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「「演劇をしよう!! (前編)」 (16-2)」(2011/11/18 (金) 11:30:52) の最新版変更点
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豪華な部屋、と書くといささか平易だがそれ以外の形容ができないほど豪華な部屋だった。
壁や天井は金色に輝き大理石の敷き詰められた床には絢爛なる絨毯が広がっている。壁にはこれまた金色の額縁に
入れられた名画の数々が居並び部屋の中央に鎮座する黒檀の机には三又槍を思わせる銀色の燭台が置かれている。
その机の上を含む周囲には豪華さを消し去る物体がこれでもかと蝟集(いしゅう)していた。
机の右には高さ1mほどの赤い筒。左には月の顔を持つ燕尾服。上には毛布ごとごろごろする少年。
傍若極まる連中が部屋の威容をこれでもかと壊していた。
「むーん。細菌型ときたか。とくれば感染者はさぞや惨たらしい死に方をするんだろうね」
実に興味深い。黒目のない真白な瞳を仄かに輝かせながら月は口を綻ばせた。
およそホムンクルスの類型というのは3種類に分けられる。植物型。動物型。そして人間型。調整体やヴィクタータイプ
といった存在もいるにはいるがそれらは基本3種の派生形にすぎない。少なくてもムーンフェイスがかつて所属していた
LXEという組織ではそれが通念だった。
議題に上っているのはリヴォルハインという幹部について。類型に収まらない……細菌型だという彼に錬金術師としてお
おいに興味をひかれたのだろう。柔和な笑みを浮かべながらムーンフェイスは筒と少年を見渡した。
細く、女性と見まごうほど端正な顔立ちの少年だ。もっともその表情はまったくしまりがない。不真面目で緩みきって
つくづくとだらしない顔つきだった。
「まー厳密にいえばー。リヴォはさあ、色んな細菌のいいところどりした調整体みたいなカンジだけど」
円卓の上で寝返りを打ちながら相槌が1つ。眠そうな顔の少年は枕に顎を埋めそしてムーンフェイスを見た。
「面倒臭いコトにさあ、アイツいまは無害なんだよね」
「むん?」
「だーかーらーさぁー? 理論上は有毒な細菌1株見つけるだけで乗っ取ってコピーして銀成市ぐらいあっというまにバンデ
ミック。1時間で市民全滅。でもアイツ頭がおかしくてさあ、正々堂々がどうとかいってやらないんだよ」
「なんでまたそんなコトになってるんだい? 私が盟主なら真っ先に命じるけどね」
ガツッ。机が揺れた。ムーンフェイスは一瞬目を丸くした震源地を見ると薄く笑った。
赤い筒が微かに揺れている。動いた拍子に当たったのだろう。
くぐもった咳ばらいと同時に筒の下部へ金髪が引き込まれるのを彼は見逃さなかった。
「結論から言おか。常在菌っておるやろ? 基本、毒にも薬もならん細菌や」
「彼は、それだと?」
「ああ。ホムンクルス化の影響か感染力こそ凄まじいけど人間の体内に入っても発熱1つ起きひん。感染者がホムンクル
スになるっちゅーコトもない。感染して体調崩すとしたらそいつの抵抗力とか体力が極端に落ちとるせい……リヴォのやら
かす『活動』のわずかな労力さえ負担になるほど弱ってなければ、まったく無害な細菌や」
というより、無害な細菌だけを選びホムンクルス化し自らの支配下に置くのがリヴォルハインという男の仕組みらしい。
つまり人間ではなく細菌専門の幼体をばら撒いていると考えていいだろう。
そして細菌を介し人間に感染……。やや迂遠な気配はある。
「あとはー、もともと病気で免疫力が極端に落ちてる人とかもやばいよねー」
(免疫力が極端に、か。正に適任という訳だ)
地下に充満する黒死の蝶の映像が円錐に巻かれ脳髄を刺したようだった。」
赤い筒は一瞬そんなムーンフェイスを見て笑ったようだが実際の表情は分からない。
「リヴォの体は無数の細菌型ホムンクルスからできとる。スイミーみたいな群れやないで。人間の細胞ぜーんぶ細菌に置き換
えたような感じでな、奇妙な話やけど無数の細菌がスクラム組んで1個の生命を作っとるんや」
「それらが人間に感染した場合、まず脳を目指すんだっけ? それから全身に広がっちゃうんだよね」
「そやそや。でも幼体のように自我を乗っ取る訳やない。脳細胞の使われてない部分に住み着くんや。ん? 脳梗塞とかど
うかて? リヴォの細菌はめっちゃちっこいねん。人間の細胞の100分の1とも1000分の1とも言われとる]
「言われている?」
「どうやらリヴォは日々勝手に進化しとるらしく詳しい現状は創造主のリバースさえよく分からん。とにかく最初より小型化し
とるのは間違いない。おっきさ的にはもはやウィルスって感じやけど最初は細菌型やったしそっちの方が呼びやすいので
みんなそう呼んどる」
「感染者がホムンクルスにならないのは、あまりに小さすぎるせいかな? いや、というより我々ホムンクルスが人間の体内
に入り込むような感じだね。入るのが幼体じゃないとくれば保存されるね。相手の自我は」
「あとさー、材質的な問題もあるんだよねー。ね。デッド」
「?」
「そ。ちょっと変わった材質やからな。体内に潜り込んだアイツは人間的には異物やけど免疫系統に攻撃されるコトはあら
へん。もし仮に攻撃されてもそこはホムンクルス、錬金術の産物使わん限り駆除すんのは不可能や」
「むーん。仕組みはだいたい分かったよ。でもどうして君たちは彼の存在を黙認しているんだい?」
「そりゃあ……面倒臭いから?」
「アホ!! アホウィル!! お前は何かっちゅーとそれか!! 月のお兄ちゃんの質問ちゃんと理解したれや!!」
怒鳴り声と共に何かが飛んだ。机上の上空に達したそれはすぐさま力尽きたようだ。
幾つか、ムーンフェイスの前へと転がった。
(メダル……?)
銀色をしたそれは様々な動物の意匠が刻まれていた。どうやら筒の下の方から飛ばされたらしい。またも金色の髪が
波打ちながら赤い円筒へ吸い込まれるのが見えた。素顔ぐらい出したらいいのに。溜息交じりにメダルを弄ぶムーン
フェイスの眼前に渦が現れたのは滑らかな関西弁の咆哮と同時だった。
(ああ。確か武装錬金だったねそれ。クラスター爆弾。特性は)
媒介を用いたワームホールの生成……だったか。記憶を辿るムーンフェイスをよそに渦が次々と生まれた。
渦は総てメダルの傍に開き、そして無数の赤い筒型を吐きだしていた。
「むーん」
閃光と爆音が部屋を揺るがした。机上のウィルが煙に包まれた。標的が誰か言うまでもない。
「仲間割れかい? およしよ。決戦も近いんだし」
「そうだよ面倒臭い……」
煙の中から出てきたウィルはつくづく言葉通りの表情で生あくびをした。どこからとりだしたのか漫画本を広げ適当に
まくっている。怪我はおろか衣服の破損さえまったく見受けられずムーンフェイスは舌を巻いた。
(『領域の中』限定だけどこの少年は時間を操れる。今のは……時間を巻き戻した。そう。デッド君の特性発動前に)
メダルの落ちる音が筒の中から響いた。引き攣った声と舌打ちもそこから響いた。
「あとさ。ムーンなんとかさん?」
「むん」
「言外に意味とか込めるのとかやめてよね」
一瞬場の雰囲気が変わったのをムーンフェイスは痛感した。枕の上で首だけもたげた少年がやや挑戦的な目つきでじぃ
と眺めてきている。それだけなのに空気がキリリと軋み氷結していきそうだった。迂闊だがムーンフェイスさえ妖月の光を
ウィルに認めた。瑞々しい吐息が間近でした。振り返る。短い髪の少年が背後にいた。しかも彼はすでに燕尾服越しに
胸を抱きすくめ薄く笑っている。
(時間が飛ばされたようだね)
横眼で見た少年はうっすら汗ばんでいるようだった。さらさらとした髪がべとりと顔に張り付き左目だけが甘い輝きを
放っている。
「洒脱なつもりなんだろうけど回りくどいだけだよ」
尖った顎が撫でられる。とても上品に。愛撫するように。
「ふふっ。でもそうやっていつまでも勿体ぶって底を見せないところは……好きだよ」
そうやって笑いながら彼は何度も何度も顎を撫でる。
(……仕事モード。ウィル君の別の顔。1日に1時間しか見せないというアレかい)
年若い中性だけが持つ凶々しい魅力が闇の中から這い出てきた。そして甘くくすぐっている……幼少期の桜花や秋水に
さえついぞ覚えなかった感覚に薄く唾を呑んだ。
「男に色目使うなやー!!!!」
「ぶげっ!!」
破裂音が聴覚に三連の爪跡を立てながら消滅した。ムーンフェイスは見た。爆破によって浮きあがった重々しい筒が横
合いからウィルを張り飛ばし壁めがけ吹っ飛ばすのを。
「ううあああ~~~」
壁を見る。瓦礫や埃の中でウィルは奇妙な声を上げぐるぐると目を回している。
「ぬむあわわぬうぃいーー!! やめぇやホンマもう男同士でそーいうのとか! アカンアカン。男女同士の健全な奴しか
アカンねんクライマックスの奴へんな本見せてきよったけどアカンねんアカンねん男同士でそんなんとか不潔や不健康や……」
筒を見る。もともと赤い表面が更に赤熱しているのが分かった。時々こんにゃくのようにブリブリ左右に触れたりもしてい
る。どうしたものか。悩んでいると筒は俄かに「はうわ!」とギリシャ字のシグマを飛ばし慌ててまくし立て始めた。
「月のお兄ちゃんの言いたいのはつまり『細菌型の癖して病気感染で人殺せもせんやつ幹部に据え置くな』っちゅーコトや
ろがい!!! おま、たいがいにせえよ!! 仕事モードのときはイソゴばあさんの次ぐらいには頭回る癖に!! 行間読
んでちゃんと答えたんのが渡世やろうが!! それがええ商売人の心意気っちゅーもん違うんかい!!」
ウィルはと見れば48倍速の尺取り虫のような姿勢でキュッキュと机に昇りつめ、枕にぼふりと顔を埋めた。
「えー。しょうばいにーん? やだよ面倒臭い。ちょっとFXやるだけで2000万円ぐらい稼げるんだよボク……」
「働けやお前は!! そーいう、そーいう虚業で儲けんなや! ちゃんと額に汗してやな、人と人との関わり合い大事にして
お客さん笑顔にした上でお金もらうんが一番やないのか!! ああ!!?」
「えー。ボクたちホムンクルスだしデッドももう沢山人殺してる訳だし正しい道とかいわれても……」
「う、ウチが殺したんは人から何か奪う奴だけやもん。強盗とか盗人とか下らんポカで取り置き別の奴に売ったバイトとか」
「でも殺しは殺しじゃん」
「うううう!! 口だけは達者なー!! このー!!! ぼけー!!」
「あー。怒られたので熱出たー。今日の坂口照星の拷問当番サボっていいよねー」
「サボんなや!! ちゃんとしっかり拷問して血ぃ出すのが使命やろがい!!」
「話がずれてるよ。デッド君。当番なら私が彼を連れてくよ」
お、おう。悪かったな。筒はもじもじと体を捩らせると息を吸い、言葉を継いだ。
「おにーちゃんおにーちゃん、自分、分散コンピューティングって知っとるか」
「むーん。確か匿名掲示板とかで白血病の解析をやっているアレだね」
「そそ。さすがおにーちゃん頭ええわあ。うんうん。そや。そや。調整体1つ見てみてもわかるよーに、ウチらマレフィックは
LXEなんか足元にも及ばんぐらい高度な研究をしとる。それこそ白血病の解析並や。むっずかしーコトばっかやっとんね
んで。スゴいやろ。主に盟主様がな、スゴいんや。もうすぐクライマックス改造手術して鐶並にするしなー」
いやに朗らかな声である。案外人懐っこい筒なのかも知れない。
「察しがついたよ。取りついた人間の脳を使っているという訳だ」
「アイツ細菌型でしょ? だからさあ、とりついた人間の脳を使う訳。人間の脳ってふだん使ってない部分がかなりあるから
さ、そのあたりだけ一時的に乗っ取るの」
「無限に近い細菌たちやけど、みーんな意思を共有しとる。そやからこその分散コンピューティングや。スパイウェアにも近い
な。こっそり潜り込んでちょっとずつちょっとずつ勝手にリソース使うんや」
「そしてそれこそがリヴォルハイン君が作られた目的」
「うーん。今はそうなんやけどな。発案当時はちょっと違(ちご)とった」
筒はあせあせと汗をかいた。
「7~8年前やったかなー。確かウチとディプレスが例の猫と飼い主を1つの体にした少し後や。前の『土星』が音楽隊にやら
れてなー。その数年前にも一度大破してたし、そろそろ除却して新しい『土星』を作ろって話になったんや」
(7~8年前、か)
といえば防人たちが赤銅島の惨劇に直面したかしないかぐらいの時期である。斗貴子が戦士になる前かも知れない。
(パピヨン君は……中学生ぐらいかな?)
デッドという筒はそんな時期から幹部をやっているらしい。見た目からは想像がつかないが、なかなか古株なのだろう。
筒の話、続く。
「せっかくやから何か新しいの考えよってコトでマレフィックたちで知恵出し合ったんや」
「むーん。何ともいい心がけ。LXEではまず考えられないよ」
「そやろ!! そやろ!! 盟主様はウチらの知恵大事にしてくれんねん。偉い人やのに偉ぶらへんねん。だからまあ
ほんま好きやわぁ。ふわふわした服似合うし可愛いしなあもぅ。ぎゅっとしたい!! ぎゅって!!」
「……キミの性別がだんだん分かってきたよ」
「うぅ。顔見といてそれないわ。怖いからか? 怖いから分からへんだんか? それはちょっと傷つくわあ……」
「とにかくさ、最後の幹部を召喚するためにも新機軸は必要でさ」
「最後の幹部……? ああ。イオイソゴ君が捜索中の……マレフィックアースだね」
「そそ。それ呼ぶのに必要なのか何か考えた結果採用されたんがグレイズィング提案の細菌型やったんやけど、それがま
た難しくてなー」
「最初はさー。みんな、ゾンビ映画よろしくホムンクルス幼体のすごく小さいのばらまいてさあ、空気感染で人間次々バケモ
ノにしようとか思ってたんだよねー」
「けど細菌サイズの幼体とかめっちゃ作りづらいんやて。だいたい、細菌型とか何? って話やんか。動植物型みたくテキトー
な細菌基盤(ベース)にしてテキトーな人間に埋め込んでみたけどやなあ、なんかもうグネグネグネグネ動くだけで全然使い
もんにならへん。一応増殖はしたけどやなあ、人間サイズのまま増えよんねんあのアホ。いやいやいや!! そんなでかい
細菌やったら感染せえへんがな! もっとこう細かく分裂できへんのか! って思いつつ実験を繰り返してみたけどあんま
芳しい結果はでえへんかったな」
いやいやいや、に合わせながらぷんすか飛び跳ねる筒に感心するやら呆れるやらのムーンフェイスだ。ウィルはと見れ
ばラジカセを無造作に置いたきりグースカ眠り始めた。『会話めんどい。再生ボタン押して。タイミングあう』。そんな張り紙
を見た瞬間、ムーンフェイスは柄にもなく椅子から転げ落ちそうになった。
(君はどれだけ面倒くさがりなんだい)
呆れる思いでボタンを押す。眠そうな声が聞こえてきた
「研究が一気に進んだのは今から2年ほど前。リバースが加入してからだよ~」
「なるほど。そういえば例の音楽隊の副長を作ったのも彼女……だったね」
ラジカセに答えながらムーンフェイスは軽く汗を流した。海千山千の連中を相手取ってきたという自負はあるが、ラジカセ
相手はなんだか勝手が違う。
(なんかの漫画の影響かい?)
ウィルの読み捨てた漫画を見る。冷静で涼しそうなタイトルだった。
「そそ。鐶の作者。割とすぐ細菌型に必要な小型化成功させてさー。長年研究やってるディプレス涙目。リバースってさ、
素手でもむちゃくちゃ強いけどあのコは錬金術師としてもなかなかなんだよねー。怒るとケダモノだけど」
筒も盛大な溜息を洩らした。
「もっとも、アイツが一番怖いのは怒り狂っとる時やない。自分を救わなかった世界にどうすれば効率よく復讐できるか……
笑顔の裏で冷然と目論んどる時や」
「むーん。確か彼女の武装錬金は必中必殺の『マシーン』(機械)……喰らってしまえば完全回復持ちのグレイズィング君で
さえ根治不能の恐るべきサブマシンガンだったね」
笑顔の似合う、いや、笑顔そのものとさえいえる清純な少女を思い浮かべながらムーンフェイスは嘆息した。
「それで敢えて『誰も殺さず』『しかしそれ以上の破滅を』、何の罪もない家族にもたらし続けてきたリバース君だ。なかなか
ステキな提案をしたんじゃないかね」
「まーなあ。アイツ曰く、せっかくバンデミック起こして人間ぎょうさん殺しても、5回もやれば大体対処されるようになってしまう
らしい。人間の対処力というのを考えた利発な意見やな。まあそれならそれで毒性を高めたりとかもっと違ったやり方もある
けど、それは結局イタチごっこ……下手すれば蜂起前に察知されまた戦団に負けるかも知れん。だからリバースはそんな
伸びしろのない破壊を敢えて捨てた。目先にある沢山の被害より、長期的にじわじわじわじわ人を害し、恒常的にウチらが
得をするような……アイツお得意の”自分の敵意を見せない”怒りの発露を提案した」
「具体的には?」
「情報戦略や。常在菌のようにいろんな人の体にへばりついてやな、いろんなところからいろんな情報を仕入れられれば
それでええって考えやったらしい」
「ボクたちが坂口照星の外出を知り得たのもさ、リヴォが戦士の体に取り付いてたからだよね」
(タイミングばっちりやなお前!!)
(いつ録音したかも分からないのに……)
ラジカセから流れてきたウィルの声に2人して息をのむ。ウィルはグースカグースカ寝息を立てている。枕にしがみつく
彼の顔はとてもとても幸せそうだった。
「そういえばキミたちがLXE残党の浜崎君や佐藤君といった連中に接触できたのも」
「そやな。リヴォの能力のお陰や。そっちにもちょっとした理由とか見通しはあるけど……後にしよ」
とにかく。と筒は背筋を伸ばした。
「ま。そーいった恩恵はリバース的には副産物に過ぎひん。アイツがリヴォ使った分散コンピューティング発案したのはやな」
「したのは?」
「鐶光。妹の5倍速老化を治すためや。リバースはそうといわんがまず間違いない
「へー。それは初耳だね
「さっきもゆうたけどやな、先進的な研究やろうとするなら白血病解析するぐらい沢山のコンピュータがいる。まして今まで
誰も作ったコトのない特異体質持ち改良しようとするなら尚更や」
「あの5倍速老化はボクたちにとっても未知の領域だからね。ま、ボクの武装錬金を使えばさ、進行はもっと遅く出来る
し巻き戻すコトさえできるよ? もっともそうすると今度は『インフィニティホープ』の籠の鳥だからリバース的には閉じ込め
たくああもう面倒くさい」
「…………」
当たり前のように会話に参加するラジカセをムーンフェイスが鬱陶しそうに見たとき、赤い筒からも溜息が洩れた。
「ブレイクが聞いた話やと進捗率は90%を超えとるらしい。たぶんウチらと戦団の戦いが終わるころその研究は完成する」
「つまり救われる訳だね。あの音楽隊の副長は」
それも生き延びられればだけど……皮肉めいた笑みを浮かべるムーンフェイスをよそに筒は自分の言葉を紡ぐ。
「けど……そこにジレンマがある。リヴォはな。リバースの予想さえ上回っとる」
「むん?」
「増殖速度が速すぎるんやアイツは。進化のスピードも」
「そういえばさっきも同じコトを言ってたね。彼の詳しい現状はリバース君にさえ把握できていない……と」
「そや。リヴォルハインはただの実験材料で終わるつもりはさらさらなかったようや。リバースが鐶を救おうとするように
リヴォもまた救いたい存在がいるらしい」
「彼の経歴なら聞いているよ。……傲慢だね。未だに自分の無力を理解できていない癖に」
「誰か分からんけど人を救おうとしとるからな。しかもアイツのやろうとする救いはどこかズレとる。的外れや。その癖大きな
コトだけはいいよるよって始末が悪い。加えて何をやるか具体的に言ったりせえへん。ブレイクの能力で隠し事を禁じてもや」
「暴走の危険がある……ってコトだね」
「そやさかいな。実はリヴォには常に『マシーン』の特性を喰らわしとる」
「アレをかい? 対象の声から逆算した固有振動数で体を緩やかに分解する……例の必中必殺を?」
「治療せんかぎり最長でも発動から2時間で死ぬ。それは人間でもホムンクルスでも同じや。リバース本人でさえ喰らったが
最後解除せん限り絶対死ぬ。しかもおぞましい幻覚のオマケ付きで振り払おうとすればますます死に近づく……本来はな」
「本来は? まさか死なないのかい? それを喰らっても?」
「ああ。リヴォの武装錬金が武装錬金やからな。せいぜい増殖と進化を抑制するのが精いっぱい……」
「むん? いまキミは幻覚のオマケ付きといったよね? そっちはどうなんだい?」
「幻覚自体はキチンと見えとる。が、恐怖は一切感じてないらしい」
「つまり……実質無効という解釈でいいのかな
「無効っちゅー訳やない。放置すれば際限なく感染範囲を広げ想像もつかん境地に行きウチらの敵になりうるかも知れん
リヴォルハインをどうにかレティクルっちゅー組織に繋いどれんのはリバースのお陰や。もっともリバースがそうしとるのは
義妹(いもうと)救うためなんやろうけど」
「リヴォルハイン君の処理能力は決して劇的に伸びない。かといって放置しておけば敵となり演算ができない」
「ジレンマいうたんはその辺のせーやな」
「そんなリヴォルハイン君の武装錬金は、何だい?」
「『自分は人を救える』。勘違いもはなはだしい傲慢ぶり。そして細菌型ホムンクルスに変貌を遂げたが故の精神の変化。
それらが生み出したおぞましい武装錬金は……細菌型の体ともっとも相性のいい奴や。最悪といってもいい規格外れや」
「そや」
PMSCs リルカの葬列
「民間軍事会社の武装錬金・リルカズフューネラルはな」
「リヴォルハインが武装錬金を発動すんじゃねえよなwwwwwwwwww」
「ですねー。どっちかというと武装錬金がリヴォルハインさんって病気を発動するような気がこの上なくです!」
全身フードをつけなおしたディプレスとクライマックスは誰もいない夜道へと消えていった。
「そう!! この会社の目玉商品はまさに及公という病気! 副業でいろいろやってはいるが、基幹はあくまで及公の流布っ!」
「ハイハイ。でもみんな愚痴ってますよ。いつも。民間軍事会社のどこが武器なんだって」
「え? 民間軍事会社イズ武器ちゃうのであるか?」
「いや名前聞いた時点で気付きましょうや! 武装錬金って突撃槍とか処刑鎌とか、いかにも武器! って奴ばっかですぜ!
よくてチャフとかガスマスクぐらいまで! 何か違う!! 何か違うよ民間軍事会社!!」
がなりたてるとウェイターが不思議そうな顔で通り過ぎた。
「とにかく民間軍事会社はですねえ! 組織とか国とかがですよ、警備員とか戦闘員の派遣頼んだり補給とか武器の整備
任せたり兵士の教育してもらったり時にはアドバイス依頼したりする組織で傭兵集団みたいな武力とはちょっと違うんですっ
てば」
「おー。そうだったのかー」
「分かってくれましたか」
「じゃあ国とか大きな組織にとっては武器であるな!」
「なんでそうなるんすか!?」
「だって自分の力だけじゃ敵に勝てないからみんな手を伸ばし頼るのであろー? だったら武器である! うむ。キンパくん
がご不満なのはたぶん個人の手に負えない大規模な組織だからであろう。ならば及公もっと巨大な組織と化し果ては国家
規模のネットワークを形成されるおつもりだ! されば解決さまざまな敬意にも反さない!!」
ああダメだこいつ。細菌感染者を沢山社員にしているせいでマクロすぎる。金髪ピアスはしくしくと泣いた。
(意識取り戻したらなんかこんな格好だし。変なあだ名つけられてるし)
服装を見る。スーツだった。
(なんやかんやでファミレス来てるし)
トントンとテーブルを叩きながら辺りを見渡す。深夜というコトもあり人は少ない。よれよれのカッターシャツを着た中年男
性は夜勤明けだろうか? 窓際でベタベタしているカップルはいろいろ造詣がマズく見ているだけで不愉快だ。家でいちゃ
つけ。そんな毒づきを一通り漏らすと金髪ピアスは深いため息をつき項垂れた。
(幸いお袋はすぐ元の姿戻って家帰ったけどよー。どうなるんだ俺の運命)
──『このファミレスで仲間と落ち合うのである!! 待とう!!』
そう言われて何となくついてきてしまった金髪ピアスだ。もっとももし逃げようとしても「社員」として無理やり服従させられ
るかも知れない。
(実際なぜか敬語で向き合っているしなあ俺。武装錬金の影響下にあるもんだから創造主……社長には逆らえんのか?)
そもそも武装錬金が何かという認識を持ってしまっているのが悲しい。
(セミナーとかやるんだもんなあ。そして1時間ぐらいで基礎知識全部叩き込むんだもなあ)
テーブルに転がるノートやテキストを眺めながら盛大な溜息をつく。
──「え? 勉強するんすか」
──「入社してもらった以上当然である!!」
──「てか手作業!!? なんか能力的なアレで社員にしたのに!?」
──「うん!!!!」
──「うんじゃねえよ!! ふつうそういう時ってご都合主義的に知識とか勝手に流れ込んでくるんじゃないのか!!」
──「うん!! それもできるっちゃあできるのである!!」
──「じゃあやれよ!!」
──「だがやらん!!」
──「なんで!?」
──「なぜなら知識に対する敬意に反する!!」
──「また敬意か!!」
──「手指も動かさず直接脳髄に知識を流し込むなど、良くない!!!」
──「いや最高だって!! 俺のようなぐうたらには!!」
──「入力と思考、そして出力を経て初めて知識は自らのものになる!!!」
(聞けば定期的に新入社員集めて直接教えてるらしいぜ。マジ普通の会社じゃねーか)
悪の組織やその幹部にしてはあまりに地味すぎる。嘆いてみるが現実は変わらない。
(つーかこの世界には錬金術ってのがあって人間食べるホムンクルスが暗躍してるのか)
最近銀成市で多発する行方不明事件。ホムンクルスの仕業かも知れない。
(どうすりゃいいんだろ。俺)
「はい!! はいっ!! 先生!! クライマックス先生!! 及公から質問があらせられるそーです!!」
向かいの席では身長2mを超える美形貴族が楽しそうにピシピシ手を上げている。
「いや俺クライマックスじゃないんですが……」
「じゃあ……クライマックス先生V号っっ!! ぶいごー!! 及公から! 質問があらせられるそーです!!」
いろいろ突っ込みたくなったが敢えて流し言葉を促す。
「戦団の錬金力研究所、武装錬金な秘密基地は武器に入りますか!!?」
「バナナはおやつに入りますかみたいなノリで聞かんで下さい。しかもサラリと痛いところを……!!」
「本人は無心じゃからて。論破目的でなく心から純粋に不思議がってるゆえ始末悪い」
「そうスね」
これ以上民間軍事会社を発動するコトの是非を論じても仕方ない。そう判断した金髪ピアスは新しいテキストを手にし
そして広げた。
「社長。あなたこうやって自分の能力教科書にまとめてますけど、いいnスか?」
「いい!! 書いておけばみんなすぐ分かるではないか!!」
「いいのかなー。敵とか正義の味方に見られたら弱点突かれて死ぬかも……」
「知られてなお敵を打破できる。及公の求める強さというのはそれなのである!!」
「はあ」
気のない相槌まじりにテキストを読む。
【たくさん及公入れた奴ほど偉い!】
社長 … 細菌とてもたくさん
部長 … 細菌ちょっとたくさん
課長 … 細菌たくさん
係長 … 細菌ふつう
社員 … 細菌すこし
「どーしたのであるか?」
「…………もっと詳しく書いてください」
机に突っ伏したまま呻く。どうやら感染した細菌の数に応じて社員のランクが決まるらしい。
「まーあれじゃよ。その時点に於いてりるかずふゅーねらるが保有する細菌のおよそ5割持っていれば社長になれる。部長
クラスで1割前後。社員は1厘もあればおーけーじゃ。じゃからこの図……いささか大雑把すぎるの」
ちなみに、と言葉を紡ぐ声はひどく滑らかだった。
「りるかずふゅーねらるの特性はの、『戦闘知識の提供ならびに肉体や精神の強化』。決して社員を無理に操る能力では
ない。と、いうより社員に仕立てあげない限り分散こんぴゅーてぃんぐでちまちま処理能力かっさらうぐらいしかできん」」
「つまりこの武装錬金……真価を発揮するには契約とかが必要なんですか?」
「武装錬金とはいえ会社じゃからの。社員を使役するにはまず対価を与えねばならん」
「なるほど……」
広大無辺な能力だがそのぶん制限もあるらしい。便利なのか不便なのか分からぬ武装錬金だ。
「ちなみに係長クラス以上になると武装錬金が発動できる!」
「チートか!! 核鉄ないとムリなんだろそれ!!」
「厳密にいえば疑似というべき武装錬金である。詳細はテキスト24ページ参照されたしっ!」
見る。
【疑似武装錬金って何?】
ブレイク君 「博士! どうしてリルカズフューネラルの社員は核鉄なしで武装錬金発動できるんですか!」
リバース博士. 「それはだねっ! リヴォルハイン君を構成する物質が、特殊だからだよ!」
ブレイク君 「どう特殊なんですか!?」
リバース博士. 「リヴォルハイン君はパピヨニウムでできているんだよ!」
ブレイク君 「パピヨニウム!? 未来でパピヨンさんが発見した鉱物で! すごーい!!」
リバース博士. 「しかもパピヨニウムは特殊核鉄だって作れるのだー!!」
ブレイク君 「特殊核鉄を身に付けるといろいろな効果があるんだよね!」
リバース博士. 「そうよー! 攻撃力アップ、移動速度上昇、ヒートアップゲージ最大でバトル開始。いろいろできますっ」
ブレイク君 「あれぇー? でもこの時はまだ開発されてないんだよね特殊核鉄。登場はピリオドの後のパピヨンパークですよね」
リバース博士. 「ふっふっふ。実はね。ごしょごしょ」
ブレイク君 「えー! ウィル君が未来から持ってきたんだー! すごーい!!」
「あの、この辺りで読むのやめていいスか?」
「だめ」
「ブレイク……漫画の中とはいえ目に星浮かべて驚くな……」
軽い頭痛に耐えながら必死にテキストを読む。ブレイクとリバースを可愛らしくデフォルメしたキャラが妙なテンションで
説明をしている。ヘンな漫画だった。「文章:ディプレス=シンカヒア/イラスト:クライマックス=アーマード」という注記は見
なかったコトにする。
リバース博士. 「細菌型の研究が難しかったので使ってみましたパピヨニウム!」
ブレイク君 「無数の細菌が1つの意識を共有できるのはパピヨニウムの効果あらばこそなんだね」
リバース博士. 「うん。核鉄に精製すれば肉体強化可能な鉱物だもの」
ブレイク君 「ホムンクルス幼体に使えば性能上がるよねー」
リバース博士. 「更に武装錬金特性とも相まって核鉄のような効果を出せます」
ブレイク君 「どういうコトですかそれは?」
リバース博士. 「リルカズフューネラルには決まった形状がありません」
リバース博士. 「”会社”という突き詰めればとてもとても観念的で精神的な存在なのです」
リバース博士. 「それを唯一実証してみせているのが細菌状態のリヴォルハインさん」
リバース博士. 「彼は社長であると同時に雇用契約であり労働規約であり社訓なのです」
ブレイク君 「武装錬金発動とどう関係しているのですか?」
リバース博士. 「矛盾しているとは思いませんか? 持つ者が秘めたる戦う力を形に変える」
リバース博士. 「それこそが武装錬金。にも関わらずリルカズフューネラルには形がありません」
ブレイク君 「つまりそれって……」
リバース博士. 「私の学説ですが武装錬金発動時のリヴォルハインさんはとてもあやふやな存在なのです」
リバース博士. 「核鉄によって精神を形にできているのかいないのか分かりません」
リバース博士. 「前述の通り彼は自らの存在を以てしてようやく社員との繋がり、民間軍事会社の存在を証明しています」
リバース博士. 「ならば彼自身が……武装錬金になっている可能性さえあります
リバース博士. 「もしかすると彼という存在の一部は核鉄と混じり合ったまま精神世界のどこかに溶けているのかも知れません」
リバース博士. 「そもそも彼の武装錬金が民間軍事会社というのはあくまで自己申告の結果そうなっているだけです」
リバース博士. 「実はもっと違った、私たちにも想像のつかないおぞましい兵器という可能性さえ孕んでいます」
リバース博士. 「武装錬金の形状が、見えないのですから」
ブレイク君 「非常に不安定」
リバース博士. 「あくまで仮説ですが、社員に巣食うリヴォルハインさんは」
リバース博士. 「具象化と観念の境界線上を行ったり来たりしているのかも知れませんね」
ブレイク君 「揺らぎのなか時おりごく一部とはいえ核鉄を核鉄のまま現出してしまう
ブレイク君 「そして核鉄がわずかに発動してしまった社員さんの武装錬金を」
ブレイク君 「リルカズフューネラルの特性で何倍にも強化し、無理やり発現させている」
リバース博士. 「そういう可能性が、あります」
頭痛ぇよ!! なんだこの武装錬金ワケの分からない!!」
悲鳴を上げながらテキストを机に叩きつける。この晩いろいろ厄介そうな能力持ちに遭遇したがこれは段違いだ。
「ひひっ。りう゛ぉ坊は色々規格外じゃからのう。まぁ、漫画好きのでぃぷれすだのくらいまっくすだのといった連中が悪乗り
してわざわざ小難しく書いとるという節もあるが……」
あまく細い息が横から聞こえた。
「ま、りるかずで発動する武装錬金はの、正規の手段で生まれる奴より三枚も四枚も劣る。しかももともと戦士でもない輩の
武器じゃろ。修練不足も相まって絶大な戦闘力というのはあまり期待できん」
「何でしたっけ? 貴方達と敵対してる組織。音楽隊? そのリーダーの武装錬金より下ってコトですか?」
「まあのう。あっちがコピーするのは「戦いの経験がある奴が」「正規の手段で発動した」奴じゃからの。相性によって復元率
が上下するとはいえ武器の体裁は成しておる。こっちはまあ、歪じゃな。リルカズで生まれるのは不完全な武器が多い。
当てよう如何でホムンクルスは斃せるが……」
「……だったらあまり意味なくね?」
「いやいや。りう゛ぉ坊からの知識提供や肉体強化でそれなりには戦える。それに」
「それに?」
「ひひっ。能力というものに本来上下はないよ。使いようによっては単なる武器複製より役立つこともままある……。まった
く盟主様め味な真似をしおる。ひひ。御蔭でまれふぃっくあーす探しが捗(はかど)りそうじゃわい」
「何の話だ……? というか、あんたは──…」
「細かいコトはどうでも良いのだ!!」
リヴォルハインはやにわに立ち上がり胸を力強く叩いた。
「及公、大義をお持ちだ! 錬金術の闇を払拭し総ての人々を救うという大義が!!……それを達するためにはレティク
ルの技術力はとても魅力的である。他の共同体や戦団が10年かかっても作り出せぬものがココでは1年で呆気なくだ!」
「声大きいって!」
少ないとはいえ何事かと他の客たちがこちらを見ている。まあまあとリヴォルハインを制止しながらわざとらしく、もう前の
お店でお酒飲み過ぎたんだから~と声を上げる。酔客か。ウェイターも客たちもめいめいの世界に戻った。
「何百年も前から固まりきった陋習、誰もが『どうせ無理だろう』と思っているルールは並のやり方では打破できん!!!
及公かつて人を守る組織に居られたが、そこは目先の犠牲を恐れるあまり抜本的な解決などまるでしようとしなかったの
である。そして新たな犠牲が……」
「は、はいはい分かりました。そうですね~。今の世界は大変デス」
「問題を先送りにし後世に迷惑をかけるぐらいならこの時代で決着をつけるべきである!! 犠牲は確かに避けられん!
だが! 現在(いま)いま『どうしようもないルール』を解決しておけば10年後100年後泣かされる人間はいなくなる!」
「分かります。分かります」
「そして正々堂々の戦いにおいて希望がかなうという前例を!! 及公は仲間たちにお見せしたい!! きちんと努力し
きちんと正しい行為を行えば願いがかなうとお教えになるのだ!! されば仲間を救えると、及公常々信じられておられ
る!!」
「もうそろそろ静かにせんかい。りう゛ぉ坊」
隣の席が引かれ誰かが座った。不意の声はあまりに自然に入ってきた。一拍遅れの反応。はつと瞠目しそちらを見る。
(……子供?)
深夜のファミレスにいるのが不自然すぎる年齢の、少女だった。すみれ色の髪を後ろで纏めている。いわゆるポニーテー
ルの付け根には装飾付きの大きな簪(かんざし)が突き刺さりフェレットやマンゴーが可愛らしく揺れている。
服装はシックな黒ブレザーだ。赤いスカーフを巻き長袖をだぼだぼさせているところはそこはかとない愛嬌がある。
(さっきからしていた声は、このコの……?)
視線を感じたのだろう。彼女はくるりと金髪ピアスを一瞥すると人懐っこい笑みを浮かべた。
「おう。初めましてじゃの。その後大過ないかの?」
「あ、ああ」
いやに古風な物言いだ。よく考えると矛盾もついでに孕んでいる。どう対応していいか迷っていると彼女はテーブルに細
い両手をまっすぐに投げ出した。メニュー表を眺めているらしい。大きく背を丸め胸を机に押し付けている様はあまりに行
儀が悪いが諫めていいか迷われた。初対面というのもあるが少女はひどく楽しそうだった。鼻歌を歌いながら両足をばたつ
かせとてもとても嬉しそうに双眸をきらめかせていた。
(まさか待ち合わせ相手? 仲間、なのか? リバースとかディプレスとかの)
それにしてはあまりに幼すぎる姿だ。助けを求めるように見たリヴォルハインは驚きの笑みを浮かべた。
「ごばーちゃんだ! ごばーちゃんがきたー!!」
「はいはい来てやったぞ。でも話は後な。な。しばらく黙っとれ」
「うん!! 黙る!! 及公沈黙を守られるのである! でもご飯食べたら遊びたいのである!!」
「はいはい」
やがて少女は「じーぐぶりーかー!! 死ねえ!!」と明るく叫びながら掌を「お呼びください」のボタンに叩きつけた。
「ご注文は?」
「全めにゅーを6人分!!」
ええええええええええええええ。唖然とする金髪ピアスをよそに少女は諭吉の束を3つぐらいテーブルに叩きつけ「これだけ
あれば足りるじゃろう」。満足そうに頷いた。
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