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「過去編 第003話 (1-6)」(2012/11/25 (日) 15:54:30) の最新版変更点
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姉への罪の意識は口実だ。
本音は別の部分にある。
本当はただ死んで楽になりたいだけだろう?
彼は厳しい声を上げながら執拗に迫ってくる。
「姉が好きだと!? 笑わせるな! 本当に好きであれば客死によって再会を諦めるような所業などは絶対にせん! 少な
くても我は違う! 師父と母上の元に戻るためならば臓物を引き摺ってでも前に進んでみせる!」
「それは──…」
「いまの貴様はかき消される叫び声の中で立ち尽くし後悔だけ抱えているに過ぎん! 姉へ悔い姉を恐れ、いま以上の傷
を浴びぬよう浴びぬよう隷属しているだけだ!」
無銘は、咆哮した。
「だが分かっているのか! いまここで貴様が贖罪気分で死のうが、姉は決してその態度を変えないのだぞ!」
息を呑む。寒気がした。すっかり乾いた筈の背筋がまた潤い出した。
「むしろその態度を世界に認められたとさえ思い! 歪みの赴くまま他者を傷つけ! 貴様がごとき虚ろな瞳の者どもを産
み続ける! 貴様のされた仕打ちが際限なく拡がっていくのだ!」
「私のされたコトが……他の人に……?」
「まして被害者がその怨嗟を晴らすべく加害者になれば最悪だ! 加害者が被害者を生み被害者が加害者を生む悪循環!」
(被害者が……加害者に……?)
思い出した。青空は実母に首を絞められ声帯を歪められた。
いまの青空が絞首を好み声帯をちぎるのが好きなのは……被害者が加害者になった好例だろう。
「その忌むべき循環は断たねばならない!」
どうやって胸倉を掴んでいるよく分からないチワワの指に一層力が加わった。
「いかな痛苦を浴びようと、断って、断って、断ち続けて! その根源を滅ぼさない限り……我や師父たちや貴様のような
境涯の者どもが産まれ続ける!」
「チワワさんも……私と同………あ」
玉城は思い出した。
──忘れるものか!! 奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人!!! 貴様らの組織の幹部にして忌々しき忍び!」
両親が殺害された後、玉城が会った2人の女性。彼女らのせいで「チワワさん」は「チワワ」にならざるを得なかった……
(だから…………私と……同じ。あるべき姿から歪められた所は……同じ。だから……私を……)
助けたがっている。そう、気付いた。結局このチワワは口こそ悪いが、任務──「玉城に敵対特性を浴びせ拘束する」──
以上の危害を加えるつもりはないらしい。
(私が悪夢を見て……泣いている時……チワワさんは…………何もしません……でした……。私よりすごく……弱いのに……
わざわざ……戦いを申し込んで…………それから……何度も……)
守ってくれた。
ずっと目の前でがなり続けているチワワ。彼を見る視線に春風のような暖かさが籠るのを感じた。頬も軽く綻んだ。姿こそ
チワワだが、やはり今の青空より遙かに人間らしいとも思った。
「貴様の姉が如何な背景と思惑を持っているかは知らん! だが父母を殺め妹を歪める所業は絶対に悪だ! どんな欠如
も! 怒りも! 他者に及ぼしていいものではない!」
「どんな欠如も……怒りも……?」
茫然と言葉を反芻する。
頭と胴体の境目を自転車に轢かれ死にかけているカブトムシを姉に見せたコトがある。
彼女は首を振る代わり、こういった。
昆虫にはお医者さんがいない。だからケガさせてはいけない。
と。
「でも、人間だってケガさせちゃダメだからね? 治らないケガだってあるから」
なぜか首に手を当てながら説明する青空を不思議に見ながらただ頷いたのはいつだったか。
理由が分かったのはしばらく先……青空が行方を晦ましたころだった。
「だから……あの時……お姉ちゃんは……? 他の人に……自分のような思いを……させたくなかった……から?」
だが今の青空は違う。
──「もう喋らなくていいわよ喋っていいことなんて一つもないものどうせ」
──「あの時の一発は本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に痛かったわよ私は自殺さえ考えたのよ」
──「あ~。スっとしてきた。やっぱ本音を語るというのは気持ちいいわよね」
もう、変わってしまっている。
「……あの」
「何だ?」
三つ編みで頭をぺちぺちやられた(肘を引く代わり)チワワが訝しげに自分を見返している。
玉城は粛然と表情を引き締めた。
「できました……お姉ちゃんがあほ毛を自由に動かせるから……今の私になら……と思っていましたが」
「いや、それはどうでもいい。マトモな話をしろ」
「えぇと。チワワさんのいうコトは……わかります。でも…………お姉ちゃんはもう……変ってしまっています……。殺したくも
……ありません。お姉ちゃんを殺しても……お父さんや……お母さんは……もう……戻ってきません……だったら……だっ
たら……」
「誰が貴様に姉を殺せと云った!!」
三つ編みが無愛想に跳ねのけられ、そして掴まれた。
「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」
「止め……る? ……あだ? 痛い……です」
思わず涙を流したのは、三つ編みがぐぐいっと引っ張られているからである。
「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!! まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ! 何を
されようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」
鋭い叫びが玉城の胸を貫いた。
「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」
(止める……償い……)
言葉を静かに繰り返す。止める。
(でも……本当に好きなのは……。好き、だったのは──…)
「でも、人間だってケガさせちゃダメだからね? 治らないケガだってあるから」
(首を絞めて声帯をちぎるのが好きなお姉ちゃんじゃなく……自分と同じ思いをさせたくないって……思ってる頃のお姉ちゃ
ん…………そんなお姉ちゃんに戻せたら……あのころに戻れたら……)
どれほどいいだろう。
肘から先のない腕を通り抜け、涙が地面に吸い込まれた。震える体の奥から様々な感情が湧き、混じり合っていく。それ
が熱い雫となって虚ろな瞳を濡らしているようだった。
首を振る。分かっている。止めるのが一番いいやり方だと。
「でも……できません。お姉ちゃんに…………怯えている……私が…………そんな事……」
「貴様になら出来る!」
無銘の手に力が籠った。
「だから……痛い、です」
小鳥のような可憐な悲鳴が上がったのはやはり三つ編みを引かれたせいである。
「いいか! 貴様はひとたび戦闘を離れればまったく抜けていて脆くて、精神面がまったく未熟すぎて話にならん!」
「ひどい、です。…………好きでそうなった訳では……ありません。だいたいまだ……7歳……です」
ぐすぐす泣いて髪の付け根を摩りつつ、恨めしげにチワワを睨む。彼はちょっとたじろいだようだった。それが先ほど完
膚なきまでに叩きのめしたトラウマのせいとしか思えぬ玉城である。
「だ、だが! 能力だけならば貴様は十分強い! 奇襲とはいえ師父たち5人と互角に渡りあった実力は本物……。姉に
抗する術がまるでない訳ではない。それは……分かるな」
「は、はい……」
蚊の泣くような声で不承不承答えてみたが、果してそれだけの実力があるかどうかは分からない。
ただ、「チワワさん」が信じてくれているならそうなのかなあとは思った。
「救うなどという大層なことはいわん。仲間になれとも。傷を舐めあうつもりなどは毛頭ない!」
「だから……痛い、です」
赤い束がまた引かれた。無遠慮に引かれるたび首が軋んだ音を立てる。痛い。痛い。やめて欲しい。そんな視線を送る。
果たしてチワワは口をつぐみ、気まずそうに三つ編みを解放した。そして踵を返し、こう締めくくった。
「だが貴様の抱いている感情ぐらいならば聞いてやる。それで貴様が二度と虚ろな瞳で空を仰がないと誓うなら……聞いてやる」
「………………はい」
長い沈黙の後、玉城は微笑を浮かべ──…
顔から血煙をあげた。
「何っ!?」
炸裂する気配に振りかえった無銘が顔を歪めたのは、胸の辺りを何かが行き過ぎたからだ。果たして海老茶色の小型
犬の体は斜めにずり落ち、転がっていく。奈落が眼前に迫る。冷汗三斗の思いで腕をかき、辛うじて淵の辺りに踏みとど
まる。
そして見た。
その先にかかる、鉤爪を。
それを頼りにのっそりと上ってくる、戦士の姿を。
(何お前しつこ……あ、いや違う! 仕留め損ねていたか! ならば!)
「遅い」
かざされた戦士の左腕の先で兵馬俑が縦に4等分されるのを無銘は愕然と見た。
「斬撃軌道……それを咄嗟に崖へ刺し、落下を免れたのはいいが……登るのに多少の時間を要した」
意趣返しとばかり右腕がうねりを挙げる。先ほど肩を食い破った無銘めがけカマイタチが降り注ぐ。いたぶっている。玉城
はぞっとする思いだったが、実は違う。戦士自身すでに満身創意で、「一見いたぶっているような攻撃」ぐらいしかできぬの
である。戦士をよく見れば兵馬俑を裂いた辺りで左腕が力なく垂れたのが分かっただろう。
「……の……れ」
無銘は無念そうに広げた口から血を吐いた。寂れた地面がびちゃびちゃと汚れる。立たんとした玉城の肩口が裂け、肘ま
でしかない右腕が大根のように奈落へ落ちていった。一拍遅れて朱色の線が大腿部に走り、玉城はその断面をまざまざと
見せつけられた。それでもなお前に進もうとしたせいでほぼ達磨状態の体が地べたを這いつくばった。無銘の口が力なく閉じ、
瞳が光を失っていくのをただ見るしかなかった。辛うじて悲鳴だけを漏らす。やめて。懇願を戦士が嘲笑った。無銘のあらゆ
る部位がばっくりと口を開け、真赤な液体を迸らせた。
(……もう駄目…………? いえ……まだ……です)
解体された兵馬俑はすでに核鉄に戻っている、使ったコトはない。だが前後の状況を鑑みれば用途は分かる。
(武装錬金……! お姉ちゃんやチワワさんが使っている武器は……"かくがね"から……出る筈……! あれを取れば
……何とか……できる……筈です)
諦めたくはなかった。必死に体をくねらせる。少しでも早く。核鉄に近づきたかった。
「がはっ」
更に無銘が血反吐を撒き散らしたのは、残り少ない胸部を踏まれたためである。
「チワワ……さん…………!」
足元でもがく少女の視線を追った戦士は、すうっと眼を細めた。
「何を唱えようと人喰いの化け物は化け物。狩るのみだ」
彼は苦悶の表情でぐらつく左腕を上げた。玉城のそれはまだ核鉄から3メートルほどの場所にある。
(誰でも……いいです。私が犠牲になっても……いいです)
不可視の罅が天空高く立ち上った。
身を転がし無銘に覆いかぶさる。できるコトはそれだけだった。
(誰かチワワさんを……助けて……)
無銘の顔に自分のそれを擦り合わせ、恐怖と祈りにぎゅっと瞑目する。
そして圧倒的な奔流が迫り、静寂が訪れた。
「……え?」
土まみれの顔を上げた玉城は、しなやかな金の奔流が視界を包んでいるのに気が付いた。
戦士は「今しがた左腕を弾かれました」という手つきで愕然としている。心持ち離れている気がするのは恐らく弾かれた
際、後ろに向かってたたらを踏んだせいだろう。
「フ。困るな」
金の奔流からニュっと手が生えた。と見たのは錯覚で、どうやら長い金髪の持ち主が両手を広げ、肩をすくめただけらしい。。
「こいつは俺の大事なチワワだ。堅物で傲慢だが誰よりも人間らしい……自慢の、な」
声は笑うようにそう告げ、
「戦士の本分は解しよう。しかし殺させる訳にはいかん」
厳かに締めくくる。気押されたのか。戦士はわずかだが戦いた。
それがきっかけ……だったのかも知れない。事態はみるみる好転した。。
玉城はみた。見覚えのある影が2つ地割れをぴょいぴょいと飛び超えてくるのを。
「遅れて申し訳ありませぬ無銘くん! 相手は戦士、殺傷避けるべく逃げ回っておりました故……」
「うわあボロボロ。やっぱきゅーびじゃムリだったじゃん」
『ハハ! お前も聞いただろ香美! このコとのやり取り!! 彼でなければ説得は無理だったろうな!』
玉城の両側に着地した少女2人。それを見る戦士の目が一段と険しさを増した。
「新手か……!」
「っと。攻撃はすでに終わっている。チェーンソーの武装錬金・ライダーマンズライトハンド」
玉城たちを守るように立ちはだかっている男が指を鳴らすと……まるでそれを合図にしたかのごとく左右の鉤爪が粉々
に砕けた。屈辱とも驚愕ともつかぬ声を漏らしたきり戦士はその場に立ちつくした。
「そして……出でよ! 衛星兵の武装錬金・ハズオブラブ!」
新たな影が一瞬よぎった。とだけ思った玉城は自分の体の変調に気付いた。
切断された筈の両足や右足が再生している。それどころかあちこちが欠損していた四肢は完全に元に戻り、顔面や唇に
生じたひび割れさえ綺麗に塞がっている。思わず広げた両手をきょろきょろと落ちつきなく見まわしながら、玉城はありった
けの愕然を小声に詰め込み……問いかける。
「え……? これはグレイズィングさんの……?」
「顔見知りなら話は早い。俺たちを乗せて……飛べ!」
玉城はまたも眼を白黒とさせた。言葉の意味が分からない。理解しかねた。
「馬鹿め! 師父は戦士から逃げろと言っている!」
眼下で無愛想な声が響いた。すっかり傷の治った「チワワさん」が、忌々しげに牙を向いている。
「わ、わかりました……」
押し切られた形なのは否めない。そう思いつつ彼女はハヤブサの姿に変形した。
「逃──…」
「武器を破壊された以上戦闘継続は不能。悪いが……この場は退いて貰えるかな?」
チワワを抱きかかえた総角が──残る片手でゆっくりと制しながら──戦士に呼びかけた。
「本来の目的を横取りしたのは謝る。だが手間は省けただろう?」
香美が飛びかかるようにハヤブサの背中へ乗り込んだ。
「迷惑料だ。収奪した核鉄は差し上げる」
六角形の金属片。それを受け止めた戦士の顔に陰惨なニュアンスがありありと浮かんだ。
「もっともそいつを発動した上で追跡すれば戦闘継続は可能だが」
怖々と玉城の背中を見ていた小札が生唾を呑み、意を決した様子でぴょこりと乗った。
「……フ。採算割れをやらかすか?」
謎めいた問いかけをする総角が無銘ともども乗りこんだのを確認すると、玉城は天空に向かって飛び立った。
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