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「WHEN THE MAN COMES ARROUND 51-4」(2007/10/05 (金) 17:59:05) の最新版変更点
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「一体、ジュリアン君に何をしたの……!?」
喉を強く絞めつけられながらも、千歳はサムナーに尋ねた。
防人の事、そしてジュリアンの事。サムナーが発した不吉な言葉が頭から離れない。
「さっきも言っただろう。彼が望んでいる“力”を与えただけだ。そう、ホムンクルスとしての
力をね……。シャムロックとパウエルの二人掛かりならば、戦士・ブラボーを抹殺する事も容易いだろう。
おっと、正確には四人掛かりかな? フハハハハハハ!」
不安が絶望へと変わった。ジュリアンはホムンクルスに変えられてしまったのだ。
ならば防人の苦悩も、そして防人が取る行動も自ずと明白になってくる。
それは最悪の結末だ。あの赤銅島の光景が、否が応でも頭をよぎる。
「あ、あなたはどこまで腐ってるの……? イギリスもキリスト教も錬金戦団も裏切って、テロリストや
私達を利用して、ジュリアン君まで……。あなたの部下でしょう!?」
サムナーは「もう、ウンザリだ」とばかりに首を振り、溜息を吐く。
「君達はオムレツを作るのに卵を割らないのかね? 大いなる目的の為には犠牲も死も付き物だ。
強者が行動を起こし、弱者はその土台となる。そして、為政者は兵士を統率し、兵士は為政者の為に
命を捧げる。何の疑問も抱かずにな……。
太古の昔から繰り返されてきた、これらすべては人間の必然なのだよ……!」
「そんな事、絶対に許される筈が無いわ!」
余裕の笑みを浮かべていたサムナーの顔が強張る。
彼は努めて冷静を装いながら、より一層の力で千歳の首を締め上げ、耳元で囁いた。
「いいか、もう一度言うぞ? これは“必然”だ」
「御託はその辺にしておけよ、糞野郎……!」
火渡がゆっくりと歩を進め始めた。その歩調からもう脚を止めるつもりは無い事がわかる。
額や首筋に血管を浮かべながら、怒りに燃える火渡はゆっくりと、実にゆっくりと全身する。
「おぉーっとォ! それ以上、こちらへ来るんじゃあない。この女を殺されたいか?」
サムナーはジリジリと後退りしながら、ビットの射出口を千歳に向けた。
だが、火渡は見抜いている。
サムナーの「この唯一の人質を殺せば、次は自分が殺される」という自覚を。
そして、目の前の皮肉屋戦士長には及ばないまでも、この任務に着いて以来最高とも思える
皮肉が火渡の口を突いて出た。
「俺達がこっちに寄越されたのも頷けるぜ。テメエみてえに性根の腐った野郎が戦士長を
やってるんじゃあな。イギリス支部の奴らに同情するぜ……」
「私は評議会の連中や他の戦団員とは違う。奴らは牙を抜かれた只の腑抜け共だ。
私のような優秀な人間の頭脳からしか、大英帝国支部を救うこの作戦は出てくる筈も無い」
突然、台本を読み上げるように、無感情で抑揚の無い言葉がサムナーの口から飛び出した。
今までの気障な、芝居掛かった態度からは考えられない豹変振りだ。
「……?」
サムナーは自身の異変に、身体を硬直させた。
「わ、私は今、何と言った……?」
震える手で口元や頬を撫で回すと、再び火渡に向かって口を開いた。
「この作戦は、だ、大英帝国支部再生のこの作戦は、IRAを利用する事も、イスラム圏に
ホムンクルスをバラ撒く事も、は、発案、実行、す、すべては私一人がしている事だ!」
顔の表情も、口の動きも、声も、すべてがアンバランスだ。前衛芸術を思い起こさせる。
「まさか、そんな馬鹿な……。この私までも……。この私すらも……!?」
口元に置かれていた手は、やがて“頭”を強く摑み、ガリガリと乱暴に引っ掻き回す。
息は荒く、パニックに陥っているのは明らかだ。
「……?」
火渡はその様子に疑問を抱きつつ、尚も歩を止めない。
「と、止まれェ! コイツを殺されたいのか!?」
サムナーは焦燥にまみれた足取りで、後退を続ける。
あと数メートルで廊下は左に折れ、その先には非常階段へ通じるドアがある。
そこまで行けば。そこに行きさえすれば。
サムナーの焦りをよそに、千歳は大きく深呼吸をし、強い眼差しで火渡を見据えた。
「火渡君……もういいわ……。私に構わないで……!」
「よく言ったぜ、千歳」
火渡は千歳の覚悟を受け取った。任務と正義が“己”を超越した者のみが持つ覚悟を。
その重さは火渡の拳を硬く握らせ、唇を血が出る程に噛み締めさせる。
「来るな! 来るんじゃあない!」
既に曲がり角までは到達出来た。
だが、だがこの若造は、私の言う事を聞きやしない。平戦士の分際で。黄色い猿の分際で。
「来るなと言ってんだろうが! この糞餓鬼がァ!!」
「おお、怖え怖え。地が出てんぜ? 戦士長サマよ」
“気障”も“芝居っ気”も失った威嚇の言葉は、火渡に軽くいなされた。
顔を横に向ければ、もう非常階段への扉が見える。
扉は開いている。好都合だ。
ここが正念場だ。ここで判断を誤れば、大英帝国支部の未来は無い。もちろん、自身の命も。
「くっ……!」
この北の地で演じられる、正義と狂気の三文歌劇が最高潮(クライマックス)に達したその時。
眼前の“戦士”達に圧倒されていたサムナーは気づかなかった。
鋭い光芒を発する何かが自分に迫っている事を。
「ぐごッ!」
まるで棍棒で殴りつけられたような衝撃がサムナーの首を走った。
何が起こったのか。首が動かせない。
懸命に眼球運動だけで自分を襲った物の正体を探ろうとするサムナー。
認識出来たのは、首から伸びる、太い柄を持つ奇妙な形状の片刃の剣。
反対側からはその切っ先が飛び出している。
「千歳!」
火渡の声に弾かれたように、千歳はサムナーの手を振り払った。
そして、倒れ込みながらもヘルメスドライブを無音無動作発動させると、素早くペンを繰る。
ヘルメスドライブの特性、瞬間移動で手元に現れた千歳を、火渡はしっかと抱きとめた。
二人が移した視線の先には、“銃剣”に首を貫かれたサムナーが顔面蒼白で立ち尽くしている。
しかし、サムナーは致命傷を負わされた絶望的なこの状況の中、冷静に様々な思考を巡らせていた。
ウィンストンと時には衝突し、時には笑い、お互いの肩を叩き合った、純粋な“戦士”でいられた、
あの昔のように。
(これは銃剣(バヨネット)……。“奴”の攻撃か!)
(呼吸も出来る、手も足も動かせる。気道と脊髄は無事か……!)
(行動を起こさなくては……! よし、レーザー乱射で反撃と撹乱を兼ねる。そして……)
(ここからは一時離脱だ。出血量が行動範囲を狭める前に、外の車を使って……それから……)
だが、すべては遅すぎたのだ。
銃剣の柄が小さな火花を散らすと同時に、強烈な爆発がサムナーの首元で巻き起こった。
「うおおッ!」
「きゃあ!」
おそらく柄に爆薬(エクスプロシブ)が仕込まれていたのだろう。
廊下は漆黒の爆煙に包まれ、火渡達の視界を大きく遮った。
サムナーの頭蓋からこぼれ落ちた“錬金戦団”のエンブレムが刻印された回路(IC)も見えない程に。
「クソッ!」
火渡は悪態を吐きながらも、自らの身体を盾にして炎と煙から千歳を守っている。
そのうちに時間が経つにつれて、徐々に煙が晴れていくその中にサムナーが立っていた。
ただし、首の上に乗っているべき頭部はどこにも見当たらない。
格下の者を見下していた威圧感に満ちた眼も。出世の材料をひとつも聞き逃すまいとしていた耳も。
評議員への追従の世辞や部下への恫喝を吐いていた口も。その何もかもが失われていた。
頭部を吹き飛ばされたサムナーの身体はやがて、婦女子の如くヘナヘナとその場にへたり込んだ。
生前の傲慢かつ尊大な態度とは対照的な、戦士らしからぬ情け無い死に様に映るのは仕方の無い事
だろうか。皮肉屋の彼らしい皮肉に満ちた最期とも言えるが。
「サ、サムナー戦士長……」
千歳はあまりにも突然のサムナーの死に我を失い、茫然自失としていた。
不思議なものだ。散々自分を痛めつけた、許し難き裏切り者を知らず知らずのうちに敬称で呼んでいる。
千歳の持って生まれた性格なのか、戦士として刷り込まれた礼節なのか、どちらかはわからない。
だが、今はわからなくていい。わかろうとしている時でもない。
千歳の身体を抱いている火渡の顔が、歓喜の笑みに歪んでいるからだ。
それは“邪悪”と紙一重であると言っても過言ではない。
闘争の喜びにおいてその強さを発揮する者は、人間の持つ暗黒面に捕われの身になる寸前まで、
限り無く近づかなければならない。
深遠を覗き込む者が深遠に心を覗き込まれぬように。
「待ってたぜ……」
火渡達からは確認出来ない、左に曲がる廊下の先から、とてつもない殺気がほとばしり始めた。
その殺気はまるで空間が捻じ曲がるような錯覚を覚えさせる。あらゆる音が吸い込まれて飲み込まれて
不気味な静寂に変わっていくようだ。
テレビのノイズのように見ている風景が乱れる。すべての色調が赤やモノトーンに映ってしまう。
汗が止まらない。四肢が震える。肌が粟立つ。口中が渇く。心臓が早鐘と化していく。
「な、何なの……? コレって……」
千歳にはあの“銃剣”でこれから襲来する者の正体はわかっていた。
だが、この恐怖は何なのだろうか。この問答無用と形容したくなる、五感と精神に迫り来る
圧倒的な恐怖は。
あの車上の戦いの時に感じた以上、いや、そんなものでは済まされない。
世界中の闘争と殺戮に見舞われている人間の恐怖をこの場所に凝縮させた、と言ってもまだ
足りるかどうか。
怯える千歳を、火渡が急に抱き上げた。
そして“殺気”と“恐怖”の発生源に背を向け、歩き出した。
「火渡君……?」
火渡はややしばらくの距離を歩くと、千歳を優しく下ろし、壁にもたれ掛けさせた。
その所作は悠々たるものだ。この極限の殺気を物ともしていない。と言うよりも“それ”に
同化しているようである。
火炎同化した火渡が業火を苦にせず、むしろ自身のエネルギーとするかのように。
「ここで大人しくしてろ。いいな……」
それだけ言うと火渡は立ち上がり、振り返ると再び殺気の暴風に向かって前進した。
「さあ、来いよ……!」
「アァアアハァハハアアアア……」
笑いとも吐息とも知れない、地をうねらせるが如き声が響く。
その途端にこの空間の持つ重苦しさが倍増した。
カツン、カツンと金属質の足音が聞こえる。静寂の中、やけに高くハッキリと聞こえる。
“彼”が非常階段を下りてくる音だ。
やがて、それはキュッと床を踏み締める靴音が交じった、廊下を打つ足音に変わった。
こちらに近づいてくる。
そして、程無く、曲がり角の先から、“彼”が、姿を現した。
視線のその先に立つ“彼”の前に、千歳は身動きひとつ取れない。火渡でさえも立ち止まった。
世界中の迷える人々は同じような感覚を味わうのだろう。
嗚呼、あの時には。
主が降臨される時には(When the man comes around)。
「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。
我らが使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること――」
声と共に“彼”の銃剣は大きく十字に構えられ、激しく打ち鳴らされる。
その刀身から飛び散る細かな火花が、狂信者の形相を青白く照らし出した。
「AAAAAAAAAAAMENNNNN!!!!」
次回――
激突。炎。再生者。虚無。戦う理由。
《EPISODE13:Will you partake of that last offered cup or disappear into the potter's ground》
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