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「WHEN THE MAN COMES ARROUND 46-3」(2007/02/11 (日) 16:14:18) の最新版変更点
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猛スピードで疾走する車さえも震わせるようなアンデルセンの叫びが響く。
次の瞬間、バックガラスが銃剣(バヨネット)の横薙ぎの一撃で砕かれ、無数の細かな破片となって
後部座席の三人に降り注いだ。
「キャアアアアアッ!」
頭部や顔を覆った千歳の両腕を、無数の針に刺されたかのような痛みが襲う。
「千歳!!」
「野ッ郎ォオオ!!」
そしてガラスの破片に気を奪われた一瞬の後、三人の眼に信じ難い光景が飛び込んできた。
それは神の御業か。
いつのまにかアンデルセンの右手に握られた銃剣が数を増していた。
右手には器用にもそれぞれの指の間に二本ずつ、計八本の銃剣が握られている。
「ククッ、ククククク……!」
握る手に力を込めると、アンデルセンは先程にも増して腕を高々と掲げ、身体を捻り反らせた。
(アレを投げるのか!? この距離から!?)
防人は反射的にシルバースキンの襟首を引き千切るようにボタンを外し、前を開ける。
「シィイイイイイイイイイイ!!!!」
アンデルセンは1mにも満たない至近距離の標的に向かい、渾身の力を込めて銃剣を投擲した。
と、同時に。
防人は己が身から脱ぎ去ったシルバースキンを、まるで闘牛士(マタドール)を思わせる動きで
車内に大きく翻した。
六本の銃剣がシルバースキンによって弾き返され、車外へ音を立てて散らばった。
残りの二本の内の一本は――
「ぐっ!」
防人の太腿に突き刺さっていた。傷口からは見る見るうちに鮮血が溢れ出す。
更にもう一本は――
「うわぁあああああ!!」
運転席のシートごとジュリアンの右肩を貫いていた。
ジュリアンは我が身に起こった事が信じられず、ただ眼を見開いて悲鳴を上げるだけだ。
「チッ、足手まといが!」
助手席のサムナーはお得意の罵り言葉を投げつけると、ジュリアンに、というよりもシートに
突き刺さった銃剣を乱暴に引き抜いた。
「ぐぅううう!」
「パウエル、代われ!」
ジュリアンの“右腕”を掴み、彼の身体を強引に助手席へ引っ張り込むと、サムナーは入れ替わるように
運転席に飛び込んだ。
「い、痛い……。サムナー戦士長……。肩が、肩がッ……」
ジュリアンは右肩から先が千切れんばかりの激痛に、涙を流して身悶えしている。
だが、そんな事はサムナーにとっては関心の外だ。
サムナーは両手でハンドルを握り、今度は己の足でアクセルペダルをしっかりと踏み込んだ。
走行速度はもはや時速112マイル(時速180km)に達している。
そして、深呼吸を一つ。
「フゥーッ……――」
予想外の奇襲に血が上りかけた頭が、徐々に冷えていく。
「――後ろの三人! 頭を下げろ!」
サムナーの言葉と同時に、彼の周囲の空気がまるで陽炎のようにグニャリと歪む。
それを見た防人の脳裏に大戦士長執務室の“あの”記憶が蘇った。
「伏せろォ!」
千歳の頭と火渡の肩を掴み、急いで身を沈めさせる防人。
「まずは“ご挨拶”だ……!」
サムナーの呟きと共に、彼の周囲から四条のレーザービームが凄まじい勢いで射出された。
光の筋は灼けつくような熱気を伴いながら、間一髪のタイミングで三人の頭上をかすめていく。
そして、その先にはアンデルセンがいる。
「!?」
アンデルセンが肉の焦げる臭いに気づいた時には、既に喉、胸、腹に向こう側の風景が覗ける程の
穴が空けられていた。
「……フッ、フハハッ、ハァハハハハハハハハハハ!!」
しかしアンデルセンは、チーズのように身体を穴だらけにされながらも、ノーダメージを誇示するかのように
高らかな哄笑を撒き散らす。
そして、凶暴な爬虫類を思わせる眼が獲物を捉えた。
「異端の売女(ベイベロン)がァ……。死ィねェエエエ!!」
銃剣の刺突が、眼を瞑る暇も無く千歳の眼前に迫る。
だが、銃剣の切っ先は千歳の額に到達する前に、その動きを止めた。
「貴様らカトリックの教義は、女を殺せという事なのか……」
「さ、防人君……」
怒りに燃える防人の左手が銃剣を握っているのだ。
「聖書には“弱い者から殺せ”と書いてあるのか……」
銃剣はそれを砕かんばかりの力で握り締められている。
「どうなんだ! アンデルセン!!」
防人は右の拳をも握り締めた。そちらの手の中には何も無い。
何も無いが、握る力は左手のそれよりも強く、強く込められている。
狭い車内で腰が入らず、太腿の傷のせいで踏ん張りも利かないが、この拳は絶対に打たなければいけない。
絶対に。
「オオオオオオオオオオッッッ!!」
咆哮を上げる防人が放った右の拳は、空気を引き裂く勢いでアンデルセンの左頬に命中した。
「ぶるゥあッ! がッ! ハアッ、ハハハッ!」
アンデルセンの身体は大きく仰け反ったが、やはり重いダメージを与えるには至らなかった。
その証拠に眼光は三人を捉えて放さず、高笑いもやめようとしない。
アンデルセンは体勢を立て直し、またもや右手の銃剣を振り上げる。
その時、一条のレーザービームが、車体に刺さった銃剣を握る彼の左腕を焼き千切った。
「ヌウッ!」
ハンドルを握るサムナーが前方に眼を向けたまま、皮肉たっぷりの笑顔でアンデルセンに言い放つ。
「失礼(ウープス)」
左腕と共に支えを失ったアンデルセンの上体が、勢い良く浮き上がる。
この瞬間を逃さなかった者がいた。
「うおらああああああああああ!!」
火渡は餓狼の如き勢いで車外にまで飛び出し、自身の拳打が100%の威力を発揮できる射程内にまで
踏み込んだ。
「左の頬を打たれたら右の頬も出しやがれェ!!」
炎をまとった紅蓮の拳が、唸りを上げてアンデルセンの右頬に炸裂する。
「ぶぐるるゥオオオッ!」
顔面を炎に包まれたアンデルセンはそのまま後方に吹っ飛んだ。
そして攻撃に使用したエネルギーは、攻撃が終了した時点で止まるというものではない。
殴った火渡も殴られたアンデルセンも、同体に近い形で車上から放り出されようとしていた。
「火渡!」
「火渡君!」
咄嗟に飛び出した防人と千歳は必死に手を伸ばし、火渡の服の裾をガッシリと掴む。
火渡の身体は、アスファルトまで鼻先数cmのところで止まった。
少し遅れて、ドンというダンボールを蹴るような音と、グシャという水気を含んだ音が同時に響き渡る。
巨大な卸し金のように流れる目の前のアスファルトから火渡が顔を上げると、
炎に燻る頭部を陥没させたアンデルセンが、首をおかしな角度に捻じ曲げて道路上に倒れていた。
しかし、最高速度に達している車は、どんどんアンデルセンから離れていこうとしている。
死んでる筈が無え。
時速160kmでハネられてもゴキブリみてえに這い上がってきやがった。
身体をレーザーで穴だらけにされても胸クソ悪い高笑いを続けていやがった。
あの防人にブン殴られても攻撃をやめようとしなかった。
死んでるワケが無えだろ。
トランクの上に引き上げられた火渡は、上官であるサムナーに向かって怒声を発した。
「車を止めろサムナー! あの野郎にとどめを刺してやるッ!!」
だが車は依然として、速度を緩める気配は無い。
「おい! 聞いてんのかよ!」
サムナーは運転に集中したまま怒鳴り返す。
「黙れ青二才! 指揮官はこの私だ!」
「んだとォ!?」
ますます興奮する火渡を、防人は引きずるように座席に戻らせた。
そして火渡の肩を掴み、言い聞かせる。
任務を遂行する戦士として。その身を案じる友として。
「落ち着け火渡! 今はここから離れた方がいい! 俺達の任務は“テロリスト”と“ホムンクルス”の殲滅だ!
それに奴の戦闘能力はお前も充分見ただろう!? 今、ここで戦り合うのは簡単だ!
だが俺達も無事では済まない! 俺も、お前も、千歳も!」
防人は、火渡の肩を掴む力を緩めた。
しかし、眼と眼は逸らさずに続ける。
「堪えてくれ、火渡……!」
「火渡君……」
火渡はしばらくの間、身を震わせながら黙り込んでいたが、やがて怒りと葛藤を拳に乗せて
後部座席のウィンドウに叩きつけた。
「……クソッタレェ!!」
ウィンドウは粉々に割れ砕けたが、アンデルセンによって徹底的に破壊されたこの車では、
割れようと割れまいとあまり大差は無い。
更に火渡は“ある物”を見つけた。
トランクの上にはアンデルセンが突き立てた銃剣が残されていた。
それを握る、千切れた“左腕”と共に。
火渡はそれを引き抜くと、怒りに任せて道路へと投げ捨てた。
「人の車(ケツ)に汚えモンおっ立ててんじゃねえ!」
車の進路は北東へ。速度はそのままに。
遮る物も無い草原に伸びる一本の道路。
その道をただ歩き続ける一人の神父。
周囲は夜の闇に包まれ、一台の車も通る気配は無い。
やがて神父アレクサンド・アンデルセンは目当ての物を見つけた。自身の“左腕”だ。
「ククク……」
アンデルセンは立ち止まり、左腕を拾い上げると切断面にピッタリと合わせる。
ものの数秒もしないうちに左腕は元通りに接着され、切断前の機能を取り戻した。
左手を握り、開く。確かめるような動作を繰り返しながら、彼は己の立つ道路の遥か向こうを見つめた。
「アレが、アイツらが日本から来た錬金の戦士か……」
そう呟きながら、肩凝りを患う老人のように肩に手をやり、首を捻る。
先程まで頚椎骨折、頚髄損傷の深手を負っていた首を。
「見たところまだ子供(ガキ)のようだが、今までの連中よりは数段楽しめそうだ……」
ふと気づくと外套の内ポケットから何やらカチャカチャと音が聞こえる。
懐から取り出してみると、それは原型を留め得ぬ程に壊れた携帯電話だった。
だが、さして気にも留めずに道路脇にそれを捨てると、アンデルセンはまた歩き始めた。
“神の敵”が向かった、この道の先を目指して。
「我に求めよ。さらば汝に諸々の国を嗣業として与え、地の果てを汝の物として与えん――」
神父は闇をまとい、闇に溶け込み、闇に消えていった。
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