「戦闘神話51-1」(2007/09/14 (金) 10:20:50) の最新版変更点
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act.3
想定外の事態に、紫龍は焦っていた。
一つ、敵の戦闘能力。
青銅レベルでここまでてこずるのならば、今の聖域にとっては十分に脅威たりえる。
多兵に戦術は必要ない。
聖闘士だろうとも、数は暴力たりえるのだ。
平均的な白銀聖闘士にとって、青銅聖闘士一人は脅威足り得ないが、
青銅聖闘士十人ならば戦力的脅威となり、三十人ともなれば敗北は免れない。
聖闘士対聖闘士という事態そのものが万が一以下の稀有な事態なのだが。
現在の聖域は、その白銀聖闘士ですら十名に満たぬ有様なのだ。
最高戦力にして最高幹部である黄金聖闘士にいたっては、経験不足の小僧僅か二名。
紫龍たち神聖闘士たちは最大五名だが、
星矢・一輝・氷河は聖域に常駐している訳ではないので、事実上二名。
第二次大戦以降、聖闘士の総数は減少傾向にあり、サガの乱によって大きくその数を減らしている為、
現時点の聖域は戦力不足の状態にある。
対する相手側・錬金戦団は、この程度の小競り合いで惜しげもなくこの数を投入してくるのだから、
今の未熟な白銀や青銅たちでは勝利するのは難しいといわざるを得ない。
二つ、麒星の突撃。
麒星が入れ込みやすい性質なのを紫龍はしっていたが、彼がここまで入れ込むとは想定外だった。
麒星を弟子にして一年半になるが、ここまで功に焦る性分だと想定出来なかった。
紫龍の未熟が招いた事態である。
三つ、瞬を別行動させたこと。
瞬は大気を操る。転じて、空間認識力とでもいうべきものが神聖闘士五人中トップである。
彼ならば、戦士たちが襲い掛かってきた瞬間、もっと効率よく倒せていたはずなのだ。
銀河戦争にて息一つ乱さずに邪武を倒したように。
これは希望的観点からの推測ではあるが、希望的過ぎるというわけではない。
この時点で紫龍は知らないことだが、瞬は円周防御を強いていた影の集団の人数すら察知していたのだから。
一つだけならば、たいした事ではない。
だが、それが三つも重なると紫龍ひとりでは対処が難しい。
気が急く。
だが光速機動などしようものなら、敵もろとも麒星を粉砕してしまいかねない。
黄金十二宮を踏破した際の自分たちほどの耐久性は、麒星にはないのだ。
故に、焦る。
戦士を蹴り倒し、振り返った紫龍が見たのは、
ライトセイバーに袈裟懸けに切り裂かれ、仰向けに倒れる麒星だった。
紫龍は、切れた。
麒星を左手で抱き込むようにして体勢を入れ替えると、
今や紫龍の代名詞となった廬山昇龍覇を打ち込む。
掛け値なしの全力である。
アステリオンは紫龍の挙動に気を張っていたから避けられたものの、
荒れ狂う龍の一撃は、その場に残っていた錬金の戦士の躯すらも飲み干したのだった。
光速の龍の顎に噛み砕かれて無事ですむものは無い。
その場に残っているのは、紫龍、アステリオン、そして麒星だけだった。
そして、瞬は…。
森の上へと出た彼は、すぐさま青銅色の龍を発見する幸運に恵まれる。
龍というよりは蛇だろう。長い蛇体をくねらせて森の中から伸び上がる、いや、跳ね上がる。
よく見れば蛇体にはワイヤーの付いた銛が突き刺さっている。
自分たちに襲い掛かってきたのは、このためだったのだろう。
時間稼ぎすら出来ずに無駄死にだったが。
今の瞬に、嘗てのような甘さは無い。
聖闘士が、己の全存在をかけて闘うべきときに、瞬は闘えなかった。
あまつさえ、ハーデスの依り代となりアテナや同士たる聖闘士たちを危機に晒すという醜態を見せた。
瞬はそんな自分を許せなかったのだ。
アテナが辛うじて勝利を治め、星矢もまた九死に一生を得た今だからこそ、
こうして聖闘士なぞ続けていられるが、本来ならば腹を切らねばならない立場だったし、
事実、瞬は自決を試みて失敗している。止めてくれたのは最愛のジュネだった。
物心付く前の幼い頃だった?
幼い兄は抗いきれなかった?
逃れられないサダメだった?
だからなんだというのだ。
全て、言い訳に過ぎない。
瞬は、その生涯を懸けて聖域とこの地上を護ることを決意した。
齢十三の少年が掲げるには余りにも過酷な決意だ。しかし、掲げた拳をおろすわけには行かない。
兄は、瞬の敬愛する兄は、その拳で如何なる敵も、如何なる神も殴りつけてきた。
自分は、その兄と同じ胎から生まれたのだ。何時までも兄という傘の下に居るわけには行かない。
故に、瞬は覚悟を完了した。
護る為に壊す覚悟を。
文字通り空気を蹴って軌道を変えると、瞬は龍の前へと回り込む。
大気を掴むことは、ネビュラストームの入門であり、
瞬ほどになれば空中での複雑な三次元戦闘を可能とする。
彼自身、知らずに「ごめん」と呟いてしまう。
それが瞬が捨てきれない優しさ、人間性なのだが。
閃光が走るや否や、龍に打ち込まれていた銛(モリ)はことごとく切断され、
龍に並走する地上の錬金の戦士たちも、刈り取られる稲穂のように倒れていた。
ネビュラ・チェーンである。
今の瞬の手にかかれば、もはやそれは鎖の一薙ぎではなく、剣戟だ。
錬金の戦士は瞬く間すらなく無力化され、龍もまたネビュラ・チェーンに締め落とされていた。
「奇跡的に助かった、わけではありませんよ?
質問をしたいから敢えて命までは取らなかったんですから」
瞬の声は冷たい。
うめき声をあげてひっくり返る錬金の戦士たちは、
先ほど紫龍たちを取り囲んだ連中と全く同じ装束・背格好をしている。
手近なところに転がっていた男の右膝頭を容赦なく踏み砕くと、
「僕らを襲った理由を教えてくださいませんか?」と丁寧に質問した。
英語・ドイツ語・フランス語・ポルトガル語・スペイン語と、ここ欧州で使用頻度の高そうな言語で丁寧に、
ゆっくりと他の錬金の戦士たちにも質問していく。
勿論、その際に膝や足首などの致命傷にならず、
それでいて負傷すれば移動が困難になる部位を容赦なく踏み砕いていくオマケ付きでだ。
聖域では虫も殺さないような顔をしている奴ほどエゲツナイというのは、最早常識である。
アテナ・城戸沙織のエゲツナさは神話級、瞬のエゲツナさはハーデスも裸足で逃げ出す程。そんな噂が流れているほどだ。
だが、うめき声こそ上げるものの、仮面の戦士たちは決して声を出そうとはしない。
不審におもった瞬がその仮面に手を伸ばそうとすると…
「…ッ!何!」
仮面から白煙が零れた。
ぱん、という間の抜けた音と共に仮面の内側が弾け、それに続いて戦士たちの肉体が断続的に震える。
不ぞろいなダンスのようだったが、それが終ると仮面の戦士たちは腱の切れた操り人形のように弛緩した。
戦士の肉体からは濃密な血臭が漂ってきていた。
「自爆…ッ!
そこまでの機密があるのか?彼らには…!」
やや呆然として瞬が呟くのと同時に、廬山昇竜覇の衝撃波と爆音が地を這うようにしてやってきていた。
無論、余波程度でどうにかなる瞬ではない。ばらばらと宙に舞う戦士の躯を浴びないように気をつけながら、
彼は龍を引きずりながら紫龍たちと合流すべく歩き出した。
この惨状では現場検証もままならないだろうと思いながら。
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