「狂王」(2007/02/11 (日) 14:34:59) の最新版変更点
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行住坐臥、全て戦い。
地下闘技場主催者、徳川光成はきっぱりと告げた。
武道家たる者、いついかなる時であっても臨戦態勢。不意を突かれたから、など言い訳
にもならない。ましてやルールがないも同然の地下闘技場戦士ならばなおさらのこと。
「刃牙よ……残念じゃ」
こうして不意打ちを受けたチャンピオン、範馬刃牙は敗北を宣せられた。
だが、時として敗北は蚊トンボとて獅子と変える。元々獅子以上の実力を秘めていた刃
牙はというと、鬼と化した。
トーナメント敗戦後、第一戦。最大トーナメントは王座とは無関係だったため、彼は以
前と同じくチャンピオンとして迎え撃つ。
「待ってたぞ、刃牙ッ!」
「勝てよォ~!」
「第二回があったらおまえが優勝だッ!」
客席から声援が飛び交う。
「ほっほっほ……。やはり刃牙が出ると、盛り上がりが段違いじゃな。さてあやつめ、ど
う変わったか……」
チャンピオンの復帰戦を温かい目で見守る光成。先のトーナメントでは立場上冷たく当
たったが、刃牙に対する期待度は今でも変わらない。
闘技場中央で、向かい合う刃牙と挑戦者。
そして、小坊主がいつものフレーズを告げようとした時──。
「武器の使用以外、全てを……」
それは起こった。
「……ぉごっ……!」
股間から血を噴き出しながら、崩れ落ちる挑戦者。
刃牙が放った蹴りが、挑戦者の睾丸を粉砕していた。
「え、ぇ……え?」
余りの速さと展開に、混乱する小坊主。金的蹴りを目視できた者など誰一人としていな
かった。まさに神技。
勝利した刃牙は、無言のまま闘技場から立ち去っていく。
墓地のように静まり返った闘技場で、小坊主の声が虚しく響きわたる。
「しょ、勝負ありィッ!」
続いて、半月後に行われた第二戦。
ここではさらなる惨劇が繰り広げられた。
闘技場に入場する寸前の挑戦者に、有無をいわさず飛びかかる刃牙。以前、ズールにや
られた不意打ちをそっくり模倣している。
「な、うわっ──!」
試合前にもかかわらず向かってくる殺気に、怯む挑戦者。
立て続けにラッシュを浴びせられ、挑戦者は砂を踏むことなくミンチとなった。
さらに一ヵ月後──。
刃牙と挑戦者、両者とも闘技場に現れない。業を煮やした光成は、小坊主に二人を呼ん
でくるよう命じる。
「ふぅむ、どちらも入場せんとは……どうなっとるんじゃ」
ふと、光成に不吉なシナリオがよぎる。
「まさか……刃牙のやつ」
小坊主二人がそれぞれの控え室から戻ってくる。
光成が危惧したシナリオは現実となっていた。
刃牙の控え室はもぬけの殻。対する挑戦者の控え室には、なんと瀕死の重傷を負った挑
戦者が転がっていたという。
「な、なんということじゃ……」
頭を抱え込む光成。
「刃牙はどうしたッ!」
「みっちゃん、早く試合してくれよ~ッ!」
「いつまで待たせやがる!」
うるさい観客のヤジなど、もはや彼の耳には入らなかった。
翌日、事を危ぶんだ光成は刃牙を徳川邸に呼び寄せる。
胡坐をかき、話し合う二人。
「たしかに“行住坐臥全て戦い”といったのはこのわしじゃ。だが刃牙よ……いくらなん
でも昨夜はやりすぎじゃ。あれでは武道ではなく、おぬしの父が唱える暴力と変わらんで
はないか」
こんな毒にも薬にもならぬ説得に応じるとは思えなかったが、予想に反して刃牙はしお
らしく頭を下げた。
「ごめん……じっちゃんが正しいよ。俺はどうかしてたみたいだ」
「では、考え直してくれるのじゃな?」
「あァ、こうなったらすぐにでも試合をしたい。次はだれとやらせてくれんだい?」
改心し、やる気をみなぎらせる刃牙に光成も喜んだ。
「うむ、では一週間後に試合を組んでやろう。対戦者は今、この中から吟味しておる」
格闘士の名前が入っている数枚のカードを、得意げに刃牙に披露する光成。だが、これ
がよくなかった。
カードに名を記されていた候補者たちは、その日のうちに何者かによって自宅で半殺し
にされてしまった。
この事件を知り、光成は悟った。もう止められない、と。
街中を独りさまよう刃牙。
陰気な息づかいで、左右に首を振る。
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ、はぁ……」
すれちがうひ弱そうな男。むろん、刃牙の敵ではない。だが、兄のようにドーピングを
すれば超人になるやもしれない。
「はぁ、はぁ……」
店外にあるUFOキャッチャーで騒いでいるカップル。彼らが生んだ子どもが、いずれ
刃牙を凌ぐファイターにならないとも限らない。
「はぁ……はぁ……」
黄信号にもかかわらず、猛スピードで駆け抜けていくトラック。あれにぶつかれば、い
かに刃牙といえどただでは済まない。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
そびえ立つビル群。もし屋上に自分を狙う有能な狙撃手がいたら、瞬く間に撃ち殺され
てしまうだろう。
──ダメだ。
こんなことをしていたら、遠からず精神が参ってしまう。しかし、やめられない。彼は
格闘士。いつどこでだれと戦おうと、決して敗北を許されぬチャンピオン。
「うおおおおっ! 敵はどいつだッ! 敵はどこにいやがるんだァッ!」
繁華街のど真ん中で、刃牙の絶叫がこだまする。
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