン・フェイスの姿を目撃して以来、彼女は彼の行動を洗いなおしていた。
おぞましい三日月の姿に、桜花は自分と弟の世界を侵す可能性を見て取ったのだ。
自分と弟が永遠の世界を得るまでは、盟主とその片割れの機嫌を損ねるのは得策ではないが、
それでも何かが桜花の勘に引っかかった。
L.X.E.発祥自体から調べたかったが、それはドクトルバタフライの逆鱗に触れかねないので、
ここ数十年の行動を、当たり障りの無いところから洗ってみたのだが、
木を隠すなら森とばかりに怪しいことばかりで絞り切れない。
だが、それでも彼女の勘に引っかかるものは諦めを許さない。
そうして苦労して調べ続けているのだが、以外な点が明らかになった。
外出が多いのである。
数日開ける事はざら、多いときは数週間から数ヶ月もの間この洋館から姿を消している。
どうもバタフライとムーン・フェイスはある一点を除いて相互不干渉を決め込んでいるらしく、
一般人に目撃される事や、錬金戦団に捕捉される事を除けばなにも言っていないらしい。
それはいいのだ。
北関東全域に強い影響力を及ぼすL.X.E.だけに、他のコミュニティと繋がりを持つことは重要だ。
しかし、それ以外の外出が海外であることが、桜花には非常に気にかかった。
一応、海外に存在するホムンクルスコミュニティとの接触という建前があるが、それだって本当の事か怪しい。
なにせ、現在表立って活動できるほど海外にホムンクルスの数は多く無いのだ。
百年前からこっち、世界各地の紛争や戦争の影で錬金戦団は暗躍し、ホムンクルスを狩り続けてきた。
ゆえに、その存在が公にしられないように、ひっそりとなりを潜め息を殺しているのが、
海外のホムンクルスコミュニティの実情であり、目だった活動ができるコミュニティなど、先ず無い。
いくら世界的な錬金術ブームが起こっているとはいえ、その流れに乗じて浮ついた行動でもすれば、
錬金戦団の餌食となるだろう。
しかも最近、「聖域」とよばれる集団が活発に活動しているのだ。
錬金戦団の手の及び難いイスラム圏に潜伏し、
海外で最大の勢力を誇っていたホムンクルスコミュニティが壊滅したのは記憶に新しいし、
唯でさえ目立ちやすい外見の彼が出歩くことは様々な意味で危険極まりない。
そんな危険的情勢下の海外コミュニティとの接触など、メリット以上にリスクが大きい。
そんな桜花でも分かりそうなことが分からないムーン・フェイスではないだろう。
おそらく、先ほどの独り言「U.K.」と「ギリシャ」がその答えなのだ。
勿論、潜在的な敵を危険視し、詳しい情勢を知る為に海外へと脚を伸ばしていると見ることも出来る。
「U.K.」は錬金戦団イギリス本部の事だろう。
ホムンクルスとして錬金戦団の動向が気にかかるのは当然の事だ。
「ギリシャ」は、噂に過ぎないが「聖域」と呼ばれる集団の本拠地であるらしいので、
気にかけていてもおかしくは無いだろう。
だが、先日の笑い声や、先ほどの口ぶりからしてそれだけとは思えない。
バタフライに知らせるにせよ、なんににせよ、まだ判断材料が少なすぎる。
桜花はそう一応の結論を出し、遅い夕食をとるために弟・秋水の下へと向かうのだった。
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