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「「”代数学の浮かす” ~法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合~」 3-1」(2012/03/23 (金) 19:44:27) の最新版変更点
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ヌヌ行の武装錬金、アルジェブラ=サンディファー。
その特性は『歴史記憶』。
後年ウィルといううら若い歴史改竄者との戦いにおいてその特性は大いに役立った。
真・蝶・成体の件を見ても分かるように歴史改竄は常に上書き的だ。
因子が飛び交いぶつかりあうコトで一大センセーションを巻き起こしている時空流においては遡行者の存在は致命的、例
え一粒の因子だけが歪められあらぬ方向へ蹴飛ばされ、或いは消滅させられるだけで後の歴史は大きく変わる。
キューとナインボールが踊る盤面のように、或いは棋譜のように。
わずかな改変が生じるだけで元の姿とは大きくかけ離れてしまう。
変わってしまう前の歴史。それはそこにはない。人々にとって歴史とはただ1つのものであり「その時」現出している光景
だけが真実なのだ。再現性はない。消え去ってしまった歴史があるなど全く誰も気づかない。
ウィルの武装錬金もまた復旧性を持ちえない。
あくまで一本の時系列を使いまわすだけだ。
長大な歴史めがけ試行と上書きを繰り返す。ウィルにとって上書きをされ消失された歴史になど何の意味もない。
ただ名前の通り未来を目指しているだけだ。
カズキたちと出会う少しまえ。
初めて核鉄を発動した瞬間、ヌヌ行はただおぞましい光景を見た。
武装錬金発動の閃光がまず部屋を溶かし別世界へと造り替えた。
気付けばヌヌ行はただ1人、濃紺の世界に佇んでいた。メガネの奥で瞳孔を見開き慌てて左右を見るがどちらも塗りつぶ
されたように暗い世界。灯り一つない。下を見たときそろそろ別のヘアスタイルにしようと絶賛検討中の三つ編みがハリネズ
ミのようにビリビリ逆立った。足場はない。左右と同じく濃紺の世界が広がっている。見た瞬間足がすくみせっかちな脳髄は
落下感を即座に前払いだ。眠りに入ったときしばしば全身を苛む偽りの落下感。それをたっぷり20秒連続で味わったヌヌ行
はしかしスカートの裾から手を放し、そして恐る恐る目を開いた。足元に広がっているのはやはり光なき世界。だが落下す
る気配はいまだにない。浮いている……一瞬はそう思ったが正解でないコトにも何故だか気付いた。
まるで自分の足先にだけ透明のアクリル板を差し込まれたような──…
奇妙だが、懐かしい感覚。
恐怖と混乱のなか覚える既視感。追及を妨げたのは地鳴りのような音だった。
何事か。下唇を噛みしめ瞠目するヌヌ行の遥か向こうでそれまで小刻みに震えていた闇色の幕がついに裂けた。ばくりと
開いたその口越しに澱んだ虹色の空間を認めたのもつかの間ひどく平たい巨大なものが出現しそしてヌヌ行めがけ飛んで
きた。
ひぃとたまぎるような声を上げ駆けだすころにはもう遅い。あらゆる大蛇よりも長大なその物体はあっという間にヌヌ行の
背後まで到達した。恐怖、周囲が濃紺一色であるための平衡感覚の欠如。たまらず足をもつれさせ激しく転倒するヌヌ行の
横を異様なものが通り過ぎた。
開闢。真空。海水の出現。原生生物。イクチオステガ。氷河期。ディメノニクス。ジャワ原人。黄河。十字架。掌の穴。円環
の太刀。法隆寺。壇ノ浦。燃え盛る大仏。隆盛を極める江戸の街。海に浮かぶ黒い船。戦火に浮かぶ錦の御旗。焦げた
防災頭巾。アマガエル。蛇の怪物に飲まれる少女。磔刑の蝶々覆面。赤銅の肌。月へ昇る光。紙吹雪。校門へ走る少年少女。
洞窟。無数の月の顔。三叉槍を持つ少年。疾駆する彼は巨大な蝶を突き破り──…
そんな映像を映す無数の巨大な四角が濃紺の世界を斬り裂き斬り裂きどこか遠くへ駆け抜けた。映像はもっと多く搭載さ
れていたようだが加速の中でどろどろ混ざり合っていたため分からない。上記のものだけかろうじてだが記憶にある。
とにかく映画館の通過だった。動画の踊る四角は大きさこそまちまちでひどく不揃いだったが一番小さなものでさえヌヌ行
ゆきつけの市民会館でキッズアニメの劇場版をやれるぐらいはあった。
大きなものは600人ばかりの客を自動車ごと収容できるシアターの、床面積ぐらい。
1コマと呼ぶには巨大すぎる映像群はフィルムよろしく1本の帯に収まっておりそれもまた映画館じみていた。
帯の長さや幅はもはや大河川に匹敵するほどだった。以下の光景を目の当たりにしたヌヌ行があやうく143年ぶりの堤
防決壊をやらかしそうだった県境へ出向いたのは帯からの連想ゲーム、一種の催眠的作用であろう。
帯は、1本だけでなく。
同じような物がそこかしこから飛び出しめいめい勝手な方向へと飛び立った。カッターの替え刃のようにピンと張りつめ一
直線に飛ぶものもあれば龍が如く全身をくゆらせ雄大に舞うものも……。木の葉のように浮遊する帯の欠片は高級な赤絨
毯よろしく丸まりから投入された隣の帯が破砕したものだ。加害者は相変わらず空中でゴロゴロ解けて伸びながらどこかへ
飛んで行った。
とにかくメチャクチャな光景だった。長さも幅も傾きも速度もまちまちの帯たちがてんで勝手に飛び回っている。帯には前述
の通り無数のスクリーンが付いている。時代も国もバラバラな映像群が帯の動きと連動し次から次へと現れる。
ヌヌ行の正面も側面も下もそういったものだらけだ。ひっきりなしに通過する。何が何だかわからない。ただ立ちつくすヌヌ行。
顔色はかつて両生類を強引にねじ込まれたときより蒼白だ。メガネはずり落ち瞳孔は文字通りの点。不意に大音響が轟いた。
空を占める映像群が音声を流し始めたのだ。突然ミュートが解けたテレビ。まさにそれだった。しかも大音量だ。ヌヌ行は一瞬
自分の小さな心臓がバクハツしたのではないかと本気で思った。他の帯も解禁とばかり音を鳴らし始めた。ひどいありさまだった。
砲撃。鬨の声。城の広間とおぼしき場所で声を上げあう裃姿の男たち。駆け抜ける騎馬隊の無数の嘶きと蹄の音が何か
の雅楽に吹き消されそれも攻城兵器に撃ち砕かれた。ついに砕けた欧州の城壁をめぐる怒声と歓声が恐竜たちの争いに
華を添え……隕石の騒音、雷鳴の海、未開の部族のカーニバル、雑多極まる音の矯味でメチャクチャになっていく。広いか
狭いかも分からない空間はもはや不協和音の極みだ。しゃがみ込んだヌヌ行は両耳を押えたまま絶叫し──…
総てが砕けた。無数の帯もそこに映る映像たちも濃紺色の空間も。
現れたフローリングの床。気付いた彼女はよろよろと立ちあがる。
見渡した景色は間違いなく自らの部屋。夢? 安堵のため息を漏らした瞬間。それはきた。
心臓を棒で痛打されたような鈍い痛み。全身が圧縮されていく嫌な感覚。その中で再び帯が現れ通り過ぎた。
今度は小さなものだった。
ただし脳の中を通り過ぎていくそれは先ほどみたどの映像よりも強烈だった。
記憶が一気に蓄積していく。したコトのない経験が当たり前のように追加されていく。神経回路の強制増設は凄まじく痛み
を伴う作業だった。自分が自分でなくなるような、それでいて本来の姿に戻るような……。
何秒か後、床で目が覚めた。どうやら倒れていたらしい。
起きあがったヌヌ行はこのときすでに自身の武装錬金がどういうものか理解していた。
核鉄が何か。武装錬金が何か。そんな知識がごくごく当たり前に存在していたのはヌヌ行の前世と関係がある。
かつて『正史』において*****(ここだけは分からなかった)を過去めがけ送り込んだ最初の改変者。
ヌヌ行がハッキリと知覚するまでしばらくの時間を要したが、彼女の前世、最初の改変者はウィルという大変な痛手を被っ
たらしい。ゆえに彼または彼女は自らの能力で造り替えた。最後の力で歴史を改変し……自らもその武装錬金もより強力に。
「それがいま生まれ変わりめがけ……記憶を送った。核鉄とともに」
何が何やらである。呟いてから思わず噴き出すほど荒唐無稽な文言だった。
イジメこそ受けているがヌヌ行の精神年齢は年相応だ。野暮ったいなりにもうすぐ始まる思春期に向けてティーン雑誌
の定期購読を母にせがんだのが2日前。イジメの発端となった告白など萌芽ではないか。
魔法少女の活躍するひらがなだらけの絵本はとっくに卒業している。アニメはそれなりに好きだが現実との区別はついて
いる。活躍する主人公のマネをしたところで小馬鹿にされるのは分かっている──というか一度学校でやらかしたせいで
より激しい攻撃を浴び尊厳をズタズタにされた──。
だから今の文言というのは何というか夢見がちな子供のやるコトだ。ヌヌ行は子供であるコト自体を恐れている。どうして
あれほどイジメられるのか幼いなりに一生懸命考えやっと出した結論が「大人になればいい」。イジメてくる人間たちより
より洗練された存在になればきっとおぞましい日々は終わりを告げる。
転生だの生まれ変わりだのという戯言は言ってはならないし思ってもならない。
ゆらゆらと揺れる心の中で強く厳しく言い聞かせるがしかし本心はすでに別の部分を見ていた。
確信。呟いた言葉は戯言ではなく唯一無二の真実。きっと自分は何か人々を超越した存在で、同じく超越した分かりやす
い悪っぽいのと争って惜しくも力及ばずいまの姿に転生したのだ。そうだ。そうに違いない。きっといつか自分は失われた力
を総て総て取り戻し悪を討ち滅ぼすのだ。きっとどこか異世界に飛ばされステキな男のコと出会いケンカしたり誤解を重ね
ながら少しずつ距離を縮めてそれを原動力に悪を討ち滅ぼすのだ。シリアスとかコメディをやりながらきっときっと悪を討ち
滅ぼすのだ。
(あ。そういうの……いいなあ)
一瞬ほわんとしたのは学校生活のヒエルラキーが低いからだ。内向人間特有の現実逃避だ。マンガや小説じみた世界に
行きさえすれば何もかも救われる。壮大な誤解。悪とやらを討ち滅ぼせば万事解決、本来人間が飲み干すべき雑多な人間
感情の処理、やりたくもない付き合いを営々とこなす作業は一切免除という馬鹿げた特約を信じている。
だが現実は過酷だ。
ヌヌ行が本当にショックだと思える出来事。
あっという間に夢想を貫き心を抉る1つの事実。
スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファーは時空を渡る武装錬金。
ヌヌ行自身いかなる時系列に飛べるしその先で望み通りの歴史を作るなど朝飯前。
(歴史を……?
(歴史を)
下唇をギュっと噛む。
過去に飛べる。知った瞬間すぐ考えたのが殺戮だった。
未来へ行ける。知った瞬間すぐ考えたのは逆襲だった。
力のないものが力を手にした時芽生える過剰な敵意。
脳裏に生まれたのは男のコとの楽しい冒険ではない。
せせら笑う無数の少女たちだ。
10数分前までそれはヌヌ行の劣等感を極限まで増幅し縮み上らせる恐怖の対象だった。
核鉄を得てからは違う。
鼻で笑い飛ばせるほど小さな存在に思えた。
帯の中では巨大な船が氷山を避けゆうゆうと泳いでいる。
本来はありえなかった光景だ。多くの人間の記憶に残る「巨大な悲劇」。映画にさえなった大事件。
ヌヌ行はそれを「試し」に選んだ。自らの能力がいかほどのものか試し……結果見事に回避された。
自らの力。その確かな証拠を見た瞬間、感情が爆発した。
今まで押さえつけていた感情が報復というベクトルに収束し、持ち前の処理能力が次から次へと献策する。
イジメをやめさせようなどという生ぬるい情緒はなかった。
ただ、憎かった。
生まれる前に消し去ってやる。そんな感情でいっぱいだった。
大きな双眸から涙を流ししゃくりあげながら腕を振る。
無数の帯がめいめいの動きで近づき見たい画面を並べ立てた。
.
お腹の大きな女性が街を歩いている。ダンプカーがその横を通り過ぎた。
新生児室でしわくちゃの赤ちゃんがすやすや寝ている。
ひきつけを起こす女児の向こうで父親らしき中年男性が黒電話を掛けている。
他にもいろいろな画面があったがその登場人物のどれか1人は必ず憎き仇敵と似た顔だった。
消してやる!! 消してやる!!
ヤケクソのように叫び画面を睨む。どれもこれもその気になれば簡単にブチ壊せる光景だった。
意を決し道路へ飛び出せばハンドル操作を誤ったダンプカーが臨月に命中し好ましい結果をもたらすだろう。
生まれたての赤ん坊にうつ伏せは厳禁だ。
まだ携帯のない時代、電話線の切断はまったく死活問題であろう。
他の画面に対しても湯水のごとく復讐法が湧いてきた。
……それは、面と向かっては決して抵抗できない人間だけが持つ「弱い」考えだった。
直接立ち向かえない。だから遠くから狙い撃つ。多くの人間が理想としながら決して達成できない報復の手段。
どこか幼稚さを孕み実効するかどうかも怪しい考え。
それに取り憑かれたヌヌ行の狂喜たるや後々顧みて死にたくなるほど惨めなものだった。
実行できなかったのも含めて、まったく惨めだった。
街を歩く女性が大きなお腹を撫でた。幸福そうな笑顔だった。
新生児室に腰の曲がった老婦人がやってきて赤ちゃんを撫でた。歯のない口をニュっと開け喜んでいた。
部屋に救急隊員が来た。何か囁かれた男性は嬉しそうに頬を緩めた。助かる、というコトだろう。
笑顔。喜び。安堵。
暖かな感情を見た瞬間ヌヌ行の全身は凍りついた。
自分は、自分はいったい何をしようとしているのだろう。何を……しているのだろう。
膝をつき。掌をつき。足場のない空間で彼女はただただ泣き叫んだ。
気づけば元の空間に居て。
そして例の土建屋の娘から呼び出しの電話がかかってきた。
『消せ』
『消せ』
受話器を置くと再び悪意が囁き始めた。人間らしい機微が何だというのだ。奴らの周りの人間が奴らめがけ暖かな笑
みを投げていたとして何だ? それは自分(ヌヌ行)になど向きはしない……馴れ合ってるだけだ。大事大事と愛い焦がれ
る存在が実は他者の笑顔を奪っている。そんなの誰だって受け入れない。「まさかウチの子に限って」。反省も促さず逆に
かばいだてる。訳の分からぬ情愛準拠の擁護と攻撃をたっぷりやりそしてまたヌヌ行を傷つける…………。
だから消していい。濃紺の空間。画面を見るヌヌ行は揺れていた。
未来予想図だった。呼び出しに応じればどうなるか。
結果はいつもそうであるように散々だった。手足のない爬虫類が投入されていた。赤と黄色のストライプが毒々しいそれ
はおぞましいコトに生きていてヌヌ行の鼻先で幾度となく牙をかち合わせた。呼びだされたのは廃ビル群の一角。なぜ行っ
たのが不思議なぐらい迂闊な場所だ。人気はない。救援は期待できない。四方にひしめくビルはどれも高く、ガラスこそ不
揃いに割れているが悲鳴を彼方めがけ突き通すにはあまりにブ厚すぎた。
何かの拍子にヌヌ行が反撃を試みた。たまたま握っていたコンクリートの塊がヘビの命を頭蓋骨ごと粉砕したとき17人
ばかりからなるギャラリーは一斉に不満の声を上げた。後は筆舌に尽くし難い。土建屋の娘お得意の平手がヌヌ行を地面
へ転がした。ギャラリーの1人がここぞとばかりスカートのポケットに手を突っ込んだ。
主催者への媚売り。すかさず何かが飛び、受け止められた。
喜色満面の土建屋娘の手で迸ったのは青白い電流だ。シェーバーをやや尖らせたような形状の器具。それがすっかり
ミミズ腫れだらけの背中に押しあてられ──…近い将来それを味わうヌヌ行はうっと目を背けた。
結局耐えても解決しない。
待ち受けているのは男のコとの楽しい冒険じゃない。
悪との対決はカタルシスも特約もない。ただ負けて痛みを感じるだけだ。
だから消したい。全員消したい。
正直生きてても仕方ない連中だ。
だから、消していい。
『どういう訳か』この呼び出しに関しては改変が通じない。
消したい。
本当に消したい。
それでも彼女たちの周りには彼女たちの存在そのものを喜ぶ人たちがいる。
例え消滅に気付かなかったとしても共に培ってきた輝かしい記憶、時間が育んできたかけがえない感情の共有を丸ごと
刈り取ってしまう。
存在を消し去る咎。ブレーキをかければかけるほど咎の巨大さが見えてくる。ただ殺すより残酷な仕打ち。生まれたコト
はもちろん死んだコトさえ気付かれない。仕返しとは何かが、何かが……掛け違っている。頭がわんわんと痛む。人を消し
去るなど良くない。だが消し去らねば苛まれる。被害者の温情などせせら笑うのが加害者なのだ。それでも消し去るのは……。
悪意と良心のせめぎ合いの果て出したヌヌ行の結論こそ──…
自殺だった。
ひとたび甘い汁を吸えばいつか平気で人を殺すようになる。
自分を苛む連中と同じになる。
それだけは……嫌だった。
もう過ぎたコトだ。
武藤夫妻との対面を果たしたいまヌヌ行は微笑する。
先ほどまでの絶望はもうどこにもない。
彼らとの出会いは新しい可能性を示してくれた。
敵対する人物。彼らもまた命を持っている。いつかあの、斗貴子のお腹にいた鼓動のような存在と出会う権利を誰だって
等しく持っているのだ。
.
それを奪うコトは絶対に間違いだといえたし、ヌヌ行自身守り抜きたいと心から思っていた。
実行するにはどうすればいいか?
心身を鍛え実力で対抗できるようになるのが一番だが……あいにく時間はない。
対決はもう迫っている。
行くにしろ連行されるにしろ廃ビル群には20人近くの女生徒がいる。
いまのままでは勝ち目がない。
だったらどうすればいいのか?
敵対する人物を発生前に消し去るだけが時間操作じゃない。
濃紺色の空間──どうもここに居る間、実世界では1秒たりと過ぎていないらしい──で手を躍らせる。
次元を裂き現れ出でたのは巨大な帯。
そこにあるスクリーンの1つは……廃ビルの群れを映していた。
今は何もない。人は一人とていない。
腕を上げるとさまざまな光景が映った。
敢えて過去にだけ限定したが、建設中から現在までまるで定点カメラをしつらえたかの如く正確に。
そのビルを映していた。
アングルも自由に変えられる。特定の箇所だけ映すコトも。
確認を終えるとヌヌ行は頷いた。ひどい緊張の面持ちだった。生唾を呑む音さえした。
スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファーは時空を渡る武装錬金。
その特性は『歴史記憶』。
通常改変に伴い上書きされ消えゆく歴史だが、ヌヌ行の武装錬金はそれさえも記録し且つ復活さえも可能。
(パソコンの復元ポイントまたはスロットが複数あるゲームのデータ。そう考えればいい)
濃紺の世界に現れた無数の帯は1つ1つが消え去った歴史なのである。
ヌヌ行(創造主)はそれらを閲覧可能。時には必要に応じ自ら改変していくが。
彼女は改変者たるより傍観者……或いは無知なる一般民たらんとした。
それは初めて能力を手に入れた時、幼さゆえ道を外しかけた教訓でもあるが……。
自らを呼びだした土建屋の娘たち。
彼女たちを傷つけるコトなく切り抜け、イジメをやめさせるきっかけにまで好転させた──…
ヌヌ行自身の奇跡的な自助努力。それが彼女の基本を傍観者たらしめている。
そしてその方法とはまったく単純で、馬鹿馬鹿しい、泥臭いやり方だった。
最善手を考えた場合、過去へ介入するコトこそ至高であろう。
馬鹿げたイジメのパーティを強制散会させる手段などいくらでもある。
匿名気取りで教師に電話し現場へ招く。参加者1人1人の行動を把握し来れなく──危害を加えるのではなく、それぞれ
の生活様式に応じたやり方で──する。イジメが始まるより早く廃ビル一帯を火の海にすれば当面の安全は図られる。
たがヌヌ行は最善手を打たなかった。
何故なら彼女に言わせればどれも「ズルい」。自らの力で切り抜けたとは言えない。
カズキや斗貴子なら例えその過程が過酷だったとしても、惨めな思いを味わったとしても……。
矜持を貫き、克己し。敗北の中でさえ掛け替えのないものを獲得するだろう。
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