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「ヴィクティム・レッド 47-5」(2007/12/24 (月) 11:48:10) の最新版変更点
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キース・グリーンは始終不満げだった。
「まったく……なんで僕が……」
拗ねた子供のように口を尖らせながら、壁に手を付いて嘆いている。
この世の終わりが来たわけでもあるまいし、なにからなにまで大げさな奴だ、とレッドは嘆息した。
「見損なったよ。あれだけ大見得切っておきながら、僕の瞬間移動能力を当てにするなんて」
「うっせーよ。オレたちは急いでるんだ。馬があれば馬を使う、電車があれば電車を使う、
キース・グリーンがいればキース・グリーンを使う。勝手に見損なってろ」
「あのなあレッド、僕は……」
「それにな、これはブラックの命令なんだぜ」
それが彼にとってのマジックワードだったらしく、はあっ、と溜息をついて壁から離れた。どうやら諦めがついたようだった。
「グリーン兄さま、ごめんなさい」
セピアが恐縮して頭を下げるのへ、グリーンは苦笑しながら肩をすくめた。
「いや……いいんだ。僕と君とは兄妹なんだ。助け合うのは当然のことさ。
それより本当にいいのかい? 君のARMSは戦闘向きじゃないんだよ。
他の任務ならいざ知らず、シルバー兄さんの戦闘領域に割って入るなんて正気の沙汰じゃない」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。レッドがいますから。それに」
「それに?」
「レッドはわたしがいなとダメダメですから」
なんの衒いもなく、セピアはそう言ってのけた。
あまりにもきっぱりと断言したので、グリーンは「そうなのか?」とレッドにお鉢を回す。
「……オレに訊くな、オレに」
その時、慟哭するようなARMSの共振波がその場の三人に走る。それは間違いなくキース・シルバーのものだった。
「──ボヤボヤしてる暇はないみたいだ。レッド!」
グリーンは両手を二人に向けて差し出した。この手をつかめ、ということらしい。
レッドとセピアは互いにうなづき、それぞれに手を重ねた。
グリーンの手は少し汗ばんでいた。
「レッド、これは貸しだからな。こればっかりは必ず返してもらうぞ」
「……ま、期待しねーで待ってろや」
そして、グリーンのARMS『チェシャキャット』特有のARMS共振波が直に伝わってくる。
先ほどのシルバーのそれとは違って、攻撃的な感触は無かった。
「グリーン兄さま」
「え?」
「優しいんですね」
その言葉を最後に、セピアとレッドはグリーンの視界から消える。
一人になった廊下で、キース・グリーンはぎこちなく肩をすくめた。
「優しい……僕がか?」
目を開けると、そこはもうカリヨンタワー下層域だった。
グリーンの能力を体験するのは初めてだったが、これほど奇妙な能力もないだろう。
空間それ自体に干渉し、空間転移や空間断裂を操るARMS……どれだけ大掛かりな装置を使っても、
現在の科学技術では再現不可能な現象だ。
ARMSとは一体なんなのか。それはレッドのような下っ端には知らされていない。
理解できないものを身に宿し、それを使う。その不気味さを今更ながらに思う。
セピアも似たようなことを考えていたのか、
「すごいね、グリーン兄さまのARMSって」
「……グリーンには『兄さま』付けなんだな」
ぽろっと口にしてから激しく後悔した。
それはなんの気なしの感想だったのだが、それでもセピア本人に向けて言うことではなかった。
案の定、セピアは満面にいやらしい笑みを浮かべてレッドの肩をばしばし叩く。
「えぇ? なーに、それ? もしかして嫉妬してるの? もーやだー、レッドってば意外と可愛いとこあるんだー?
お望みならそう呼んであげましょうか? 呼んで欲しい? ねえねえ、ねーってば」
言うべきではなかった。その思いを新たに、レッドは例によってうめく、
「勘弁してくれ──」
最後の「よ」は言えなかった。
鼓膜を破かんばかりの轟音とともに、フロア全体が上下に揺さ振られたからだった。
レッドは浅く舌打ちし、セピアを振り返る。
「セピア、二人の位置を割り出せ」
「うん、やってる……シルバーお兄さまはこっちの方向。だいたい七〇メートル向こう。
クリフはほとんど正反対のあっち……ちょっと遠いかな、三〇〇メートルくらい」
あっちとこっちで指差し、セピアはさらに詳しく探ろうとARMSを解放した。
胸元から放射状に走る幾何学紋様が、頬のあたりまで伸びてくる。
「今はお互いに見失ってるみたい……二人ともうろうろして、ときどき出鱈目な方へ攻撃してるみたいなの。あ、ほら」
遠くから、ずしんと微かな震動。
「クリフの精神フィールドが不安定気味になってるわ。なんていうか、不整脈みたいな感じ?
このままだときっと、シルバーお兄さまよりクリフが先にダメになっちゃうと思う」
セピアからもたらされた情報を元にレッドはしばし考え込み、
「……分かった。クリフを先に押さえるぞ。あんまりはっちゃけられて死なれても困るからな。
もしかしたらシルバーも、攻撃対象がいなくなれば暴れるのを諦めるかも知れない」
「もし、諦めなかったら?」
「そんときは──」
レッドが言いかけた瞬間、セピアがいきなり膝を付いた。
「あ──!」
自分の身体をきつく抱き締め、苦しそうに声を漏らす。
「シ、シルバーお兄さまが……こっちに気が付いた……」
それに遅れて、レッドの『グリフォン』もシルバーのARMS共振をキャッチする。
それは非常に激しく攻撃的で、痛みすら感じた。尋常ではない雰囲気を、そこから受け取る。
額に玉の汗をかきながら、セピアが喘ぎ喘ぎ、続ける。
「うぅ……す、すごく怒ってるわ…………邪魔……排除……障害……出来、損ない……」
それはシルバーの思っていることなのか、という疑問を差し挟む余地はなかった。
セピアはその口にする言葉ひとつひとつに傷つきながら、それでも懸命に言の葉を零す。
「獲物(ヴィクティム)……被害者意識(ヴィクティム)……」
はあっ、と引き攣った息を吐き、セピアが背を折り曲げた。
『実験体(ヴィクティム)風情が……!!』
その声は重なっていた。
振り返ると、髑髏の亡者がほんの十メートル向こうにいた。
戦の神のごとき無慈悲さを全身から放ち、『マッドハッター』の凶眼はレッドに定まっていた。
「──が……オレの邪魔をするのか……!?」
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