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「このまま時が過ぎるに任せれば、結果は見えている。足利殿は間もなく再起して
ここに攻め寄せるだろう。その時には、もはや我らと足利軍の戦力差はどうしようもない
ほど大きく広がっているはず。つまり、我らは敗北し新政府は潰れ足利幕府ができる」
「え。そ、そんな、当たり前みたいにあっさり言わなくても」
「当たり前……そう、当たり前かもしれんのだ。いいか陸奥、よく考えてみろ」
正成は語った。かつてこの日本国は神の国であったが、やがてそれが神の化身である
人間、天皇のものとなった。それが平安時代、藤原家などによって公家たちが実権を
握った。そして鎌倉時代、公家の下僕だった武士たちの中から天皇の血を引く名門・
平氏と源氏が力をつけて天下を取った。
天下の実権は下へ下へと降りていくのが、歴史の必然なのではないだろうか。だとすると、
次は名門武士の下、地方武士たちの時代。それは今、尊氏を慕って足利の旗の下に
集っている者たちのことだ。
そんな時に、後醍醐天皇の世を創ろうなんていうのは、歴史・時代の流れに逆らうこと
なのでは。そもそも、最初は庶民のために悪役人と戦っていた河内悪党だったのに、
どこで何を間違えてしまったのか……
「って、今更そんなこと言われても! というかお兄さん、いつの間にか足利さんばりの
鬱思考になってるよ!」
「こうまで敗北が色濃く見えていれば、鬱にもなる」
「ほ、ほら! 鎌倉幕府と戦ってた時みたいに、何か、こう、凄い策略でどかーん! と」
「策なら一つだけある。今の内、足利軍が劣勢な内にこちらから和睦を申し入れるんだ。
向こうが降伏する形でな。足利殿の身分・権限を大幅に認めて、武士たちの統治を全て
任せる。そうすれば、足利殿は喜んで新政府の、というより後醍醐帝の下に帰ってくる
だろう。足利殿が統治するとなれば、全国の武士たちも大人しくついてくるから、間接的
にだが新政府が武士たちを治めることができる。万事解決だ。……が」
正成が視線を動かす。大和がそれに続く。その先にいるのは、
「無様と書いて、ザマぁ無いと読むぞ足利! あの世から見ているがいい、新田家の
隆盛を! 歴史に残る名将・新田義貞の活躍ぶりをな! わっはっはっはっはっ!」
新政府軍の総司令官が高笑っている。これでどうやって足利と和睦できようか?
また、義貞以外の新政府の上層部といえば、戦を知らぬ公家たち。自軍が有利な時に
和睦交渉など、鼻で笑うことだろう。
新政府の末路を悟った正成が、歩き出した。今はとにかく、兵たちに休養を取らせねば。
そして勝ち戦の褒美をやらねばならない。
「ほら、陸奥。お前も足利殿の手伝いで、事務仕事にも慣れたのだろう? 手伝ってくれ」
「……うん」
大和も正成に続いて、歩き出した。
朝日に照らされる平安京を二人が歩いていく。ここにいられるのも、あと何日のことだろうか。
この後、正成は尊氏との和睦を新政府に進言したが、勝ち戦に浮かれる上層部は予想通り
受け入れなかった。義貞も、敗走する足利軍の追撃など全く考えていないようである。
ただ義貞の場合、最近になってそばに仕え始めた絶世の美少女との色香に溺れ、束の間も
その少女と離れたくないから出陣を渋っている、との噂もあった。
そんな新政府の、崩壊の音を正成は確かに耳にしていた……
平安京戦から僅か四ヵ月後、正成の予言は当たった。尊氏は一度九州まで敗走した後、
九州・四国・中国地方、それに新政府軍からの寝返り者も含めて、西日本の武士たちを
根こそぎかき集めて攻め上ってきたのだ。新政府と尊氏の人望の差を的確に見抜いて
いたのは正成一人であったことが証明されたわけだが、その新政府はこの期に及んでも、
「帝の御威光があれば、足利軍も鎌倉幕府軍と同じように破れるであろう」
「そもそも鎌倉幕府が倒れたのも、帝のおかげであって楠木や新田の如き
卑しき武士どもの活躍などでは断じてない」
「解ったな? 勝ち目がないなどという臆病な泣き言は聞けん。さっさと出陣せよ」
で、あった。
足利軍の総勢、もはや正確な数は不明だが間違いなく十数万に達している。
対する新政府軍は、奥州に援軍を求めてはいるが今出陣できるのは新田軍一万と、
楠木軍(河内悪党の生き残り)が……七百。
かくして、日本史上に名高い悲壮な戦いが幕を開ける。『湊川の合戦』である。
「冗談じゃないっっっっ!」
平安京で出陣の準備を整えている正成たち、河内悪党の本営。大和が正成に、
必死に訴えていた。
「いくらオレが馬鹿でも、十数万と一万七百じゃ戦にならないってことぐらい解るよ!
しかも湊川じゃロクな山も谷もないから、罠とか伏兵とかそういうの、何もできないし!」
「ほう、地形の調査なんかしてたのか。お前も随分と思慮深くなったものだな」
「なるよ! だって、だって、この戦は、」
「最初から言ってる通り、勝ち目はないな。陸奥、今の内に都を出ておいた方がいいぞ。
俺と一緒にいたら負け戦に巻き込まれることになる。陸奥圓明流に敗北の二字……」
「こんな時に茶化さないでっっ!」
大和は正成の襟首を掴んで引き寄せた。鼻息がかかる距離で正成を真っ直ぐに
睨みつけて、ドスの効いた声で言う。
「今からでも遅くないよ。こうなったらもう、お兄さん一人でも足利さんに降伏するんだ。
足利さん、新田義貞はともかくお兄さんには恨みなんかないから、きっと受け入れてくれる。
もしかしたら新政府に対する降伏説得の使者として使えるからってことで、丁重に扱って
くれるかも。足利さんだって新政府、というか後醍醐帝とは仲直りしたいと思ってるんだし」
「……思慮深くなったとは思ったが、そこまで考えが及ぶようになったか。正解だぞ、それ」
「でしょ? だったら、」
「だがな、陸奥」
正成は大和の手を解くと、まるで弟を諭す兄のように言った。
「俺は今まで、何千何万もの敵と戦い、殺してきた。また、俺を信じて着いてきてくれた部下たち
も大勢死なせた。その俺が敵に頭を下げて生き延びるなど、許されることではない。違うか?」
「だから! 何回も言ったと思うけど、そんなのは戦なんだから当たり前のことなんだってば!」
噛みついてくる大和に対し、正成はあくまでも落ち着いて応じる。
「それに、俺はあくまでも後醍醐帝の臣だ。お前はこの楠木正成に、裏切り者として
後世に名を残せと言うのか?」
「じゃ、じゃあ、忠臣として名を残したいっての?」
「忘れてるかもしれないが、この俺だって武士の端くれだ。鎌倉の武士たちも、俺やお前に
殺されながら言っていただろう。命よりも名を惜しめとな。俺は今更、形勢不利になった
から、命が惜しいからといって後醍醐帝を裏切ることなどできん」
どうやら正成を説得するのは無理らしい。そう悟った大和は、一つ決意して拳を握る。が、
「もう一つ、忘れてないだろうな? お前はこの俺の手助けをすると約束したはずだ。
平和な世を創る手助けをな。この戦が終わった後、その世を創るのは間違いなく
足利幕府だ。その創設者たる足利殿を害するなど許さん。無論、後醍醐帝や
お公家様たちは我らの主、その方々に手を出すなど言語道断。解っているな?」
「……っ……わ、解ってるよ……」
尊氏か、あるいは新政府の上層部か。そのどちらかを叩き潰せば、この戦自体が
消滅して正成を救えるかも、と大和は考えたのだが。見事に釘を刺されてしまった。
「解ってる……解ってるに決まってるだろ! オレは今まで、お兄さんや足利さんたちと
一緒に戦ってきて、思慮深くなったんだからっっ!」
もうここにいること自体が辛くなってきた大和は、正成に背を向けて駆け出していった。
目指すは湊川。足利軍、総勢十数万が大地を揺るがせて迫る戦場だ。
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