「似たもの同士」(2007/07/08 (日) 01:29:18) の最新版変更点
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「ぼくはタヌキじゃないっ!」
発端は、なんてことのないのび太の軽口であった。
激昂するドラえもんをのび太がなだめ、すかし、おだてる。これで済む話のはずだった
のだが。
「もうぼくを二度とタヌキだなんて呼ばせないぞ!」
彼の血走った、ではなくオイル走った目を見てようやくのび太は異常を察知した。今の
彼は、いつもの彼ではない。風船よりも割れやすく、猛毒よりも恐ろしい、爆弾。
「落ち着けよ、ドラえもん。ぼ、ぼくも悪かったからさ」
のび太の言葉には耳を貸さず、いや彼には耳はないのだが、とにかく耳を貸さずドラえ
もんはポケットからライフル銃を取り出した。むろん、現代のそれとは比較にならない威
力を誇る。
「タヌキさえ……」
「お、おい……」
「タヌキさえこの世からいなくなれば、もうぼくがタヌキと呼ばれることもなくなる!」
自由の女神でも気取るかのように、銃を天に掲げるドラえもん。さらにそれをのび太へ
向ける。
「のび太君、君には目撃者になってもらう。ぼくがタヌキと呼ばれなくなる瞬間のね」
銃口の奥に潜む、底知れぬ闇。のび太はせわしなく首を上下に振り、服従を誓った。
「よし。じゃあ行くよ」
タヌキを地上から絶滅させるため、玄関から旅立つドラえもんとのび太。
──だが、家の外には恐るべき光景が広がっていた。
野比家を取り囲む、夥しい数のタヌキ。
二人のうち、明らかにドラえもんだけに殺意を向けている。
ほんやくコンニャクを使うまでもなく、ドラえもんには分かっていた。
「どうやら君たちもぼくに消えてもらいたくなったようだね……」
のび太の家に居候するドラえもん──彼の存在は一般化してはいないが、半ば都市伝説
のような形で日本中に伝わっていた。
この国のどこかに不思議な力を使う青いタヌキがいるらしい、と──。
当然、タヌキたちもこの噂を耳に入れていた。そして大いに憤った。
こんな訳が分からぬ馬の骨のために、我ら一族が引き合いに出されるなどあってはなら
ない。許されることではない。排除せねばならない。
一触即発。
ここでは町の人々を巻き込む。ドラえもんはどこでもドアで、タヌキたちを名もなき無
人島に招待した。
ドラえもん対タヌキ軍団。
武器はドラえもん優勢、数はタヌキ優勢、五分と五分。
両陣営が憎悪に満ちた眼差しを向ける。
同じ姿形と目的を持ちながら──。
『ドラえもんがタヌキに似ているなどと言わせない』
ライフルを肩に構えるドラえもん。一斉攻撃の態勢に入るタヌキたち。未来の火力が焼
き払うか、野性の多勢が喰らうか。二つに一つ。
「待ってよ!」
ひしめき合う殺意に割り込む、何者かの声。
皆の注目がひとりの少年に集まる。
「おかしいよ、こんなの!」
声を張り上げたのはのび太であった。
この心優しき少年が親友と動物による殺し合いの傍観者となれるはずがなかった。
「似てるって言われるのがイヤなだけでわざわざ戦う必要なんてないじゃないか!」
拙いが、身振り手振りで必死に熱弁を振るうのび太。言葉が通じていないはずのタヌキ
たちでさえ聞き入っている。
「それに考えてもみてよ。どちらかがいなくなったとしても、似てるって言われなくなる
と思う? もう死んじゃってる人に似てるって言われる人なんていくらでもいるじゃない。
テレビで恐竜に例えられてる人だっていたよ。もう恐竜はいないのに」
少年の言うとおり、仮に自分に似た相手を排除したとして、ではもう自分と比べられる
ことはなくなるかというと、そうとは限らない。死人に口なしとはいうが、むしろ相手が
死んでしまったことにより、よりいっそう比較の度合いが強固になってしまうケースすら
ある。
皆、押し黙った。
周囲を渦巻いていた殺気が急速に鎮まっていく。
言いたいことをぶちまけ、肩で息をするのび太にドラえもんは微笑みかける。
「のび太君、君が正しいよ。ぼくたちは間違っていた」
「ドラえもん……」
「ぼくたちは“戦う相手”を間違っていたんだ」
「え?」
突然、鎮まっていた殺気が勢力を取り戻し始める。いやそうではない。殺気は最初から
鎮まっていたわけではなく、対象を変えていただけだった。
「そもそも誰と誰が似てるかなんて話題にするのは地球上で人間くらいのもんだよ。ぼく
たちは君のおかげでようやく共通の敵を発見できた」
タヌキ軍もまた一斉にのび太に振り向く。
「じゃあ、まずは君からだ」
ドラえもんはのび太に銃口を向け、ゆっくりと引き金を引いた。
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