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「修羅と鬼女の刻(ふら~り)47-1」(2007/03/13 (火) 21:17:29) の最新版変更点
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決戦の地、湊川。戦が始まって早々、いや始まる前に、新田軍は足利軍の策にはまって
クルリと回れ右。戦場からどんどん離れていってしまって。
結局、楠木軍だけで足利全軍を迎え撃つ形になった。城も砦も何もない平地で、十数万
対七百の正面衝突。もはやこんなもの、戦でもなんでもない。ぷちっと潰して終わりだ。
が、そうはならなかった。たった一人の豪傑が、万単位の敵軍を受け止め支え、
切り裂き突き抜け、押し返してさえいたのだ。
その様、古代中国で言うなら長坂橋の張飛か、長坂坡の趙雲か、官渡の戦いの関羽か。
今ここ、中世日本でそれをやっているのは伝説の武術の継承者。陸奥圓明流、陸奥大和。
「オオオオオオオオォォォォッッ!」
地平線の彼方まで埋め尽くすような大軍の中を、修羅が駆ける。騎馬隊を拳で殴り倒し、
歩兵隊を脚で薙ぎ払い、弓隊を石礫で撃ち崩す。一騎当千などという言葉では足りぬ、
獅子奮迅の八面六臂の天下無双の戦いぶりである。
が、いくら戦っても戦っても、それで勝てる戦ではない。そんなことは大和も解っている。
それでも、戦わずにはいられない。けれども、大和が一瞬で十人・二十人を打ち倒す間
にも楠木軍……河内悪党の仲間たちが、一人二人と討たれていく。かつて鎌倉幕府を
相手にして共に戦い、大軍に包囲された城の中で一緒に宴会をした仲間たちが。
例えば、だ。例えば今、この戦場をこっそりと抜け出して、足利の本陣に忍び込んで
尊氏を暗殺、なんてことも不可能ではないだろう。陸奥の名をもつ大和ならば。
だがそれは、他ならぬ正成自身によって禁じられている。と言ってもここで足利軍を
素通りさせれば正成は捕らえられ、降伏するはずもないから確実に斬首となるわけで。
『オレは何をやってるんだ……こんなことして、何になるってんだ……でも…………うっ!?』
胸を抉る不吉な予感に大和が振り向くと、彼方の本陣から火の手が上がっているのが
見えた。本陣、といってもたまたま見つけた廃寺に勝手に正成たちが居座っただけだ。
なので、赤坂城みたいに偽りの落城なんか演出しても、何の意味もない。
とはいえ、まだ足利軍は何とか支えている。なのに火の手が。ということは、つまり。
「っ!」
大和は足利軍との戦いを放り出し、今までの生涯最高全速力で、本陣へと駆け戻った。
予想通りに。楠木軍が本陣と定めた廃寺は、既に紅蓮の炎に包まれていた。
「そんな……まさか…………」
その時。柱や梁が燃えて割れて折れる音に混じって、正成の声が聞こえた。低く重い
その声は、落ち着いた様子で念仏を唱えている様子。
正成が何をしようとしているかは、もう「死ぬほど」明白だ。大和は迷わず炎に突っ込んだ。
「お兄さんっっ!」
炎の壁を蹴り破って堂内に転がり込んだ大和。紅く揺れる光に照らされたそこでは、
甲冑姿の正成が正座して合掌し、心静かに法華経を唱えていた。
大和に気付くと経を止め、ゆっくりと振り向く。
「来たか」
「……来たよ」
向かい合う二人。寺同様に、今にも燃え上がりそうな大和の視線を、まるで
湖水のように穏やかな目で正成が受け止めている。
「前に言ってたよね。平和な世を創るために、戦をなくすための戦をするって」
「ああ。この戦が正にそれだ。口幅ったいが、俺が敗れて死ねば新政府の敗北は
ほぼ確定する。その後、足利幕府が平和な世を創ってくれるさ。前にも言っただろう?」
「……ほら。やっぱりそうじゃないか。『戦のない、みんなが平和に暮らせる世を創る』」
「ん?」
大和の、握った拳が震えている。
「お兄さんも足利さんも、目指すものは同じだろ。実際、鎌倉幕府と戦ってた時も、
倒した後も、ずっと一緒に頑張ってきた。今この時だって、その気持ちは変わってないはず。
なのに、どうしてこうなっちゃったんだよ? そりゃ、いろいろ行き違いもあったんだろうけど、
そこはほら、えっと、何だっけ、調停……講和……休戦……同盟……和睦……
……いや違う、そういうのじゃなくって…………ああもうっっ!」
ぐしゃぐしゃっ、と髪を掻き毟って大和が吼えた。
「だから! だからその、なんで仲良くできなかったんだよ! お兄さんと足利さんと、
護良親王と後醍醐帝と新田義貞とみんなとっっ!」
「と、言われてもな。どうしようもない、としか答えようがない。お前にも戦場のみならず
随分と頑張ってもらったが、結果は敗軍の将だ。悪かったと思ってる。だから……」
正成は立ち上がって鎧を脱ぎ、手足を振って凝りをほぐした。
「せめてもの恩返しに、お前との約束だけは果たそう。この楠木正成の、今生での
最期の戦いだ」
「……」
「どうした? まあ恩返しと言っても、却って恩を重ねてしまうようなものだがな。伝説の
陸奥と戦って人生の幕を引けるなど、武人の最期としては最高だ……いくぞ!」
突っ込んできた正成の拳を、大和は辛うじてかわした。
『え……っ!?』
最初は、状況が状況だから自分が戦うことを躊躇っているのだと思った。が、違う。
二発三発と連打が続き、正拳と手刀と上中下段の蹴りと、さまざまな攻撃が
来るのだが、その全てが恐ろしく速い。というか、異様に「かわし辛い」のだ。
何の変哲もない攻撃ばかりなのに、どうしてこんな……だがそれも、正成の目を見て
すぐに解った。
正成は今、生きることを全く考えていない。大和からの攻撃が来た時、それが水月でも
人中でも眼球でも金的でも、かわすつもりも防ぐつもりもなく攻め立てているのだ。
回避も防御も考えず、だが我が身と引き換えに敵を殺すと言うヤケクソの捨て身でも
ない。生への執着を綺麗に捨て去り、自分の勝利を望まず、敵の打倒も目指さず、
純粋に攻撃だけをしている今の正成……それはある意味、完全に悟り切った存在だ。
「陸奥よ。俺は、全ての戦が終わったら金も役職も捨てて、どこかの山奥で写経読経と
座禅三昧の日々を送り、御仏の悟りを得たいと思っていたんだが」
大和が息を切らしながら身を引くと、正成は攻撃の手を止めて語った。
「皮肉なものだな。こんな戦の最中に、悟ったというか……何かに『届いた』気がする」
そんな正成の顔からは、敵意も殺意も、闘気すらも感じられない。
と大和が思った途端、また正成の拳が飛んできた。踏み込んで腕を伸ばして拳を
突き出して、という動作が見えない。感じ取れない。拳だけが飛来したとしか思えない。
今度は僅かにかわしきれず、大和の頬が浅く切られた。血が一筋、流れる。
大和はその血を拳で拭うと、困ったような、悲しいような顔で笑って言った。
「あはは……強いなあ、強い……さすがオレの見込んだお兄さんだ。本当に強いよ。
人じゃないくらいにね」
そして迷いを断ち切って、大和は構えた。今、本気で闘わないのは武人として失礼だ。
そんな大和の決意を表情から読み取って、正成が頷く。
「初めて会った時は、資朝様の頼みがあって本気を出せなかったのだろう?
今こそ、見せてもらうぞ。遠慮なく、存分にな」
「うん。その目で、しっかりと見てよ。オレの……陸奥圓明流の本気を!」
今度は大和から踏み込んだ。本気になった陸奥の、疾風のような身のこなし、
嵐のような拳と脚の連撃が、容赦なく正成に襲いかかる。
だが正成は相変わらず、それを防ぎもかわしもせずに攻め続ける。大和の攻撃が
当たる時には、それを喰らうことを全く厭わない正成の攻撃が大和に当たっており、
これでは不毛な消耗戦が続くだけだ。
「どうした陸奥。この俺に、冥土の土産を持たせてはくれないのか?」
と言いながら、正成の拳が大和の胸を打ち、脚が脇腹に蹴り込まれる。確実に
冥土へと続く死の気配、正成の覚悟が込められた連撃。
『……っ!』
それが、大和を覚醒させた。『本気』より更に上の領域。人を越えたところにあるもの、
それすなわ人ならぬもの『修羅』。
正成と過ごした日々の思い出も、まだ心のどこかに僅かにあった未来への希望も、
全てを今、大和は封印した。
「……オレ、もう、覚悟した……だから、お兄さんも覚悟して貰うよ…………
今のオレは、人間じゃないっ!」
「それでこそ陸奥よ! 来いっ!」
決戦の地、湊川。戦が始まって早々、いや始まる前に、新田軍は足利軍の策にはまって
クルリと回れ右。戦場からどんどん離れていってしまって。
結局、楠木軍だけで足利全軍を迎え撃つ形になった。城も砦も何もない平地で、十数万
対七百の正面衝突。もはやこんなもの、戦でもなんでもない。ぷちっと潰して終わりだ。
が、そうはならなかった。たった一人の豪傑が、万単位の敵軍を受け止め支え、
切り裂き突き抜け、押し返してさえいたのだ。
その様、古代中国で言うなら長坂橋の張飛か、長坂坡の趙雲か、官渡の戦いの関羽か。
今ここ、中世日本でそれをやっているのは伝説の武術の継承者。陸奥圓明流、陸奥大和。
「オオオオオオオオォォォォッッ!」
地平線の彼方まで埋め尽くすような大軍の中を、修羅が駆ける。騎馬隊を拳で殴り倒し、
歩兵隊を脚で薙ぎ払い、弓隊を石礫で撃ち崩す。一騎当千などという言葉では足りぬ、
獅子奮迅の八面六臂の天下無双の戦いぶりである。
が、いくら戦っても戦っても、それで勝てる戦ではない。そんなことは大和も解っている。
それでも、戦わずにはいられない。けれども、大和が一瞬で十人・二十人を打ち倒す間
にも楠木軍……河内悪党の仲間たちが、一人二人と討たれていく。かつて鎌倉幕府を
相手にして共に戦い、大軍に包囲された城の中で一緒に宴会をした仲間たちが。
例えば、だ。例えば今、この戦場をこっそりと抜け出して、足利の本陣に忍び込んで
尊氏を暗殺、なんてことも不可能ではないだろう。陸奥の名をもつ大和ならば。
だがそれは、他ならぬ正成自身によって禁じられている。と言ってもここで足利軍を
素通りさせれば正成は捕らえられ、降伏するはずもないから確実に斬首となるわけで。
『オレは何をやってるんだ……こんなことして、何になるってんだ……でも…………うっ!?』
胸を抉る不吉な予感に大和が振り向くと、彼方の本陣から火の手が上がっているのが
見えた。本陣、といってもたまたま見つけた廃寺に勝手に正成たちが居座っただけだ。
なので、赤坂城みたいに偽りの落城なんか演出しても、何の意味もない。
とはいえ、まだ足利軍は何とか支えている。なのに火の手が。ということは、つまり。
「っ!」
大和は足利軍との戦いを放り出し、今までの生涯最高全速力で、本陣へと駆け戻った。
予想通りに。楠木軍が本陣と定めた廃寺は、既に紅蓮の炎に包まれていた。
「そんな……まさか…………」
その時。柱や梁が燃えて割れて折れる音に混じって、正成の声が聞こえた。低く重い
その声は、落ち着いた様子で念仏を唱えている様子。
正成が何をしようとしているかは、もう「死ぬほど」明白だ。大和は迷わず炎に突っ込んだ。
「お兄さんっっ!」
炎の壁を蹴り破って堂内に転がり込んだ大和。紅く揺れる光に照らされたそこでは、
甲冑姿の正成が正座して合掌し、心静かに法華経を唱えていた。
大和に気付くと経を止め、ゆっくりと振り向く。
「来たか」
「……来たよ」
向かい合う二人。寺同様に、今にも燃え上がりそうな大和の視線を、まるで
湖水のように穏やかな目で正成が受け止めている。
「前に言ってたよね。平和な世を創るために、戦をなくすための戦をするって」
「ああ。この戦が正にそれだ。口幅ったいが、俺が敗れて死ねば新政府の敗北は
ほぼ確定する。その後、足利幕府が平和な世を創ってくれるさ。前にも言っただろう?」
「……ほら。やっぱりそうじゃないか。『戦のない、みんなが平和に暮らせる世を創る』」
「ん?」
大和の、握った拳が震えている。
「お兄さんも足利さんも、目指すものは同じだろ。実際、鎌倉幕府と戦ってた時も、
倒した後も、ずっと一緒に頑張ってきた。今この時だって、その気持ちは変わってないはず。
なのに、どうしてこうなっちゃったんだよ? そりゃ、いろいろ行き違いもあったんだろうけど、
そこはほら、えっと、何だっけ、調停……講和……休戦……同盟……和睦……
……いや違う、そういうのじゃなくって…………ああもうっっ!」
ぐしゃぐしゃっ、と髪を掻き毟って大和が吼えた。
「だから! だからその、なんで仲良くできなかったんだよ! お兄さんと足利さんと、
護良親王と後醍醐帝と新田義貞とみんなとっっ!」
「と、言われてもな。どうしようもない、としか答えようがない。お前にも戦場のみならず
随分と頑張ってもらったが、結果は敗軍の将だ。悪かったと思ってる。だから……」
正成は立ち上がって鎧を脱ぎ、手足を振って凝りをほぐした。
「せめてもの恩返しに、お前との約束だけは果たそう。この楠木正成の、今生での
最期の戦いだ」
「……」
「どうした? まあ恩返しと言っても、却って恩を重ねてしまうようなものだがな。伝説の
陸奥と戦って人生の幕を引けるなど、武人の最期としては最高だ……いくぞ!」
突っ込んできた正成の拳を、大和は辛うじてかわした。
『え……っ!?』
最初は、状況が状況だから自分が戦うことを躊躇っているのだと思った。が、違う。
二発三発と連打が続き、正拳と手刀と上中下段の蹴りと、さまざまな攻撃が
来るのだが、その全てが恐ろしく速い。というか、異様に「かわし辛い」のだ。
何の変哲もない攻撃ばかりなのに、どうしてこんな……だがそれも、正成の目を見て
すぐに解った。
正成は今、生きることを全く考えていない。大和からの攻撃が来た時、それが水月でも
人中でも眼球でも金的でも、かわすつもりも防ぐつもりもなく攻め立てているのだ。
回避も防御も考えず、だが我が身と引き換えに敵を殺すと言うヤケクソの捨て身でも
ない。生への執着を綺麗に捨て去り、自分の勝利を望まず、敵の打倒も目指さず、
純粋に攻撃だけをしている今の正成……それはある意味、完全に悟り切った存在だ。
「陸奥よ。俺は、全ての戦が終わったら金も役職も捨てて、どこかの山奥で写経読経と
座禅三昧の日々を送り、御仏の悟りを得たいと思っていたんだが」
大和が息を切らしながら身を引くと、正成は攻撃の手を止めて語った。
「皮肉なものだな。こんな戦の最中に、悟ったというか……何かに『届いた』気がする」
そんな正成の顔からは、敵意も殺意も、闘気すらも感じられない。
と大和が思った途端、また正成の拳が飛んできた。踏み込んで腕を伸ばして拳を
突き出して、という動作が見えない。感じ取れない。拳だけが飛来したとしか思えない。
今度は僅かにかわしきれず、大和の頬が浅く切られた。血が一筋、流れる。
大和はその血を拳で拭うと、困ったような、悲しいような顔で笑って言った。
「あはは……強いなあ、強い……さすがオレの見込んだお兄さんだ。本当に強いよ。
人じゃないくらいにね」
そして迷いを断ち切って、大和は構えた。今、本気で闘わないのは武人として失礼だ。
そんな大和の決意を表情から読み取って、正成が頷く。
「初めて会った時は、資朝様の頼みがあって本気を出せなかったのだろう?
今こそ、見せてもらうぞ。遠慮なく、存分にな」
「うん。その目で、しっかりと見てよ。オレの……陸奥圓明流の本気を!」
今度は大和から踏み込んだ。本気になった陸奥の、疾風のような身のこなし、
嵐のような拳と脚の連撃が、容赦なく正成に襲いかかる。
だが正成は相変わらず、それを防ぎもかわしもせずに攻め続ける。大和の攻撃が
当たる時には、それを喰らうことを全く厭わない正成の攻撃が大和に当たっており、
これでは不毛な消耗戦が続くだけだ。
「どうした陸奥。この俺に、冥土の土産を持たせてはくれないのか?」
と言いながら、正成の拳が大和の胸を打ち、脚が脇腹に蹴り込まれる。確実に
冥土へと続く死の気配、正成の覚悟が込められた連撃。
『……っ!』
それが、大和を覚醒させた。『本気』より更に上の領域。人を越えたところにあるもの、
それすなわち人ならぬもの『修羅』。
正成と過ごした日々の思い出も、まだ心のどこかに僅かにあった未来への希望も、
全てを今、大和は封印した。
「……オレ、もう、覚悟した……だから、お兄さんも覚悟して貰うよ…………
今のオレは、人間じゃないっ!」
「それでこそ陸奥よ! 来いっ!」
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