「戦闘神話49-1」(2007/05/24 (木) 14:16:00) の最新版変更点
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part.3
「…、アドニス?」
「どうかしたのか?瞬」
誰何の声はアステリオンではなく、紫龍だ。
ベルリン国際空港に降りたつや否や、瞬とアステリオンは、
紫龍の待つシュバルツバルトへと文字通り飛ぶようにして向かい、
紫龍たちと合流した。
「いや、アドニスの小宇宙が一瞬消えてまた現れたんだ。
戦闘でもしたみたいだ」
瞬にとって、アドニスは「黄金聖闘士を育てた」というよりは、
「黄金聖闘士の素質のある聖闘士を育てた」といった風に近い。
師・ダイダロスのようにはいかないと、瞬は日々思う。
門弟を多く抱え、来月四人目の聖闘士が彼の元から誕生するが、
まだ、「聖闘士の素質のある人間を育てている」という気がしてならない。
「なんですって?」
瞬の声に色を失ったのは、麒星である。
アドニスは未熟とはいえ黄金聖闘士であり、黄金十二宮最後の守護者なのだ。
麒星は過去、アドニスが黄金聖闘士になりたての頃、
ついうっかり出自の事をからかったが為、
彼によって足腰立たなくなるまでぶちのめされた経験がある。
それも素手でだ。
アドニスの強さは、麒星自身が聖衣を半壊させられた事もあって、身をもって知っているのだ。
その彼が敵にぶつかったという可能性に、麒星は狼狽した。
「落ち着け、麒星。
戦闘状態に陥ったとは限らない。」
紫龍は、麒星の妄動を諌めた。
平時なら良いのだが、現状は作戦行動中だ。
うろたえては話にならない。
「そうだよ、麒星。
それに、神でもなければあの向こう見ずが負けるなんて事ないさ。
…まぁ、魔鈴さんあたりならぶちのめしそうだけど」
肩をすくめて見せ、冗談で締めて麒星を宥めてやるのは瞬の役目だ。
瞬も紫龍も就職一年目でいきなり管理職になったようなものだ、苦労は多い。
特に気を割らねばならなかったのは、言葉である。
ちょっとした冗談一つで聖域を揺るがしかねないデマが発生した事もあるのだ。
自然、慎重にならざるを得ない。
沈黙は金とはよく言ったものだ。
黄金聖闘士たちが年齢不相応の重厚さを身に着けざるを得なかった理由を、瞬たちは理解した。
瞬の言葉に取り乱した自分を省みて、自己嫌悪を芽生えさせるのが麒星だ。
彼の本来の師は、リザドのミスティだった。
白銀聖闘士五強の一画であり、
星矢に敗れるまで一度たりとも戦傷を負わなかったという凄腕の聖闘士である。
無論、実力に見合った精神を備えていた。
麒星は、師・ミスティがうろたえた姿など一度たりとも見た事が無かったし、
声を荒げた事すら記憶になかったのだ。
ナルシズムに傾倒してはいたが、人品卑しからざるそのたたずまいは、
サガの信も篤く、同僚たちからも慕われていた。
そんな偉大な師の姿が記憶に新しい麒星にとって、
自分の軽挙妄動に嫌悪を覚えても仕方が無いものだった。
ごつん、と麒星の頭に拳骨が落とされた。
紫龍の拳だ。
紫龍は麒星に多くを語らない。もとより麒星は一人前の聖闘士なのだ。
ただ、麒星がどうしようもない間違いを犯したときだけこうして拳骨を落とす。
聖闘士にとって言葉よりも拳こそが最も重要なコミニュケイションツールなのだ。
この場合は、冗談を冗談と見抜けず動揺した事。
今でこそ泰然自若としている紫龍たちだが、
聖戦当時は何でもかんでも動揺するばかりだった。
無論、これは経験が無かったからだが、未熟なりとて戦闘において情報の取捨選択は必須だ。
動揺を敵に覚られることほど危機を呼び込むことは無い。
だからこそ、紫龍は彼を戒めたのである。
そして拳骨を貰った麒星は、すみませんでした、先生。と紫龍に詫びる。
これで大抵は落着するのだ。
聖域の影の諜者を知る麒星だ、動揺を表に出さないに越したことは無い。
「アドニスの事だ、またぞろ黄金聖闘士らしからぬ振る舞いをしたのだろう。
瞬。今度こそきつめに叱ってやれよ」
師として、聖域中枢の者として、紫龍もまた慣れぬ冗談など言う必要もあるのだ。
「あははは、拳骨なんて落としたら只でさえ悪い頭が更に悪くなるから止めておくよ」
瞬も言うときは言う。
元々、瞬たちの任務は紛失文書の探索だ。
地元の協力者との交渉や、紫龍から現状報告を受けて今後の方針を決めねばならない。
不用意な一言から場が乱れたが、本来の任務に戻るべく話を戻したのだが、
神ならぬ彼らに、貴鬼とアドニスがそろって海皇と戦闘した挙句敗れ、
空間を跳躍してギリシアの高級住宅地から、日本の閑静な住宅街へと飛んだなどという、
瓢箪から駒のような事実が分かるはずも無かった。
「紫龍」と、瞬は短く呼びかけた。
「ごめん、つけられてたみたいだ」
彼らが今いるのは、街道からかなり外れた森の中だ。
争っても人が駆けつける事が出来ないくらいの。
「いや、これは俺のミスのようだ…」
紫龍に瞬を慰める意図は無い。
影の集団が未熟だっただけの事なのだ。
紫龍たちの外延をなぞるようにして、影の集団が居たのだが、
敵は彼らを突破して方位陣形を完成させていた。
聖闘士の位をなもたずとも、聖闘士の厳しい修行に耐えた人間たちである。
その彼らを突破したのだ、舐めてかかれば痛い目にあう。
紫龍と瞬だけなら鎧袖一触で蹴散らせるだろうが、この場にはアステリオンと麒星がいる。
下手に光速戦闘でも行おうものなら、彼らは無事ではすまない。
黄金聖闘士や神聖闘士が下位聖闘士と連携戦闘ができないのは、その高すぎる実力によるものなのだ。
「変わった衣装だな…?
制服か?」
アステリオンは猟犬座の名の通り、探知能力に優れている。
サトリの法を会得しているのも勿論だが、視力も非常に高い。
このうっそうと生い茂った森の中で先ず最初に彼らの姿を確認できたのは、アステリオンだった。
濃紺のジャケットに、緩やかな角度のエンジ色Vラインが四つ、
スラックスは白、黒いブーツは恐らく鉄仕込だろう。
だが、顔は分からない。
V字を横切る四本線という特徴的なマークをつけた黒いマスクで覆われているからだ。
アステリオンの超人的な視力は、
その四本線がスリットであり、スリットを移動する四つの赤い光点が存在する事も見抜いていた。
制服の集団は、統制のとれた動きで四人の聖闘士たちの目の前に姿を現した。
「錬金戦団か」と、紫龍は口中で呟いた。
紫龍の呟きに併せたわけではないだろうが、彼らは一斉にライトセーバーを構えた。
「友好的な態度じゃないですね」
言う麒星の声音にも、戦士としての歓喜に震えていた。
右手を手刀の形に変え、半身を引いたその姿は、まるで抜刀術のそれだ。
アステリオンも、ボクサーのようなステップを踏んでいた。
瞬はすっ、と、目を細め、紫龍もまた拳を握り締めた。
戦の空気が立ち込めていた。
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