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「「”代数学の浮かす” ~法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合~」 3-3」(2012/03/23 (金) 19:46:11) の最新版変更点
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土建屋の娘が読者モデルをやめたのは彼女たちへのケジメだったのだろうか。
後に発展途上国での地雷除去に従事する土建屋の娘。
その生涯は64回目の春が訪れたとき老眼で見落とした地雷を踏むまで続いた。
死骸は酸鼻を極めたが……不思議なコトに顔だけは無事だったという。
そんな運命を知らない彼女は病室を去るときひざまずき、深々と頭を下げた。
顔を守ってくれてありがとう。
それから……ゴメンなさい。
山ほどいろいろ言いたかったヌヌ行だが「ま、いっか」と思った。
だから笑顔を浮かべ「うん。気にしてないよ。でも誰が相手でも……もうしちゃダメだよ」とだけ言った。
地獄のような日々が終わりさえすればいい。
約束も……果たせたのだから。
武藤夫妻への連絡は(ヌヌ行が3日ほど昏睡していたのも手伝って)、ややバタついたものになった。
入院してから5日目。
やっと連絡のついた彼らは慌ててすっ飛んできた。
「へー。じゃあ花瓶が落ちてきたんだ」
「ったく。任務で行ったコトはあるが……まだ窓際にいろいろ置いてるのか」
呆れるやら安堵するやら。とにかく彼らは最後に笑顔でこういった。
「頑張ったな」
「頑張ったね」
期限よりやや早く──ヌヌ行の中では結構な歳月が流れているが──約束を果たせたコトはとても嬉しかった。
退院すると彼女はいつものように自宅へ戻り核鉄を発動した。
.
もう敵の動きを研究する必要はない。
ただ、記念にあのとき自分がどういう動きをしていたのか見たかったのだ。
果して、見た。
しかしスクリーン越しではどうも物足らない。
気付けば思わずあの時間に跳躍していた。
ポリシーに反する行為ではあるがしかし浮かれてもいた。
「大丈夫。ここはビルの3階。しかも双眼鏡で見るだけだから。大丈夫」
場所的に最終決戦のあった場所の真上。特等席だ。
頑張った自分へのご褒美という奴である。望遠レンズで見る自分の雄姿たるや見ていて涙が出るほど感動的だった。
「あ。いけない。もうすぐ土建屋さんとの直接対決なのに」
涙で前が見えなくなった。慌てて拭おうとしたら双眼鏡が……落ちた。
このビルにガラスはない。下手をすれば双眼鏡が地上めがけ落ちるだろう。
そしてヌヌ行が経験したこの歴史では双眼鏡など落ちてこなかった。
落とせば歴史改変をしてしまう。もし土建屋の娘に当たったりしたらこれまでの苦労が水の泡だ。
必死の思いで手を伸ばす。はたして双眼鏡は受け止められた。×字に重ねた両腕で胸に押しつけながら安堵の溜息
をつく。
さあ観察再開だ。身を乗り出した瞬間、爪先に何が重い感触が当たった。
ゴドリという乾いた音がした。きっと下まで響いたのだろう。
「?」
いよいよ自分たちは眼下に迫ってくる。その興奮に一瞬気を取られてたいたヌヌ行だ。
爪先の「ゴドリ」を理解するまで2秒を要した。
何気なく視線を移す。
花瓶だった。
分厚くザラザラした陶器。虎と牡丹が彫られた。5kgほどはあろうかという花瓶。
それが中空にいる。ゆっくりと落ちていく。手を伸ばしても届かない距離で、落ちていく。
「~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
全身の毛が逆立った。フラッシュバック。超高速で回転する脳髄。記憶喪失は回復した。
(そうだ!! 確かあのとき! 上の方から!!)
ゴドリという奇妙な音がした。ちょうど相手がギャラリーに気をとられていたので何気なく上を見た。
.
すると花瓶が降ってくるではないか。理由は分からなかったがあのままいけば土建屋の娘の顔面に直撃だった。
だから、かばった。
ヌヌ行の知る歴史が眼下遥かであっという間に再現され……花瓶は彼女の後頭部に刺さった。
──「ったく。任務で行ったコトはあるが……まだ窓際にいろいろ置いてるのか」
蘇るのは斗貴子の言葉。確かにあるわあるわ同じような花瓶やら紙の束やらサッカーボール。
顔面蒼白の彼女は更に見た。ギャラリーのうち何人かがこちらを見ているのを。
慌てて後ずさる。
死角に逃げ込むと救急車の音がどこからかした。
それを聞きながら彼女は時間を跳躍し……。
濃紺の世界へと戻った。
そして肩で荒く息をつき、つき、つき──…
叫んだ。
「なにアレ!!」
「私のっ!!」
「私のせいなの~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
シュビシュビとスクリーンを指差しながら大声を立てる。
もちろんだが、誰も答えたりはしない。
(なにコレ、なにコレ? いいの? いいの?)
目をぐるぐるとさせる。答えは出そうにない。
自宅に戻ってからも混乱は収まらない。
努めて冷静になって考えてみる。
まず疑問なのは「あの勝利は結局どこから来たのか?」である。
ヌヌ行が戦略的勝利を手に入れるきっかけとなった花瓶。
アレを落としたのもまたヌヌ行である。
.
「で、その私っていうのは勝ったのが嬉しいからあそこへ行ったんだよね?」
恐ろしいパラドックスを孕んでいる。
花瓶が落ちたから勝った。でも勝ったから花瓶が落ちた。
「………………………………………………か、考えるの、よそう」
もっと重要なのは、ヌヌ行のポリシーについてである。
「うぅ。歴史改変なんてしないって決めてたのに」
結果からいえば最後の最後で介入してしまった感がある。
アレは果たしてアリなのだろうか?
しばらく俯いていたヌヌ行は……突然ガバと面を上げた。
「いいや!! アリだ!! アリなのだよ過去の私ぃ!!!」
「フ、フフ。私、か。あれほどの困難を成し遂げたいま一人称がそれじゃダメだ!!」
「決めたぞ!! わた、ぼく、おれ……拙者? んーーーーーーーーーーーと。余じゃなくて、不肖でもなくて~~~」
「ほ!!」
「そだ! 我輩! 我輩はね!! 今日からね! 超越者を目指すの!! 来るべきウィルとの戦いに備え!!」
「超越するのだよ!! にも関わらずあの程度の事象についてうだうだ悩んでいても仕方ないじゃないか……」
「フフフ。確かに我輩の悩みどころは正しいよ。が、あの土建屋の娘の顔面に当たらなかったのなら問題はない。時間跳躍
を悪用し敵を損壊せしめる……それはしていない。自ら定めた禁忌は破っていない」
「アレは事故であり!! 事故を起こした我輩自身が阻止した!!」
「阻止できたのはあそこまでの修練があったからだ!!」
「ならば我輩、何も間違えていないではないか!!」
「ククク……クククク!!!」
「ハーッハッハッハ!!!」
「歴史改変!! 何と奥深く素晴らしいものなんだろうね!!」
「我輩いつか可愛い男のコと歴史を旅して悪をこの手で討ち滅ぼしたい!!」
「だから確認しよう!!」
「スマートガンの武装錬金、アルジェブラ=サンディファー。その、特性はアアアアアアアアア!!!」
「ヌヌ行~。御飯よー」
「あ。ごめんおかあさんちょっと待ってて。いまいいところだから」
不意に開いた部屋の扉。そこから母親を押し出すとヌヌ行は後ろ手で鍵をかけ
.
(わあああああああああああ!! なんか、なんか見られたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)
真赤な顔で頭をボカスカ叩いた。
「う。ううう。すまーとがんのぶそーれんきん。あるじぇぶら=さんでぃふぁー。そのとくせいは、そのとくせいは……」
気を取り直してテイク2。まずトテトテとドアにより耳を当てる。母の気配はない。認めた瞬間ヌヌ行はぐっと拳を固め大きく
息を吸った。
「『歴史の記憶』!! タイムスリップならびに時空改変は当然可能!! ただしウィルのようなスロ1で上書き一択な武装
錬金ではなく!! 複数のスロットに歴史そのものをセーブ可能!! 時空改変者が何かやるたびスロット(=歴史のデー
タ)は自動的に増加!)
「つまり!!!」
「どんな歴史でも選び放題!! どんなにウィルが歴史を改変してもロード1発で御破算に、できるッ!!!」
「そして!! わたっ、あ、間違えた!!! 我輩自身は歴史から干渉を受けない!! ウィルの改変の影響で発生した私
……我輩! けど改変前をロードしても以前変わりなく存在する!!」
まさに無敵の能力。時空改変者を相手取ったとしても負ける要素が見当たらない。
このときヌヌ行の興奮は最高潮だった。色素の薄い髪を汗で湿らせ両鼻から息を吹き、幸福の絶頂をいやというほど味
わっていた
歴史を変えられる。しかも変えられるというコトを変えられたりしない。
改めて認識するが──…
幼い少女にしてみれば突然魔法が使えるようになったに等しい。
「あとはその時を待つだけだね」
「ウィル。彼はきっと動き出す」
「その時まで我輩……鍛えるとするかな。自分、という奴をね」
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