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「さてあれから20kmは駆けた不肖たち一行であります! 鐶どのの背中に乗りますればあっと言う間に移動は可能! さ
れど副リーダー就任直後の任務がそれではしまりませぬ! よって不肖たちは走ってあの場を移動したのであります!」
ロッド代わりのマシンガンシャッフルを片手に小札は景気よく吠えていた。
「そもどうして移動をしたかといいますれば、先ほど鐶どののポシェットに潜んでいた愛らしき自動人形のせいであります!
自動人形は創造主と感覚を共有致しまするゆえ、不肖たちの所在は少なくても鐶どののお姉さんには筒抜けなのです!
もしそれがあの方属する『組織』へ流されますれば大ピンチ! 9年前より不肖たちは追われる立場! 栴檀どのお2人の
ように幹部級より逆恨みを買う片とているのですっ! よって大兵力を差し向けられる恐れアリ!」
ゆえに退避しました。などと捲し立てるお下げ髪の少女を鐶などは「誰に……喋っている……のですか?」と怪訝に見て
いるが、他のメンツは慣れた物で思い思いの歓談に興じている。
「大兵力以外でも詰みまする! 幹部級、マレフィックの方々! 凶星を意味しまする単語に火星水星木星などなど惑星の
名をひっつけた幹部級の方々が3人同時に来たりしたらまったくどうにもなりませぬ!」
「そう……なんですか……? 総角さんたちは……みんな……あんなに……強いのに……」
不思議そうに細まる虚ろな瞳をごうと振り仰ぎ、小札は叫んだ。声音はひどく朗々としており活弁士でも食べていけそうだ
と鐶は思った。
「いえいえ! 例え万全の状態で全員揃っていたとしても幹部級3人は無理なのです! それほどの実力差! 2人相手
でさえ片方にもりもりさんを当て、もう片方に残る不肖たち全員を投入したとしても……犠牲は免れませぬ!」
鐶の背筋に冷たい物が走った。その感想を述べたくなくなったがうまい表現の仕方が分からない。しばらく目を泳がせた後、
ようやく。ようやく適切で分かりやすい言葉が出てきた。
「つまり……私が…………たくさんいるようなもの……ですか?」
無銘の目つきが険しくなった。つまり自分がそれだけ強いといいたいのか。目は如実にそう語っている。もっとも鐶にして
みれば自負や自慢のためではない。誰しも自分と同じくらいの身長の人の長さを説明するとき、「自分と同じくらいの身長」
という。鐶の感想もつまりそれであった。小札たちの話から幹部が自分と同じくらいの実力を持っている──…そう推測した
にすぎない。もっともそう述べた所で論理的すぎる断定──率直すぎるあまり何の謙遜もない──は無銘の反感を増すば
かりであっただろうが。そういう機微を察したのか、どうか。総角はくつくつと肩を揺すった。
「そうだな。『盟主』の下に幹部が9人。お前が9人いるようなものだ」
「じゃあ何とかなりそうなものじゃん。こんなボーっとした子ばっかなら何とかできるじゃん。きゅーびだってなんだかんだで
切り抜けた訳だし」
返答は意外な場所からきた。ネコ少女の後頭部から。
『…………忘れたのか香美! 奴らはこのコと違って攻撃的だ!」
(?? 逢ったコトある……のですか?)
そうとしか思えない口ぶりの貴信、さらに続ける。
「しかもその実力というのは!」
「武装錬金の特性込みなのであります! 単純な攻撃力自体も他のホムンクルスとは段違いでありますが、それ以上に!
武装錬金の特性の使い方が恐ろしいのであります!」
「特性自体が……じゃなく、ですか?」
『中には恐ろしい特性もある! 分解とか!! だが、奴らの真の恐ろしさは特性の使い方にある!!』
「フ。たとえば9年前に死んだ冥王星の武装錬金はレーション。特性は『思うがままの食事を作れる』だが、奴はそれをどう悪用
したと思う?」
さあ、とだけ鐶は首を振った。
「奴は食堂を経営していたが食材を仕入れたコトは一度もない。常に発ガン性物資のみで構成された食料を生成し、客に
出していた。楽しそうに食事を喰っていた連中が半年後ガンで枯れ死ぬ様は見ていて痛快だったそうだ」
「ひどい……です」
「特性をいかに使えば他の方に悪意を振りまけるか。マレフィックは常にそう考えているのであります。その一例がいまは
亡き冥王星の方のその後でして」
「食堂を畳んだ奴は給食センターに務め始めたがどの小学校でも常に公害病が発生した。もちろん近辺にそれらしい工場
はない。総て奴の仕業だ。架空のメーカーから仕入れた食材……もちろん武装錬金で作りだした奴だ。メチル水銀に汚染
された魚介類。カドミウムを含有した米。そういった物を1日と欠かさず混ぜ続けた。「あそこに行くとガンになる」そういうウ
ワサで客足の遠のいた食堂時代を反省したのだろう。どの学校でも俄かに異変は起こらなかった。生物濃縮。ジワジワと
体を壊していった。不幸だったのは奴の着任と同時に入学した生徒たちで、彼らは卒業するやすぐ公害病に苛まれた。中
学以降の人生を真っ当に送れた者は1人もいない。もちろんすぐ給食センターに疑いの目が向いたが、奴は顔を変え別の
ところへ潜り込んだ。そういうコトをしばらく繰り返すうち、同じく学校に潜伏──喰い尽すために内偵していたイオイソゴと
出会い、幹部へと引き込まれたという。皮肉にも奴は悪の組織に居る間はまっとうな食事のみを作り続けた。人の肉で構成
された真っ当な料理を仲間に振舞い続けた。食糧補給担当だったという訳だ」
「さっき食べていたレーションは……もしかして
「そうだ。奴の武装錬金。人喰いを避けられぬ俺たちだが、人肉を模した食事さえ摂っていれば人を殺さずに済む。世の中
は広いからな。クローンの肉を喰うコトで人喰いを避けているホムンクルスも少なからずいるのさ。俺たちもその部類だ」
『だが、そういう穏便な使い方のできるレーションさえ悪用するのがマレフィックだ!』
「我の聞いた話では、奴は病をもたらす一念のみで公害史が編纂できるほどの知識を経たという」
「ややもするといま現在、新たな冥王星の方が居られるやも知れませぬが、その特性! 或いはその使い方! さぞや恐ろ
しいものでありましょう!」
「私の武装錬金の特性は無限増援! この上なく沢山の自動人形が出てくるのですっ!」
その頃。青空の目の前には巨大な鉄塊がそびえていた。笑顔の下で溜息が洩れた。目の前にあるのは鉄塊というより装
甲の集合体というべきかも知れない。とにかく青空の手にあるサブマシンガンでは何万発ブチ込もうが破れそうにないのは
確かだった。装甲列車。オリーブドラブで彩られた長大な鉄竜の頭。それが青空の前に止まっていた。
笑顔のまま首を上げる。さきほど青空を轢き損ねて急停車した先頭車両の上でたじろぐ気配がした。だぼだぼした黒いワ
ンピースを着たやや猫背の女性が恐怖に満ちた表情で見返してくる。ひどく野暮ったい黒ブチ眼鏡をかけた彼女の名前は
……えーと誰だっけ。青空は笑顔で誰何した。
「クライマックス=アーマードです! 青空……リバースちゃんと同じ幹部の……ほら、『黄泉路に惑う天邪鬼』ことマレフィック
プルートの!」
必死な形相と言うのはいまの彼女から開発された言葉ではなかろうか。わーわー喚きながら自分を指差すクライマックス
に青空はそんな割とどうでもいい諧謔を思いついた。
『ああ、もと小学校の先生だったわね。好きになったモノは何でも滅んじゃって嫌いなモノは何でもうまくいっちゃう不幸体質の』
27歳。そんな彼女の足元にある鉄塊の正体が……装甲列車だと青空は思い出した。そして後続車両から迷彩柄の自動
人形がひっきりなしに沸いて来ているのにも気付いた。
ポンと手を打つ。頭頂部から延びる異様に長い癖っ毛もイクスクラメーションマークのように跳ね上がる。
『お。もしかしていま私めは襲われているって訳?』
「当たり前です! このまえ私の腕を折ったじゃないですかぁ~!」
『ナルホドナルホド。その仕返しなのねー』
腕を組んで頷く間にもとりあえず発砲。跳びかかる最中だった自動人形が何体か粉々になった。
「そうですよぉ! マンション襲撃に反対するリバースちゃんちょっと嗜めただけで私の腕はこの上なくバッキバキ!」
『まま。グレちゃんに治してもらったからいいじゃない』
「何をいってるんですかあ! 体の傷は治っても心の傷は簡単には癒えないんですよぉ!? 分かってますか! 数か月で
すよ数か月! ここしばらくリバースちゃんの顔見るたびこの上なくトラウマが……トラウマがぁー」
と世にも情けない声を漏らしながら装甲列車の上で体を抱えるクライマックスを果てしない笑顔が捉えた。
『気持ちは分かるけどさ。アジト壊すのはあんま感心しないのよねー』
いま2人がいるのは模擬戦用にしつらえられた広い空間である。とはいえまさかその半ばまで装甲列車が突入してくるという
事態は想定していなかったのだろう。チラと青空が目をやった車両の根元、それが顔出す壁は見事なまでに大小様々の破
片を巻き散らかしている。治す労力はいま青空に弾痕を刻まれた床の比ではない。
『盟主様とかーイオちゃんならまあ笑って許してくれるけどさー。『月』の人やマジメモードのウィル君に見つかったら大目玉よ?』
律儀にも床に描かれた文字を逐一読んでいるらしい。視線を落とし忙しく眼球を反復横飛びさせるたびクライマックスの顔
に汗が増えていく。あ、このコ後先考えてないなーと青空は思った。
復讐心でテンパるあまりそれが周囲にもたらす影響などまったく考えていないようだった。
顔はよく見ると意外に整っているが、しかし垢ぬけない。そこからメガネがずり落ち、果てしのない後悔の声が漏れ始める。
「やってしまった」そんなニュアンスが多分に籠ったすすり泣きに青空は同情しやさしく微笑む。天女のような笑みだった。
『おおよしよし。泣かないの泣かないのクラちゃん。手出しやめてくれたら私も片付けるの手伝うし、一緒に謝ってあげるから。
だからもう仲間割れはやめにしない?。身内同士の争いってのは醜いものよ~。親殺しとか本当なにも残らないし』
「う、うっさいです! もう乗りかかった船なのですっ! だいたいここで手だしやめたらこの上なく中途半端じゃないですかあ!
ある幹部の人に「やっぱアイツはダメだなwwwwwww」みたいに笑われちゃうのですっ! これでもむかしはトップクラスの声
優で、いやいや勉強しながらでも教員免許取れるぐらいは頭いい私なのにっ! どうしてみんな馬鹿にするんですよ~~~~!
私はこれでもこの上なく一生懸命生きているんです!」
真赤な顔の上で拳を振り上げている様はとても3年後三十路になろうという女性の姿態ではない。だから馬鹿にされるん
じゃない? 先ほどからトリガーに指をかけっ放しの青空、まったく引き攣り笑いを禁じ得ぬ。
『はいはい。私もそれなりにこの上なく不幸な人生送ってるから気持ちは分かるわよ。だからもう退いて。ね? ただ襲うだけ
ならまだしも、地雷踏んじゃったらクラちゃんのがヒドい目に遭うんだから』
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔がぶんすかぶんすか横に振られた。
「やります! この上なくやっちゃいます! ささささささあ! 行くのですっ!」
壁が崩れた。どうやらその向こうに埋もれている装甲列車から出て来たらしい。というより青空はもう包囲されている。
中肉中背で迷彩柄の自動人形に取り囲まれている。無限増援という謳い文句に偽りなしで、いまや広い空間は全校集会
時の体育館よろしくなかなかの人口密度であった。
それらを装甲列車の上から見渡す野暮ったい元声優は相当満足しているらしい。一番星を指差すようなポーズを交えた自作
の創作ダンス。それをテンポ良く踊り始めている。
「ずんちゃずんちゃずんちゃかずん☆ へい! 戦いは数デス! 憎む人ほど幸せになっちゃう私の変な体質も! 物量頼
りなら何とかなるのでデス! たくさんの自動人形を差し向けれれば1体ぐらいは嫌いな人を殺してくれる筈です! 脱・不
幸体質! そのために無限増援の特性が発現したのです!」
『あのさあクラちゃん』
「っとと命乞いなら聞きませんよ! リバースちゃんの武装錬金の弱点は分かってますから! サブマシンガンである以上、
いつかは弾切れする筈です! 対する私の武装錬金は無限に自動人形が出てきます! となれば勝負はこの上なく明白
です!」
目を閉じてチッチッチと指振るクライマックスをむしろ青空は心配そうに眺めた。
『私の言葉読んでくれた方がいいと思うけど……』
「いっときますけど素手で対抗できるほど弱くもありません! いま出してるのはパワーフォーム! マレフィック最強のゴリ
ラの腕力を持つグレイズィングさんと互角にやりあえるぐらいの力はあります! リバースちゃんが激発したところで押し包
まれ死ぬのは明白!」
さあやっちゃうのですー! 上機嫌に指さされた青空めがけ無数の自動人形が殺到した。そして一通り銃声と何かが砕
かれる嫌な音とが響き渡った後、広い空間は虚無にも似た冷たい静寂に包まれた。
「勝った。勝ちました」
青空が惨死を遂げているであろう空間をバックにクライマックスは大見栄を切った。閉じた眼尻に浮かぶは歓喜の涙、
背筋をすっと伸ばし胸の前で拳を握る。背後から響く破壊音はレクイエムで……ファンファーレ。
「さらばですリバースちゃん。仲間、それも幹部級を殺せた以上、私にハクがつくのはこの上なく明白ですっ! ぬふふ。明
日からこそは私も馬鹿にされません! 馬鹿にしたら殺しますよーってすごんだらみんなヒィといって私を敬ってくれてお昼
時になったらおべんと箱で余ってるタコさんウインナーくれたりするのですよ。そしたらこう仲良くなれちゃうんですよ。人の
輪というのはそういうちっちゃなコトの積み重ねから……ええと何の話でしたでしょーか。ああそうそう。やる時はやりますよ
私は! ただ変な体質のせいで不幸まみれなだけで……!」
『お話のとこ悪いけどさー。浸るなら私の死体ぐらい確認してからのが良くない?』
銃声がした。ぬぇ? と声を漏らしてそこを見たクライマックスは愕然唖然という態で口をあんぐり開けた。
リバースこと青空は……無傷だった。むしろやられているのは自動人形の方で、あちこち砕けた迷彩柄が青空の周囲に
山と積まれている。そんな光景を交互に確認したクライマックスは顎に手を当てた。それは怪奇漫画調の驚愕顔で
「ほわわー!!!」
『いや、ほわわーとか叫ばれても……』
「そんな……! 私のパーぺきな計算では20体ぐらいやった後弾切れして、マガジン入れ替えてる辺りでとうとう自動人形
に襲われあれよあれよとやられちゃう筈だったのにどうしてぇー!!!」
清楚な笑顔は申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
『あのさ。実は私めの武装錬金、弾切れとかないのよね』
「ぬぇ!?」
『空気取り込んで銃弾にしてるの。じゃなきゃこんな何発も何発も壁とか床に文字書かないでしょ?』
「でででででででも! それでも銃一丁で無数の自動人形倒せる訳が!」
『そりゃあ全部完全破壊ってのは無理よ? でも動き封じるだけなら別』
あ、と目を丸くしクライマックスが見た物は……そこらに転がる自動人形。
「膝だけが撃たれてます……」
『そ。膝壊せば歩けなくなるでしょ? これだと少ない手数で対抗できるって訳。伊達に弾痕で文字書いてる訳じゃなし、精
密動作には自信アリアリよ私』
「あのー。サブマシンガンで精密射撃とか意味がわからないんですがこの上なく」
いろいろ突っ込みどころがある。ガクリと肩落とす元声優に青空はかるく眉をいからせた。笑顔のままで。
『ホムンクルスの高出力なら反動とかいろいろ抑えられるのよー!! だからやれるのですっ! シャキーン!』
ブイサインとか床の文字とか忙しく見比べる元女教師、よほど唖然としたようだ。いよいよ精彩を欠いていく。
「だから膝だけ狙って壊すなんて朝飯前……えー。無茶くさくないですかーその理論…………」
『んふふ。こっちのリソース限られてる上に相手が無限ときたら頭使わなきゃ。這いずってるのも居たようだけど、他の自動
人形さんたちに倒れこんで貰えば問題ナシよ。重みで動けなるからね』
クライマックスはしばらくポカンとしていたが
(何ですかァ~この人ッ! 憤怒担当のクセになんで私より頭使ってるんですかああああ! 妬ましいです! この上なく
嫉ましいですっ! 憤怒ならもっと怒り狂っててみっともなくて、私より馬鹿にされてればいいのにぃーー!!)
ギリギリと歯ぎしりし始めた。すると騒がしい視界の中、はるか遠い青空の腕がゆっくり上がるのが見えたので息を呑む。
歯ぎしりをやめたのは、尾てい骨の辺りから絶対零度の竜巻が脳髄めがけ舞いあがってくるような気がしたからだ。
恐怖。青空ことリバース=イングラムのサブマシンガンの銃口は、確かに自分を捉えている!
(は! しまった! 武装錬金こそ装甲列車ですが実質的には私、自動人形の使い手です! そして強い自動人形と戦う
場合、その使い手を斃すのが一番手っ取り早い……)
笑顔の青空が開いた左手で下を指差した。予め書いていたのだろう。自動人形の背後には『続けるっていうならクラちゃん
撃つわよ。仲間割れはサクっと終わらせなきゃね』とある。
クライマックスはかっくりと首を垂らした。
「降服です。この上なく降服です。リバースちゃんには勝ち目ありません」
『分かってくれればいいのよ』
「なーんていうのはウッソですー!」
足元に正方形の光線が走った瞬間、没するクライマックス。向かうは装甲列車……内部。
その最中、両耳に手を当てありったけ愚かな表情──両目を回転させ舌を上下動させる、初歩的な──を青空に叩きつ
けるのも忘れない。
「ぬぇっぬぇっぬぇーっ!(←笑い声) 要するに装甲列車の中にさえ入れば私は無事です! この上なく無事なのですっ!」
『いまクラちゃん、私をすっごい馬鹿にしたわね?』
青空は相変わらずの笑顔だが、まなじりと口角は目に見えて引き攣り、戯画的な怒りマークさえ随所に散りばめられている。
そんな顔をモニター越しに見ながらクライマックスは腰に手を当て「わっはっはー!」と大爆笑した。
「にょろにょろぱっぱー!(この上なくヒットした声優デビュー作の主人公の口癖)、ハローおいでませマイクちゃんっ!」
指パッチンとともにどこからかマイクが降りてきた。プロのミュージシャンが見たらありがた~く使いそうな超高級なマイク
である。クライマックスはそれに向かってやけに透明感のある綺麗な罵声を吹き込み始めた。
「いくら弾丸数が無限といえど、たかが空気の炸裂ではこの上なくブ厚い装甲は破れません! あとは自動人形出しまくっ
て出入口完全ガードしていればこのこの上なく私の勝ちですっ! ここに入ればこの上なく安全ですから悪口も言いたい放
題! ばーかばーか! 狂暴なのか軽いノリのおねーさんなのか清楚な無口なのかあまりキャラ固まってないばーかばーか!!」
悪口はご丁寧にも装甲列車各部にしつらえられたスピーカーを介し、青空の耳を徹底的に叩いた。
羸砲ヌヌ行は語る。
「さて紹介が遅れたがクライマックス=アーマード。ノリこそこんなんだが一応腐ってもマレフィック、強さは鐶と互角だよ。
まあ、鐶と互角といってもだね……この時の相手はその……」
「玉城青空。……そうだねえ。あの鐶のトラウマだからね。あんなんにした張本人だ。妹より強いお姉ちゃんだ」
「勝てる訳がない。当然だよ」
『くぉんの27歳があああ! 腹立つのは悪口じゃないわ! 私より9つ上なのに光ちゃんより程度が低いところよ!』
襲い来る自動人形どもを遮二無二に迎撃しつつ彼らの胸に文字さえ刻む(一体一文字で通し番号がついていた。番号順
に読むと上記の文章になる)青空にクライマックスはちょっと戦慄したが、冷汗混じりでなお悪口をいう。
「ふ、ふふ。無駄です。この上なく無駄です。重ねて言いますけどねえ! リバースちゃんの武器じゃこの列車の装甲はこの
上なく貫けません! 出入口から殴り込もうにもそこには屈強な自動人形を集中させているから絶対に突破できません!
自動人形を斃し続けたって無駄ですよぉ! 無限ですから! 無限に出て……ヒッ!」
クライマックスは思わず両耳に手を当て身を屈めた。
何故か? 青空を映していたモニター。それに拳が直撃したためである。もちろん割られたのはカメラでモニターは砂嵐
を移すだけだったが、そうなる直前見た映像はつくづく恐ろしかった。
青空は、笑っていた。
例の目で。
鋭い端を地上に向けた黒い三日月の中で紅眼を輝かせている例の目で。
(あああああの笑み。わ、わたしの腕を折った時の…… いえ! 落ち着くのです私! 私はいま有r…… っ!?)
クライマックスがぎっくりと体を震わせたのはその腕に幻の痛みが蘇ったためである。叫びたくなったが辛うじて堪え、
恐る恐る、左右見渡しつつ、立ち上がる。
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