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「ヴィクティム・レッド 46-1」(2007/12/24 (月) 11:36:40) の最新版変更点
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どこか釈然としない気持ちで、ドクター・ティリングハーストの待つ医務室へ戻ったレッドだったが、
「なんだよ、いねえじゃねーか」
もぬけの空となっていた部屋のデスクに一枚の紙片を見つける。
それはレッドへと宛てられたもので、文末にはドクターのサインが記されてあった。
『急な用事のため、わしは戻らなくてはならない。簡潔ながら、先のクエスチョンに対するヒントを与えておく』
一瞬なんのことか分からず首をひねるが、すぐに思い当たった。
キース・セピアのARMS『モックタートル』についてレッドが見解を述べたところ、ドクターはそれを「半分の答」と評した。
そのレッドのアンサーには欠けていた、もう半分の答について、ここで触れているのだろう。
「つーか、ヒントってことは素直に教える気はねえのかよ」
などと文句を垂れながら、レッドはメモを読み進める。その先はたった一つの言葉しか書かれていなかった。
『Semantic Contact(セマンティック・コンタクト)』
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。まるで意味不明だった。
意味論的接触。
意味論。すなわち、言葉の意味を研究する学問であり、意味の構造や歴史的変移をフォローする部門。
それは分かる。だが、それとセピアとにどういう関係があるのだろうか。
眉根を寄せてメモを睨んでみるが、それがなにかの足しになる道理もない。
しまいにメモを握りつぶし、ゴミ箱に放り投げた。
「ったく、どいつもこいつも」
苛立たしげにデスクを蹴り、レッドはドアへと向かう。
器質的精神的を問わず、レッドには、セピアに関するあらゆる事柄が理解不能に思えた。
ドクターのありがたい言葉どおり意味論的に接することができたなら、この不機嫌も収まるのだろうか。
自分と彼女とが出会ったことに、何がしかの意味を見出せるのだろうか。
しかしドクターがいないならどうしたものか、セピアと合流するのは自分から頭を下げに行くようで気が進まないな、
と手持ち無沙汰になったレッドの背後から声が掛かった。
「ねえ」
振り向くと、簡素な検査衣を着た少年がいた。
レッドよりもやや幼い年頃で、どこか癇に触る微笑を浮かべてレッドを見上げていた。
「なんだ、ガキ」
そう乱暴に返すと、少年の顔が見る見るうちに怒りに歪む。だがすぐにのっぺりとした無表情に変わり、
その異様な百面相にレッドは呆気に取られた。
(なんだこいつは……)
「心外だな、僕はもうガキじゃないよ。だって──まあいいや。こんなことでムキになるもの馬鹿らしい。
そんなことより、さ。僕の妹を知らないかい?」
知るか、と言いかけ、だがある少女の姿がレッドの脳裏に浮かぶ。
その少女は目の前の少年に少し似ているような気がした。
「あー、もしかして暗そうっつーか大人しそうな、金髪でこんくらいの背のいい子ちゃん丸出しのやつか?」
胸の辺りで平手を振って背丈を示しながら、そう問い返すと、少年は力強く頷いた。
「ああ、きっとその子だ。どこにいるか分かるかな?」
「……案内してやるよ」
我ながら柄にもない申し出だと思う。だが、セピアに会いに行く口実くらいにはなるだろう。
「いいのかい? いやあ助かったよ。君って意外といいやつだね。殺すのは止めておくよ」
クソ面白くもない冗談だった。なので聞かなかった振りをする。
「ごちゃごちゃ言ってねーで付いて来い」
足を踏み出しかけて、ふと気づく。少年の検査衣に、ひとつふたつ赤黒い染みがついていた。
よくみると、それは血液の染みだと分かる。
「その血はどうした? 怪我か?」
「いや、大したことないさ。これは代償なんだ。ある種の大きな力の影には、常に血が流されている。そうだろう?」
などとよく分からない答が返ってきたので、やはり無視した。
最後に、もう一つだけ思い出す。
「お前、名前は?」
キース・セピアは後悔していた。
それはもちろん、キース・レッドと口論をしたことについてである。
あんなふうに強い言い方をするつもりではなかった。ただ、自分のことを分かって欲しかっただけなのだ。
セピアにとってレッドとは、兄であり、自分を暗い檻から連れ出してくれた恩人そのものなのだ。
そんな人が、人の気持ちを傷つけるようなことを平気で言うところを見るのが、なにより辛かったのだ。
そう思うのは間違いだったのだろうか。レッドの意志を無視して、自分の理想を押し付けているだけなのかもしれない。
でも、それでも、セピアにとってレッドは──。
「泣かないで」
いきなりそう言われ、セピアは我に返った。反射的に手を目元にやるが、涙は出ていない。
セピアは手を繋いで隣を歩く少女に笑みを見せる。
「泣いてないわ。どうして?」
「うそ」
「……え?」
「それはうそ。泣いています、心の中で。自分で気が付かないんですか? 大人ってみんなそうなんですか?
大人になると、自分が泣いているかどうかも分からなくなっちゃうんですか」
正直、なにを言っているのか本気で理解できなかった。だがセピアには、少女の言葉を否定することがどうしても出来なかった。
理屈ではなく感情で、少女が正しいことを言っていると、そんな気がした。
瞬間、セピアの記憶にある事柄が思い出される。それが答だった。
あの時、この少女はレッドに向かって確かにこう言った。「あなたには、ほんとうに、人の心が分からないんですか」 、と。
それは裏を返せば、つまり──。
「ねえ、もしかしてあなた……人の心が分かるの?」
その質問に対し、少女はこっくりと肯定する。
「それってつまり……テレパシーってやつなのかな。ええっと──」
そう言えばこの子の名前を聞いていなかったな、と途中で詰まったセピアの言葉を、少女は正確に引き取った。
「ユーゴー・ギルバート」
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