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【9月13日・夜】
「ああそれか。俺もできるぞ」
寄宿舎管理人室地下トレーニングルームで秋水が防人衛の言葉に目を丸くしたのは20時も半ばを回ったころ。そろそ
ろ生徒たちが寝静まる時間である。
「できるんですか?」
我ながら面白くない質問だと思いつつ秋水。
「一応な。ウソだと思うならやってみるか?」
事もなげにいう防人はいま素顔。シルバースキンは未着用だ。
代わりのツナギも今は上半分がはだけている。
黒いシャツに覆われた肉体は、細い。イザ戦ったときの防人がどれほど絶大な破壊力を振りまくか知っている者なら拍子
抜け間違いなしなほど細い。痩せているというより標準体型、筋骨隆々の逆三角とはほど遠い。
ただ秋水は知っている。少なくても剣において逆三角の体は機能しないと。
防人のような筒型の方が術理を極めるに向いている。
で、あるからこそ「あるコト」を問いかけたのだが──…
(妙なコトになってきたぞ)
秋水は困惑した。
さてこのとき地下の修練場では津村斗貴子を初めとする戦士たちが、総角主税筆頭の音楽隊と模擬戦じみた稽古を
繰り広げていたのだが、ある一角で秋水と防人が向かい合ったのを機に徐々に手を止め静かになった。
一線を退いたとはいえ戦士一同にちょくちょく稽古をつけてやっている防人だ。まして斗貴子や剛太といった生粋の
戦士組にしてみれば彼の指導は例えば学生にとっての体育のような存在、あって当然の行為だから、むしろ今もって
の継続、秋水との組み手に何ら疑問の余地はない。
にも関わらず彼らさえ防人の行動にちょっと面食らったのは理由がある。
「キャプテンブラボーが」
「竹刀を……?」
口々に呟く剛太と斗貴子のうち前者にススリと歩み寄ったのは桜花。
「あら。珍しいの? 使うと思ってたけど」
ちなみにこのとき彼女は珍しく体操着姿だった。誰かと射撃訓練でもしていたのだろう。うっすら汗ばんでおり濡れた花弁
のような甘く艶かしい香りが剛太の鼻腔をくすぐった。更にTシャツからちらりと覗く豊かな谷間。斗貴子大好きの剛太でも
さすが桜花レベルの色香には持ちこたえられないらしく──もっともこれでやっと憧れの先輩のふくらはぎに透けて見える
青い血管と互角なのだが──やや面頬を赤く顔を背ける。
「さすがのブラボーでも剣道は専門外だって。ねえ先輩」
とまあノドに息が詰まったような顔つきで呼びかけたのは責め苦にあう殉教者が女神を想うような適応規制だが、斗貴子は
(キミは少し手玉に取られすぎだ。情けない)と露知らずの腕組みで
「ああ。剣道なら師範がいたからな」
「そーそー。師範ですよね。師範は強かったですよね先輩。いやー本当鍛えられたなあ師範には」
「キミいま適当に話していないか? だいたい武道はほとんどサボってただろう。相当怒っていたぞ師範」
「……師範って誰?」
よく分からないという顔の桜花に2人は代わる代わる手短に説明した。それによると毛抜形太刀の武装錬金を使う戦士長で
かなりの手練れ、戦部に次ぐホムンクルス撃破数2位らしい。
「とにかくブラボーさん。竹刀持ったコトないのね?」
「そりゃあランニングとかの時なら景気づけに振ってたけど」
訓練で持ち出したコトは剛太の知る限りなかったらしい。斗貴子も首を横に振った。
「あの人の戦闘姿勢(バトルスタイル)は格闘。相手の武装錬金やシルバースキンの有無を問わず素手で戦う。それが普通だ」
「フ。成る程。後進を鍛えつつ自らも高める。いわば指導しつつの経験値稼ぎ。であるからこそ彼は武器に頼らない、と」
訳知り顔で斗貴子の横に立ったのは総角主税。日差しと見まごうばかり眩く輝く金髪の持ち主だ。整った目鼻立ちに自信
がたっぷり載った大変見ごたえのある美丈夫だが、日ごろの尊大さ、一時は戦士を敵に回した経歴もあり好感度は低い。
事実隣に立たれた斗貴子などは嫌そうかつ露骨に左半身をくぼませ距離を開ける始末だ。音楽隊は嘆息した。
(うぅ。もりもりさん。そーゆーコトなさるゆえ嫌われるのです……)
小札は涙した。他の音楽隊の面々もやや呆れ顔。知ってか知らずか総角、背中に掛かる長い髪を芝居がかった調子で
跳ね上げた。
「見ろ。フ。動くぞ」
喋っている間に防人と秋水は蹲踞を終え向かい合う。後者も竹刀なのは相手が素肌ゆえか。ともかくも秋水はこの男ら
しく生真面目な基本形すなわち正眼に構えたのだが防人はまたしても予想外の動きをとる。
「オイあれって」
息を呑む剛太に桜花も頷く。
「ええ」
後ろにつけた右踵の更に後ろへ切っ先を向けたイレギュラーな構え。名は──…
「脇構え!? なーなーこれって確か」
横柄かつ特徴的な言葉を発するのは自動人形。桜花の弓矢の一部たるエンゼル御前だ。
「そうです!! かつて秋水どのともりもりさんとの間に繰り広げられたる一大決戦! その口火をば切りましたのが古き
流れ汲みたるあの構え別名金の構え!! もりもりさんの十八番であります!!」
ほぼ同時に全員が目撃する。
正眼。脇構え。まったく異なる構えながら同時に動き出す秋水と防人を。
「さすが熟練熟達いたしておりますお二方!! 訓練なれどその一太刀は二の矢頼まぬ三千世界!! 乾坤一擲全力の
気裂き空斬る御技の断線ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「実況!?」
「意地でもするのね……」
小札がガーっとまくし立てる間に竹刀、相手めがけ吸い込まれ──…
乾いた音が訓練場に響いた。
「大丈夫か?」
「竹刀だしそもそも素肌稽古には慣れている。問題ない」
手ぬぐいを絞りかがみ込む斗貴子に秋水は事もなげに答える。
「とはいえ左のコメカミ。少し腫れてるぞ」
「いや、自分で処置する。大丈夫だ」
「そうか? ならいいが」
手ぬぐいだけ渡し引っ込んだ斗貴子に秋水がホッとしたのには理由がある。
剛太。彼がハンカチを噛みながら羨望と嫉妬を両目に載せて強く烈しく撃ってきたからだ。「テメェ! 先輩に介抱してもら
えるなんて!!」。かかる怨念一歩手前の情動をぶつけられてなお手ぬぐいを当ててもらえるほど秋水は図太くない。
「そうだ湿布でも貼るか?」
「いや、足りている……」
ぶり返した怨霊目線に恐々としながら断る秋水。
斗貴子は怪訝な顔をしながら部屋の隅に。薬箱に湿布を戻す。見ていた艶やかな髪が回り美貌を著す。
「意外ね」
「何がだい。姉さん」
「津村さんよ。その……言いにくいんだけど、武藤クンの一件があるでしょ? 実際この前だってそのコトで結果的にまひろ
ちゃんを傷つけてしまってるし」
というのは音楽隊との戦いのさなかだ。様々な要因が絡み合い鬱屈が最高潮に達した斗貴子は少し八つ当たり気味に秋
水の過去を声高に叫んでいる。まひろは不運にも居合わせてしまい……
「うん。確かにビックリしたし悩んだけど……。でも、でもね。ちゃんとお話できたし、何でそうなっちゃったか分かったから。
大丈夫だから。いまは平気だよ。気にしないで」
「けどそれはまひろちゃんの問題だし、だいたい私たち元信奉者だから。わだかまりはそう簡単に──…」
「確かに、な」
渡された手ぬぐいをこめかみから剥がしじっと見る。少し体温を帯びているがさほど熱くない。わざわざ冷水に浸したのだろう。
怪我人を心配する心遣いに溢れている。想い人をかつて刺した人間に普通差し出すだろうか。
「んー。まあ戦士・斗貴子なりに思うところがあるのだろう。なにせ部活が同じだ。今やともに演劇をする仲間だからな」
「あらブラボーさん」
やってきた防人。しばらくその全身を眺めていた桜花だがやがて理知的な瞳を軽く見開く。
「ん? どうした?」
「ひょっとして無傷……ですか?」
「ブラボー。よくぞ気付いた。そう! 実は俺の太刀の方が一瞬早く届いてな。戦士・秋水はそこで竹刀を止めた」
(……ねえ秋水クン。確かあのとき繰り出していたのって)
(逆胴)
得意とする片手撃ちではなく剣道型だが、それでも秋水を全国ベスト4に導いたほどの得意技だ。カズキでさえ稽古中破る
コト叶わなかった術技。
「それより速かったってコト? ブラ坊の竹刀が」
エンゼル御前が頬に手をあて思案をすると剛太も同意。
「待て待ておかしいだろ。お前もあの構え見ただろ? 脇構え。竹刀を下にやってしかも後ろ向けてた」
「動き出したのもほぼ同時。普通に考えれば先に届くのは早坂サンの竹刀。正眼でしたから」
毒島はいう。今のはありえないと。位置や剣速だけなら秋水の方が有利と。
「実は心得あったんですか? 剣道の」
斗貴子の問いかけに防人は「いや」と首を振った。
「一応基礎をかじりはしたが心得というほどじゃない。俺の専門はあくまで格闘。普通の剣道なら戦士・秋水に分がある。
そうだな。仮に100本やったとして俺が取れるのは……27~8だな」
なぜならと防人はいう。
「意識の問題だ。俺にはシルバースキンがある。『体で攻撃を受ける』。それに少々慣れすぎている。まあ念のため防御
(まもり)のイロハも磨いているが」
「防ぐにしろ、捌くにしろ、敵の攻撃を浴びるコトに変わりはないと」
「ブラボー。その通りだ戦士・斗貴子。だからこそ俺は剣道で戦士・秋水に勝ち越すコトはできない。『打たれれば終わり』、
そのルールを前提に修練してきた彼と、打たれても良しと戦ってきた俺。どちらが有利か言うまでもない」
「剣のあるなしじゃねェんだな」
感心したように剛太はつぶやく。武術精神とかけはなれた戦闘姿勢(バトルスタイル)のため思うところがあるらしい。
「というかそれでも30本近く勝てるのねブラボーさん」
「剣道に絶対はないよ姉さん。重要なのは精神……。俺はまだまだ及ばない」
秋水的には防人のいうアドバンテージを得てもなお勝ち越せるかどうか怪しいらしい。
「とにかくブラボーが剣道したコトないのは分かった。ならどうしてさっき秋水先輩に勝てたの?」
場にそぐわない声がしたが誰もいまは突っ込まない。いや、総角だけが出所を目で追いやがて忍び笑いを漏らした。
「単純にブラ坊の身体能力が凄すぎるからじゃね?」
どこからか持ってきた煎餅をかじりながら御前が言うと、総角が誰かに向かって「シー」をしつつ言葉を継ぐ。
「でもない。フ。そうだな。身体能力を言うなら俺の部下どもは全員ホムンクルス。全員脇構え。秋水と今の再現だ」
きっと防人戦士長の凄さが分かる。意味深な言葉に戦士たちとまひろは固唾を呑んだ。
「とあー!! って当たらん!!」
まず敏捷な香美が打たれ
「はは!! やはり鎖と勝手が違うなあ!!」
貴信もあと一歩というところで一本とられ
「身長差が悪い! 身長さえ同じなら絶対我のが勝ってたし!!」
無銘も敗退。
「ほわあああああああああああ~~~!! いたっ」
小札などはヘタに動いたせいで逆胴を脳天に喰らい(両目を×にした)
「リーダーの動き、トレース…………したのに……」
鐶は切っ先が上向くより早く打たれた。
「身体能力の線は消えましたね。皆さんはレティクル謹製……。並みのホムンクルスよりずっと強いです。身体能力だけ
なら全盛期の防人戦士長とほぼ互角」
毒島の解明が却って謎を深める。
「言いかえればあいつらの身体能力は”今”の戦士長以上、か」
危険だ。決戦のカタがついたら今度こそ始末しよう。事もなげにつぶやく斗貴子に鐶、香美、貴信といった”こっぴどくや
られてる”連中は顔を青くしガタガタ震えた。
「とにかくなんで剣道未経験のブラボーが勝てたんだよ! 本来不利な筈の脇構えで! 早坂秋水に!」
「だいたい秋水クン、なんでまたブラボーさんと剣道勝負なんか?」
「それは──…」
「質問、だろ? 発端は?」
渋みのある声が秋水を遮る。フランス映画にいてもおかしくないほど整った容貌からは想像もつかない声だ。
「さっき小札が言ってただろう? フ。俺が、秋水相手に、脇構えを使ったって」
戦士一同は目を6秒間、点にした。硬直が解けるやヒソヒソ話し始めた。
「言ってたっけゴーチン?」
「あいつの叫びなんて聞く訳ないだろ。意味わからねェし」
「奇遇だな剛太。私も聞き流すコトにしている」
「こらこらひどいコト言わないの。アレは発作みたいなものよ。理解して受け入れてあげなきゃ可哀相」
「そういえば早坂サンたちはL・X・E時代からの付き合いでしたね」
「慣れてはいるが時々ついていけない」
「あー。なんだ。俺は聞いてたぞ。確かその……金の構えで総角の十八番だとか何だとか」
「私は全部聞いてた! うん!」
戦士一同の反応は芳しくない。五体倒置で小札号泣。
「きゅう……。不肖の、不肖の精魂こめたる実況がよもやまさかの全スルー……」
「泣くな小札よ。あとでワラ買ってやる。100g298円だぞ高級品だ」
「時には聞かれもせず届きもしないのが実況道! 不肖まだまだめげず頑張りまする!!」
速攻で復活し立ち上がる小札に(無銘以外の)全員が思う。安っ。このコ安っ……と。
「とにかく俺は脇構えで秋水の逆胴を迎え撃った。結果は互角……だったんだが」
「ああ。そこが疑問だった。ちょうどさっき津村たちが言っていたのと同じだな。なぜ距離で劣る脇構えが俺の逆胴を捌けた
のか──…」
「そして俺に質問したという訳だ。ブラボー。戦士・斗貴子たちも分からないコトがあればジャンジャン聞きなさい」
「なるほど。戦士長は実戦主義。言うよりもやった方が早いから」
「さっきの勝負……スね」
経緯は分かったが肝心の脇構えの謎はまだ未解明。そのあたりを先ほどさんざ打ちのめされた音楽隊の面々が指摘
すると防人は
「そうだな。この際キミたちも覚えておきなさい。体の使い方……というより仕組みだな。どうすれば効率よく動かせるか、
少し勉強してみよう」
と述べた。
「それって俺たちもスかブラボー?」
「私たちは射撃がメインですけど……」
剛太と桜花はあまり乗り気ではない。前者は純粋に面倒臭いだけだが、後者は「難色を示してもおそらく講義は確定。
言いかえれば半強制的にするほどの価値を防人は感じている。まずはそのあたり理解したい」という聡明さあらばこそだ。
「フム。キミたちの意見はもっともだ。ただもうすぐ決戦だからな。相手はレティクルエレメンツ……ヴィクター討伐以上の
困難がキミたちを待ち受けている」
鉄火場において何が生死を分かつか分からない、前日齧った程度の技術が紙一重で命を救うコトもある。と防人は言い
「これから脇構えを通して教えるのは、平たくいえば重力の使い方だ。重力といってもヴィクターのように操れとはいわない。
肉体に作用する重力をどう使えばより有利に戦えるか教えたい。少々難しくなるかも知れないが、キミたちならむしろよく理
解して使いこなせると思う。戦歴こそまだ浅いが頭を使って戦うタイプだからな。もちろん戦歴豊富な戦士やホムンクルス
でも十分役立つ」
桜花は透き通るような微笑を浮かべた。
「わかりました。もし敵に接近された場合の護身用ですね。私の場合」
「……変わり身速いなあんた」
「あら。剛太クンは納得しないの? モーターギアの汎用性は近接格闘にも及ばなくて?」
「そうだけど」
豊かな、むしろ伸びすぎではないかと思える髪をボルリボルリと撫でながら渋い顔の剛太だ。駆けだしの癖に頭だけは
よい剛太だ。火渡率いる6人の奇兵相手に逃げ延びた実績が自負をますます強めてもいる。「付け刃を辛そうな訓練で?」
合理的だからこそ気乗りしない。桜花と決定的に違うのは戦団という正義色の濃い組織で育った部分だ。上司の意向に
逆らっても基本は懲罰されるのみだ。中には火渡のような物騒な輩もいるが、もともと武装錬金という一種の個人的資質
頼りでやってる戦団だからある程度の自由、勝手気ままは黙認されている。主力作戦に組み込めない癖に処分されず
あまつさえ必要とあれば核鉄を与えられる奇兵などいい例ではないか。
桜花は上層部に逆らえば即死亡の共同体にいた。納得できぬ指示でも真意は理解するよう努めている。それの善悪は
関係ない。要は組織に従い結果を出すコトが重要だった。されば「望み」にも近づけた。思考体系は望み以上の夢を得て
なお健在だ。
「ほら接近戦するじゃない。だったら体の使い方は大事でしょ? ただでさえモーターギアの破壊力は低いんだし、だったら」
「別の方法で補うしかないわな。けど決戦まで3日だぞ? モノにできるかどうか分からないコトするのもなあ」
「あら。別にマスターしろとは言ってないわよ」
桜花はそっと襟首をつかみ引き寄せる。剛太の顔がアップになる。声は潜める。
「ちょ、あんた、何を」
「バルスカの攻撃力……低いわよ。半自動でフクザツだから肉体鍛えても低いまま」
「何がいいたい訳?」
「津村さんを圧倒するパワータイプの敵がいた時、あなた諦められるの? 面倒くさいコトしなかったせいで力が出せず対
抗できない。でもまあいいやって」
「諦められる訳ないだろ!」
無理やり振りほどく剛太。息は荒い。何人か驚いたように彼を見る。
「……あ、悪い。ケガとか無いだろうな」
「あるわけないでしょ。大丈夫。どこも痛くないから」
払われた手を「予想済みです」とばかり笑って撫でる桜花。秋水だけは複雑な表情をした。
「諦められないならやっといて損はないでしょ? 大丈夫。剛太クンなら3日でマスターできるわよ。津村さんへの想い、きっ
と支えになるから……」
最後だけ軽く目を伏せる少女の心情にまるで気付かぬ剛太だ。斗貴子。その存在を再認識した瞬間もうそれだけが世界
で極彩色だ。
「じゃあ俺フケるのなしで」
「私は老けます……怒涛の5倍速……です」
「テメェは関係ないだろテメェは!!」
ひょっこり会話に乗ってきた鐶はもちろん講義に賛成だ。
「ふふふ……きっと格闘……格闘武器とも……30%増しでパワーアップ……です」
(どんどんゲーム脳になっていく……)
「我はまだ人型に馴染んでないからな。戦士長さんカッコいいし教えて貰おう」
(え、なんだよお前。なんでホムンクルスがブラボーに懐いてるんだよ)
『僕は!! 鎖使いだから!! 踏ん張りとかスゴい大事!』
(いやいやもうお前十分すげえって。むしろ人間関係で踏ん張れよ)
「じゅーりょくってなにさ? イナズマおとし?」
(ハイやっぱり論外! 予想通り論外!!)
「なるほど!! 関節間力に関節トルク、抜重、重心の置き方、力とパワーの違いなどご講義される訳ですねっ!!」
(こっちはこっちで詳しすぎ!!)
「フ。ちなみに小札ちょっと勉強しただけで片手でリンゴ握りつぶせるようになった」
(チンパンジーか!! なにあいつ可愛い顔して猛獣かよ。いやホムンクルスだけれど!!)
「おや奇遇ですね」
(奇遇ですねってなんだよ!? まさか毒島もチンパンジー!?)
「ブラボー。とにかく全員参加だな。……と」
防人の視線がトレーニングルームのある一点に吸い付いた。サンドバッグの影から栗色の髪が見え隠れしている。
(そういえば知ってたっけなあ)
「どうしました戦士長?」
「いや何でもない。とにかく講義だ。みんな仲良く聞きなさい」
優しく呼びかけると総角が追随。
「フ。防人戦士長の仰る通りだ。いまは共に戦う仲間だからな。過去の行きがかりを捨て思いを1つにするのさ」
「だといいが総角」
「なんだ?」
「君がいうと胡散臭い。率直に言うと少し腹が立つのだが」
「秋水よ。それが友に言うべき言葉か? ……フ」
斜め45度を向きキラキラを浮かべる総角に秋水は心底ゲンナリした。
「だいたいだ秋水。いや……友よ!!」
「俺の方は君をそうと認めていない。一度もな」
冷めた目でポツリと釘刺す秋水の肩に、総角、手を乗せ残念そうに呟く。
「友よ。脇構えを知りたいならどうして俺に相談してくれなかった? フ。そんなに俺は信用ないのか?」
ある訳ないだろ。まったくだ。戦士のそこかしこから非難の声。
「フ。アレか? やはりアレか、アレなのか友よ秋ぼ」
余裕たっぷりに喋っていた総角が妙な声をあげ僅かに前のめりに傾いだのはチョップを喰らったせいだ。
「だーもう! もりもり! だまる! だまるじゃん!! あんたがなんかゆうたび、ゆうたびさ!! ご主人とかあやちゃん
とかちぢこまってる訳よ!! いい加減だまる!! だまるじゃん!!」
見れば香美が手だけホムンクルス化してボコボコ叩いている。さすがに加減しているらしく爪は引っ込んでいるが、母猫
がかなり深刻な失敗をした子猫を叱るよう執拗に執拗に叩いている。
「フ。アレか? やはり、アレかっ、アレなのか、友よっ、秋水っ」
「ふがーーーーーー!!! たたかれながら言いなおすとかどーゆうりょーけんっ!! ゆるせん! ゆるせんじゃん!!」
香美はひどく気分を害したようで活発な顔を大いにしかめた。が、貴信に体の支配権を奪われ強制的に後ずさる。
金切り声を聞きながら秋水はとりあえず呟く。
「顔が近い。遠ざけてくれると嬉しいのだが」
「かつては運命に弄ばれいみじくも干戈を交えた身、因縁に凝り固まる俺たちの絆の氷を溶かすのは、フ、まったく容易な
らざる難事だと! そう思ったわけだな友は!?」
身振り手振りを交えつつ最後にビシィと指差した総角を秋水は
「いやそれ以前の問題だ。君は絶対はぐらかす。決戦は近い。時間は無駄にしたくない」
心底マジメな顔でいなした。
(ほら。普段が普段ゆえこうなるのです……)
小札は信用の低さを嗅ぎ取り涙した。実際総角もここまで蔑ろにされてるとは思っていなかったようで「そうか」と虚ろな目
をした。さびしげだった。全体的に白まり秋風が撫でた。
「というか君なんというかその、変わってないか?」
眉を顰める秋水の袖を引くものがあった。いまの総角の目と同じ瞳。そして赤い髪にバンダナ。鐶である。
「あれは…………おうち用の……キャラ……です……。普段のスカした態度は……よそ行き……です」
「…………」
「あとリーダー…………。根っこは……抜けたトコ……ある癖に…………頭だけはよく……器用、なので…………対等と
思える人…………少ない……です。部下はいても……友達は…………いない……です…………。哀れです……」
詫び錆びとした実感こもる哀れですに桜花が噴き出すのが見えた。
「その哀れが……やっと…………剣の上で……自分より強い人に……逢えた……ので……対等以上の……友達ゲット
だぜ……とはしゃいで……いるのです…………。なんか……キモくて…………鬱陶しいです……けど…………上辺だけ
でも……取り繕って…………付き合って……あげて……ください……。基本支配者タイプなので……人との距離の測り方
…………よく分からん……だけ、です」
(キモくて)
(鬱陶しい)
(なんて言い草だよオイ。別にホムンクルスなんてどうでもいいけど蔑ろにされすぎだろリーダー)
呆れ混じりに汗たらす剛太の視界の中で桜花はまだまだ笑っている。俯き口を押さえているが頬も耳も真赤だ。ぶるぶる
震える体は相当の酸素不足。
「おっ、お母さんじゃないだから光ちゃん。お母さんじゃ…………」
ウケ方もどこかズレている。
(こっちはこっちでヒドいなぁ。見てくれだけはマトモなのに)
「んっ」
鐶は秋水の掌に何かを包み桜花の傍へ。開く。見る。食べかけのドーナツが入っていた。
「お願い聞いてくれたら……それ……あげます」
姉のように慕う少女の背中をさすりながらぴこぴこ何度かウィンクする音楽隊副長に
(いるか!)
と叫びたくなった秋水だが辛うじて答える。砂糖でベトベトのチョコレートドーナツが独特の不快感をもたらしながら崩れていく。
「いっそ総角の顔に投げつけてやれ。いい薬だ」
本当、従おうかと思ったがガマン。
とにかく防人の講義スタート。
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