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「その名はキャプテン 六十二話」(2007/07/08 (日) 01:51:10) の最新版変更点
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化石魚、寿命を無視し過酷な海で生き延びる事で生まれる巨大な魚類モンスター。
見た目はただの巨大な魚に見えるが知能は高く、ある程度の術技を使いこなす。
顎の筋力も見た目以上に発達しており、サメやクジラの子供も食い千切る事が可能。
「水中じゃ不利だ、銛を打ち込んで甲板に引き上げるぞ!」
太く丈夫な縄を銛に括りつけ、船から身を乗り出す。
澄んだ美しい海の中では、ケンシロウ以外の生き物は化石魚を恐れて逃げてしまっていた。
化石魚も一筋縄ではいかない相手である事は見抜いていたのだろう。
長い年月を生き延びた経験が、ケンシロウに近寄る事を拒んでいた。
周囲をグルグルと廻り様子を見ると、口を開け、何かを吐き出した。
高速で打ち出される水弾、これを続けざまに五発撃ちこむ。
すべて闘気によって蒸発させる、恐らくこんな経験は初めてだろう。
動揺したのか動きを一瞬止めたが、すぐ泳ぎ出し先程の様に廻り続ける。
今度は急激に距離を取る、逃げたかのように思えたがそうではない。
術の詠唱に入ったのである、水の攻撃術ウォーターガン。
水の術では数少ない攻撃術だが、威力に秀でてはいない。
それも、使用者の知力しだいではあるが。
魔力で出来た魚が集まる、一般的な術師は1匹出して終わりである。
だが、化石魚は上位に位置する悪魔と同等の知能を持ち合わせている。
文字通り海に住む悪魔なのである。
カジキマグロのように逞しい魔魚が3匹生み出された。
巨大な魔力の塊が猛スピードでケンシロウへと突撃する。
魚の姿をしていても魔力で生み出された生物なので、
魔力で出来た盾を張らない限り防ぐ事は出来ない。一部の例外を除いて。
人の体内には「気」、チャクラとも呼ばれる力が存在する。
それは物理的な物ではなく、霊的な物に近く、
術者次第では善にも悪にも、時として光にも闇にもなる。
この気を用いて使われる術は、他の術とは使用法が異なり、
攻撃よりも己の力を増幅させるのに用いられる。
非力な魔術師でも並の戦士と同程度の能力を得る事が出来る。
だが、ケンシロウは術者ではない。それは化石魚でなくとも分かる。
彼からは魔力の様なものは一切感じられず、術については素人を通り越して無能である。
見た目からは様々な武器を操り、その上、己の四肢までもを武器と出来る武芸家と呼ばれるクラスが近い。
このクラスを習得するのにも気術が必要なのだが、使い方は放出するか肉体強化に限定されていた。
人が水中で手足を動かさずに沈まない、そんな事がある筈がないのだ。
退化した目では捉える事が出来なかったが、徐々に男の危険性に気付き始める。
そして気づいた最も危険な事実、この男は『気』術に限定して言うなら『未知』の領域まで達している。
3匹のカジキマグロはケンシロウに触れる前に壁に阻まれていた。
闘気によって生み出された壁が、魔力によって生まれた魚をかき消す。
最初に撃った水弾が蒸発していたのを考えると物質的、魔導的な両方の熱を備えている。
今まで永く海で過ごしてきた、生き延びるのに必要な勘は、
他の仲間に比べ、ずば抜けていたのは自分についた化石魚という名称が示している。
群れをなした所で勝てない相手、そんな事も分からなずに挑む仲間を不思議に思っていた幼魚の時。
ちょっと長く生き残れば群れのリーダーになるのは簡単だった。
消極的になる事が多かった、実力をわきまえていたからだ。
サルーインの復活による影響で気性が荒くなっていき、冷静を保てない者は死んでいった。
今まで一度として強敵を見抜けないことはなかったが、男の異変と共に感じた物。
己の死期、天命ではなく戦って死ねる、邪神の復活のせいか魔物としての本能か、
全力で逃げれば生き延びられるかもしれないのを、体がそれを拒み戦いを望んだ。
いつも以上に冷静を保ちながらも、身体は海に包まれているとは思えな程に熱い。
男への畏怖と同等の期待を胸に膨らませながら、鮫よりも鋭い歯をケンシロウへと向け猛スピードで突進する。
真っすぐに突っ込んでくる化石魚に、腕を振り下ろす。
岩山両斬波、北斗真拳には珍しく秘功への攻撃ではない、鍛え上げた肉体から放たれる手刀。
人外の硬さを誇ってはいたが、魚鱗にヒビが入っていく。
だが化石魚の勢いを止めるには至らない、軌道を逸らしながら身をよじってかわそうとするも、
鋭い牙による裂傷を負う。
丸かじりになるのは避けたが、こちらの方がダメージが大きい。
(秘功が・・見えん!)
飛龍リオレウスとの戦いでもそうだったが、人間と生態系の全く違う生き物は血管の位置も全く違う。
拳を全力で握りしめる、寒気が筋繊維の一本一本を縛り付けて力が抜けていく。
闘気が薄れていく、暗殺者として鍛練された肉体に不備は無い。
現に水中で激しく動き回ったにも関らず、息苦しさは感じない。
理由は一つ。
『愛』に代わって『失望』をその身に刻んでしまったケンシロウからは闘争心が失われていた。
悪人を容赦なく殺し続けてきた日々への疑問、それは強敵達の死を無意味と捉える事に近かった。
罪のない人々を守るために数多の屍を荒野に野ざらしにして来たが、
己の強大な力は同等の力を持つ者を呼び寄せ、失われる筈のない命まで失われていった。
悪党を放っておけば更なる被害が出る事は解っていた、否、解っていたと思っていた。
本当に罪のない人々だったのか、死の死者と呼ばれる自分の旅立ち。
それを感謝の言葉で見送ってくれる優しい人々の背後にいつも不安を感じていた。
思いすごしと村を後にし、3日後に戻ればそこは廃墟。
悪の気配を放つ者が言う事を聞かず抵抗すれば、罪を犯す前でも殺すことにした。
血塗られた手を見る度に、殺してきた者達の呻き声が聞こえる気がした。
このままではいつか狂ってしまう、そんな不安を感じた時、光が包んだ。
そしてこの見知らぬ大地、マルディアスへと辿り着いた。
この土地で過ごす内に、気づき始めていた自分の本心に気づいてしまった。
元の世界へ帰って、心正しい人々を救う北斗の使命の裏で、
終わりのない人殺しを止めたいという己の弱き思いに。
目の前に居る男の闘気が激しく揺らぎ、強まる、弱まるを繰り返している。
勝機を感じる、死を運ぶと思われた男から勝利を奪い取る。
長く生き延びる事で野生には存在しない筈の『執着』が生まれた。
生き延びるためなら徒党を組み、無様に死を装い、地形を上手く扱い隠れ逃れる。
陸、海、空、全ての生物に言える事。
だが化石魚は勝利を欲しがった、目の前に居る最強の武芸者を餌にしたい。
尾を激しく動かして突撃する、泳ぎながら強力に発達した顎の動作を確認する。
今まで大抵の獲物を甘噛み程度で食い千切って来たが、本気で獲物を噛み切ろうと試みたのは初めてである。
(ここまでなのか・・・強敵よ、もう一度だけ俺に力を・・・!)
そう思い再び手を握りしめる、だが寒気が収まる事は無かった。
もう数秒で化石魚の歯が身体にくい込む位置まで来たその時。
真上から化石魚に銛が突き刺さった。
突然の事に驚き、その場で暴れまわった際に尾ビレでケンシロウを吹き飛ばし距離が離れる。
「手応えあったぜっ・・・ケン、今そっちにゲラ=ハが向うからなんとかしろ!」
銛から延びたロープはマストに括りつけられていおり、化石魚の動きを制限していた。
丈夫に編み込まれた魔物の捕獲用の物が災いしたのか、メキメキとロープが食い込んでいった。
「げぇっ、修理代が・・・くそっ、本当に海軍から船でも盗むか。」
予想外の出費にオロオロしてしまうキャプテン・ホーク。
非常事態だというのに、船員が少なくて恥しい場面を見られるのを回避したのに安心を感じてしまう。
すぐに船から海を見下ろし、ゲラ=ハの小型ボートの姿を捉え、そこに向かって飛ぶ。
勿論、直接乗ったら粉々になってしまう恐れがあるので正確には海の上だが。
ゲラ=ハは船の上で水中を見つめ古代魚の動きを追っている。
船が錨を下しているにも関わらず動いている、初めての経験だった。
「ケンシロウはどこだ?さっきまで身体中を光らせてたくせにどうしたってんだ!?」
水面を見まわしてみると不自然にブクブクと泡が浮き上がっている。
―暗い・・・また俺は強敵達の居る所へ来てしまったのか?―
「よう、また来たなケン。」
懐かしい声、共に闘いの荒野を駆けた強敵の声が聞こえる。
―レイ・・・すまない、俺はまた負けてしまった・・・―
「仕方あるまい、ユリア亡き今、無理をしてまでお前が戦う必要はないのだ。」
同じ女を愛し、修業時代を共にした強敵の声が聞こえる。
―シン・・・そうだ、俺がトキ程に医療に長けていればユリアは天命を・・・―
「ケンシロウ、お前の拳は戦って人を守る拳だ。」
義兄弟ながらも実の兄のようにして時を過ごした強敵の声が聞こえる。
―トキ兄さん、だが・・・―
「無理をするな、お前は今までよくやった。」
「そうだケンシロウ、俺の唯一無二の強敵よ。」
たった一度だけ超える事の出来た、義兄弟にして最強の男、そして最大の強敵の声が聞こえる。
―ラオウ兄さん?意外だな、ぶん殴られると思ってたよ―
「いいのだ、もう苦しむ必要はないのだ、見てみろ、お前の胸を。」
そう言ってシンのつけた北斗七星の形に刻まれた七つの痣を指さす。
―傷が・・・消えている!?―
「お前はもう解放されたのだ、北斗の使命から。」
「お前は心優しい男だ、無駄な殺戮は好まぬ筈。」
「お前はこれで自由なのだ、幼き日を思い出せ。」
ラオウ、トキと無邪気に走りまわる子供が見える。
ラオウ、トキと組み手をする無道家の卵が見える。
―ああ、懐かしい、こんな楽しく充実した日々に学んだことを殺戮に使うなんて―
―俺はやはり狂っていたのだ。うおっ、流石シンだな、手も足も出ない―
―強いな、レイ。美しく軌道の読めない、しなやかな動き。俺の力押しの戦いとは大違いだ―
―サウザー、やはりお前こそ皇帝だな。身体の秘密は判ってるのに全然勝てる気がしない。―
強敵達と延々と組み手をし続けた、不思議と体は疲れない。
―シュウ、フドウ、ファルコ・・・―
―シャチにヒョウ、カイオウまで来てくれたのか・・・俺が勝てそうな奴は居ないな―
「嫌味のつもりか?私と立ち会った時よりずっと強くなったように見えるぞ。」
「あのラオウを倒した男が、俺より弱い訳ないだろう。」
「義足の男をおだてた所で、何もでぬぞ。」
「フフ、シャチの不意打ちがなくとも俺には勝てたさ。」
「ヒョウまで嫌味か、肩身が狭いぜ俺は。」
「フン、今度は真っ向から戦場で鍛え抜かれた拳と戦ってみるとしよう。」
―みんな・・・そういえばユダが居ないな。レイ、あいつも強敵だろう。一緒に・・・―
カッ・・・カッ・・・カッ・・・
足音が響き渡る、目の前にはユダが立っていた。
―久し振りだな、どうする?レイにリベンジするのか?ウォームアップに俺が・・・―
パンッ
乾いた音が響いた、顔が何故か横を向いている。
何が起こったのだろうか。
「目を覚ませケンシロウ。今のお前では、レイ相手のウォームアップにもならん。」
そういって去っていくユダ、その背中を唖然と見つめる。
「ケンシロウ、あんなのは気にせず続けるぞ。」
ラオウが目の前で構えている、顔に笑顔を浮かべながら。
何か・・・変だ。
―北斗剛掌破―
気の抜けた、闘気というよりは空気の固まりのような物がラオウにヒットする。
「どうしたのだケンシロウ?そんな気の抜けた攻撃では、俺は倒せんぞ。」
そう、ラオウはそう言う筈だ、だが何故ニヤニヤしている?
ラオウなら本気で怒る筈だ、手加減されることは拳士として侮辱されていると同じ。
「おい、大丈夫かケンシロウ?」
「ケン、ギブアップか?お前らしくないぞ。」
「ハッハッハ、戦いすぎて疲れただけだろう。ちょっと横になるといい。」
みんなが声をかけてくる、優しく穏やかに。
しかし、何かが・・・いや、何かどころではなく優しさ以外の何もかもが欠けている。
―そうだ、俺は狂っていたのだ―
笑顔の兄へと視線を向ける、優しい顔をして立っている。
他人に、いや、何よりも自分に厳しい男だった筈。
最強で、最大で、最高で、誰も上回る事の出来ない巨人。
お互いに最後の一撃を放ったあの時を思い出す、血まみれだが涼やかで見たこともない晴々とした笑み。
プライドの塊の様な兄、その兄が自分を称えてくれたあの笑顔。
この世で最も強く、偉大な男がこんな安っぽい笑顔で迎える筈がない。
全てを察したとき、熱い涙が頬を濡らすのを感じた。
―失せろ、お前達はもう、死んでいる・・・―
吐き出すようにそう言うとみんな機械のように無表情となって消え去った。
後ろを見るとただ一人、ユダだけが少しキザな笑いを浮かべていた。
~???~
精神の制御に失敗したようだ、死者の魂から姿だけ投影し、幻影を見せるのに成功した。
ユダの魂はデスの支配下にあるが、何故か一切の精神制御がされていない。
もしやデスの裏切りだろうか、我が主君である破壊心の兄であっても主に逆らうならば許す訳にはいかない。
だが、これでサルーイン様に逆らう愚か者共の心にプレッシャーをかけられる。
心身共に弱っている必要があるが、これから先も奴等を無事に済ませる気は無い。
側にある巨大な砂時計を模した何か、生物の肉と骨で出来ている不気味な物体から、
ザラザラと大粒の砂が降り注ぐ、それを蔑むような眼で見ながら赤衣の男が尋ねる。
「ジャギの灰が戻ったようです。如何なさいましょう。」
眠りについた邪神がドクン、と大きく鼓動すると同時に灰が黒い光となった。
「役にたたぬ男でしたな、まぁアサシン如きにしては良くやった方でしょうか。」
眠っていた邪神の目が半分ほど開かれ、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
黒い光は消える事無く、再び一つになって人の形を成した。
「なんと・・・!あの役立たずにチャンスを与えなさるとは、なんと慈悲深い・・・。」
そうして生まれた新たな生命が、産声の代わりに憤怒の雄叫びを上げた。
~海~
目を開けると、眩しい光が視界を閉ざそうと襲いかかってくる。
次にコンマ2秒ほどして気づいたのが、喉、肺、呼吸の違和感。
「・・・ゲボォッ!」
腹部に圧力が掛かると同時に、飲み込んでいた水を大量に吐き出す。
「よし、目が覚めたな。今ゲラ=ハが船の下をカバーしてくれてる。」
目を擦り、海水と涙の混じり合った生暖かい水を拭う。
そうだ、今は迷う時ではない。
「すまなかった、キャプテン。」
「礼なら後だ、ゲラ=ハは爬虫類だからな。息は長続きだが魚にゃ勝てねぇ。」
懐から石斧を取り出し、海へ飛び込む準備を始める。
「お前は体力を回復させたら援護に回ってくれ、しばらくは俺とゲラ=ハで・・・。」
ホークの肩に手が置かれた、異様に熱く大きい手だ。
振り返ると、先程まで溺れていた人間とは思えない覇気に満ちた形相の男がいた。
「俺に任せてくれ。」
そういってホークをそっと押しのけて、海へと飛び込んだ。
海の中では、ゲラ=ハが泳ぎながら槍を船のスクリューのように振り回し、高速で化石魚から逃げていた。
(不味いですね、反撃は出来ませんし息継ぎをする余裕も与えない様です。)
水圧で槍を振り回すのも、地上以上に体力を消耗する。
このままではジリ貧である、反撃の手筈をなんとかして整えなければ。
海に何かが飛び込む音が聞こえる、化石魚がそれを聞きつけ音の方へと向きを変える。
一体何があったのか、目を向けると真っ赤な光を体中に纏った男がそこにいた。
(ラオウ兄さん、今の俺がこの技を使う資格があるかは分からない。だが、見ていてくれ!)
男の胴体を守っていた闘気は全て腕へと集められた、勝った。
水中で勢いもつけず殴りかかるのは、スピードが遅過ぎて話にならない。
先程のチョップのスピードを考えれば、勢いをつけた今なら間違いなく喰える。
サメを上回る巨体で船よりも速く海を一直線に進んだ。
男の手が動いた、闘気が腕から消え、体のどこにも光が見当たらなくなった。
海で生き続けてきた古代魚、温暖な海で暮らしていたので寒さなど知らなかった。
視界が歪む、最後に見たのは自分の体から噴き出した血で染まった真赤な海水だった。
―やはり、兄さんの天将奔烈には届かないか。だが・・・―
ボートに上がり、船に戻り、化石魚を引き上げ、マストを補強し、飯を食う。
そして改めて思った、荒野で戦い続けられたのは自分の力ではなかった事を。
「先の戦いでは助かった。ありがとう、キャプテン。」
ホークは笑顔で、化石魚の頭を丸ごと入れたカレーを机に置いた。
化石魚、寿命を無視し過酷な海で生き延びる事で生まれる巨大な魚類モンスター。
見た目はただの巨大な魚に見えるが知能は高く、ある程度の術技を使いこなす。
顎の筋力も見た目以上に発達しており、サメやクジラの子供も食い千切る事が可能。
「水中じゃ不利だ、銛を打ち込んで甲板に引き上げるぞ!」
太く丈夫な縄を銛に括りつけ、船から身を乗り出す。
澄んだ美しい海の中では、ケンシロウ以外の生き物は化石魚を恐れて逃げてしまっていた。
化石魚も一筋縄ではいかない相手である事は見抜いていたのだろう。
長い年月を生き延びた経験が、ケンシロウに近寄る事を拒んでいた。
周囲をグルグルと廻り様子を見ると、口を開け、何かを吐き出した。
高速で打ち出される水弾、これを続けざまに五発撃ちこむ。
すべて闘気によって蒸発させる、恐らくこんな経験は初めてだろう。
動揺したのか動きを一瞬止めたが、すぐ泳ぎ出し先程の様に廻り続ける。
今度は急激に距離を取る、逃げたかのように思えたがそうではない。
術の詠唱に入ったのである、水の攻撃術ウォーターガン。
水の術では数少ない攻撃術だが、威力に秀でてはいない。
それも、使用者の知力しだいではあるが。
魔力で出来た魚が集まる、一般的な術師は1匹出して終わりである。
だが、化石魚は上位に位置する悪魔と同等の知能を持ち合わせている。
文字通り海に住む悪魔なのである。
カジキマグロのように逞しい魔魚が3匹生み出された。
巨大な魔力の塊が猛スピードでケンシロウへと突撃する。
魚の姿をしていても魔力で生み出された生物なので、
魔力で出来た盾を張らない限り防ぐ事は出来ない。一部の例外を除いて。
人の体内には「気」、チャクラとも呼ばれる力が存在する。
それは物理的な物ではなく、霊的な物に近く、
術者次第では善にも悪にも、時として光にも闇にもなる。
この気を用いて使われる術は、他の術とは使用法が異なり、
攻撃よりも己の力を増幅させるのに用いられる。
非力な魔術師でも並の戦士と同程度の能力を得る事が出来る。
だが、ケンシロウは術者ではない。それは化石魚でなくとも分かる。
彼からは魔力の様なものは一切感じられず、術については素人を通り越して無能である。
見た目からは様々な武器を操り、その上、己の四肢までもを武器と出来る武芸家と呼ばれるクラスが近い。
このクラスを習得するのにも気術が必要なのだが、使い方は放出するか肉体強化に限定されていた。
人が水中で手足を動かさずに沈まない、そんな事がある筈がないのだ。
退化した目では捉える事が出来なかったが、徐々に男の危険性に気付き始める。
そして気づいた最も危険な事実、この男は『気』術に限定して言うなら『未知』の領域まで達している。
3匹のカジキマグロはケンシロウに触れる前に壁に阻まれていた。
闘気によって生み出された壁が、魔力によって生まれた魚をかき消す。
最初に撃った水弾が蒸発していたのを考えると物質的、魔導的な両方の熱を備えている。
今まで永く海で過ごしてきた、生き延びるのに必要な勘は、
他の仲間に比べ、ずば抜けていたのは自分についた化石魚という名称が示している。
群れをなした所で勝てない相手、そんな事も分からなずに挑む仲間を不思議に思っていた幼魚の時。
ちょっと長く生き残れば群れのリーダーになるのは簡単だった。
消極的になる事が多かった、実力をわきまえていたからだ。
サルーインの復活による影響で気性が荒くなっていき、冷静を保てない者は死んでいった。
今まで一度として強敵を見抜けないことはなかったが、男の異変と共に感じた物。
己の死期、天命ではなく戦って死ねる、邪神の復活のせいか魔物としての本能か、
全力で逃げれば生き延びられるかもしれないのを、体がそれを拒み戦いを望んだ。
いつも以上に冷静を保ちながらも、身体は海に包まれているとは思えな程に熱い。
男への畏怖と同等の期待を胸に膨らませながら、鮫よりも鋭い歯をケンシロウへと向け猛スピードで突進する。
真っすぐに突っ込んでくる化石魚に、腕を振り下ろす。
岩山両斬波、北斗真拳には珍しく秘功への攻撃ではない、鍛え上げた肉体から放たれる手刀。
人外の硬さを誇ってはいたが、魚鱗にヒビが入っていく。
だが化石魚の勢いを止めるには至らない、軌道を逸らしながら身をよじってかわそうとするも、
鋭い牙による裂傷を負う。
丸かじりになるのは避けたが、こちらの方がダメージが大きい。
(秘功が・・見えん!)
飛龍リオレウスとの戦いでもそうだったが、人間と生態系の全く違う生き物は血管の位置も全く違う。
拳を全力で握りしめる、寒気が筋繊維の一本一本を縛り付けて力が抜けていく。
闘気が薄れていく、暗殺者として鍛練された肉体に不備は無い。
現に水中で激しく動き回ったにも関らず、息苦しさは感じない。
理由は一つ。
『愛』に代わって『失望』をその身に刻んでしまったケンシロウからは闘争心が失われていた。
悪人を容赦なく殺し続けてきた日々への疑問、それは強敵達の死を無意味と捉える事に近かった。
罪のない人々を守るために数多の屍を荒野に野ざらしにして来たが、
己の強大な力は同等の力を持つ者を呼び寄せ、失われる筈のない命まで失われていった。
悪党を放っておけば更なる被害が出る事は解っていた、否、解っていたと思っていた。
本当に罪のない人々だったのか、死の死者と呼ばれる自分の旅立ち。
それを感謝の言葉で見送ってくれる優しい人々の背後にいつも不安を感じていた。
思いすごしと村を後にし、3日後に戻ればそこは廃墟。
悪の気配を放つ者が言う事を聞かず抵抗すれば、罪を犯す前でも殺すことにした。
血塗られた手を見る度に、殺してきた者達の呻き声が聞こえる気がした。
このままではいつか狂ってしまう、そんな不安を感じた時、光が包んだ。
そしてこの見知らぬ大地、マルディアスへと辿り着いた。
この土地で過ごす内に、気づき始めていた自分の本心に気づいてしまった。
元の世界へ帰って、心正しい人々を救う北斗の使命の裏で、
終わりのない人殺しを止めたいという己の弱き思いに。
目の前に居る男の闘気が激しく揺らぎ、強まる、弱まるを繰り返している。
勝機を感じる、死を運ぶと思われた男から勝利を奪い取る。
長く生き延びる事で野生には存在しない筈の『執着』が生まれた。
生き延びるためなら徒党を組み、無様に死を装い、地形を上手く扱い隠れ逃れる。
陸、海、空、全ての生物に言える事。
だが化石魚は勝利を欲しがった、目の前に居る最強の武芸者を餌にしたい。
尾を激しく動かして突撃する、泳ぎながら強力に発達した顎の動作を確認する。
今まで大抵の獲物を甘噛み程度で食い千切って来たが、本気で獲物を噛み切ろうと試みたのは初めてである。
(ここまでなのか・・・強敵よ、もう一度だけ俺に力を・・・!)
そう思い再び手を握りしめる、だが寒気が収まる事は無かった。
もう数秒で化石魚の歯が身体にくい込む位置まで来たその時。
真上から化石魚に銛が突き刺さった。
突然の事に驚き、その場で暴れまわった際に尾ビレでケンシロウを吹き飛ばし距離が離れる。
「手応えあったぜっ・・・ケン、今そっちにゲラ=ハが向うからなんとかしろ!」
銛から延びたロープはマストに括りつけられていおり、化石魚の動きを制限していた。
丈夫に編み込まれた魔物の捕獲用の物が災いしたのか、メキメキとロープが食い込んでいった。
「げぇっ、修理代が・・・くそっ、本当に海軍から船でも盗むか。」
予想外の出費にオロオロしてしまうキャプテン・ホーク。
非常事態だというのに、船員が少なくて恥しい場面を見られるのを回避したのに安心を感じてしまう。
すぐに船から海を見下ろし、ゲラ=ハの小型ボートの姿を捉え、そこに向かって飛ぶ。
勿論、直接乗ったら粉々になってしまう恐れがあるので正確には海の上だが。
ゲラ=ハは船の上で水中を見つめ古代魚の動きを追っている。
船が錨を下しているにも関わらず動いている、初めての経験だった。
「ケンシロウはどこだ?さっきまで身体中を光らせてたくせにどうしたってんだ!?」
水面を見まわしてみると不自然にブクブクと泡が浮き上がっている。
―暗い・・・また俺は強敵達の居る所へ来てしまったのか?―
「よう、また来たなケン。」
懐かしい声、共に闘いの荒野を駆けた強敵の声が聞こえる。
―レイ・・・すまない、俺はまた負けてしまった・・・―
「仕方あるまい、ユリア亡き今、無理をしてまでお前が戦う必要はないのだ。」
同じ女を愛し、修業時代を共にした強敵の声が聞こえる。
―シン・・・そうだ、俺がトキ程に医療に長けていればユリアは天命を・・・―
「ケンシロウ、お前の拳は戦って人を守る拳だ。」
義兄弟ながらも実の兄のようにして時を過ごした強敵の声が聞こえる。
―トキ兄さん、だが・・・―
「無理をするな、お前は今までよくやった。」
「そうだケンシロウ、俺の唯一無二の強敵よ。」
たった一度だけ超える事の出来た、義兄弟にして最強の男、そして最大の強敵の声が聞こえる。
―ラオウ兄さん?意外だな、ぶん殴られると思ってたよ―
「いいのだ、もう苦しむ必要はないのだ、見てみろ、お前の胸を。」
そう言ってシンのつけた北斗七星の形に刻まれた七つの痣を指さす。
―傷が・・・消えている!?―
「お前はもう解放されたのだ、北斗の使命から。」
「お前は心優しい男だ、無駄な殺戮は好まぬ筈。」
「お前はこれで自由なのだ、幼き日を思い出せ。」
ラオウ、トキと無邪気に走りまわる子供が見える。
ラオウ、トキと組み手をする無道家の卵が見える。
―ああ、懐かしい、こんな楽しく充実した日々に学んだことを殺戮に使うなんて―
―俺はやはり狂っていたのだ。うおっ、流石シンだな、手も足も出ない―
―強いな、レイ。美しく軌道の読めない、しなやかな動き。俺の力押しの戦いとは大違いだ―
―サウザー、やはりお前こそ皇帝だな。身体の秘密は判ってるのに全然勝てる気がしない。―
強敵達と延々と組み手をし続けた、不思議と体は疲れない。
―シュウ、フドウ、ファルコ・・・―
―シャチにヒョウ、カイオウまで来てくれたのか・・・俺が勝てそうな奴は居ないな―
「嫌味のつもりか?私と立ち会った時よりずっと強くなったように見えるぞ。」
「あのラオウを倒した男が、俺より弱い訳ないだろう。」
「義足の男をおだてた所で、何もでぬぞ。」
「フフ、シャチの不意打ちがなくとも俺には勝てたさ。」
「ヒョウまで嫌味か、肩身が狭いぜ俺は。」
「フン、今度は真っ向から戦場で鍛え抜かれた拳と戦ってみるとしよう。」
―みんな・・・そういえばユダが居ないな。レイ、あいつも強敵だろう。一緒に・・・―
カッ・・・カッ・・・カッ・・・
足音が響き渡る、目の前にはユダが立っていた。
―久し振りだな、どうする?レイにリベンジするのか?ウォームアップに俺が・・・―
パンッ
乾いた音が響いた、顔が何故か横を向いている。
何が起こったのだろうか。
「目を覚ませケンシロウ。今のお前では、レイ相手のウォームアップにもならん。」
そういって去っていくユダ、その背中を唖然と見つめる。
「ケンシロウ、あんなのは気にせず続けるぞ。」
ラオウが目の前で構えている、顔に笑顔を浮かべながら。
何か・・・変だ。
―北斗剛掌破―
気の抜けた、闘気というよりは空気の固まりのような物がラオウにヒットする。
「どうしたのだケンシロウ?そんな気の抜けた攻撃では、俺は倒せんぞ。」
そう、ラオウはそう言う筈だ、だが何故ニヤニヤしている?
ラオウなら本気で怒る筈だ、手加減されることは拳士として侮辱されていると同じ。
「おい、大丈夫かケンシロウ?」
「ケン、ギブアップか?お前らしくないぞ。」
「ハッハッハ、戦いすぎて疲れただけだろう。ちょっと横になるといい。」
みんなが声をかけてくる、優しく穏やかに。
しかし、何かが・・・いや、何かどころではなく優しさ以外の何もかもが欠けている。
―そうだ、俺は狂っていたのだ―
笑顔の兄へと視線を向ける、優しい顔をして立っている。
他人に、いや、何よりも自分に厳しい男だった筈。
最強で、最大で、最高で、誰も上回る事の出来ない巨人。
お互いに最後の一撃を放ったあの時を思い出す、血まみれだが涼やかで見たこともない晴々とした笑み。
プライドの塊の様な兄、その兄が自分を称えてくれたあの笑顔。
この世で最も強く、偉大な男がこんな安っぽい笑顔で迎える筈がない。
全てを察したとき、熱い涙が頬を濡らすのを感じた。
―失せろ、お前達はもう、死んでいる・・・―
吐き出すようにそう言うとみんな機械のように無表情となって消え去った。
後ろを見るとただ一人、ユダだけが少しキザな笑いを浮かべていた。
~???~
精神の制御に失敗したようだ、死者の魂から姿だけ投影し、幻影を見せるのに成功した。
ユダの魂はデスの支配下にあるが、何故か一切の精神制御がされていない。
もしやデスの裏切りだろうか、我が主君である破壊心の兄であっても主に逆らうならば許す訳にはいかない。
だが、これでサルーイン様に逆らう愚か者共の心にプレッシャーをかけられる。
心身共に弱っている必要があるが、これから先も奴等を無事に済ませる気は無い。
側にある巨大な砂時計を模した何か、生物の肉と骨で出来ている不気味な物体から、
ザラザラと大粒の砂が降り注ぐ、それを蔑むような眼で見ながら赤衣の男が尋ねる。
「ジャギの灰が戻ったようです。如何なさいましょう。」
眠りについた邪神がドクン、と大きく鼓動すると同時に灰が黒い光となった。
「役にたたぬ男でしたな、まぁアサシン如きにしては良くやった方でしょうか。」
眠っていた邪神の目が半分ほど開かれ、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
黒い光は消える事無く、再び一つになって人の形を成した。
「なんと・・・!あの役立たずにチャンスを与えなさるとは、なんと慈悲深い・・・。」
そうして生まれた新たな生命が、産声の代わりに憤怒の雄叫びを上げた。
~海~
目を開けると、眩しい光が視界を閉ざそうと襲いかかってくる。
次にコンマ2秒ほどして気づいたのが、喉、肺、呼吸の違和感。
「・・・ゲボォッ!」
腹部に圧力が掛かると同時に、飲み込んでいた水を大量に吐き出す。
「よし、目が覚めたな。今ゲラ=ハが船の下をカバーしてくれてる。」
目を擦り、海水と涙の混じり合った生暖かい水を拭う。
そうだ、今は迷う時ではない。
「すまなかった、キャプテン。」
「礼なら後だ、ゲラ=ハは爬虫類だからな。息は長続きだが魚にゃ勝てねぇ。」
懐から石斧を取り出し、海へ飛び込む準備を始める。
「お前は体力を回復させたら援護に回ってくれ、しばらくは俺とゲラ=ハで・・・。」
ホークの肩に手が置かれた、異様に熱く大きい手だ。
振り返ると、先程まで溺れていた人間とは思えない覇気に満ちた形相の男がいた。
「俺に任せてくれ。」
そういってホークをそっと押しのけて、海へと飛び込んだ。
海の中では、ゲラ=ハが泳ぎながら槍を船のスクリューのように振り回し、高速で化石魚から逃げていた。
(不味いですね、反撃は出来ませんし息継ぎをする余裕も与えない様です。)
水圧で槍を振り回すのも、地上以上に体力を消耗する。
このままではジリ貧である、反撃の手筈をなんとかして整えなければ。
海に何かが飛び込む音が聞こえる、化石魚がそれを聞きつけ音の方へと向きを変える。
一体何があったのか、目を向けると真っ赤な光を体中に纏った男がそこにいた。
(ラオウ兄さん、今の俺がこの技を使う資格があるかは分からない。だが、見ていてくれ!)
男の胴体を守っていた闘気は全て腕へと集められた、勝った。
水中で勢いもつけず殴りかかるのは、スピードが遅過ぎて話にならない。
先程のチョップのスピードを考えれば、勢いをつけた今なら間違いなく喰える。
サメを上回る巨体で船よりも速く海を一直線に進んだ。
男の手が動いた、闘気が腕から消え、体のどこにも光が見当たらなくなった。
海で生き続けてきた古代魚、温暖な海で暮らしていたので寒さなど知らなかった。
視界が歪む、最後に見たのは自分の体から噴き出した血で染まった真赤な海水だった。
―やはり、兄さんの天将奔烈には届かないか。だが・・・―
ボートに上がり、船に戻り、化石魚を引き上げ、マストを補強し、飯を食う。
そして改めて思った、荒野で戦い続けられたのは自分の力ではなかった事を。
「先の戦いでは助かった。ありがとう、キャプテン。」
ホークは笑顔で、化石魚の頭を丸ごと入れたカレーを机に置いた。
~講座~
天将奔烈 今日の講座はこれだけ、両手から奔流の様に闘気を噴き出す技。
北斗剛掌破とどっちが強いか検証してほしい所。見た目的にはこっちかも。
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