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見渡す限り、草木ひとつ生えぬ不毛な荒野。かつて戦争で撒かれた毒ガスが、この大地
から色を奪った。乾いた風が、無気力な大地を哀れむように寂しく吹き抜ける。
だがガイアは何も感じることなく平然と野糞をしていた。
火炎が木を焼こうが、毒ガスが土を汚そうが、核爆弾が何もかもを消し飛ばそうが、彼
は全て受け入れる。戦争が生活の一部である彼にとって、戦争が引き起こす害悪もまた自
然に他ならないのだから。
排便中は無防備に近い。ゆえにガイアの排便はすばやい。
肛門からボトボトと、かつての食物が落とされる。
「ふぅ……」
宿便まで入念にひねり出し、一息つくガイア。
個数は三つ。サイズ、配色、硬度、匂い、どれをとっても健康そのもの。人体に関して
非凡な知識を持つガイアは、自らの作品をそう値踏みした。さらに、このうちの一つから
クロワッサンを連想してもいた。
糞をこのままにしてはおけない。放置しておけば敵に居場所を察知される可能性がある。
「これはノムラに始末させるか」
上官らしく、汚い仕事は部下に任せようとするガイア。が、人格を入れ替えようとした
瞬間──。
ナイフ一閃。
スマートな軌道で喉を目指して飛来する。これを必要最小限の動作でかわすガイア。
もしノムラにチェンジしていたら、殺られていたかもしれない。少なからず油断をして
いた自分に、ガイアは腹を立てた。
不意打ちの主はサングラスをかけた兵士であった。
「さすがはミスター戦争(ウォーズ)。クソしてる最中でも隙がなく、やっと隙を見せた
と思いきやあっさりかわしやがった」
只者ではない。男はガイアからノムラに替わろうとする瞬間を的確に狙ってきた。おそ
らく自分の二重人格を知らないにもかかわらず、だ。また、攻撃に移るまで完全に気配を
絶っていた点もあなどれない。
教師が生徒を諭すような口ぶりで、ガイアは男に話しかける。
「私をガイアと知っていて挑むとは……若いな、君たち」
「君たち? 俺はこのとおり単独行動──」
「下手な芝居はよせ。ナイフをかわした瞬間、私はすでに君以外の気配も手中に収めてい
る。とうに見抜かれている伏兵よりも、三人でのコンビネーションの方が勝率は高い」
すると隠れている必要はないと判断したのか、地面を掘り、残る二人が地上へと姿を現
した。
ガイアの洞察力に舌を巻くサングラス。
「偽装を見破り、なおかつ人数までピタリと当てるとは……噂にたがわぬ化け物め」
二人目。十字架のチョーカーをつけた兵士が高揚感を伴った微笑みを浮かべる。
「だからこそ挑む価値がある。彼を仕留めれば、我々の傭兵としての価値もまた飛躍的に
高まる」
日本刀を得物とする異色の黒人兵士。三人目は憎しみを込めて言葉を紡いだ。
「師匠(マスター)の仇……」
個々の思惑はどうあれ、彼らは敵として出会ってしまった。白黒をつけねばならない。
──戦争勃発。
彼らは元々同盟を組む旧知の仲なのか、それともガイアを倒したい腕自慢が結成した急
造チームであるのか。特にフォーメーションを用意している様子もないことから、どうや
ら後者のようだ。首尾よくガイアを倒せれば過程に関わらず手柄は山分け、ただしお互い
を守る義務はない。このような約束が背景にあるにちがいない。
しばらく三人はガイアを遠巻きにしていたが、やがて功名心に突き動かされたサングラ
スの男がアーミーナイフ片手に飛び出してきた。
「戦争は名前でするもんじゃねぇってことを教えてやるぜ!」
迫るナイフを、ガイアはなんの武器も持たずに待ち構える。ナイフも携帯しているが使
わない。なぜなら必要がないから。
環境──これさえあれば他はいらない。
「私は自分の名声に実力が伴っているかなどどうでもいい。戦争のルールに従い、君たち
を殲滅するまでだ」
両手にこんもりと盛られた茶色。
汚い臭いなどというおよそ文明的な嫌悪感は、生死を左右する原始的な局面では全て吹
っ飛ぶ。枯れた大地は役に立たない。ガイアは迷わず排泄物を武器とした。
「どうする気だ、そんなもんッ!」
フェンシングに似た、鋭い突きが繰り出される。一方ガイアは突きなど眼中になく、無
造作に汚物を投げ落とした。
ずるっ。
「え」
足もとにぬかるみのような感触を味わったと同時に、サングラスは激しく転倒した。そ
して二度と起き上がることはなかった。
不運にも、彼が手にしていたナイフは主人の顔面を脳まで貫いてしまっていた。
あっけない死に様だった。だが兵士など、死ぬ時は大半があっけない。ドラマチックな
最期など滅多にない。だから生き残りもいちいち心を揺らしはしない。
「……アーメン。君は優秀な戦士だったよ」
まだ血を垂れ流している死体に歩み寄り、祈りを捧げる十字架の兵士。
「──優秀な武器でもなッ!」
突如、十字架は死体をガイアめがけて蹴り上げた。視界を奪うために。
されどガイアは見切っていた。死体を横にかわし、一気に間合いを詰める。
パイ投げの要領で顔に叩き込まれる汚物。目、鼻、口が瞬く間に褐色の粘着質に支配さ
れた。視界のみならず、味覚と嗅覚、呼吸までもが奪い去られた。
四苦八苦する十字架の背後に回り込み、裸絞め。ガイアはためらいなく首をへし折った。
残るは一人、刀を持った黒人のみ。残る汚物もあと一つ。
「日本人でもないのに日本刀とは、珍しいな」
「師(マスター)はサムライソードであらゆる戦場を駆け抜けた日本人(ジャパニーズ)
だった。師は私に傭兵として生き延びる術を与えてくれた。師は私にとって最強の兵士だ
った。しかし三年前、師は貴様によって殺された……」
「ほう、弔いというわけか」
「師曰く、現代でも白兵戦ならばサムライソードは銃をも制す。ここで俺に殺され、あの
世で師の復讐を受けるがいい!」
三年分の怒りが解放される。頭上に日本刀を構え、黒人は突進する、が。
折れた。高速で飛んできた何かにぶつかり、日本刀は砕け散った。
「WHAT?!」
半分以下のリーチになった刀を手に、当惑する外人。刀を破壊したのは、むろん汚物。
「排泄物はほとんどが水分だ。たとえ水でも速度を加えれば鉄と化ける。私にかかればあ
んなものでも銃以上の弾丸にすることも難しくない」
「……よくも師の形見をッ!」
逆上し、戦力差を省みずガイアに飛びかかる黒人。
叫び声、飛散する大便、去っていく足音。勝敗は決した。
激戦から一ヵ月後、老人がこの地を独りさまよっていた。
無残な灰色がどこまでも続いている。
だがそんな中、
「おぉ……」
老人はほんのわずかな抵抗を目の当たりにした。
今後五十年は死に絶えているとされたこの地に、一輪の花が咲いている。目を凝らすと
他にもいくつか息吹いている芽を確認できる。
「大地の神が、奇跡を与えて下さったのか……?」
老人の推測はほぼ正しかった。奇跡ではなく肥料であるという点を除いては。
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