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「永遠の扉 過去編 第002話 (1-3)」(2012/10/26 (金) 20:01:36) の最新版変更点
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長い金髪は白霧の中でいっそう際立つ。玉城光はその10メートル先からくる強烈な色彩感覚を浴びながら、口を開く。
淡々と、淡々と。
「無効化……した筈です。あの光は……確かに……切り札」
「ああ。絶縁破壊。小札の奥の手だ。まともに喰らえば確実に行動不能」
「さっきは土壇場……でした。だから……一番強い技を……出すと…………思ってました……。だから…………利用……
しました。爆発でも……拘束……でも……一番強い技なら……あなたにも……効くと……。ハヤブサの急降下さえ……
致命傷にならなかった……あなたにでも…………効くと……」
ほう、と感嘆した男は緩やかに貴信と兵馬俑を手放した。重力の赴くまま地面にぐなりと伏した彼らを見る瞳は妙に暖かく
玉城は軽く首を傾げた。
「フ。それをあの一瞬で見抜き、この俺にブツけたのは見事としかいいようがない。なにしろ俺さえ封じれば実力で劣る部下
達は楽に殲滅できるからな」
「…………確実に……削ぐつもり……でした……。何人か斃した後……退却して……ゲリラのように……仕掛け直して…
………確実に、確実に……殲滅するつもり……でした…………。見たところ……他の共同体の……人たちより…………
厄介そう……でしたから」
しかし、と玉城は不思議そうに反問した。
「どうして……動け……ます? 絶縁破壊……恐らく……神経の被覆か……それに準ずる何かを壊す……技。それを喰らっ
て…………どうして……動けるのですか……? 自然回復は……少なく見積もっても数日後……。でも……まだ1分と……
経って……いません」
簡単な話だ、と男──総角主税──は胸の認識表を左手で握り占めた。一拍遅れて右手に光の粒が集積し、無骨な
日本刀へと変化を遂げた。
「ソードサムライX。特性はエネルギーの吸収ならびに放出。フ。理屈からいえばあの時これを握っていた俺が絶縁破壊を
喰らうなどとはおかしな話だが……恥ずかしい話、小札の腕が切断された瞬間、感情をわずかばかりかき乱されて迂闊に
も防御が遅れた。絶縁破壊の光をわずかだが浴びてしまったのさ。咄嗟に傷口に刃を刺しエネルギーをかき出しもしたが
……一手遅れたのは否めない」
「…………威張って言えるコトじゃ……ないような……?」
ぼーっとしているがそれだけに辛辣な言葉だ。総角は軽く息を呑み、何かを誤魔化すように前髪を書き上げた。
「フ。可愛い顔して手厳しい。ま、事実その通りだがな。剣を握って幾星霜。未だ恐懼疑惑を払えぬ俺にこそ──…」
ゆっくりと貴信と兵馬俑を見下ろす総角の眼が……にわかに尖る。険しさを帯びる。
「この事態の責はある」
脇構えを取る総角の全身から陽炎のような揺らめきが立ち上った。それに気圧されたのか、玉城の頬を一筋の汗が伝
い落ちた。それが乾いた地表に吸いこまれたのを合図に総角は悠然と踏み出した。
(ここは…………一旦……退却……です。しかし……)
(フ。その腕では飛んで逃げる事は難しい)
じりじりと間合いを詰める総角は見た。肘から先が欠損した玉城の腕を。
(折角の変形能力とて上腕部がなければ無意味さ。人間の腕と鳥の翼は相同……骨格構造はほぼ同じ。人間形態で肘か
ら先がないというなら、鳥形態では)
(……変形しても…………次列風切から先は……ありません。簡単にいえば……翼の……5分の4が……ありません)
かかる羽目に陥っては空を飛ぶコトなど不可能に近い。先ほど玉城が述べたゲリラ戦法などもはや不可だろう。
散歩でもする調子でゆっくりと間合いを詰める総角に、玉城が思わず後ずさったのはそういう理由もある。
(どう……すれば)
俄かに大気が緊張を帯びたせいか、霧はいよいよその濃さを増しているように見えた。どころかまるで玉城を圧迫するよ
うに立体的質感を持ってせり出して来ているにも見えた。
(…………? 色が……変です。まさか)
虚ろな瞳が大きく見張られたのと剣先の向こうで会心の笑みが浮かんだのは同時だった。
「もう遅い」
霧が、光を放った。
「チャフの武装錬金、アリス・イン・ワンダーランド。刀はフェイクさ。これを当てるためのな」
(……ダメです。直視すれば悪いことが……起こります……早くこの場を──…)
鋭い爪が無骨な蹄に化した。ダチョウのそれを駆る少女は崖に向かって跳躍した。遅れて駆け付けてきた小札はまだ
痛む腕をさすりながら愕然と玉城を見上げた。
「ささささ30メートルはあろうかという崖なのに……真ん中まで一瞬で!?」
ダチョウの蹄が岩肌を粉々に蹴り砕いた。その粉塵が総角に降りかかる頃、いわゆる壁蹴りの要領で15メートルほど
飛びあがった玉城は先ほどブレミュ一向のいた山道へと着地。猛然と木の葉を散らし逃げ込んだのは森の中。
「フ。あれほど強いんだ。朝飯前だろ
「なんという、なんという」
全力で上を見上げる姿はもはや魚を食うアシカのようであった。振りかえった総角は白い顎と鼻と大口しか見えない小札の顔にちょっと
吹きかけたが、すぐ神妙な面持ちで善後策を伝え始めた。
動き始めていた時間の真ん中で。
青空が光の頬をはたいた。
頬に走る激しい痛みに、姉が心の底から怒っているコトを光は知った。
どこまでも強い風がウェーブの掛った柔らかい髪をごうごうとなびかせた。
運命が変わったのはその日だったと、玉城光は走りながら思った。
「霧に乗じてのアリス・イン・ワンダーランド!! いかに強い方といえど精神はその限りではありませぬ故、そちら方面か
ら切り崩すおつもりでしたのに悲しき哉! 目論見は水泡と帰し哀れ不肖たちは未だ狙われる定めの軍集団!」
「フ。鳥の目は高性能だからな。3原色の混合具合でしか色を認識できない人間と違って4原色かそれ以上の基準で色を
見れる。つまり」
小札のロッドから光が迸り、貴信と兵馬俑の傷を癒し始めた。
「そうなのであります。不肖たち以上に色の違いには敏感! 一見完璧に濃霧に溶け込んでいるアリス・イン・ワンダーランド
とて鳥の目から見れば違和感バリバリなのは必定! つまり精神攻撃の直前に気付いて逃げるだけの余裕はあったのです!」
「やれやれ。あれで終わっては無銘と貴信に合わせる顔がない。せっかく俺の復帰を見越し、わざわざ濃霧の立ち込める
場所にアイツを追い詰めてくれたというのにな」
「回復したし交代! で、……よーわからんけど、それならそれならもりもりさ、さっきからちっともいいトコなしじゃん?」
よっとあぐらをかいたのは香美である。まだ体に違和感があるらしく、首をねじったり肩を回し始めた。
「フ。いいのさ。初撃でしくじった以上、今日は俺が割りを食うべきだ。最も得意のアリスが囮でも……構わない」
「おとり? あだっ」
バキリと鳴った辺りをさする表情は難しい。半泣きかつしかめっ面で、更に疑問符という要素まで混入している。
「うぅー。痛いし訳分からんし最悪じゃん。だいたい”おとり”って何よ?」
『ハハハ! 香美! ヒントは鳩尾! 兵馬俑ではないチワワの方だ!!』
「んー? 鳩尾? ……あ」
周囲を見渡した香美はおやと首を捻った。ある物の不在に気付いたという調子だ。
「アイツどこいったのさ? こーゆーとき一番うるさいじゃんアイツ。でもいないし」
「フ。それはだな──…」
揺れが酷く乗り心地の悪い”そこ”へへばり付きながら、無銘は赤い三つ編みを睨んでいた。
大きく四肢を広げ丸い指で迷彩柄のダウンベストを掴む姿は……ムササビのごとく。
森林をあてどもなく駆け抜ける玉城光の背中。
鳩尾無銘はそこにいた。
「あの鳥型ホムンクルスのお嬢さんがいかに聡かろうと早かろうと、光の速さは超えられん。とっさに回避を選んだのは見
事だが、しかしアリスの精神攻撃は光とともに浴びた筈。いまは逃げながら精神攻撃に苦しんでるって所だな」
「わからん! もりもりのいうコトはわからん! いちいち難しすぎじゃん!!!」
『つまりだ香美! 無銘はあの鳥型がアリスを避けるのに全神経を集中した瞬間!! 密かに背中に飛びついていた!!
何しろ彼は小さなチワワ! 平時ならいざ知らず、あんな土壇場では取りつかれても気付くのは難しい!!』
「更にあの鳥型どのには申し訳ありませぬが、あの方は今まさに悪夢の真っ最中……」
貴信の声に一拍遅れ、小札が体を抱えるようにぶるぶるした。
「ゆえに無銘は任務を完遂できるという訳だ。フ。流石は忍び」
「んー? 鳩尾ったってアイツぶそーれんきんナシじゃ弱いじゃん? だいたいさー、そのぶそーれんきんにしたってココに
置き去り! しかもさしかもさこのおっきーの」
横たわる兵馬俑は体のあちこちが大破。指差す香美はいかにも不愉快で……
「ズタボロ! アイツにゃちっとも勝てんだじゃん!!」
「敵対特性」
しかし呟く総角に、彼女以外の全員は頷く。貴信は場所上香美の首を仰け反らす感じで、小札は不承不承。
『香美! 鳩尾の武装錬金の特性はホムンクルスにも有効だッ!! 動植物型ベースによって何らかの特殊能力……武
装錬金でいえば『特性』を見に宿している奴なら』
「一発逆転。動きを封じた上で今一度アリス・イン・ワンダーランドで攻撃するコトも可能なのです。卑怯と言えば卑怯極まる
戦法でありますが、戦力で劣る不肖たちが『殺さずして勝つ』方法はそれのみでありましょう!」
「なんとなーく分かったけどさ、じゃあ何でさっきやらんかった訳よ?」
『いや!! 無銘は試みなかった訳じゃない! 実力と機動力の差で叶わなかっただけで……!』
「とまあ回復待ちのおしゃべりはここまでだ」
ザッと踏み出す総角を追うように小札が進み、香美がゆらゆらと(半ば強制的に、貴信の命令で)立ち上がった。
「追うぞ」
「だー! 追うったってどーすんのよ! あたしらん中で一番鼻のいい鳩尾いないじゃん! あたしは匂い追跡とかできんし!
どーせ途中でタンポポとか岩っころフンフンして立ち止まるのがオチじゃん!!」
地団太を踏む香美に呆れたらしい。総角が「せっかくキメたんだから従えよ」と情けない表情で振り返った。
「あーなんか疲れた。やっぱ共同体のリーダーって中間管理職……あー、貴信くん? そのドラ猫に説明してやってくれ」
『了解!! つまりだ香美! 無銘は敵対特性の媒介用に兵馬俑の手首か足首を持って行っている!! 何しろ敵対特性
発動はあの自動人形の体表にあるうろこ状の物体を相手の傷口にすり込むコトで起こるからな! 例え手首で傷を負わせ
ても3分後には効果が出る!』
「で、不肖操るマシンガンシャッフルの探索モード・ブラックマスクドライダーにて追撃する所存なのであります! 何しろこちら
の兵馬俑は『壊れて』、手首ないし足首を失くしておりますゆえ!」
ロッドの宝玉からバチバチと立ち上る黒い光が倒れ伏す兵馬俑を覆った。黒い光は更に動き、崖に沿って緩やかに上り
始めた。欠けた物をつなぎ合わせる小札の武装錬金の特性あらばこその現象だ。
「よくわからんけどみんな協力してるのは分かったじゃん!」
アーモンド型の瞳が無邪気に輝く一方、総角は岩でも背負ったようにゲンナリした。
「と、とにかくだ。あの黒い光の行く先に無銘と鳥型ホムンクルスがいる。だから──…」
「だーもう! 何ぼさっとしてるじゃんもりもり! そーと決まったら行くじゃん! 追う! ついせき!」
総角が盛大な溜息をついたのは、崖をだばだば登る香美を見たせいだ。
「さっきからそういってたぞ俺。さっきからそういってたぞ俺。さっきからそういってたぞ俺」
「ああ、何と苦労多きもりもりさん……」
糸の切れたマリオネットよろしくがっくり肩を落とす金髪剣士を小札は慣れた様子で撫で撫でした。
無論、身長差ゆえに小さな体は精一杯背伸びしている。香美の後頭部から悲しげな吐息が漏れた。
(いいなあ!! 僕も誰かに撫で撫でして欲しいなあ! はは!! ははははっ!)
「だだっ! だっしゅ! 若さ全開! 5人のなーかに、君がいーるー♪ じゃん!」
後頭部を濡らす涙もなんのその、栴檀香美は今日も元気に生きている。
風の強い日だった。
青空は自宅めがけ全速力で駆けていた。
きっかけは、光からの電話だった。携帯電話の向こうで騒がしい伊予弁を振りまく彼女はこう言っていた。
Cougarから手紙が来た、と。
高校生活ももうすぐ折り返し地点という頃、青空は自身の将来について果てなく悩み、そして恐れていた。
ボランティア活動には従事したい。だが会話能力に乏しい彼女は授業の一環で訪れた施設で誰にも何もしてやるコトがで
きなかった。問いかけるべきコトはいくらでも頭の中に沸いていた。だがそれを言葉として発するコトはやはり恐怖だった。
大きな声で。もっと大きな声で。そう言われるのを恐れまごついている間に、声が大きい活発な者が仕事を引き受けていく。
「やっぱり向いていないんじゃない?」
「不向きだからストレスが溜まって喋れないんじゃない?」
「成績はいいんだし、先生はもっと別の進路を選んだほうがいいと思うぞ?」
内実を理解しない、うわべだけ親切な言葉はすでに傷だらけの精神を更に抉っていく。
恋愛もできない。周囲は年相応に相手を見つけ青春を謳歌しているというのに、青空だけは常に一人。Cougarは好きだっ
たがアイドルを恋愛対象にするほど幼くもない。ごく普通の少女と同じく、等身大の恋愛に憧れていた。だが運悪く心惹かれ
る男性との出会いはない。
結局ただ青空は、休み時間中ずっと自分と同じ名前の場所を見て過ごすしかなかった。
卒業が近づくたび、不安が募る。自分は一生このままで、誰からも必要とされず誰の力にもなれず、ただ漠然とした不安と
具体的な会話への恐怖におびえ続けるのではないかと。夜、布団の中で人知れず涙を流すコトさえあった。
Cougarへのファンレターについ自分の住所を書いてしまったのはそんな時期だった。
もし彼からの返事が来たら、一歩踏み出せるかも知れない。
気弱で何かを先送りにしている決意だとは分かっていた。だが「他者が自分に答えてくれた」という事実、人と人との最低限
の繋がりが欲しかった。今のままの自分では居たくなかった。何かをきっかけに生まれ変わりたかった。
果たして手紙は来た。
風に向かって息せき切って。
ひた走る青空は天にも昇る気分だった。
小学校入学を翌年に控える光の趣味は、プラモデル作り。
その日も新聞紙の上で鼻頭に塗料を付けて趣味に没頭していた。
…………。
風の強い日だった。
Cougarからの手紙が来たのは、留守番中の光がマジンガーZの塗装を終えてご機嫌な時だった。
アセトンで無理やり有機溶剤を落とした両手はザラザラだったから、洗面所でゴシゴシと洗っていた。いつも輝いている瞳
を更に輝かせながら鼻歌さえ歌っていると、玄関の郵便受けに手紙の山がドバドバ入って来るのが見えた。玄関は洗面所
からすぐの場所にあった。
ちょうどプラモ目当てで幼児雑誌の懸賞に応募していた時だったから、当選通知を求めて手紙の山を探ってみた。それ
は残念ながらなかったが……小ぶりで真っ白なダイア封筒──マンガなどでよくラブレターを入れてるアレ──の差出人は
安っぽいプラモより”当たり”だった。Cougar。もはや幼い光でさえ知っている国民的アイドル。封のシールも彼のトレードマ
ークたる稲妻だった。丸い黒地のシールへ稲妻型に押された金箔がこれでもかと輝いていた。それでも光は慎重に慎重に
確認した。もしコレが偽物だと姉が落胆する。だからゴミ箱を漁って、先日Cougarのファンクラブの会報を運んできた角0
封筒(入学願書だのでっかい書類だのを入れるアレ)だのを引きずり出した。その切手部分に押された消印とダイア封筒
のそれは同じ局の物だった。ついでに角0封筒に記載されてる電話番号を押して彼の事務所に問い合わせ、ウラを取った。
就学前の児童にしてはいささか頭が回り過ぎるきらいもあるが、後年銀成市で戦士たちを苦しめる冷静さはすでにこの時
から芽生えていたのだろう。
とにかく光は、姉に電話をかけた。彼女が最近何だか元気のない事を知っていたので、喜ばせるつもりで報告したのだ。
そして自分も手紙を見たいという気分を抑えながら、姉の愛用している窓際のビーンズテーブルの上に手紙を置いた。
有機溶剤の匂いが光の鼻をついたのはその時だった。
そんな臭いの中で好きなアイドルからの手紙を読ませたら雰囲気が台無し──…
パっと双眸を煌かせた光は、窓枠に手をかけた。換気。部屋に溜まった有機溶剤の臭いを追い出す作業。
趣味をやった後に必ずやる作業。姉が返ってくる前に必ずやる作業。
光はそれを、いつも通りやっただけなのだ。悪意などはまるでなかった。あろうはずがあるだろうか、玉城光はこの世で
一番義姉を尊敬し、心より憧れているのだ。
窓が開いた。
風の強い日だった。
開かれた窓よりなだれ込む強烈な風が、窓際の小机の上に置いてあったCougarの手紙をかっさらった。
風は室内でぶつかり合い、複雑な流れを作ったようだった。いびつな渦。部屋の奥へ飛ばされるかに見えた手紙は溶剤
の匂いともども外に向かって引きずり出された。
あっ……と光が手を伸ばした頃、手紙はすでにマンションの4階からこぼれ落ちていた。ベランダの格子をすり抜けてその
向こうの宙空で風に揉まれきりきりと飛んでいった。恐ろしいまでの速度でグングン小さくなる手紙の姿に真っ青になりなが
ら、姉への申し訳なさで涙を流しながら、光は部屋を飛び出し2段飛ばしで階段を駆け降りた。1階に着いてもまったく速度
を下げぬまま先ほど手紙が消えたあたりまで駆け抜けたが、影も形も見当たらない。どこに飛ばされたのだろう。生まれて
始めて感じる冷たい後悔と張り切れそうな罪悪感の中、なお手紙を捜索すべく動き出した瞬間。
ぜぇぜぇと息吐きつつも輝くような笑顔の姉と遭遇した。
事情は包み隠さず話した。謝罪もした。
だが。
青空が光の頬をはたいた。
頬に走る激しい痛みに、姉が心の底から怒っているコトを光は知った。
どこまでも強い風がウェーブの掛った柔らかい髪をごうごうとなびかせた。
運命はどこまでも最悪だった。ちょうど買い物から帰って来た義母がその場面を目撃し、駆け寄り、数秒前の衝撃を青空
の頬で再現した。
光はしゃくりあげながらあらゆる事情を話し、青空に非がないコトを説明した。
事情を理解した義母は本当に心から謝った。
どこまでも変わらぬ笑顔はひりつく頬を抑えたまま無言で立ちすくんだ。
翌日。
光の家庭から玉城青空の姿が消えた。
忽然と姿を消した義姉が帰って来たのはおよそ1年後──…
扉が、開いた。
見慣れた姿が、ゆっくりと部屋に流れ込んできた。
『ただいま』
夢が衝撃に打ち砕かれた。
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