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師直は、かねて用意していた護良親王の動向調査書(尊氏を討つ為に兵を集めたり
していた証拠)と、引きずってきた大和(親王が尊氏暗殺を企んだ件の証人)を揃えて
新政府に訴えた。武人気質の親王はもともと公家たちと仲が悪く、またそういう
気質だから言い訳などもせず尊氏暗殺命令を堂々と認めた為、親王の有罪が確定。
尊氏の弟、直義(ただよし)が治めている鎌倉へ流され幽閉されることになった。
だが、この件の実行犯である暗殺者は事件当夜から親王の前にすら姿を見せず、
何処かへと消えてしまったという。
「ま、あの小娘を逃がしたのは残念でしたが、首謀者をひっ捕らえることができたの
ですから。とりあえず一件落着ですな、陸奥殿」
「……うん」
足利の屋敷。師直と大和が、いつも通り机に向かい合って事務仕事をしている。
「それはいいんだけどさ。最近、足利さん元気なくて」
「ほう」
「無理ないけどね。幕府を倒す為に一緒に戦った、戦友だと思ってた護良親王に……
いってみれば裏切られたわけだから。もしかしたら、後醍醐帝自身も親王の立てた
暗殺計画に加担してたかも、なんて言い出す始末でさ。もう鬱々で見てられないよ」
「ふむ、流石は我が殿。そんな状態でも見事な状況分析能力」
師直は満足そうに頷いて、
「恐らくそれは正しいですぞ。口には出さずとも、後醍醐帝も殿を危険視し始めていた
様子でしたからな。少なくとも暗殺計画を知っていて止めなかった、のは確実でしょう」
「危険視? どうして? こんなに毎日毎日、後醍醐帝の新政府の為に頑張ってるのに。
ほっといたら暴動とか起こしかねない人たちを、足利さんが説得して抑えてるような
ものなんだよ。この苦情書類の山、足利さんや高さんたちが受け止めてなかったら、
まんま新政府への恨みに転換するのに」
「その結果その人たち、そういう武士たちの人気が殿に集中する。するとどうなるか」
「前に高さんが言ってた通り、武士たちが一つにまとまって戦はなくなる。でしょ」
「左様。しかし戦をなくす為に必要な戦というものもありますれば」
「あ。それって前にお兄さんが言ってた台詞」
そういえばそろそろ正成が帰ってくる頃だ。対鎌倉幕府戦の初期、劣勢の中を
共に戦い抜いた護良親王が、今は罪人となって鎌倉に幽閉されている。それを
聞いたら、正成はどんな顔をするだろう。
「さあさあ陸奥殿。そんなことより、今は目の前の仕事を片付けましょう」
師直に促され、大和は筆を取って書類整理を再開した。
なにぶん大和は馬鹿なので、師直や尊氏や後醍醐天皇が考えている政治的な
思惑策謀何だかんだは解らない。だが、何だか嫌な予感を感じていた。前よりも
もっともっと大きな戦が始まりそうな……と思っていたら。
鎌倉で大規模な反乱が発生したという知らせが入った。旧幕府の実権を握っていた
北条氏の末裔・北条時行が、新政府に不満を持つ武士たちを集めて蜂起したのだ。
鎌倉、二階堂ヶ谷の土牢。昼なお暗い……のも当然な、洞窟の最深部の突き当たりに
ある牢獄に、護良親王が幽閉されていた。
この時、鎌倉全土で足利直義の新政府軍と北条時行が率いる反乱軍とで激戦が
繰り広げられていたのだが、ここまでは何も聞こえてこない。怒号も悲鳴も剣戟の音も、
「ん……?」
粗末な、薄汚れた木綿の服に巨体を包んだ親王の耳に、うめき声が流れ込んだ。
かつて、戦場で何度も聞いた声。人が暴力によって捻じ伏せられる時の、苦痛と恐怖
とに彩られた、聞くものの脳髄まで這ってくるような声だ。
だがここには誰もいないはず。いるのは、洞窟の入り口を守っている獄吏だけだ。その
獄吏が何者かに攻撃されたというのか? とすると……
「お久しゅうございます、親王様」
牢の中の灯火だけが微かに照らす、薄暗い洞窟の奥。紅い衣を纏った色の白い少女が、
しずしずと歩いてきた。
その少女のこと、親王はよく知っている。
「勇……」
「今、幕府の残党が大規模な反乱を起こしております。混乱に乗じる好機と思いまして」
言いながら、勇は手刀で牢の鍵を切り落とした。
「今ならば、何が起こっても戦のどさくさで済みます。さあ」
「あ、ああ」
親王は、身を屈めて狭苦しい牢から出た。凝りをほぐすように伸びをしつつ、勇に尋ねる。
「勇よ。都で足利を襲った時、何があった? お前ほどの者が逃亡せざるを得なかったとは
信じられんのだが。もしや楠木の軍にいたという、噂の修羅にでも邪魔されたか?」
「……あの場で戦っていれば、確かにどうなったか判りませんね。ですが、しくじって逃亡
したのではありませんよ。親王様が足利様を狙ったということを、証人付きで新政府に
報せることこそが最初からのわたしの狙い」
「何?」
「後醍醐帝は新政府の安泰の為、武士たちの人気が高い足利様を敵に回せない。結果、
足利様の手の中とも言えるこの地に親王様が送られることとなりました。正に計画通り」
「お、おい。どういうことだ。何を言っている?」
親王は勇に問いかけ、その肩に手をかけようとして……思わず一歩後ずさった。恐怖で。
「この状況で親王様が殺されれば、先ほど申し上げました通り戦のどさくさという言い訳
ができなくもない。けれど難しい。それにより、事実上武士たちを取りまとめておられる
足利様と皇族とがいがみ合うことになる……ふふっ。日本国が、見事に真っ二つに
割れますわ。そして、かの源平合戦すら比較にならぬ規模の大戦が幕を開ける……」
「!」
親王はもう一歩、下がろうとしたが間に合わない。踏み込んできた勇の回し蹴りが、
木こりの振るうマサカリのような勢いと重さと鋭さでもって、親王の横っ面を蹴り潰した。
歯が折れ、その破片が口の中を深く切り裂き、歯茎と内頬から血を溢れさせ、
その血を吐き散らしながら、親王はたたらを踏んだ。だが倒れず、踏みとどまる。
「き、貴様……一体、何を考えている?」
「貴方は役に立ちました」
親王の問いには答えず、勇が歩く。親王に向かって。ざわり、と殺気を発しながら。
「貴方の活躍なくして、鎌倉幕府の滅亡はなかった。鎌倉幕府が滅亡したからこそ、
公武の争いの種が生まれた。そして貴方の死によって芽を吹くこととなる……」
親王は拳を振り上げ、勇の頭蓋を砕かんと振り下ろした。だがその巨岩のような拳を、
勇は易々とかわして親王の懐に入り込む。そして抱きついて、
「頑張って下さいましたね親王様……よい戦ぶりでしたよ」
抱き締めた。ミシッ、と音を立てて親王の背骨が軋む。メキメキ、と音を立ててヒビが入る。
「お休み下さい。永遠に」
痙攣する親王の口から白く濁った泡が流れ出す。それでも親王は勇の肩を掴んで抵抗した。
「っ……ま、まだ……まだだ……こんなところで、死ぬ、わけには……いかぬのだっっ!」
文字通り必死、もはや死は免れぬ状態に陥りながら、親王は噛み付いた。勇の細い首に、
親王の牙が深く強く食い込む。
だが勇はそれを心地よさげに受け、恍惚とした笑みさえ浮かべて親王を強く強く、抱く。
「なんていい男なのでしょう……」
ビキッ! と音を立てて。親王の背骨が、脊髄ごと粉々に砕け散った。
勇が力を抜く。帝の血を受けた肉の塊が、天皇の実子である親王の遺骸が、崩れ落ちる。
今、勇の足元に、倒幕・新政府設立の功労者が息絶えて倒れ伏した。
後醍醐天皇の実子・護良親王、鎌倉は二階堂ヶ谷の土牢にて没。
その無念の呻き声が、新政府崩壊の序曲となった。
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