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「WHEN THE MAN COMES ARROUND 45-1」(2007/01/30 (火) 06:45:35) の最新版変更点
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火渡は口にくわえていた煙草の残骸をプッと床に吐き捨てた。
そしてギラつく眼でサムナーを睨みつける。まるで彼自身の能力を象徴するかのような、
怒りに燃える眼で。
「何だ? その眼は……。貴様、どうやら“上官不敬罪”で銃殺刑に処されたいようだな」
サムナーはゆっくりと立ち上がった。心持ち腕を浮かせ前傾姿勢になっている。
彼の周囲でモーター音に似た音や、ブンッと風を切る音が響いている。
その音の正体は何一つ見えないが、何らかの攻撃態勢に入っているのは確かだ。
それに呼応するかのように火渡もまた立ち上がる。
「ならテメエは“俺様不敬罪”で火あぶりの刑だな」
火渡の周囲の温度が一気に上昇していく。既に肩の付近からは炎が闘気の如く立ち昇っていた。
「あちち! あ、熱いよ火渡君!」
彼の隣に座る千歳はまともに炎に晒され、その身を炙られた。半ベソで悲鳴を上げるのも当然だ。
「いい加減にしねえか!」
千歳の泣き顔を眼にしたウィンストンが、初めて怒鳴り声を上げた。
「火渡! その闘志は北アイルランドに行くまで取っておけ。お前もだ、マシュー!
さっさと『インヴィジブルサン』を仕舞え」
立ち上がったままの二人の戦士は目線だけを彼らの長に向ける。
顔は笑っているが不思議な事に袖口や襟元、それに口の端から細い煙が洩れ出ている。
その光景を眼にした全員のうち、サムナーだけが僅かに眼の色を変えた。
「喧嘩がしてえんなら任務が完了してから好きなだけやれや。ま、そん時は俺も交ざるけどよ……」
ウィンストンは笑い顔のまま、冗談めかしてサムナーと火渡に告げる。
「フン……」
「チッ……」
両者は不承不承、席に着いた。
「続きだ、マシュー」
「……わかりました。」
ウィンストンに促され、サムナーは苦い顔をしながらブリーフケースの中を探る。
「テロリスト共の他にもう一つ教えておくべき情報がある。――コレだ」
テーブルの上にバサリとA4サイズのファイルを置いた。ファイルには“Special secret(特秘)”
と押印されている。
「今回の件にはこのヨーロッパに存在するある組織も絡んでいる……。カトリック、法皇庁(ヴァチカン)だ」
「!?」
防人達、三人の脳裏に坂口照星が出発前に言い渡した言葉が鮮やかに蘇る。
『カトリックには、それも法皇庁(ヴァチカン)には充分に注意しなさい』
坂口戦士長の危惧していた事が現実のものとなっている。
あの時、戦士長は何と言っていたか。
ヴァチカン……。抗争……。実戦部隊……。衰退……。
防人と千歳はゴクリと喉を鳴らし、サムナーの語る内容に聞き入ろうとする。
火渡だけは顔色も変えず、鋭い眼つきでサムナーを睨んでいたが。
「そして実際に動いているのは……ヴァチカン特務局第13課“イスカリオテ”」
「イスカリオテ……?」
聞き慣れないようで、どこかで聞いた事のあるその固有名詞を、防人はオウム返しに呟く。
「そうだ。カトリックの絶滅機関、ヴァチカンの非公式特務実行部隊だ……」
サムナーはファイルを開き、それに眼を落としながら、やや声のトーンを下げつつ語りだした。
「ヴァチカンの持つ唯一にして最強の戦力。『イスカリオテ(ユダ)』の名を持つ存在しないはずの第13課。
悪魔退治(エクソシズム)、異教弾圧、異端殲滅のプロフェッショナル達。
我々、欧州方面各支部……いや、“錬金戦団”の仇敵だ」
“仇敵”という言葉に防人は反応する。
「坂口戦士長に聞きました。長年の間、戦団と抗争を続けている、と……」
「フン、どうやら少しは聞きかじっているらしいな。まあ、その通りだ」
私が話している最中は口を挟むな。我慢のならん連中め。
話の腰を折られそうになったせいか、サムナーは嫌味混じりの言葉を防人に返す。
「そして、これは私の調査でわかった事だが……」
サムナーはジュリアンを睨む。その眼は饒舌に物語っていた。
“無能な貴様ではわからなかった事だ。自分の仕事ぶりを恥じろ”と。
ジュリアンはその視線に耐え切れず、下を向いてしまう。
「今回の件に派遣された兵力は、たった一人だ」
「なんだよ、そりゃあ。戦団を舐めてんのか?」
怒りと可笑しさが半々に入り混じり、火渡は思わず声を上げる。
サムナーは額に手を当て、顔を伏せてしまった。
何故、このクソガキ共は、黙って、人の話を、聞いていられないんだ。
サムナーは顔を上げると、始めは搾り出すように、やがて堰を切ったように怒鳴り声を上げた。
「……少しは黙っていられんのか? いきがるしか能の無い若造がッ!」
火渡も顔を斜に構え、巻き舌で怒鳴り返す。
「ああ? やんのか、コラァ!」
その時、「ドン!」という凄まじい音がサムナーや火渡らの耳を劈いた。
彼らが音のした方へ眼を遣ると、ウィンストンが拳をテーブルに叩きつけていた。
オーク材で出来た頑丈なテーブルの脚がギシリと悲鳴を上げる。
ウィンストンの表情は怒りとも驚きとも悲しみとも付かない表情に歪められていた。
眉間に皺を寄せ、口を硬く真一文字に結び、テーブルの上にある自身の拳をきつく睨んでいる。
「……」
室内にいる全員が言葉を失う中、ウィンストンはかすれ気味の声でサムナーに尋ねた。
「マシュー……。その“たった一人”ってなァ、まさかアイツか……?」
「はい……。派遣兵力は唯一人、“聖堂騎士(パラディン)”アレクサンド・アンデルセン神父です」
ウィンストンはフゥー、と大きく溜息を吐くと、防人・千歳・火渡らの顔をチラリと覗き、
また眼を伏せた。
「“あの”アンデルセン神父と戦り合うのだけは避けてェ……。何とかならねえか、マシュー」
「鋭意、努力はしてみますが……。何ともお優しい事ですな」
サムナーはウィンストンの発言の意図に気づくと、慇懃無礼に上官である彼を皮肉った。
防人の脳中は疑問に溢れていた。
この能天気かつ豪放磊落で、しかも欧州では(おそらくは)最強の戦士という座に着く大戦士長を、
こんな表情に変えてしまう“アンデルセン神父”とは何者かと。
「サ、サムナー戦士長……。そのアンデルセン神父という人物は一体……?」
自分達が口を開くだけで激怒する、この気難し屋の戦士長に向かって、防人は慎重に疑問を投げ掛けた。
サムナーは特に機嫌を損ねることもなく、説明を再開し始めた。
「アレクサンド・アンデルセン神父。
“聖堂騎士”アンデルセン、“殺し屋”アンデルセン、“銃剣(バヨネット)”アンデルセン、
“首斬判事”アンデルセン、“天使の塵(エンジェルダスト)”アンデルセン。
出身・人種・年齢、すべてが不明。わかっているのはこの数々のアダ名の他一つだけ、
奴が化物専門の戦闘屋であるという事だけだ。奴は第13課の誇る、対“化物”の切り札だ」
「対、化物……?」
「吸血鬼(ヴァンパイア)、人狼(ウェアウルフ)、人造人間(フランケンシュタイン)、下位魔族(デーモン)、悪霊(ゴースト)、喰屍鬼(グール)……。
いわゆる“アンチ・キリスト”の化物共の事だ。その中にはホムンクルスも含まれている」
防人ら三人はポカンと口を開けている。
「きゅ、吸血鬼って……」
にわかには信じがたい話だ。まるでホラー映画やおとぎ話に出てくるような化物の名がスラスラと
サムナーの口から語られる。
だが、防人はあえて半信半疑の言葉は口にしなかった。またサムナーの機嫌を損ねて
ややこしい事になっても困る。
だから火渡、頼むから黙っていてくれ。
第一、ホムンクルスや自分達錬金の戦士の存在だって、一般人から見れば充分オカルトだ。
サムナーの説明は続く。
「奴が狩り獲った化物は数知れん。それに、化物だけではない。カトリックが異教・異端と判断した者もだ。
イスラム教徒、ヴァチカンを脅かすテロリスト、新興宗教団体、悪魔崇拝者、それに……錬金術師」
「錬金術師……? まさか……」
嫌な予感がする。それはありうべからざる事だ。そんな筈が無い。
「そのまさかだ。過去、数名の錬金の戦士達がこの“神父”に殺されている」
「そんな……! 核鉄を持たない普通の人間が、錬金の戦士を!?」
現代科学を遥かに凌ぐ超常の兵器を持つ戦士が、ただの人間に? ただの神父に?
防人はまるで今まで自分が生きてきた世界が崩壊するかのようなショックを受けた。
控えめに見ても致命的に大きなヒビくらいは充分に入ったショックだ。
「奴の戦闘能力は人間どころか化物すらも凌駕している。化物を超えた化物といったところか……。
それに――」
サムナーは急に口元に手を当て、言葉を濁してしまった。
防人らが訝しげな眼を向ける。ウィンストンも。
「いや、なんでもない……。奴と対峙した者は必ず殺されている。それだけに詳細な資料も
作成する事が出来んのだ」
「ヘッ、面白え! ならこの俺がそのクソ神父をブチ殺してやるぜ! 俺の五千百度の炎に
焼き尽くせねえものは無えんだ。殺られた錬金の戦士達の仇は俺が取る……!」
ウズウズと身体を震わせていた火渡が堪えきれずに猛る思いを吐き出す。
やはりこの男に“強敵”という言葉を聞かせても、それは戦いへの燃料以外にはなりえないのだろう。
しかし、息巻く火渡を嘲笑うかのようにサムナーは呟く。室内にいる全員の耳に飛び込む程の音量で。
「若さ故の勇敢さを褒むべきか、無知故の愚かさを嘆くべきか……」
「んだとォ!?」
またもや立ち上がりかける火渡の肩を、防人が掴み必死に制止する。
おかげで間に挟まれた千歳は「ひええ」と前のめりになってしまう。まったく涙が乾く暇も無い。
「いい加減にしろ、火渡! 俺達はチームだ。確かにお前の力が凄い事は認める。
けど、俺達全員が足並みを揃えずチームがバラバラなってしまったら、勝てるものも勝てなくなるんだぞ!
俺はもう、“あの時”みたいな失敗は繰り返したくない……」
火渡の心に“あの時”の光景がフラッシュバックのように浮かんでは消える。
土砂に埋もれた小学校。千歳の涙。瓦礫をかきわける防人。そして、雨に吼える自分。
「クソッ……」
火渡は憮然として座り込んだ。
サムナーはニヤニヤと笑っている。彼にとっては防人らの心情など“夜中の三時のクソ”と
いったところなのだろう。
「ほう、日本の錬金の戦士にもまともなのがいるじゃないか。だが、防人君――」
「俺の名はキャプテン・ブラボーです。資料にもそう書いてあった筈ですが」
毅然と言い放つ防人に、サムナーは軽い苛立ちを覚える。
一体にこの男は自分の話を邪魔される事が何よりも嫌いなのだ。
「そんなものはどっちでもいい! ――いいか、君は二つ程間違っている。
一つは、君は『俺達はチームだ』と言ったが、私をそこから外してもらおうか。
本来、この任務は私一人のものだったのだ。君達は私の命令通りに動いていればそれでいい。
それともう一つは、君達がどんなチームワークを発揮しようが『勝てないものは勝てない』。
“あの時”がどの時かは知らんが、失敗とやらを繰り返すのが関の山だ」
自分達の心の傷を土足で踏み躙る発言に、防人でさえも抑えの利かない怒りが込み上げてきた。
火渡は既に炎で髪が逆立ち、犬歯を見せながらギリギリと歯軋りしている。
千歳すらも下唇を噛み、涙を滂沱してサムナーを睨んでいる。
防人は砕けんばかりに強く奥歯を噛み締め、何とか意味を成す言葉を発した。
「それは、どういう意味、ですか……」
サムナーはソファにもたれ掛かり、優雅に脚を組んで答えた。
「小汚い島国からノコノコやって来た御上りさんご一行にあの神父が倒せるようなら、
欧州方面各支部の誰かがとっくの昔に倒しているという事だ。
アンデルセン神父はこの私が殺す……! わかったか、ジャップ!」
「この……!」
火渡は勢いよく立ち上がり、サムナーに飛び掛かろうとした。
千歳は止めようとしない。ウィンストンも動かない。
が、防人は素早く立ち上がり、腕を伸ばして火渡を制した。
腕の中で暴れる火渡を、防人は渾身の力を込めて押し止める。
何故、止めたのか自分でもわからない。出来る事なら自分も一緒に飛び掛かりたいくらいだ。
しかし、ふと頭の片隅に、瓦礫の下から救い出したあの少女の顔が思い浮かんだのだ。
ただ、それだけだった。それだけが自分を止め、火渡を止めさせた。
大戦士長執務室は粘度の高い液体で満たされたかのように、重苦しい雰囲気に包まれていた。
――北アイルランド アーマー州 アイルランド共和国との国境付近
北アイルランドとアイルランド共和国を繋ぐさほど大きくもない道路の脇に、一人の神父が立っていた。
南の方角を見つめながら、薄笑いを浮かべている。
おそらく彼の眼には遥か遠くに望む英国が映っているのだろう。
やがて、立ち尽くす神父の懐で携帯電話が単調な呼び出し音を鳴らし始めた。
「私だ」
『アンデルセン神父、第2課“ヨハネ”機関員及び第13課“イスカリオテ”武装神父隊の
配置が完了しました。これで国境を通過するすべての道路は我々の監視下です』
「ご苦労。渡しておいた写真のエージェントが現れたら追跡を開始し、すぐに私に知らせろ」
『了解』
「それと……そのエージェントには錬金の戦士が同行している。いや、錬金の戦士にエージェントが
同行していると言うべきか……。ともかく奴らを発見しても絶対に手を出すな。
私が到着するまでは追跡・監視に止めておけ」
『了解』
「奴らを殺すのはこの私だ。奴らを殺せるのはこの私だけだ……」
『は、はい……』
通話の終わった携帯電話を懐に仕舞うと、“神父”アレクサンド・アンデルセンは
その厚く大きな掌で顔を覆った。
指の間からは至上の喜びに細められた眼が覗く。
もうすぐなのだろう。もうすぐだ。あと少しだ。ああ、だが……
“我慢が出来ない”
「さァ……。早く、早く来るんだ、錬金戦団。早く、今すぐに。貴様ら異端者に背信者共々、
我が神罰の味をとくと噛み締めさせてやる。ククククク……」
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