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「WHEN THE MAN COMES ARROUND 51-3」(2007/09/14 (金) 10:36:56) の最新版変更点
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獅子の如き牙と猛禽類の如き爪を剥き出して、ジュリアンは防人に突進した。
一方の防人はまるで戦意を喪失してしまったかのように佇立している。
「ジュリアン、お前はもう化物なんだ……。もう、大戦士長の愛したジュリアンじゃない……。
もう、俺達と笑い合ったジュリアンじゃない……」
「喰らえェエエエ!!」
眼を伏せうつむく防人の頭部に、研ぎ澄まされた爪を搭載した腕が振り下ろされた。
爪は金属音を立てて弾き返される。当然と言えば当然だが防人は何のダメージも受けていない。
一定量以上の衝撃を与えるとシルバースキンを構成するヘキサゴンパネルが飛び散る筈だが、
それも見られない。
防人自身どころか、装備品であるシルバースキンにすらダメージを与えられずにいる。
しかし、それは何一つ不思議な事ではないのだろう。
ジュリアンは生まれたばかりの赤子のようなホムンクルスだ。そして防人はそのホムンクルスの
殲滅を任務とする錬金の戦士。
要するにこの二人には、尻尾が取れたばかりの赤子の“蛙”と“蛇”ほどの力量差があるのだ。
「このッ! このッ! この野郎ォオオオ!!」
ただひたすらに無駄な攻撃を加え続けるジュリアンの様は、駄々っ子のような滑稽さすら感じさせる。
「お前は化物なんだ……。そうだ、化物なんだ……」
防人は先程からずっと呟き続けている。
ジュリアンに言い聞かせるように。自分自身に言い聞かせるように。
そうしなければ精神と感情の均衡を保っていられない。
そして、そうしなければ“これ以上”前に進めない。互いを待ち受ける、ごく近い、数秒後の“未来”へと。
延々と続く打撃と呟きの渦の中、口を真一文字に結んだ防人が顔を上げた。
防人の右腕が一瞬揺らめいた――
「……!?」
――とジュリアンが認識した時には、既にその拳は章印が浮かぶ左胸を貫いていた。
「かはッ……!」
無表情の防人は一度腕を捻ると、グイと引き抜いた。
片や恐怖と驚愕の色に満ちた表情のジュリアンは、自分の左胸に空いた大穴と防人の顔を
ゆっくりと交互に、何度も見比べた。
我が身に起こった事が信じられない、いや信じたくないという様子だ。
「ば、馬鹿な……」
己の力がまったく通用せず、易々と急所である章印を打ち抜かれた。
章印の破壊が意味するところは、言うまでもなく“死”。それ以外は無い。
無敵の力を手に入れたと思い込んでいるジュリアンにとってはまさしく悪夢そのものなのであろう。
慌てふためくジュリアンをジッと見つめているうちに、冷淡とも言える防人の無表情が徐々に
歪んでいった。
悲しみによるものではない。
怒りだ。錬金戦団とウィンストン、そして自分を裏切ったジュリアンへの怒り。
表情にも、声にも、意識下のすべてに怒りを充満させるしかなかった。
今にも瞼を曇らせようとする悲しみを覆い隠さんが為に。
あえてそうするしか他に方法が無いのだ。
「お前は錬金戦団の一員なんだ! なのに……それなのに……。ホムンクルスを倒すべき者が
ホムンクルスになるなんて!!」
大声を張り上げてジュリアンを罵倒する。
「ウィンストン大戦士長はお前を愛していたんだぞ! どうしてそれを信じられなかった!!」
だが、その罵倒の声も長くは続かない。
「大戦士長だけじゃない……。俺だって……」
「うぅ……か、身体が……」
四肢の末端から力が抜けていく。
麻痺し、弛緩していくのかと思えば、そうではない。
「崩れて……」
胸の穴や指先、足先から石膏像のように硬化し、ボロボロと崩れ落ちていく。
先程のシャムロックと同じく、ホムンクルスとしての死が緩慢に始まっているのだ。
「う、嘘だ……そんな……。僕は……力を、手に入れたんだ……」
防人に背を向けてよろめきながらも歩き出そうと踏み出したが、脚はまったく言う事を聞かない。
やがて自らの体重を支えきれず、両脚が粉々に砕け、ジュリアンは床に倒れ伏した。
更にはその衝撃によって、両腕も肘から先が大きく砕け散る。
「嫌だ……嫌だよ……。こんな、筈じゃ……。こんな……」
すぐに胴体は胸の穴から二分され、腰や肩口も崩壊に向かっていった。
そして、顔にも一筋の亀裂が走る。
彼の瞳はもう潤いを失い、眼窩に収まっているだけの無機質な球体と化した。
無論、視力は失われている。耳も聞こえているかどうか。
防人は眉根を寄せ、きつく眼を閉じた。
感覚も意識も思考も記憶も、すべてが漆黒と静寂の彼方に消え去る刹那、ジュリアンは白昼夢を見ていた。
現在と過去は混じり合い、忘却の果てに押し流されていた筈の温もりが戻ってくる。
すべてを失ったジュリアンは助けを求め、古ぼけた温もりにすがり付いていた。
いつも手を離さないでいてくれた。しかし、己の過ちでその手を振り払ってしまった。
「ジョン、ごめんなさい……。僕、もうイタズラなんかしないよ……。いい子になるよ……。
だから、助けて……」
その声を聞くと防人は、糸が切れたように両膝を突き、嗚咽を洩らし始めた。
これ以上、怒りを築き上げて自分を偽る事は出来なかった。
悲しみ、後悔、失意、喪失感。それらが一緒くたとなった津波は、防人の自制心を押し流してしまった。
「ジュリアン……。許してくれ、俺が悪いんだ。お前をわかってやれなかった俺が……。
俺が……!」
頭部は亀裂に沿って半分以上が消滅している。胴体などは最早無いも同然だ。
それでも尚、ジュリアンの“存在”は人の生きるこの世にしがみついていた。
あの頃にもう一度帰りたい。あの温もりにもう一度包まれたい。
そんな念だけがジュリアンを存在させた。
「た、助け、て……ジョ……ン……」
ひび割れていく唇から、最期の言葉が押し出されようとしている。
この世界を動かす不可解な何かにずっと阻まれ続けてきた、彼の人生で一度も使う事の無かった言葉。
「お父さん(ダディ)……」
無造作に点在する楢の木の間を走る一本の小道。
はしゃぐ少年を肩車した青年が歩いている。
道の向こうにはあまり手入れの行き届いていないイチゴ畑。
『ねえ、ジョン。知ってる? カブトムシは歌を歌うんだよ』
『そいつァ知らなかったな。ホントか?』
『うん! “ビートルズ”さ!』
『ハハッ! ハハハハハハハハ! 違えねえや!』
『イェーイ! アハハハハハハハ!』
『よし、ジュード。今から俺の部屋に行くぞ。カブトムシのアルバムをいっぱい聴かせてやるよ』
『やったぁ!』
笑顔。少年と青年の笑顔。そして、それを照らす木々の緑とイチゴの赤。
すべては遥か北の方で、塵と消えてしまった。灰と化してしまった。
「……」
“友”が掴む事すら出来ぬ塵に還っても、防人は眼を閉じ、しゃがみ込んだまま、動けずにいた。
『何故?』
それだけが彼の頭の中を駆け巡っていた。
何故? 何故? 何故? 何故? 何故?
防人は眼を開け、拳を握り締めた。
「うわあああああああああああああああ!!!!」
喉を破らんばかりの咆哮がエントランスホールを奮わせる。
やがて、防人は未だ涙に濡れる眼で上階へと続く階段を睨んだ。
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