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相沢千鶴はイカ娘の天敵だった。
イカ娘が海の家れもんに来た当初、触手を華麗に切断されてから、ずいぶん時が経ったが、
千鶴がイカ娘に後れを取ったことなど、一度としてない。
相沢千鶴の特徴は、まずその人の目に映らないほどのスピード。
一度などは監視カメラをも欺いた。
そして体力。
軍隊仕込みとも噂されるが、千鶴がどこでそれを身につけたか誰も知らない。
そして何より、その手刀の切れ味である。
腕は細腕。手のひらを眺めても、普通の女性と変わりない。
しかし、おそらく超スピードによるのだろう、手刀の威力は常軌を逸している。
単純計算で5倍の物量を誇るイカ娘の触手を、いとも簡単にさばききった。
柔らかな身のこなしから繰り出される一撃は、自身を傷つけることなく、何度振るわれてもサビることはない。
相沢千鶴は、常にイカ娘の上位に立っていた。
だから、初の直接対決といえる今でも、その風格に"負け"の気配はない。
なによりも意外だったのは、
二人が全くの互角だったことだ。
3分、経過した。
イカ娘は疲れていた。ボクサーが試合に感じる疲れと似ている。
千鶴=狼娘は、いつもの表情のままである。
その点だけみれば千鶴=狼娘が有利だが、
イカ娘の健闘ぶりはムードを変えていた。
「いい加減に……しなイカ!」
イカ娘の触手が伸びる。その先端が千鶴の肩に食い込んだ"狼娘の牙"に触れそうになったところで、
千鶴=狼娘の手刀が切り落とす。
この攻防は3分の間に何度も繰り返されていた。
違うのは、"切り落とされて"イカ娘がにやりと笑ったことだ。
触手が、いつの間にか地面から、千鶴=狼娘の足元に絡みついていた。
「隙ありでゲソ!」
続いて触手が伸びる。
手刀の最大の弱点はリーチだ。地面の触手に対応しながら正面の触手を落とすことはできない。
が、しかし千鶴=狼娘は初めて足を使った。
触手の絡みついた足を、ハイキックするように持ち上げ、あえて正面の触手にささげたのだ。
二つの触手がぶつかり合い、ちぎれてはらはらと地面に落ちた。
イカ娘は舌打ちをすると、触手を再生させる。
千鶴=狼娘も、からまった触手の切れ端を取り払い、ジーンズのすそを直した。
「互角……、互角じゃないか」
「イカちゃん、千鶴さんとあんなに戦えたの?」
「イカ娘の最大の弱点はメンタルだからな」
栄子が事態を解釈した。
「本気を出せば、もともとあれくらいやれたんだ。
幸か不幸か、今まで一度も本気を出さなかった。
いや、出せなかったってだけで」
「でもまだ十分とは言えない」
梢が戦況を見据えた。
「触手はイカスミと同様、合成のたびに体力を消耗するわ。
対する千鶴さんは体力の塊。互角というだけでは勝ち目はない」
「あんたが加わったら勝てるんじゃないか?」
悟郎の問いに、梢はにっこり笑って、
「わたし、絶賛車酔い中なので……」
(ウソだ)
(絶対ウソだ)
(ていうか、あの人誰?)
(タコ星人……)
長期戦となれば不利。
しかし、イカ娘は焦っていなかった。
(狼娘よ……、お主には弱点がある)
千鶴=狼娘の手刀を、触手の物量で防ぐ。
そうしながらも、機会をうかがう。
(お主の野生の勘も見事でゲソが……、
やはり千鶴のような注意深さはないでゲソ。
千鶴は背後から襲いかかっても、なぜか見抜いていたでゲソからね……。
いわば、操縦者の年季!)
大量に配備した触手を、千鶴=狼娘がひとつひとつ切断していく。
それがイカ娘によって準備された動きだとも知らずに。
(わたしは地上に来て釣りというものを知ったでゲソ。
魚の鼻先でエサを躍らせてやるでゲソ)
千鶴=狼娘が、ついに用意された一本を切断した。
「今でゲソ!」
イカ娘はいっせいに、触手を再生させた。
生い茂る木の枝のように張り巡らされた触手は、総勢9本。
エサとした一本を除く全て。今までで最大規模の攻撃だった。
「一本は正面からの一撃……、
一本は背面」
触手の檻の中で、狼娘は戦慄したように立ち止まる。
「二本がそれぞれ側面を、
二本が地中、二本は空中、残る一本は遊撃隊でゲソ」
栄子たちの"作戦B"は、地中を計算に入れていなかった。
知ってか知らずか、イカ娘はそれをカバーしている。
「全方位攻撃でゲソ!
かわせるものならかわしてみるがいい!」
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