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――イングランド南部 錬金戦団大英帝国支部 大戦士長執務室
「火渡の野郎……。欲しいなら欲しいって正直に言えってんだ。まったくよ……」
口から飛び出す悪態とは裏腹な笑顔でテーブルのシガレットケースに煙草を足しているのは、
大戦士長ジョン・ウィンストンだった。
ヘヴィスモーカーの彼はテーブルだけではなく、ワークデスクの上にもシガレットケースを置き、
服のポケットにも常時20本以上の煙草を忍ばせている。
火渡が煙草をちょろまかしていった事にしばらく気づかないのも無理は無い。
しかし、そんな火渡の行動もウィンストンにしてみれば、幼児が父親の万年筆を玩具にして
悪戯するようなものだ。
笑顔の素にしかならない。
(帰国する時には抱えきれねえぐらい持たせてやるか。だから、早く帰って来い。早く……)
その時、ワークデスクの上の電話がけたたましく呼び出し音を鳴らした。
ウィンストンはコードレスタイプの受話器を取ると、そのままワークデスクの椅子に腰掛ける。
「何だ」
『マーティン評議員からお電話です』
その言葉が耳に飛び込むや否や、ウィンストンの顔は嫌悪感いっぱいに歪んだ。
「チッ、“ご老人”か……。ああ、わかったよ」
“錬金戦団欧州方面評議会”
イングランド・フランス・ドイツ・イタリア・スペイン等の欧州各支部に所属する、
古老の戦団員によって構成されている議決機関。
マーティン老人は大英帝国支部を管理下に置く、イングランド代表の評議員だ。
彼らが決定を為した決議案は、たとえ大戦士長といえども覆す事は出来ない。
事実上、彼ら評議員達が欧州全土の錬金戦団を牛耳っていると言っても過言では無いだろう。
しかし、アメリカやアジアの戦団にはこのような機関は無く、錬金術発祥の地という古い歴史を誇る
欧州特有のものである。
ウィンストンが“ご老人”と呼んで忌み嫌っている上層部とは、まさしく彼らを指す。
外線ボタンに指を伸ばしながらウィンストンは考える。
気をつけるべきは正しい文法で喋る事と汚いスラングを使わない事。あとは知るか。
「ウィンストンです」
『やあ、ウィンストン大戦士長』
受話器からは、物柔らかだが低く渋みのある老人の声が聞こえる。
ウィンストンが常々“反吐が出そうなバス・バリトン”と表現する声だ。
「どうも、マーティン評議員。真夜中だというのにどうされました?」
“えらく元気だな。カフェインの浣腸でもしてるのかよ”
そう言葉を続けたい衝動を必死で飲み込み、四十過ぎに相応しい大人の応対を心掛ける。
『New Real IRA討伐作戦の件はどうなっているかね? 現在の進行状況は?』
この質問にウィンストンは違和感を覚えた。不自然さ、と言ってもいい。
大英帝国支部に起きているすべての事は、サムナーの手によってマーティン評議員に筒抜けの筈だ。
形骸化しつつあるこの大戦士長に今更報告を求めるとは、何の目論見があるのか。
「一時間程前にサムナー戦士長から『北アイルランドの国境を越えた』と連絡がありましたが、
その後はまだ何も」
『ふむ、そうか……。君の方から直接私に、逐一状況を報告してくれたまえ』
(“逐一”ね……。そういう事かよ)
秘密裏にウィンストンが現場へ飛んで行き、手助けをしないとも限らない。
この電話は、彼を戦団基地に縛りつけておく為の予防線のようなものだろう。
「……私なんぞより、あなたの方がよっぽど状況をわかってるのではないですか?」
了解、とは言わず、嫌味たっぷりな質問で返す。
老人特有の粘着質なやり方は、元々は短気な性格のウィンストンを苛立たせるには充分だった。
『それはどういう意味かね? ウィンストン君』
「別に……。深い意味はありませんよ。報告の件は了解しました」
短い沈黙の時が流れる。
こんな殺伐としたやり取りも、お互い慣れっこになってはいたが。
『フン、まあいい……。それはさておき、だ。今回の作戦にはヴァチカン特務局第13課も
積極的に介入しているだろう? これで、あの狂信者達を分析出来る絶好の機会(チャンス)が出来た訳だ。
錬金の戦士に、背信のテロリスト。“餌”は大きく香ばしい方が食いつきもいいからな。フフフ……』
ウィンストンの背中に悪寒が走る。
このジジイ、今おかしな言葉を使わなかったか。
まさか……。いや、そんな筈が無い。いくら何でも……。
だが……。
「“餌”だと……? まさか、あんた……」
汗が滲み出る感覚を止められないまま、恐る恐る切り出すウィンストン。
それとは対照的にマーティン評議員の口調は朗らか、いや自慢げと言ってもよかった。
『ああ、あえてヴァチカンに情報を流させてもらったよ。とは言っても、作戦の概要と実行部隊の
構成員程度だが。
まったく、ヴァチカンの諜報技術は第二次世界大戦時並みにお粗末なものだ。
こちらが手伝ってやらなければ盗聴ひとつ満足に出来んのだからな』
「なっ……!」
ウィンストンは絶句した。目眩いすら感じた。
「な、何て事をしてくれたんだ……! 奴らが不自然なくらい早くこちらの動きを察知したのは
あんたのせいか!」
『何か問題でもあるかね?』
あくまで声の調子は軽い。まるで庭園の薔薇の剪定をしくじった旦那様といったところだ。
この老人の愚かしさにウィンストンは椅子から立ち上がり、抑えきれない怒りを噴出させた。
「大ありだ! “ヴァチカンの仇敵”である俺達が、“カトリックの領土”で、“化物(ホムンクルス)”を操る
テロリストを退治しに行くと聞けば、サカった犬みてえに奴らが絡んでくるのは当たり前じゃねえか!
あんたもイスカリオテの恐ろしさは知ってんだろう!? アレクサンド・アンデルセン神父の恐ろしさを!!」
『だからこそだ。言っただろう? これはチャンスなのだよ。
今まで謎……いや、脅威だったイスカリオテやあの化物神父を詳細に知る事が出来る、な。
それにだね、欧州では君に次ぐ実力を誇るマシュー・サムナー戦士長と日本の優秀な戦士達の力を以ってすれば、
イスカリオテの主戦力である彼を殺せる可能性すらあるやもしれん』
なんという楽観的な物の見方だ。泣けてくる。
核鉄の使い方も知らない、戦闘の恐怖も感じた事が無い、仲間の死に顔も見た事が無い、政治屋らしい発想だ。
怒りを通り越して、本当に泣いてしまいたくなる。
サムナーの眼を覚まさせてやりたい。この程度の奴らに良いように使われているなんて。
「そんなワケがあるか! 口を開けて待ち構えてるとこにわざわざ飛び込むんだぞ! 皆殺しにされちまう!」
ともすると涙声に変わりそうな怒鳴り声を上げるウィンストンだが、マーティン評議員は至って平然と話を続ける。
しかも、自分の行動を正当化する、都合の良過ぎる解釈のおまけ付きだ。
『仮にそうなるとしても、ちゃんと手は打ってある。
いいかね? この作戦で得られる情報は、今後の戦いに多大な利益をもたらすのだよ。
彼らの尊い犠牲によって、我々が有利に戦局を進められるようになる事は間違い無い。
戦士達の偉大な死は無駄にせんよ』
尊い? 偉大な? そんな言葉を口にすれば、死んだ奴らが喜ぶとでも思っているのか?
未来ある若者を次々に死なせてよい理由になるとでも思っているのか?
遺された者達が悲しまないとでも思っているのか?
おためごかしのその言葉は、更にウィンストンを激昂させた。
「ふざけるな!!」
受話器を持つ手には、握り砕かんばかりの力が込められている。
「テメエらジジイ連中はそうやって椅子にふんぞり返りながら、無責任に戦いを、犠牲を、死を賛美しやがる!
だが死ぬのは若者だ!! 骨と皮のクソジジイ共をクソ生き長らえさせ、今一度大威張りさせる為にな!!」
あまりにも直接的な暴言に、マーティン評議員はそれなりに怒りを覚えたらしい。
声の質と話す内容が明らかに変化した。
『口が過ぎるぞ、ウィンストン君。自分の立場をわきまえたまえ。
君のその下品で反抗的な態度は、評議会でも常々取り上げられている。
規律と伝統を重んじる錬金戦団大英帝国支部に相応しくないのではないか、とね』
言葉や口調は穏やかなままだが、その内容は意味を考えてみるまでも無く、脅迫そのものだ。
しかし、もうマーティン評議員の声はウィンストンの耳には届いていない。
受話器を耳から離し、顔の前に持ってきているからだ。
「……クソでも喰らえってんだ!! マ○かきジジイめ!!!」
海兵隊新兵訓練基地の教官を思わせる怒声を通話口に浴びせると、ウィンストンは受話器を力いっぱい
壁に向かって投げつけた。
激しい音を立てて、受話器が砕け散り、壁にもへこみが付いた。
ウィンストンは息を荒げて立ち尽くしたまま、素早く思案を巡らせる。
すぐにヘリを準備させてあいつらの救援に行かなければ。
何ならブリティッシュ・エアウェイズからコンコルドを徴発したっていい。
俺の武装錬金を同化させて、北アイルランドに突っ込んでやる。騒音もソニックブームも知った事か。
だがすぐに、今まで貫いてきた大戦士長としての責務が彼を迷わせる。
自分がここを離れたらどのような事態に陥るか、と。
ウィンストンは拳を握り締め、眼を瞑り、思案した。いや、思案という言葉は軽すぎる。
まさしく、“苦悩”だ。
答えは……。
気が抜けたようにドサリと椅子に座り込んだ彼の姿から推して知るべし、である。
北アイルランドへ救援に向かうのは簡単だ。
だが、自分がここを離れればイングランドには一人の戦士もいなくなってしまう。
もしホムンクルスがここぞとばかりに徒党を組んで、イングランド国内で暴れだしたらどうなる?
戦士不在の戦団基地を襲撃されたりでもしたらどうなる?
上層部の思惑を敢えて受け入れ、何時如何なる場合もこの戦団基地を離れないのはその為でもあるのだ。
錬金戦団を、大英帝国を、女王陛下を、欧州最強の戦士である自分が守る為に。
そして、彼は選択した。苦渋に満ちた選択だ。
“この地に留まり、彼ら五人を信じる”
その選択がウィンストンをどのような未来に導くかは神のみぞ知る。
祝福か破滅か(symphony or damn)。
それでも、彼は選択するしかなかった。
「頼む……。どうか、生きて……――」
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