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蒼い碧い天蓋を滑らかに突っ切る影一つ。
鳥が一羽、空を飛ぶ。
その鳥はまるで航空機のような直線的な意匠に彩られていた。翼も爪も嘴も全て図面から抜け出てきたと見まごうばかり
に角張り、金属的で無機質な光沢を黙々と放っていた。
翼をモノクロなツートンに塗り分け白いマフラーから赤黒い首をぼんやりとむき出している姿はコンドルにやや似ていたが
前述の通り”そのもの”ではなく、誰かが機械的にしつらえたような雰囲気を無愛想に振りまいていた。
ただ一つ生物らしさがあるとすれば、胴体にかけている白いポシェットであろうか。強風に煽られるたび、それを見るコン
ドルの瞳に生命らしい機微が宿った。風にさらわれるのを危惧しているのかも知れない。
そうして大空を滑空していたコンドルのような物体は一度大きく翼をうねらせると、下方に向かって猛然と疾駆した。
霧の立ち込める山。擬人化すれば間違いなく「つむじ」が禿げ上がっている──ちょうど山頂で木々が途切れ、代わりに
山小屋と狭い庭がある──その山の「つむじ」目がけてコンドルは落下した。
半ば朽ちはてていた山小屋の屋根は紙よりも軽く粉砕された。
腐った木片たちはそれが最後の仕事であるように降り注いだ。掘っ立て小屋の地面に歪なブラウンの影が染みついて、
一歩遅れて落ちた天井仲間のなれの果てが衝突した。粉塵が舞い、その中で演奏会が開催された。
木片同士がカツカツとぶつかるか、或いは地面にボタリと落ちるかといった聴きごたえのない演奏会が。
時間18秒にして幕が上がったのは「グーゼン」または「テンモンガクテキカクリツ」が自分の指揮のひどさに耐えかねて帰っ
たせいであろう。
そんな酷い(木片がパラパラと振るだけの)演奏会の最中、爆心地にいたコンドルが光に包まれた。のみならずツートン
カラーの翼は白く細い腕へと変わり、鋭い爪はなよなよとした頼りなげな脚へと変わり、漆黒の胴体もまた迷彩のダウンベ
ストとカットフレアーのミニスカートを纏った少女の物へと変貌した。
希少だが無能な指揮者たちが家で一杯引っかけるべく踵を返した頃、赤茶けた鳥頭は愛らしい少女の顔へと変貌を遂
げた。赤い三つ編みを腰まで垂らした儚げな少女である。彼女は何事もなかったように周囲を見渡し、
「全滅……してます」
とだけ呟いた。
錬金戦団。中世のギルドに端を発する秘密結社はいまや世界中に支部を置く有数の組織だ。
世界中に散逸する核鉄を管理し、さらには錬金術師たちの悲願である賢者の石の精製をも目指しているが、ことホムン
クルスたちにとっては一種ぶっそうな武闘派集団でしかない。
人々を錬金術の魔手から守る……大義のもと武装錬金を行使するその姿ときたらまったく幕末期における新撰組こそかく
やあらんという調子でまったく容赦がない。ゆくところ血の雨が降り屍が降り積もるというのはまったく比喩にとどまらず……
一種魔人めいた戦士たちがひしめきあっている。
たとえば毒島華花という儚げな少女は戦場で致死性のガスを振りまくし、戦部厳至という古武士めいた記録保持者は人な
がらに怪物を喰らう。戦士長・火渡赤馬の焼夷弾の温度は五千百度、半径500mにある何もかもを一瞬で蒸発させる。
他にも少女ながらにおぞましいまでの執念でホムンクルスに食らいつく津村斗貴子や身長57mの自動人形を操る坂口
照星といった強豪もいるが──…
『果たして最も強いのは誰か?』
そう問われた場合、彼らは多かれ少なかれ自分以外のとある名を脳裏に思い浮かべる。
毒島華花は何を浴びせかけても倒せないと観念し、戦部厳至は決着なき千日手を期待とともに想起する。
津村斗貴子でさえ敬服の前に殺意を捨て、坂口照星も蹂躙を選ばない。
戦団最強の攻撃力を持つ火渡でさえ「自分より強い」と心中密かに認める『最強の戦士』とは誰か?
意外にも彼の武装錬金じたいはまったく攻撃力を持たない。
代わりにこの世のあらゆる攻撃力……核兵器の直撃さえ凌ぎ切るほどの堅牢さ、防御力を有している。
だからこそ戦士たちは彼を認める。自らの刃の強さにひとかたならぬ自信を持つ彼らだからこそ、その攻撃にビクともせ
ず、瞬時に硬化し再生する、錬金戦団最強の防御力に瞠目する。
「ただし、だ。我輩に言わせれば彼の美点はそこじゃない」
「仮面ライダーってあるだろ、仮面ライダー(プリキュアの前にやってる奴だよっ!)」
「アレの決め技がいまだパンチだのキックだの斬撃なのは結局そーいうシンプルな”技”こそ人の心を捉えるからさ」
「もちろんエフェクト……CGのスゴさには目を見張るけどやっぱ基本は単純、肉弾戦じゃないか」
「戦士たちが持つ彼へのあこがれっていうのはつまりライダー……ヒーローへのそれに近い(うんうん)」
「自分を鍛えて鍛えて鍛え抜き……強くなる。男のコなら誰でも一度は夢見るコトだ。女のコはくぅーっとなる」
「特性に頼らない、ただただ修練によってのみ培われたスタイルはただただ美しい。雄大で、まろやかで、冷たくも鋭く……」
「実は我輩も憧れているよ。昔やった泥くさい努力を披瀝しお褒めに預かりたい……そう思わせるお人柄だね彼は」
その名はキャプテンブラボー。戦士長、である。
後に銀成市において彼と拳を交える少女は──…
とにかく虚ろな双眸だった。凛としているがあどけなさも残る大きな瞳には一点の光もなく、ただひたすらに淡々と山小屋
の中を見渡した。山小屋の中は殺人現場のようであった。胸をつく死臭がむわりと立ち込めているのも納得、血潮が飛び
服の破片が散り、壁が捩割れ柱が砕けている。
「落ちた時に……ついたよう…………です」
頬にべっとりとこびりついた赤黒い液体をボンヤリさすっていると、木屑と一緒に、しかし木屑より遙かに重い物が頭に当
たり足元へ転がった。
少女はそれを無感動に眺めた。
どうやら山小屋の主は天井裏におやつを隠していたらしい。頭の右半分をかじられた子供の生首が少女を睨んでいる。
顔は絶叫にこわばり、黒々とした眼窩には白い粒がウニョウニョ……。
「こんにちは……?」
特にどうという表情も浮かべず、少女はポシェットから携帯電話を取り出した。
「電話……しないと…………いえ……メール……です。……声は……ダメ、です」
そして何事かを送信し何事かを受信すると、両腕を翼に変えて飛び──…
立つ事はせず、少年の頭めがけ一歩進む。
.
.
5分後。
狭い庭の一角に朽木製の墓標ができた。
「?」
近くにある真新しい焚火の跡に少女は少し気を引かれたようだが、追及はせず、今度こそ翼を得て飛び上がった。
鳥が一羽、空を飛ぶ。
「おとうさんがピストルでうたれた」
少年の訴えを聞くものはいなかった。
何故ならば「うたれた」場所は週末の遊園地で、「おとうさん」もピンピンしていたからだ。
銃声だって現になかった。大きな音といえば離れた孫娘を呼ぶどこかのお爺さんの声ぐらい……。
だが少年は確かに見た。人混みの隙間からピストル──銃口だった。テレビドラマやアニメで見るより重々しく光り、しか
も不気味に長い銀色──が「喋ってるおとうさん」を狙い、何かを噴くのを。
どうせ売店で売っているおもちゃか何かを誰かがふざけて向けたのだろう。
報告を聞いた「おとうさん」は笑った。そしてこうも続けた。
そんな事より一家団欒を楽しもう。
いつものように透通った、家族みんなを安心させてくれる笑顔を浮かべた「おとうさん」は「おかあさん」と「少年」と「いもう
と」にいった。
そして後ろで見知らぬお爺さんが再び声を張り上げた。
声に籠る恐ろしい気迫、少年が悪事を働いた時におかあさんが降らせる怒鳴り声から、理性を全て抜いて代わりに憎しみ
と恐怖の綿をたんまり入れたようなおぞましさに思わず少年が振り返った時、お爺さんの足もとには鼻血を吹いて仰向けに
転がる女の子(幼稚園ぐらい)がいた。
恐らく蹴られたのだろう。ピクリともせず瞬きもせず、ただ黒々とした大きな瞳を空に向けていた。頭の大事な部分を打っ
てしまったのかも知れない。同じくらいの年齢の”いもうと”は直観的恐怖に泣きだした。
お爺さんが係員に押さえつけられたのに少し遅れて、おかあさんが少年といもうとの前に立ちはだかった。
後はただ聞くに堪えないお爺さんの喚き声だけが響いた。人混みは俄かに凍り付き、ひそひそとした野暮ったいやりとり
ばかりが残された。
「はぐれたからって何も蹴らなくても……」、おかあさんは眉を顰め、おとうさんも同意を示した。
しかし少年だけは別の感想を抱いた。何故なら彼は振りかえった瞬間、お爺さんの目を見てしまった。
まったく焦点の合わない、この世の物とはまったく別の物を見ているような目。
係員に押さえつけられても視線はあらぬ方ばかり見つめていた。というより自分が押さえつけられているという自覚さえ
持てていないようだった。まるで少年達には見えない『何か』とだけ闘っているような……そんな眼差し。
しかしそれをおとうさんに教えても、「またおかしな事をいう」と笑われそうだった。笑われるだけならいいが、せっかく遊園
地に連れて来てくれたお父さんに何度もおかしな事をいい機嫌を損ねるのは申し訳なかったので──…
来年中学生になる少年は黙った。
そしてこれが最後の一家団欒になった。
キャプテンブラボーといえば戦団において知らぬものはいない有名人だが、その本名はほとんど知られていない。
剣持真希士という男がいる。家族の仇を討つべくブラボーに師事した男だが、彼でさえ「防人衛」という本名は知らなかっ
た。津村斗貴子も然りである。
「キャプテンブラボーは本名を捨てていた。発端は7年前……二茹極貴信が栴檀の苗字を拝したころさ」
斗貴子の故郷・赤銅島における任務失敗……小学校を守りきれず、津村家の人々さえ死に追いやった悲劇。
「それまで彼は世界総てを救える人間……それこそヒーローを目指していた。けれど現実は無残でね。結果だけいえば君
の母君しか救えなかった。(それでも十分りっぱだよ! だってお陰で私、斗貴子さんと出逢えたもん!」
その挫折感をして防人は夢を捨てた。世界総てを救えるヒーローという目標を幻想のものとしどこか遠くへ追いやった。
「与えられた任務の中で最良の策を執るキャプテンたらんとした。ブラボーとは『ブラ坊』……。そう。君の母君がつけた
あだ名だね。元はブラブラ坊主。津村家の使用人たちがつけたいわくつきの呼び名だ。用いたのはやはり……」
「過去を忘れまいとする戒め、だろうねえ」
だが決意は虚しく空転する。剣持真希士。部下であり弟子である彼は銀成市での任務中、ムーンフェイスと交戦、3日に
も及ぶ抗戦もむなしく落命。防人の心に影を落とした。
「この物語は過去を映す。剣持真希士、大柄で筋肉質な、人懐っこい大型犬のような顔つきの青年が生きていた頃の話で」
「鐶光がまだザ・ブレーメンタウンミュージシャンズに居なかった頃の話さ」
剣持真希士は鳥が嫌いだ。中学3年のころ、父親の転勤に伴い家族ともども空路で福岡を目指していた彼は錬金術
の洗礼を受けるコトとなる。邪空の凰(キング・オブ・ダークフェニックス)。翼あるホムンクルス9体と首領たる人間型ホムン
クルス1体からなる共同体。彼らは真希士の父母を初めとする乗客をことごとく殺戮。さらに旅客機を岐阜県山中に墜落
させた。
このとき真希士の兄は彼をかばい死亡。下半身は千切れ飛んでいた。
庇われなければ間違いなく死んでいた。やがて真希士は強くそう信じるようになる。西洋大剣(ツヴァイハンダー)の武装
錬金・アンシャッターブラザーフッドを成すのは剣と、2つの籠手と、肩甲骨辺りから生えた第3の腕。それは兄の腕だと
頑なに信じ……復讐の炎をたぎらせた。それで邪空の凰を討たなければ彼の魂が安らがない気がしたのだ。
「そして果たした、か」
「ああ。いろいろあったけど全部ブラボーのお陰だぜ。だからオレ様今回の任務についてきた!」
山の麓に影が2つ。霧の中を揺らめいている。
「まさかオマエと組まされるとはな……まぁいい。ちょうど人手が足りなかったところだ」
「しかし山か! イヤなコト思い出すぜ!! 大人しく林業やってりゃいいのにな!」
横にいる中肉中背のシルエットより一回り大きいそれが勢いよく平手を殴る。
その上で。
鳥が一羽、空を飛ぶ。
青空の母親が拘置所内で舌を噛み切ってから10年後、つまり彼女が11歳の誕生日を迎えた1月、父親が再婚した。
再婚した理由に青空は薄々感づいてはいたが、結局聞かずに終わった。
なぜなら彼らと死別するまでの数年間、会話はほとんどなかったからだ。
一方、11本の蝋燭ゆらぐバースデーケーキの前で再婚の知らせを受けた頃の青空は、つくづく困り果てた。
”声質”上社交をほとほと苦手とする彼女の家庭に、形質の快活さを表すような赤茶けた髪の見知らぬ女性が転がり込ん
でくる事は、思春期直前という事を差し引いてもあまり歓迎できる事ではなかった。(いつも通り静謐な誕生日を味わいたかっ
たのに、クラッカーと伊予弁の大声を2ダースほど鳴らされ耳が痛かった)
にも関わらず『声を大に』父親へ反対を唱える事もまた声質上できず、ただいつものようにニコニコと笑ってなし崩し的に
受け入れるほかなかった。
それは不幸であった。未来を見渡せるのであれば真っ先に回避すべき不幸であった。
彼女自身のみならずあたかも存在その物が結婚条件であったかのごとく同年6月に生まれた妹──光──にとってはつ
くづく不幸な出来事であった。
青空はその声質をして周囲へまるで溶け込めぬ事を除けば、おおむね優秀な子供であった。
母親を早くに亡くしたのが大きい。父一人子一人という家庭環境だから青空は「しっかりとした良い子」として振舞おうと
心がけた。父親に迷惑をかけまいと心がけた。
その反動で甘える事は苦手で、幼稚園でもついぞ保育士さんとは本当の意味で打ち解けられなかった。
声が小さいために同年代の元気な子たちとあまり会話もできず(「聞こえない」と率直すぎる態度でいわれ、幾度となく傷
付いた)、いつしか「手はかからないが口数の少ない、何を考えているか分からない女の子」として、周囲から扱われるよう
になった。
父親はその問題を放置した。仕事が忙しいというのもあったが、青空の手のかからなさに彼はつい甘えてしまい、「いつか
は普通に話せるだろう」と問題を先送りにしてしまったのである。
青空は利発でもある。周りが自分をどう思っているか薄々気付いていたので──…
いつも笑みを浮かべる事にした。余計な苛立ちや不快感を味あわせたくなかったのだ。
青空が通っていたのはごくごく平凡な小学校であったが、もしそこが有数の進学校よろしく試験結果に順位をつけていれ
ば、家庭の事情でインフルエンザをこじらせた小学6年の3学期末以外はずっと1位を得ていたであろう。
社交性のなさゆえ運動会ではついぞリレーや徒競争へ選抜される事はなかったが、運動能力も学年では20番以内だっ
たし、6年生の6月には手芸コンクールで県下1位の成績を収めた事もある。
才能と言うよりは努力の成果。自らの全ては努力の成果。
青空自身はそう信じていたが、彼女に付帯する要素の中で1つだけ天賦の物があった。
容姿、である。
拘置所で舌の肉片を格子の向こうへ吐き捨てた母親だが、容姿だけは飛び抜けていた。飛び抜けていたが故にその全
盛期が育児期ですり潰されるのを厭い、暴挙に出てしまったのであろうか。
そうして声を奪った母親が償ったかの如く、贈り物をしたかの如く、青空は年と共に美しくなった。
ふわふわとウェーブのかかった短い髪と常に笑みを湛えている細い眼は、ひどく可憐な印象をあたりに振りまき、クラス
替えのたびに男子がおずおずと話しかけてくるのが恒例であった。
つむじから右前方に向かって弓なりに伸びる癖っ毛は、奇妙といえば奇妙だったがそれが却って可憐な印象に「愛らしさ」
を付けくわえ、話しかけやすくしてもいた。
だが不明瞭な小声がもたらす不明瞭な反応を1ダースほど返すと「そういう奴か」という顔で彼らは別の、十人並みの容貌
だがそれなりにとっつきやすい女子たちへ狙いを変えるのも恒例であった。
その態度は青空をひどく傷つけ、ますます社交への苦手意識を強めさせた。
同性の友達もまた、いなかった。
「あーやーちゃーん! なんであたしら助けてくれんだのさ!! 実況すきなのいいけどさ、たまにはやめてほしいじゃん!」
目を半月型にして迫ってくる香美に、小札はひたすら頭を下げた。
「ももももうしわけありませぬ! つい平素の実況癖が出てしまい……」
崖の下に集った一団から、どこからともなく溜息が洩れた。
「ま、ホムンクルスだから転落死はないだろ。いいじゃないか。小札に罪はない」
晴れ晴れとした表情で額に手を当てているのは総角である。何が楽しいのか、30メートルはあろうかという絶壁を鼻歌
交じりに見上げている。
『ははっ! それでも痛い物は痛いんだけどなあ!!』
「痛いだけだ。ホムンクルスが転落ごときで骨折など……あろう筈がない」
降りる際に使用した鉤縄──30メートル下まで伸びるほど異様に長い──を引きながら兵馬俑が吐き捨てた。鉤の掛か
り具合を調べているらしい。やがて得心を得た無銘と総角の間に崖の登り方を巡る2、3の短いやり取りが飛び交い、貴信
への毒舌を以て締めくくられた。
「どうせ変わり身の際、司馬懿よろしく回転する首だ。多少の骨折など……。フン。そもそも自業自得」
「た! 確かにあやちゃんにちょっかい出したあたしらもわるいけど! わるいけどさっ!! つーかさつーかさつーかさ?
あーんなたかいトコから落とすってアリ!? 怖かったじゃん!!! めっちゃ怖かったじゃん! めちゃんこ!」
いつの間にか生えたしっぽをタワシのように逆立てながら、ネコミミ少女はえぐえぐと泣き出した。声にはばかりというの
はまるでなく、やがて彼女は鼻水さえズビズビと垂らした。ひたすらに大声で泣いた。
「いや、その」
「悪かったという気も無きにしもあらず」
当初こそ小札への全面弁護を決意していた男2人も流石に罪悪感を覚え始めた。
が。
「ただし貴信、お前はダメだ」
「飼い猫を以て我と師父を泣き落とす腹積もりだろうが、その手にはかからん」
『は!! ははは!! 何の話かな! ちなみに姑息という言葉は『卑怯』という意味で使われがちだけれど、実は一時しの
ぎって意味で使うのが正しいッ!』
「だからその癖やめろ。ウソつく時にマメ知識を披露するのはな」
黒死の蝶を再び手の上に。貴信は観念した。
.
「お姉ちゃんからの伝達事項その一。テスト対象を殲滅した相手を殲滅しろ」
「びぇ?」
始め異変に気づいたのは香美だった。
すっかり髪が乱れ目も赤くなった彼女の耳がピコピコと蠢いたのは、野性ゆえの鋭さであろうか。
鼻水をすすりあげながら香美は立ち上がり、首の痛みも忘れて天空を茫然と見上げた。
「なによなによコレ。ちょっとまつじゃん。なにこの気配……?」
気だるいアーモンド形の瞳が張り裂けんばかりの緊張に見開き、ある一点を凝視した。
ある一点。
「私の回答は……了承」
翼開長2メートルはあろうかという巨大なハヤブサが総角たち目指し仰角45度の急降下を開始していた。
鳥類最速は急降下時のハヤブサである。
一説では急降下角度が30度なら時速270km。45度ならば実に時速350km。
500系新幹線の最高時速が300kmなのを考えるとなかなか恐ろしい。
総角たちが肉眼で捕捉できないほど上空に居た少女は、しかし鳥類最高の速度によって莫大な距離を一気に消費した。
次の瞬間。
「きゅう!?」
ハブの牙のように戛然と開かれた鋭い巨爪が小札を噛み砕かんと迫り──…
大気が震え衝撃波が炸裂する。崖さえ粟立ち削り散る中、人智を逸した力の奔流が巻き起こる。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ vs 玉城光
開始。
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