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第007話 「みんなでお食事」 (6)
「私、武藤まひろ! まっぴーって呼んで!」
細身にまとわりつく元気いっぱいの少女に、ヴィクトリアはひどく嫌気が指してきた。
生徒たちからの質問攻めが終ったと思ったら今度はコレだ。
「すごい、びっきーがもう来てるー!」と叫びながら飛びついてきたと思えば、背後から抱きつ
いたり髪をいじりまわしたり、人差し指と親指で作ったリングを目の前にかざして「79」と意味
不明の断定を下したり、「ね、ね、斗貴子さんと同じ制服だけどどういうカンケイ? ああでも
いいなー斗貴子さんとペアルック。私も着たいー!」と好き勝手に騒ぎ散らしている。
(次から次へと鬱陶しいわね。どこがいい学校よ)
だが、わざわざ猫をかぶって反応する自分のちぐはぐさにも腹が立つ。
イヤならば本性を露にし、楽しくて光に満ちた暖かな空間を壊して立ち去る方が良いのだ。
だがそれをしない、もしくはできない自分が嫌で嫌で仕方ない。
地下で闇に溶けてた醜さが、地上の光に浮き彫られているのが分かる。
心はひたすらねじくれて、肉体のみならず精神までも化物じみているのが分かる。
吐き気がする。心が暗い渦を巻く。
ココに誘った秋水が、元信奉者で戦士という錬金術の色濃き肩書きが、恨めしくて仕方ない。
ヴィクトリアの人生の大半は、そんな暗い感情の集積だ。
それでも、母が生きていた頃はまだ良かった。
奪われた大事なモノを取り戻す、確かな行動が日々に組み込まれていた。
そっけなくて硬さを帯びた言葉にも、毎日答えてくれる母がいた。
そのどちらも、最早ない。
100年の研究成果は父を人間に戻すには至らず、母は死んだ。
(いっそあのアイツが私を殺しに来ていたなら──…)
どれほど楽だったろうと沈んでいる所に声が届き、彼女は身をすくませた。
「こらまひろ。困っているでしょ。やめなさい」
その声にまひろは渋々ながらに引き下がり、「また後で!」とカレーをよそいに行った。
「ゴメンね。悪いコじゃないんだけど、ちょっと元気すぎて」
申し訳なさそうに謝っているのは、眼鏡をかけた大人しそうなおかっぱ頭の少女だ。
ヴィクトリアは息を呑んだ。
優しそうに「あ、私は若宮千里。一緒にカレー食べる?」と誘う笑顔に、目が釘づけられた。
(……ママに似てる)
逆向逃亡後、秋水はまひろや斗貴子ともども食堂に戻ってきた。
道すがら、武装錬金を使えるコトを他の生徒へ秘密にするよう頼むつもりだったが、
「大丈夫。さっき見たコトはナイショにしておくからッ!」
力いっぱいの形相で機先を制したまひろの様子からすれば大丈夫そうだ。
ただ、続けて「最初はビックリしたけど、お兄ちゃんの仲間なら尚更だよ」
と微笑された瞬間、秋水の胸に重苦しい気配が満ちはじめた。
「うん。お兄ちゃんと剣道の稽古してたのも、みんなを守るためだったんだね。偉いね」
言葉が詰まった。どうしようもなく。斗貴子の目線が険しくなるのも感じた。
(逆だ)
理念は桜花を守る一点だけで、他の生徒は『食い物』──血肉をL・X・Eへ捧げんがために
信頼を培う二重の意味──過ぎなかった。
その戦いの末に秋水は敗北を喫し、カズキを背後から刺した。
そして今は無条件に得た信頼が却って胸に突き刺さる。
謀るにはあまりに無垢な相手で、けれど真実を告げたら再び泣かしてしまいそうで。
そもそもまひろが泣くコトを嫌だと思う心情はどこから来ているのか。
自分との共通項ゆえか、全く違う別の感情ゆえか……
(…………)
思い起こしてみれば秋水は、まひろに対してもひどい仕打ちを目論んでいた。
桜花が死ぬのを誰よりも何よりも恐れておきながら、まひろの兄を濁った瞳で刺した。
謝罪すべきはカズキにもだが、まひろにもだろう。
だがその言葉をまとめる前に食堂へ到着し、まひろはお礼をいうとヴィクトリアへ殺到した。
手持ち無沙汰な心情で斗貴子の蔑視を浴びつつ、秋水は防人へ報告した。
戦士一同はテーブルに座って、カレーを前にしている。
この中で何故か桜花の顔が少し赤く、秋水は体調を心配した。
「やはりサテライト30(サーティ)か」
防人のいうそれは、「創造者を2~30体に分裂させる」武装錬金。形状は月牙。
コレにより現れる分裂体は総て本物。1体でも残っていれば再び増殖が可能であり、限りなく
不死に近い武装錬金の一つである。
「震……逆向に吸収されても無事なワケだ」
テーブルの下で御前がヒソヒソ呟くと、千歳も頷いた。
「顔を無くしていたのも特性の一つね。新月、だったかしら?」
386 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:47:10 ID:3rabFuN+0
「ああ。だが、確かにムーンの奴も一体一体顔の形が違ったが……それまで再現できるとは」
先ほど桜花と防人の挟撃を受けた総角には、顔が無かった。
首の上に乗っていたのはカカシのような「へのへのもへ字」の偽首だ。
「こっちはヘルメスドライブ対策ね。確かに顔が分からなかったら私も索敵のしようが……」
それから”とある一動作”の後、総角はライスやカレー入りのタッパーを風呂敷に包み
「床に沈んでいったわ。どうやらシークレットトレイルを使っているみたい」
それも自分の衣装や風呂敷に髪の毛を縫いこんで、と付け加える。
シークレットトレイルは斬りつけた物に亜空間への出入り口を作り、創造者もしくはそのDNA
を有する物のみ通行を許可する。
「そしてここへ現れたのは、彼の部下がヴィクトリア嬢と共に廊下を走ってきた瞬間。私たち
の注意がわずかにあっちへ向いた瞬間ね」
「にしても、いちいち武装錬金の使い方がうまい奴だな」
「感心してどうすんだよブラ坊。カレー盗られちまったじゃねぇか」
御前は丸っこい短足で防人のつま先をげしげし踏んだ。
「大丈夫だ御前。代金は領収済みだ。ライスとカレー合わせて1つ頭680円! ×5名で
3400円、奴はキチンと置いていった。しかも原価を計算し、こちらにいくら利益が出るか
書いた紙まで残してな」
文字が躍る紙をぴらぴらしながら防人はひどく感心した様子だ。
「原価計算も的確。鍛えぬいた俺の眼力でもここまではいかないだろう。敵ながらブラァボー!」
「どうせなら毒でも混ぜたカレーを売って下さい戦士長!」
斗貴子は怒った。その肩へ桜花は笑顔で手を置いた。仏像のような穏やかな笑顔でこういう。
「あら津村さん。何か混ぜようとか考えちゃダメじゃない」
──「そっちの方がなおさら悪い! そもそも何か混ぜようとか考えるな!!」
斗貴子はカレー調理中にいったセリフを返されて「ぐっ」と歯切れの悪い声を漏らした。
「ところで姉さん、さっきから顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。ええ。何もなかったから」
桜花は少しぎこちない笑顔で返事をし、スプーンをきょどきょど盗み見た。
(黙っておいた方がいいか。アレは)
防人は沈黙に徹した。
387 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:49:13 ID:3rabFuN+0
前述の、総角がカレーを持って立ち去る前の「とある一動作」というのは。
「やれやれ。よそった奴もあったのだが食えそうにもない。というコトで」
桜花の口へカレーをよそったスプーンを無理やりねじ込んだ。
「コレはお前にやる。立ち仕事で小腹が空いている頃だろう」
そしてスプーンを引き抜く総角。
予想外の展開に、さすがの桜花も瞳孔を見開いたがすぐ落ち着き、清楚な佇まいでカレーを
咀嚼すると、ハンカチすら取り出し「ごちそうさま」と言いつつ口を拭った。
「ちなみに使っているのは真新しいスプーンだ。間接キスの心配はない」
「あら。お気遣いありがとう」
桜花はいつもどおり笑っていたが、どぎまぎとした強張りは抜けきらず、今に至る。
「ところで、秋水・桜花。しばらく寄宿舎で暮らしてくれないか?」
「といいますと?」
防人はカレーを一口食べると、ぐしゃぐしゃ噛みながら言葉を続ける。
「どうも逆向はココを狙っていたフシがある。となると奴だけじゃなく、L・X・E残党もだろう」
秋水の脳裏に、去り際の逆向のセリフが蘇る。
「だから寄宿舎を守る人間がいる。だが割符探しや残党狩りも平行してやらなくてはならない」
「2人がココで暮らしてくれたら、戦士全員が戻ってきた時に休養をとりながら敵襲に備えられるの」
千歳は防人をじっと見た。彼の口元を。食べながら指令を下さないでといいたいのだろう。
「そして戦士・斗貴子。キミには主に外回りをしてもらいたい」
「構いませんが、理由は?」
桜花にからかわれた表情を引き締める、斗貴子は問う。
「キミなら戦士・千歳の武装錬金で即座にココへ戻れるからだ」
ヘルメスドライブが移動できる質量は、創造者の体重も含めて最大で100kg。
千歳の体重は47kg。斗貴子の体重は39kg。合計86kg。
「話を聞く限りでは私も一応」
やや羞恥冷めやらぬ桜花もこっそり手を挙げた。こっちは50kgだ。
「そして戦士・秋水。キミにはなるべく寄宿舎に留まって貰いたい。実力的にはキミと戦士・
斗貴子が防衛の要だからな」
「……分かりました」
目線を落とす秋水。ようやく馴染みかけた部活動を惜しみつつの決断だ。
388 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:49:52 ID:3rabFuN+0
もっともそういう青々しい胸中の動きは、年配者にはもろに分かるものらしい。
「安心しろ戦士・秋水。部活動もなるべくできるよう俺が調整をつける」
「しかし」
「遠慮するな。剣士ならば鍛える時間も必要だ。それに寄宿舎にいる間は俺のリハビリも兼
ねて軽い戦闘訓練に付き合ってもらうしな。キミはどちらかといえば火渡より俺寄りのタイプ
だから(火渡は天才型、防人は努力型)、相性は悪くない筈だ」
秋水の顔は晴れない。全面的な好意をどう受け入れていいか分からないという様子だ。
確かに訓練も大事だが、元信奉者でしかもカズキを刺してしまった自分の都合を、こうも慮
られると嬉しさよりも戸惑いが先行してしまう。
千歳はそんな彼をなだめ、斗貴子は睨む。桜花も笑って諭す。
総角にカレーを無理やり食わされた桜花の頬の火照りはまだ抜けない。
「はっ! またもや不肖らしからぬ悪感情! 一体何が発生しているのでしょーか!?」」
神社の中で小札零はきょろきょろと辺りを見回した。
「む、むむ。この名状しがたきもやもやは一体なんでありましょう……」
小さな胸に手を当てて、ちょっぴり寂しげな顔でつぶやいた。
「神社に1人シルクハットを繕うというのも寂しきコト…… もりもりさんや香美どの貴信どの
はいつお帰りになられるコトでしょう。ああ、留守居役を務めし不肖の心はもはや一日千秋」
マシンガンシャッフルというロッドの武装錬金を発動して、振る。
カニが出てきた。冬場に鍋へブチ込んだら美味しそうな、でっかいズワイガニだ。
小札は滝のような白い涙をうぐうぐと流しながら、それに手を差し伸べる。
「我泣き濡れてカキとたわむるといったやるせなさなのであり……あああっ! 不肖の帽子が!」
カニはようやく修繕しかかったシルクハットのツバの部分をバリバリ破壊し始めた。
「お、おやめ下さいカニさん! これでは戯れるどころでは──っ!!」
慌ててカニを消すと、外から物音がした。
「もりもりさん!?」
扉に駆け寄りぱーっと明るい笑顔であける小札に、凄まじい突進が炸裂する。
「あーやーちゃーん!」
快活な八重歯の少女がそのまま小札を押し倒し、馬乗りになった。
「のわああ!? りょ、遼来々!?」
389 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:51:02 ID:drbydzQp0
「りょーじゃなくてあ・た・し。栴檀なんとか」
『さっきは名乗れたのにもう忘れているのか香美! ダメじゃないか名前は大事にしなければ!
鳩尾を見ろ、名前のない傷付いた体1つで心がまた叫んでいるんだぞ!』
小札はようやく状況を把握した。
「ば、栴檀どの達でありましたか。されど嬉しきコトには変わりなく。して首尾はいかほど」
「ま、色々あったけどさ、きぶんともども上々ってトコ?」
小学生のような肢体に乗っかりながら、香美は鼻をひくひくさせた。
「えーとね。おっきな建物見はってたら邪悪のゴズマをキャッチして水で峰ぎゃーして可愛い
子を連れておっかないのを踏みつつ置いて逃げて来たからバッチリ」
「ほほう。戦士の皆様方に動きがないゆえ動きに即応対すべく寄宿舎を監視されていたところ
可愛らしいおじょーさんがL・X・E残党に襲われているのを目撃したためほどよく攻撃を仕掛
けて救助するもなぜか復活された逆向どのと遭遇しもりもりさんの助力で切り抜けつつお嬢さ
んを寄宿舎へ引き渡しセーラー服美少女戦士のおねーさんを踏みつけて帰還された……と
いうワケなのですねっ!」
「そのとーり!」
『はぁーはっはっは! さすが小札氏、実況のみならず香美語の翻訳をやらせてもピカイチだ!
末は恐らく戸田奈津子女史か翻訳こんにゃくだろう!!』
ああ、ツッコミ役が欲しい。
「ところで」
小札は右手を唇の左端にピンと立てつつ栴檀に聞いた。
「ややはばかられますが……その、もりもりさんはおじょーさんに何かおっしゃってましたか?」
栴檀は考え込んで、答えた。
「なんにも! うんうんうん。なんにもいってなかったじゃん。ね、ね、ご主人」
『ああ! もちろん! ちなみにTYPEWRITERという綴りは、キーボードの中ほどに指を伸ば
すだけで打てるようになっている!! 理由はタイプライター普及の当時、営業の人がこの
文字を早く打つコトでお客さんの購買意欲を刺激するためだったと思う!!』
「それならばそれで」
(本当のコトいったら落ち込むもんねあやちゃん。もりもりが他の女のコと仲良くするとさ)
(食事も3日ぐらいとれなくなるしな! ふはは。どうだこのウソの隠蔽ぶり!)
390 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:51:53 ID:drbydzQp0
(ああ、貴信どのが訳の分からぬ豆知識を披露される時はウソがある時。きっともりもりさん
はおじょーさんに食事の約束を取り付けたりしたのでありましょう……不肖にそれを止める
権利はありませぬが、ありませぬが……ハッ! マズい、不肖の頭頂部がさらし物に……)
動揺する小札の細い肩に、くるりと丸められた香美の拳が乗っかって無邪気に動き始めた。
ネコがよくやる手の動きである。一説では母乳を出す行動の名残らしい。
「ところであやちゃんってさぁ」
薄く汗にまみれた豊かな胸がゆっくりと上下すると、重心が小札の下腹部に移動した。
「な、なんでありましょう。とととととというか、まずその手をば、離……」
小札は身をよじってマウントポジションから逃れようとするが、腰を香美の太ももでがっちり
と挟み込まれて動けない。
「可愛いから好き。ほら。あたしのツボって、トカゲとかネズミとかちっちゃいのに素早いヤツ
じゃん? だからついじゃれたくなんのよね」
香美は目を細めて、にゃっと笑った。むき出しの八重歯は捕食者のそれだ。
丸い拳は肩口から徐々にずれていき、小さな胸板へと活動範囲を映していく。
畳んだ指のみでピアノ鍵盤を流麗に叩くような仕草で。
タキシードの向こうにある少年がごとき薄い「そこ」を、香美は丸い手でトントン叩く。
いや、その手の動きは拳で揉むといった方がもはや正しい。
小札の口からさざ波のようにか細い吐息が漏れる。
蒸し暑い社の中で少女2人の甘い吸気が混ざり合い、漂うのはえもいわれぬ艶かしさ。
「お、おやめ下さい。頭の中で声が……これ以上はアウトオブマイコントロール……っ とい
うかその…… 手を動かされているのはまさか貴信どの? とすれば不肖は」
「どーすんの?」
陶然とゆるんだ瞳で香美は反問。シャギーの入った髪が頬に貼りつき、派手な目鼻立ちに
オリエンティックな色気を付加している。
やや詰問じみているのは優位を取っているという無意識の自覚がさせているのだろう。
小札は泣々(きゅうきゅう)とした哀切の瞳を背けて、今にも堰が切れそうな声をあげた。
「……涙枯れ果てるその時まで、泣きじゃくるコトでしょう」
(ありゃあ。あやちゃん本気だ。あたしはフザけてるだけなのに)
香美は手の動きを止めて、頬をかく方に回した。
391 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:54:17 ID:drbydzQp0
「え、えーと、そっちは大丈夫じゃん保障つき。うん。だよねご主人」
『勿論だ!! ちなみにやる気を出したい時は豚のしょうが焼きがいい! 総ては香美の手
の動きに任せるまま! 僕は何ら一切手出しをしてないから大丈夫だ小札氏! 』
香美の後頭部から響く謎の声へ、絶妙な合いの手が入った。
「だな!! お前は突風でめくれるスカートは凝視するが、自分からめくったりはしない主義!」
『その通り!! 無理やりは良くない! 確かに良くない! だが偶発的な現象であれば男
たるもの受け入れて楽しむべきだと僕は思う! だからさっきもかすかな弾力こそちょっと堪
能したが、自分からは一切手を動かしてない!! はーはっはっは!』
「フ、ご高説どうもありがとう貴信。なぜその状態かは分からんが、随 分 と 楽しそうだな」
恐ろしい気迫が彼らを衝いた。
振り仰いだ香美は一筋の汗を垂らした。髪も心持ち膨らんでいる。
「うげ。またもりもり」
総角は限りなく友好的で優しい笑みで香美を見ていた。
『ははッッッ! 悪を許すなゲッターパンチーという状態!? 千手ピンチだ!』
総角は認識票を撫でて、黒死の蝶をその手に浮かべた。
『ふぁーはっはっは!! 懲罰ですか懲罰ですね懲罰しかないという表情! 傍観者にすぎ
ない僕への裁定としてはやや過剰気味ですがリーダーの裁定であれば従うのみ! 覚悟は
できてますからババーンと景気良くサン・ハイどうぞォォォォォッ!!』
乾いた爆音が神社の中へ響いた。
「俺はだな。別に怒っちゃいない。その辺りは分かるな貴信・香美」
神社の中に座って会話するザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ(略してブレミュ)の3人。
香美はあぐら。総角は香美と向き合い正座。横には例のタッパーとパック入りのらっきょう。
小札は総角の背後から恥ずかしそうな顔をちょこりと出して香美を見ている。
「う、うん。ご主人はだまっててね危ないから」
後頭部がコゲコゲの香美は必死に頷いた。
『ははは! 穏やかな海が爆音で渦巻く炎が上がる! 今は昂ぶってるからこうだが、後から
ダメージがきてぐったりするパターン間違いなしだこれは! 後で絶対テンション低くなるッ!』
392 :永遠の扉 :2006/12/05(火) 21:55:14 ID:drbydzQp0
煙をブスブス立てる後頭部から、いやに活発な声が上がる。
「ただだな、悪ふざけも度が過ぎるとやられる方は非情につらい」
小学校の先生みたいなコトを総角は言い出す。
『はーっははは! やばいぞむやみに楽しくなってきた!! どうし……うごげば!!』
どこから来たのか、また黒死の蝶が香美の後頭部に炸裂した。
「いいか、俺たちはホムンクルスだ。だが、だからこそ相手の心情を斟酌してやらねばならな
い。無意味に傷つけてはならない。でなくば、ただの化物になってしまう」
『いってるコトとやってるコトが違うという指摘は駄……ばじゅらぁ!』
どこから来たのか、また黒死の蝶が香美の後頭部に炸裂した。
「だから小札におかしなちょっかいを出すな。アイツは香美と違ってムードを大事にするタイ
プだ。強引に迫られたら本気で泣いてしまう」
「ね、一ついい?」
香美は恐る恐る手を挙げた。
後ろからは『ちょ……火に油をかけたら僕が爆破されるんだが……!』と震え笑いがしたが、幸い
質問の許可は流血爆風いずれもなしで出たので、ここぞと身を乗り出す後頭部コゲコゲ少女。
こんな質問を飛び出させた。
「もりもり、いやにあやちゃんのコトくわしいけどさぁ。強引にせまったコトあんの?」
総角は露骨に目を逸らした。小札もやや頬を染めてあらぬ方向を見た。
「言い忘れていたが、俺は寄宿舎からカレーを買ってきた」
「いや、せまったコトは」
「よって今日の晩飯はカレーだ」
「あたしの質問に」
「晩 飯 は カ レ ー だ」
総角は墨絵調で凄んだ。
「こ、恐い顔しないでよ。カレーも好きだけど食べると胃が荒れるし、やだなー……」
『何をいう香美! ホムンクルスだからすぐ直る!』
「そだけどさ。痛いものは痛いし」
「ちなみにらっきょうは小札のだ。絶対手を出すなよ。手を出したら殺す」
さらっと物騒なコトをいいつつ、総角はパック入りのらっきょうを小札にやった。
「良かったじゃんあやちゃん。大好物だもんね」
「え、ええまぁ」
マシンガンシャッフルの先っぽで鼻をかきながら、小札は嬉しさと照れ半々の表情をした。
393 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2006/12/05(火) 21:56:30 ID:drbydzQp0
ブラボーカレー、なかなか旨い。
3日3晩煮込まれたようなコクがあり、それがトロトロの牛肉に染み渡っている。
肉を噛むたびジューシーな肉汁とカレーのコクが絶妙な配合率で口内にパーっと広がり、飲
み込むのを惜しませる。咀嚼ばかりを際限なく促す。
ニンジン、ジャガイモ、タマネギというカレーという演劇の重鎮どもはどうだ。
おお、肉の柔らかさに比べ彼らの堅牢さはどうだ。
歯ごたえはほどよく順番に、甘味、タンパクっぽさ、えもいわれぬ薬味がそれぞれの解釈で
カレーの味をそれぞれの領分に引き上げる。
しかし彼らの派手さに隠れがちだが、ライスの役割もあなどりがたい。
ふっくら水気を帯び、辛味を抑えつつも汁粉における塩のような反作用で引き立ててもいる。
機能的には日本刀の芯に通った柔らかな鉄。見た目は宝石。味覚に瞬く白い輝きだ。
それらの競演はあたかも別料理のようでいて最終的に合致する。
究極ともいえる刺激が舌から高次に立ち上り、脳髄で凄まじい多幸感を分泌する。
(……おいしい)
戦士一同もヴィクトリアもまひろも千里もブレミュ一同も、それだけを思った。
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第008話 「総ての序章 その2」 (1)
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1905年10月14日 ポーツマス条約批准
終戦、である。
日露戦争によってともかくも勝者となりえた日本は長年頭を悩ませつづけてきたロシアの脅
威からひとまず開放されたといっていい。
その頃、爆爵は錬金術に熱中している。
例の蔵に終日閉じこもり、家中のたれとも口をきかぬ日もしばしばである。
──狂ったのではないか
使用人たちは陰でささやきあい、親族の中ですらそう信じる者がいた。
そうであろう。
何の前ぶれもなく隠居を発表し、半ば押しやるような形で事業のことごとくを息子へ譲渡した
かと思えば、あとは蔵の中へ地虫のように閉じこもっている。
──いや、そうではない
と爆爵の異変を擁護する者もいた。
かれらの弁によればこの異変こそ、まだ正気が残っている証拠だという。
なぜならば隠居の決断こそやや唐突ではあるが、息子への事業譲渡やそのほかの財産分
与のあざやかさは西洋貿易で巨万の富を築いた往年の手腕そのままであり、死後相続をめ
ぐって起こるであろう不毛な争いをみごとに防いでいる。
「豊臣秀吉をみろ。生前あれだけの権勢を誇っていたかれでも、死後の血族の処遇について
は病床で家康に「たのむ」といったぐらいだ。その家康に大阪城で淀君や秀頼を討たれた事
をかんがえれば、いま蔵に閉じこもっているあの方ははるかに理というものをわきまえている」
もっとも爆爵にしてみれば、そういう人間的なしがらみなどはどうでもいい。
人間だった頃こそ日露戦争において日本が勝利する事を懇願していたし(別にこれは爆爵
に愛国心があった訳ではなく、帝政などという一人の人物の権勢にただ民衆が惑うほかない
「劣」の機構を持つロシアに目ざましい発展を遂げる近代日本が負けるのが気に入らなかった
だけである。もっとも、坂の上にかがやく一朶(いちだ)の白い雲のみをみつめて坂をのぼる
といった向上心をもつこの時代の日本の楽天家たち自体はきらいではなく、そうでない者が
繰り広げた太平洋戦争においては日本などほろべと思っていた)、そのほかの細々とした
「しがらみ」について手立てを講じていたが、ヴィクターと出逢って以来、興味がもてなくなっ
ている。
ゆえにかれは胸中密かに決めた。
(10年だ)
死ぬまでの期間が、である。
もっとも、1世紀後の爆爵が銀成学園において一大会戦を勃発させるのを考えればこの寿
命のそろばん勘定はややおかしい。
(おかしくもないさ)
爆爵はそろばんの珠をぴんと弾いた。錬金術でこみいった計算をする時の道具である。
実はこの頃すでにかれはホムンクルスになっている。
ヴィクターから製法を伝授されるやいなや実験もそこそこに人間を捨て、あとは自らの築き
あげた物をいかに自然現象的に消滅させるか熟慮している。
その中でもっとも難しい物を挙げるとすれば、「蝶野爆爵」という存在そのものであるだろう。
事業や財産ならば隠居という形にまぎれて始末できるが、「蝶野爆爵」という存在はそうも
いかない。下手に消し去ればそれこそ戦士の嗅覚の的である。
ちなみに実はこの頃、爆爵の髭や髪は真っ白になっているが、老化によるものではない。
──武装錬金発動の後遺症だろう。
ヴィクターの弁によればそういう事もあるらしい。
武装錬金は闘争本能を具現化する事でさまざまな武器を形成する。
いわば精神の流出作業なのだ。
──血を傷口から吹き出す、といってもいい。
ヴィクターは妙なたとえを持ちだしたが、なるほど、確かに似ている。
精神などという神秘的なものの実体については本題でないゆえにこの稿でははぶくが、とも
かく生命活動の支えという点では似ている。
精神を血に見立てれば武装錬金は確かに「血を傷口から吹き出す」作業でもあるだろう。
量があまりに多ければ虚をきたして昏倒し、昏倒せぬよう戦士は訓練をつんで血の流出制
御の術をえる。
しかし爆爵は納得と同時に首をひねった。ヴィクターのたとえは的を射すぎている。
ひょっとしたらヴィクターは実際に、「血を傷口から吹き出す」怪物と出会った事があるのかも
知れない。むろん、そういう経歴については爆爵は聞かないし、ヴィクターも語らない。
なお、錬金術における精神は、肉体や霊魂(または魂)とならんで人間を構成する要素であ
り、それらを均一に高めていく事こそが本来の目的である。
(……だが)
と爆爵の脳裏にふとした疑問が浮かんだ。
精神は前述の通り、武装錬金によって高められている。
肉体はどうか。こちらはホムンクルスにより高められている。が。
(霊魂だけがない)
奇妙な話でもある。
純粋に自らの霊的完成を求めるにしろ、欲望のまま黄金変性や不老不死を求めるにしろ
錬金術師にとって賢者の石の精製はさけられない部分である。
そのためには精神・肉体・霊魂を均等に高めていかねばならないというのに、霊魂だけは
核鉄やホムンクルスに該当する産物がない。
(あるいはそれがあれば賢者の石の精製も可能……?)
ヴィクターを救い、なおかつかれが二度と人間如きに負けないようにするには、既存の物を
はるかに超えた産物が必要であるだろう。
爆爵は幸い、不老不死である。
それを以て悠久のときを研究にあて、遥かな力を創り出し「優」たるヴィクターに捧ぐ。
『蝶野』の本懐ではないか。
特有の二元論を満たしながらも自らの高みを目指す、惑いなき芯の通った生き方なのである。
それはともかくとして、爆爵の髪や髭が白くなったのは、例のアリスインワンダーランドの発
動により大量出血をきたした彼の精神の証であるだろう。
ヴィクターを連れかえってすぐおこったこの変調に爆爵は閉口した。
山中でヴィクターを襲撃した者は総て殺している──実は1名だけ生存しており、爆爵の死
後のL・X・Eに重大な影響を及ぼすとは神ならざるかれには知るよしもない──から、すぐ
ここに来る事はないだろうが、その仲間が銀成市に焦点をしぼって調査する場合を考える
と爆爵の不自然な変調は非情にまずい。
戦士の知るところとなれば蔓からイモをたぐるようにヴィクターの存在を嗅ぎつけられる。
つまり爆爵がヴィクターの守護体制を敷くにあたってまず要したのは、黒髪を保つ白髪染め
なのである。
後のL・X・Eの規模から考えればやや馬鹿げているが、創立時の組織などはえてしてそういう
ものなのだろう。
「すまないヴィクター。キミに少しつまらない事を聞くよ」
と爆爵は真剣ながらにどこか処女のような恐れおおさでヴィクターに聞いてみた。
「錬金術で白髪を染める物質を作る方法があれば教えてほしい」
我ながらくだらぬ質問をした、と爆爵はやきもきしたが、しかし周囲の人間に白髪染めの調達
を依頼すれば、不自然に思われるだろう。よって術は自己調達しかない。
なお、このときのヴィクターは上半身のみで巨大なフラスコの中をたゆたっている。
例の再殺部隊の男に切断された下半身はいっこうに平癒の気配を見せず、爆爵は苦肉の
策ながらホムンクルス胎児の培養液を用いている。ゆくゆくはこれをヴィクター専用の修復
フラスコへと改造するつもりではあるが、しかし実現までどれだけかかるか。
例の霊魂のコトも含め、想像もつかぬ課題である。
爆爵の問いにヴィクターはやや面食らったが、しばらくすると答えた。
「ある」
概要を説明していくうちにかれはつい微笑をうかべてしまった。
無理もないだろう。自分の年齢の倍はある男が真剣な羞恥で「白髪染めを錬金術で作れな
いか」と聞いているのだ。
戦団から受けた執拗な追撃や娘(ヴィクトリア)への仕打ちで人間というものに心を鎖しかけ
ていた分、目の前の男性へ限りない親しさと敬愛をおぼえてしまい、それが微笑という形で
出てしまった。
微笑するとこの赤銅色の大男がやけに幼くみえ、「こういう顔もするのか」と爆爵はときめく
思いをした。
余談がすぎた。
要するにそういう滑稽なやり取りでできあがった白髪染めの塗り方すらまだおぼつかない頃
なのである。
恐らく、戦士(ヴィクターからその単語を聞いて爆爵は使っている)らの熱はまだ冷めやらず
銀成市周辺をうろうろしているだろう。
よって爆爵は迂闊な行動をとりたくない。
実のところヴィクターともども今すぐ山野にかき消えて、人間のしがらみのない場所で友を復
活させる研究だけに没頭したいところだが、突如行方不明になれば周囲が騒ぎ立て、いずれ
戦士の耳に入ってしまう。
だから10年、である。
この間に後の活動拠点を秘密裏に作りつつ、自らの手足となるホムンクルスを静かにかき
集め、表立っては「蝶野爆爵」として衰弱の様相をまわりに見せつつ──…
1915年 9月28日 蝶野爆爵 逝去
くしくもこの日、新撰組三番隊組長・斉藤一が胃潰瘍により死去している。
かれの享年は72というから、爆爵より7つ年上という勘定になる。
ただし爆爵は55歳の段階でホムンクルスとなり、白髪白髭を除けばいっさいの老化を催して
いないから肉体年齢としてはこの後ずっと55歳である。
棺に入っているのは人型ホムンクルスの製法を応用して作ったクローンであり、その周りで
むせぶ連中はやや滑稽でもある。
もっともかれらが豪儀にも著名な寺を貸し切って葬儀を行ったおかげで、蝶野邸の蔵からヴ
ィクターを新たな拠点へうつすのはひどくたやすかった。
出立に際して爆爵はふと手を止めた。
錬金術の研究日誌。
それは13歳の少年だった頃からずっと欠かさずつけてきた。
ヴィクターと出逢う前も。そして出逢ってからのこの10年も。
足掛け半世紀にも渡る研究日誌だ。
爆爵としてはかなりの思い入れがあるが、それを持っていくかどうか。
(どうせここまで上手くやったんだ。多少の気まぐれもいいだろう。後続へのヒントとして残して
おいてやる)
爆爵はヴィクターにも見せたことのない笑みを浮かべた。
蝶野の気質ならばあるいはこの錬金術の一部にしかすぎない日誌から、爆爵と同じ高みに
のぼってくるだろう。
「優」の血が代々薄まっていくという信奉の持ち主の爆爵としては、破格の期待といっていい。
この辺り、普通の人間としての感覚がまだ残っていたらしい。
(もし完成する事があるのなら)
いかなる者だろう。未知の蝶をさがすようなほのかな期待を持ちつつ、爆爵は蝶野邸を去った。
2002年。
爆爵の玄孫が病魔に喘ぎながらその蔵を訪れるが、それはまた別の話……
秘密裏に調達した別荘の地下で、ヴィクターはくすりと笑った。
「爆爵、白髪はもう染めないのか?」
「もう必要ないからね」
それに──と爆爵は蝶を模した見事な髭をなでながら思った。
(こういう佇まいの方が、キミを守るのに相応しい。そしてこの場所にも)
真っ白な髪の毛を揺らしながら、爆爵は薄暗い地下を眺めた。
(どれほど過ごす事になるかは分からない。だが必ず──…)
この瞬間から爆爵はDr.バタフライと名乗ることを決意した。
視点は変わる。
永い閉塞の象徴。遠きより魔を招聘せんとす黒の光景。
「それ」は例え何年かかろうとも忘れ去る事あい叶わず、幾度となく幾度なく光を遮るだろう。
望んでも開かず、血の滴る拳を叩きつけてもビクともせず、悲憤に涙する他ない。
この物語はいずれ、「それ」に縛られ続けてきた2人の男の戦いへ収束する。
1人は早坂秋水。
もう1人は──…
……まだ幼かった頃の早坂姉弟の話へ軸を移す。
第007話 「みんなでお食事」 (6)
「私、武藤まひろ! まっぴーって呼んで!」
細身にまとわりつく元気いっぱいの少女に、ヴィクトリアはひどく嫌気が指してきた。
生徒たちからの質問攻めが終ったと思ったら今度はコレだ。
「すごい、びっきーがもう来てるー!」と叫びながら飛びついてきたと思えば、背後から抱きつ
いたり髪をいじりまわしたり、人差し指と親指で作ったリングを目の前にかざして「79」と意味
不明の断定を下したり、「ね、ね、斗貴子さんと同じ制服だけどどういうカンケイ? ああでも
いいなー斗貴子さんとペアルック。私も着たいー!」と好き勝手に騒ぎ散らしている。
(次から次へと鬱陶しいわね。どこがいい学校よ)
だが、わざわざ猫をかぶって反応する自分のちぐはぐさにも腹が立つ。
イヤならば本性を露にし、楽しくて光に満ちた暖かな空間を壊して立ち去る方が良いのだ。
だがそれをしない、もしくはできない自分が嫌で嫌で仕方ない。
地下で闇に溶けてた醜さが、地上の光に浮き彫られているのが分かる。
心はひたすらねじくれて、肉体のみならず精神までも化物じみているのが分かる。
吐き気がする。心が暗い渦を巻く。
ココに誘った秋水が、元信奉者で戦士という錬金術の色濃き肩書きが、恨めしくて仕方ない。
ヴィクトリアの人生の大半は、そんな暗い感情の集積だ。
それでも、母が生きていた頃はまだ良かった。
奪われた大事なモノを取り戻す、確かな行動が日々に組み込まれていた。
そっけなくて硬さを帯びた言葉にも、毎日答えてくれる母がいた。
そのどちらも、最早ない。
100年の研究成果は父を人間に戻すには至らず、母は死んだ。
(いっそあのアイツが私を殺しに来ていたなら──…)
どれほど楽だったろうと沈んでいる所に声が届き、彼女は身をすくませた。
「こらまひろ。困っているでしょ。やめなさい」
その声にまひろは渋々ながらに引き下がり、「また後で!」とカレーをよそいに行った。
「ゴメンね。悪いコじゃないんだけど、ちょっと元気すぎて」
申し訳なさそうに謝っているのは、眼鏡をかけた大人しそうなおかっぱ頭の少女だ。
ヴィクトリアは息を呑んだ。
優しそうに「あ、私は若宮千里。一緒にカレー食べる?」と誘う笑顔に、目が釘づけられた。
(……ママに似てる)
逆向逃亡後、秋水はまひろや斗貴子ともども食堂に戻ってきた。
道すがら、武装錬金を使えるコトを他の生徒へ秘密にするよう頼むつもりだったが、
「大丈夫。さっき見たコトはナイショにしておくからッ!」
力いっぱいの形相で機先を制したまひろの様子からすれば大丈夫そうだ。
ただ、続けて「最初はビックリしたけど、お兄ちゃんの仲間なら尚更だよ」
と微笑された瞬間、秋水の胸に重苦しい気配が満ちはじめた。
「うん。お兄ちゃんと剣道の稽古してたのも、みんなを守るためだったんだね。偉いね」
言葉が詰まった。どうしようもなく。斗貴子の目線が険しくなるのも感じた。
(逆だ)
理念は桜花を守る一点だけで、他の生徒は『食い物』──血肉をL・X・Eへ捧げんがために
信頼を培う二重の意味──過ぎなかった。
その戦いの末に秋水は敗北を喫し、カズキを背後から刺した。
そして今は無条件に得た信頼が却って胸に突き刺さる。
謀るにはあまりに無垢な相手で、けれど真実を告げたら再び泣かしてしまいそうで。
そもそもまひろが泣くコトを嫌だと思う心情はどこから来ているのか。
自分との共通項ゆえか、全く違う別の感情ゆえか……
(…………)
思い起こしてみれば秋水は、まひろに対してもひどい仕打ちを目論んでいた。
桜花が死ぬのを誰よりも何よりも恐れておきながら、まひろの兄を濁った瞳で刺した。
謝罪すべきはカズキにもだが、まひろにもだろう。
だがその言葉をまとめる前に食堂へ到着し、まひろはお礼をいうとヴィクトリアへ殺到した。
手持ち無沙汰な心情で斗貴子の蔑視を浴びつつ、秋水は防人へ報告した。
戦士一同はテーブルに座って、カレーを前にしている。
この中で何故か桜花の顔が少し赤く、秋水は体調を心配した。
「やはりサテライト30(サーティ)か」
防人のいうそれは、「創造者を2~30体に分裂させる」武装錬金。形状は月牙。
コレにより現れる分裂体は総て本物。1体でも残っていれば再び増殖が可能であり、限りなく
不死に近い武装錬金の一つである。
「震……逆向に吸収されても無事なワケだ」
テーブルの下で御前がヒソヒソ呟くと、千歳も頷いた。
「顔を無くしていたのも特性の一つね。新月、だったかしら?」
「ああ。だが、確かにムーンの奴も一体一体顔の形が違ったが……それまで再現できるとは」
先ほど桜花と防人の挟撃を受けた総角には、顔が無かった。
首の上に乗っていたのはカカシのような「へのへのもへ字」の偽首だ。
「こっちはヘルメスドライブ対策ね。確かに顔が分からなかったら私も索敵のしようが……」
それから”とある一動作”の後、総角はライスやカレー入りのタッパーを風呂敷に包み
「床に沈んでいったわ。どうやらシークレットトレイルを使っているみたい」
それも自分の衣装や風呂敷に髪の毛を縫いこんで、と付け加える。
シークレットトレイルは斬りつけた物に亜空間への出入り口を作り、創造者もしくはそのDNA
を有する物のみ通行を許可する。
「そしてここへ現れたのは、彼の部下がヴィクトリア嬢と共に廊下を走ってきた瞬間。私たち
の注意がわずかにあっちへ向いた瞬間ね」
「にしても、いちいち武装錬金の使い方がうまい奴だな」
「感心してどうすんだよブラ坊。カレー盗られちまったじゃねぇか」
御前は丸っこい短足で防人のつま先をげしげし踏んだ。
「大丈夫だ御前。代金は領収済みだ。ライスとカレー合わせて1つ頭680円! ×5名で
3400円、奴はキチンと置いていった。しかも原価を計算し、こちらにいくら利益が出るか
書いた紙まで残してな」
文字が躍る紙をぴらぴらしながら防人はひどく感心した様子だ。
「原価計算も的確。鍛えぬいた俺の眼力でもここまではいかないだろう。敵ながらブラァボー!」
「どうせなら毒でも混ぜたカレーを売って下さい戦士長!」
斗貴子は怒った。その肩へ桜花は笑顔で手を置いた。仏像のような穏やかな笑顔でこういう。
「あら津村さん。何か混ぜようとか考えちゃダメじゃない」
──「そっちの方がなおさら悪い! そもそも何か混ぜようとか考えるな!!」
斗貴子はカレー調理中にいったセリフを返されて「ぐっ」と歯切れの悪い声を漏らした。
「ところで姉さん、さっきから顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。ええ。何もなかったから」
桜花は少しぎこちない笑顔で返事をし、スプーンをきょどきょど盗み見た。
(黙っておいた方がいいか。アレは)
防人は沈黙に徹した。
前述の、総角がカレーを持って立ち去る前の「とある一動作」というのは。
「やれやれ。よそった奴もあったのだが食えそうにもない。というコトで」
桜花の口へカレーをよそったスプーンを無理やりねじ込んだ。
「コレはお前にやる。立ち仕事で小腹が空いている頃だろう」
そしてスプーンを引き抜く総角。
予想外の展開に、さすがの桜花も瞳孔を見開いたがすぐ落ち着き、清楚な佇まいでカレーを
咀嚼すると、ハンカチすら取り出し「ごちそうさま」と言いつつ口を拭った。
「ちなみに使っているのは真新しいスプーンだ。間接キスの心配はない」
「あら。お気遣いありがとう」
桜花はいつもどおり笑っていたが、どぎまぎとした強張りは抜けきらず、今に至る。
「ところで、秋水・桜花。しばらく寄宿舎で暮らしてくれないか?」
「といいますと?」
防人はカレーを一口食べると、ぐしゃぐしゃ噛みながら言葉を続ける。
「どうも逆向はココを狙っていたフシがある。となると奴だけじゃなく、L・X・E残党もだろう」
秋水の脳裏に、去り際の逆向のセリフが蘇る。
「だから寄宿舎を守る人間がいる。だが割符探しや残党狩りも平行してやらなくてはならない」
「2人がココで暮らしてくれたら、戦士全員が戻ってきた時に休養をとりながら敵襲に備えられるの」
千歳は防人をじっと見た。彼の口元を。食べながら指令を下さないでといいたいのだろう。
「そして戦士・斗貴子。キミには主に外回りをしてもらいたい」
「構いませんが、理由は?」
桜花にからかわれた表情を引き締める、斗貴子は問う。
「キミなら戦士・千歳の武装錬金で即座にココへ戻れるからだ」
ヘルメスドライブが移動できる質量は、創造者の体重も含めて最大で100kg。
千歳の体重は47kg。斗貴子の体重は39kg。合計86kg。
「話を聞く限りでは私も一応」
やや羞恥冷めやらぬ桜花もこっそり手を挙げた。こっちは50kgだ。
「そして戦士・秋水。キミにはなるべく寄宿舎に留まって貰いたい。実力的にはキミと戦士・
斗貴子が防衛の要だからな」
「……分かりました」
目線を落とす秋水。ようやく馴染みかけた部活動を惜しみつつの決断だ。
もっともそういう青々しい胸中の動きは、年配者にはもろに分かるものらしい。
「安心しろ戦士・秋水。部活動もなるべくできるよう俺が調整をつける」
「しかし」
「遠慮するな。剣士ならば鍛える時間も必要だ。それに寄宿舎にいる間は俺のリハビリも兼
ねて軽い戦闘訓練に付き合ってもらうしな。キミはどちらかといえば火渡より俺寄りのタイプ
だから(火渡は天才型、防人は努力型)、相性は悪くない筈だ」
秋水の顔は晴れない。全面的な好意をどう受け入れていいか分からないという様子だ。
確かに訓練も大事だが、元信奉者でしかもカズキを刺してしまった自分の都合を、こうも慮
られると嬉しさよりも戸惑いが先行してしまう。
千歳はそんな彼をなだめ、斗貴子は睨む。桜花も笑って諭す。
総角にカレーを無理やり食わされた桜花の頬の火照りはまだ抜けない。
「はっ! またもや不肖らしからぬ悪感情! 一体何が発生しているのでしょーか!?」」
神社の中で小札零はきょろきょろと辺りを見回した。
「む、むむ。この名状しがたきもやもやは一体なんでありましょう……」
小さな胸に手を当てて、ちょっぴり寂しげな顔でつぶやいた。
「神社に1人シルクハットを繕うというのも寂しきコト…… もりもりさんや香美どの貴信どの
はいつお帰りになられるコトでしょう。ああ、留守居役を務めし不肖の心はもはや一日千秋」
マシンガンシャッフルというロッドの武装錬金を発動して、振る。
カニが出てきた。冬場に鍋へブチ込んだら美味しそうな、でっかいズワイガニだ。
小札は滝のような白い涙をうぐうぐと流しながら、それに手を差し伸べる。
「我泣き濡れてカキとたわむるといったやるせなさなのであり……あああっ! 不肖の帽子が!」
カニはようやく修繕しかかったシルクハットのツバの部分をバリバリ破壊し始めた。
「お、おやめ下さいカニさん! これでは戯れるどころでは──っ!!」
慌ててカニを消すと、外から物音がした。
「もりもりさん!?」
扉に駆け寄りぱーっと明るい笑顔であける小札に、凄まじい突進が炸裂する。
「あーやーちゃーん!」
快活な八重歯の少女がそのまま小札を押し倒し、馬乗りになった。
「のわああ!? りょ、遼来々!?」
「りょーじゃなくてあ・た・し。栴檀なんとか」
『さっきは名乗れたのにもう忘れているのか香美! ダメじゃないか名前は大事にしなければ!
鳩尾を見ろ、名前のない傷付いた体1つで心がまた叫んでいるんだぞ!』
小札はようやく状況を把握した。
「ば、栴檀どの達でありましたか。されど嬉しきコトには変わりなく。して首尾はいかほど」
「ま、色々あったけどさ、きぶんともども上々ってトコ?」
小学生のような肢体に乗っかりながら、香美は鼻をひくひくさせた。
「えーとね。おっきな建物見はってたら邪悪のゴズマをキャッチして水で峰ぎゃーして可愛い
子を連れておっかないのを踏みつつ置いて逃げて来たからバッチリ」
「ほほう。戦士の皆様方に動きがないゆえ動きに即応対すべく寄宿舎を監視されていたところ
可愛らしいおじょーさんがL・X・E残党に襲われているのを目撃したためほどよく攻撃を仕掛
けて救助するもなぜか復活された逆向どのと遭遇しもりもりさんの助力で切り抜けつつお嬢さ
んを寄宿舎へ引き渡しセーラー服美少女戦士のおねーさんを踏みつけて帰還された……と
いうワケなのですねっ!」
「そのとーり!」
『はぁーはっはっは! さすが小札氏、実況のみならず香美語の翻訳をやらせてもピカイチだ!
末は恐らく戸田奈津子女史か翻訳こんにゃくだろう!!』
ああ、ツッコミ役が欲しい。
「ところで」
小札は右手を唇の左端にピンと立てつつ栴檀に聞いた。
「ややはばかられますが……その、もりもりさんはおじょーさんに何かおっしゃってましたか?」
栴檀は考え込んで、答えた。
「なんにも! うんうんうん。なんにもいってなかったじゃん。ね、ね、ご主人」
『ああ! もちろん! ちなみにTYPEWRITERという綴りは、キーボードの中ほどに指を伸ば
すだけで打てるようになっている!! 理由はタイプライター普及の当時、営業の人がこの
文字を早く打つコトでお客さんの購買意欲を刺激するためだったと思う!!』
「それならばそれで」
(本当のコトいったら落ち込むもんねあやちゃん。もりもりが他の女のコと仲良くするとさ)
(食事も3日ぐらいとれなくなるしな! ふはは。どうだこのウソの隠蔽ぶり!)
(ああ、貴信どのが訳の分からぬ豆知識を披露される時はウソがある時。きっともりもりさん
はおじょーさんに食事の約束を取り付けたりしたのでありましょう……不肖にそれを止める
権利はありませぬが、ありませぬが……ハッ! マズい、不肖の頭頂部がさらし物に……)
動揺する小札の細い肩に、くるりと丸められた香美の拳が乗っかって無邪気に動き始めた。
ネコがよくやる手の動きである。一説では母乳を出す行動の名残らしい。
「ところであやちゃんってさぁ」
薄く汗にまみれた豊かな胸がゆっくりと上下すると、重心が小札の下腹部に移動した。
「な、なんでありましょう。とととととというか、まずその手をば、離……」
小札は身をよじってマウントポジションから逃れようとするが、腰を香美の太ももでがっちり
と挟み込まれて動けない。
「可愛いから好き。ほら。あたしのツボって、トカゲとかネズミとかちっちゃいのに素早いヤツ
じゃん? だからついじゃれたくなんのよね」
香美は目を細めて、にゃっと笑った。むき出しの八重歯は捕食者のそれだ。
丸い拳は肩口から徐々にずれていき、小さな胸板へと活動範囲を映していく。
畳んだ指のみでピアノ鍵盤を流麗に叩くような仕草で。
タキシードの向こうにある少年がごとき薄い「そこ」を、香美は丸い手でトントン叩く。
いや、その手の動きは拳で揉むといった方がもはや正しい。
小札の口からさざ波のようにか細い吐息が漏れる。
蒸し暑い社の中で少女2人の甘い吸気が混ざり合い、漂うのはえもいわれぬ艶かしさ。
「お、おやめ下さい。頭の中で声が……これ以上はアウトオブマイコントロール……っ とい
うかその…… 手を動かされているのはまさか貴信どの? とすれば不肖は」
「どーすんの?」
陶然とゆるんだ瞳で香美は反問。シャギーの入った髪が頬に貼りつき、派手な目鼻立ちに
オリエンティックな色気を付加している。
やや詰問じみているのは優位を取っているという無意識の自覚がさせているのだろう。
小札は泣々(きゅうきゅう)とした哀切の瞳を背けて、今にも堰が切れそうな声をあげた。
「……涙枯れ果てるその時まで、泣きじゃくるコトでしょう」
(ありゃあ。あやちゃん本気だ。あたしはフザけてるだけなのに)
香美は手の動きを止めて、頬をかく方に回した。
「え、えーと、そっちは大丈夫じゃん保障つき。うん。だよねご主人」
『勿論だ!! ちなみにやる気を出したい時は豚のしょうが焼きがいい! 総ては香美の手
の動きに任せるまま! 僕は何ら一切手出しをしてないから大丈夫だ小札氏! 』
香美の後頭部から響く謎の声へ、絶妙な合いの手が入った。
「だな!! お前は突風でめくれるスカートは凝視するが、自分からめくったりはしない主義!」
『その通り!! 無理やりは良くない! 確かに良くない! だが偶発的な現象であれば男
たるもの受け入れて楽しむべきだと僕は思う! だからさっきもかすかな弾力こそちょっと堪
能したが、自分からは一切手を動かしてない!! はーはっはっは!』
「フ、ご高説どうもありがとう貴信。なぜその状態かは分からんが、随 分 と 楽しそうだな」
恐ろしい気迫が彼らを衝いた。
振り仰いだ香美は一筋の汗を垂らした。髪も心持ち膨らんでいる。
「うげ。またもりもり」
総角は限りなく友好的で優しい笑みで香美を見ていた。
『ははッッッ! 悪を許すなゲッターパンチーという状態!? 千手ピンチだ!』
総角は認識票を撫でて、黒死の蝶をその手に浮かべた。
『ふぁーはっはっは!! 懲罰ですか懲罰ですね懲罰しかないという表情! 傍観者にすぎ
ない僕への裁定としてはやや過剰気味ですがリーダーの裁定であれば従うのみ! 覚悟は
できてますからババーンと景気良くサン・ハイどうぞォォォォォッ!!』
乾いた爆音が神社の中へ響いた。
「俺はだな。別に怒っちゃいない。その辺りは分かるな貴信・香美」
神社の中に座って会話するザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ(略してブレミュ)の3人。
香美はあぐら。総角は香美と向き合い正座。横には例のタッパーとパック入りのらっきょう。
小札は総角の背後から恥ずかしそうな顔をちょこりと出して香美を見ている。
「う、うん。ご主人はだまっててね危ないから」
後頭部がコゲコゲの香美は必死に頷いた。
『ははは! 穏やかな海が爆音で渦巻く炎が上がる! 今は昂ぶってるからこうだが、後から
ダメージがきてぐったりするパターン間違いなしだこれは! 後で絶対テンション低くなるッ!』
煙をブスブス立てる後頭部から、いやに活発な声が上がる。
「ただだな、悪ふざけも度が過ぎるとやられる方は非情につらい」
小学校の先生みたいなコトを総角は言い出す。
『はーっははは! やばいぞむやみに楽しくなってきた!! どうし……うごげば!!』
どこから来たのか、また黒死の蝶が香美の後頭部に炸裂した。
「いいか、俺たちはホムンクルスだ。だが、だからこそ相手の心情を斟酌してやらねばならな
い。無意味に傷つけてはならない。でなくば、ただの化物になってしまう」
『いってるコトとやってるコトが違うという指摘は駄……ばじゅらぁ!』
どこから来たのか、また黒死の蝶が香美の後頭部に炸裂した。
「だから小札におかしなちょっかいを出すな。アイツは香美と違ってムードを大事にするタイ
プだ。強引に迫られたら本気で泣いてしまう」
「ね、一ついい?」
香美は恐る恐る手を挙げた。
後ろからは『ちょ……火に油をかけたら僕が爆破されるんだが……!』と震え笑いがしたが、幸い
質問の許可は流血爆風いずれもなしで出たので、ここぞと身を乗り出す後頭部コゲコゲ少女。
こんな質問を飛び出させた。
「もりもり、いやにあやちゃんのコトくわしいけどさぁ。強引にせまったコトあんの?」
総角は露骨に目を逸らした。小札もやや頬を染めてあらぬ方向を見た。
「言い忘れていたが、俺は寄宿舎からカレーを買ってきた」
「いや、せまったコトは」
「よって今日の晩飯はカレーだ」
「あたしの質問に」
「晩 飯 は カ レ ー だ」
総角は墨絵調で凄んだ。
「こ、恐い顔しないでよ。カレーも好きだけど食べると胃が荒れるし、やだなー……」
『何をいう香美! ホムンクルスだからすぐ直る!』
「そだけどさ。痛いものは痛いし」
「ちなみにらっきょうは小札のだ。絶対手を出すなよ。手を出したら殺す」
さらっと物騒なコトをいいつつ、総角はパック入りのらっきょうを小札にやった。
「良かったじゃんあやちゃん。大好物だもんね」
「え、ええまぁ」
マシンガンシャッフルの先っぽで鼻をかきながら、小札は嬉しさと照れ半々の表情をした。
ブラボーカレー、なかなか旨い。
3日3晩煮込まれたようなコクがあり、それがトロトロの牛肉に染み渡っている。
肉を噛むたびジューシーな肉汁とカレーのコクが絶妙な配合率で口内にパーっと広がり、飲
み込むのを惜しませる。咀嚼ばかりを際限なく促す。
ニンジン、ジャガイモ、タマネギというカレーという演劇の重鎮どもはどうだ。
おお、肉の柔らかさに比べ彼らの堅牢さはどうだ。
歯ごたえはほどよく順番に、甘味、タンパクっぽさ、えもいわれぬ薬味がそれぞれの解釈で
カレーの味をそれぞれの領分に引き上げる。
しかし彼らの派手さに隠れがちだが、ライスの役割もあなどりがたい。
ふっくら水気を帯び、辛味を抑えつつも汁粉における塩のような反作用で引き立ててもいる。
機能的には日本刀の芯に通った柔らかな鉄。見た目は宝石。味覚に瞬く白い輝きだ。
それらの競演はあたかも別料理のようでいて最終的に合致する。
究極ともいえる刺激が舌から高次に立ち上り、脳髄で凄まじい多幸感を分泌する。
(……おいしい)
戦士一同もヴィクトリアもまひろも千里もブレミュ一同も、それだけを思った。
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