「天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 ~惑いて来たれ、遊情の宴~ 西行寺幽々子VSレミリア・スカーレット」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 ~惑いて来たれ、遊情の宴~ 西行寺幽々子VSレミリア・スカーレット」(2011/05/12 (木) 22:18:47) の最新版変更点
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「妖夢さん…彼女は、西行寺殿は、そこまで強いのですか」
「強いか弱いかでいうと…むしろ弱い部類です」
「弱い部類」
それは、少々…いや、相当にまずかろう。
吸血鬼という種族自体が身体能力・戦闘能力に関して地球上に存在する全生命体をひっくるめても上位の存在だ。
更には数々の奇蹟を実現する、無数の特殊能力をも備えている。
銀や日光に代表されるように弱点こそ多いが、それを補って余りあるほどに強く―――カリスマに溢れる。
人間がどれだけ夢想しても届かない神秘を、彼らは星の数ほど手にしている。
だからこそ人は彼等を散々忌避しながらも、魅せられ、時には神々の一柱として信仰の対象にすら祭り上げる。
まして相手はレミリア・スカーレット。
齢500を数える、最強の吸血鬼。
「なら、レミリアと闘って勝てる見込みはないのでは?」
「というか幽々子様がまともに殴り合いなんかしたら、下手すりゃそこらの低級妖怪にも負けます」
妖夢はそう語りながら、しかしその顔にはまるで不安はない。
主が負ける事などあり得ないと、確信しているかのように。
「それでも、まるで問題ありません―――どんな<強さ>だろうと、幽々子様の前には意味を成さない」
「意味が、ない」
「そう」
妖夢は言う。
「例え吸血鬼だろうが何だろうが…幽々子様の前では、無為に、無意味に死ぬだけ。そこから逃れられるのは、極々
僅かな例外として、死を超越した文字通りの不死身だけです。あのレミリア・スカーレットとて不死身に限りなく近い
生命力の持ち主でしょうが…完全な不死身ではない。ならば、幽々子様からは逃げられない」
「我が主・西行寺幽々子の<死に誘う程度の能力>―――其れは、誰も逃がさない」
漆黒の翼を広げ、月を背にしたレミリアは冷徹な女王の笑みを浮かべる。
吊り上がった口の端で、長く伸びた牙が月光に煌いた。
レミリアから絶え間なく放たれる真紅の霧が蠢き、無数の魔法陣を形成する。
「来たれ、我が従僕共―――<サーヴァントフライヤー>!」
魔法陣から無限とも思える程の蝙蝠が一斉に飛び出し、烈風を巻き起こしながら幽々子に向かう。
レミリアの魔力によって生み出された、呪われし蝙蝠。
彼等はその翼で肉を切り裂き、牙で血を啜るのだ。
相手が、普通の人間や妖怪であるならば。
だがそこにいるのは、西行寺幽々子だ。
死を操り、死を司り、死を誘う、亡霊姫。
その身を喰らうべく蝙蝠の群れが襲い掛かった一瞬、幽々子から凍て付くような霊気が迸る。
レミリアが放つ真紅の霧よりも淡い、桜の色をした霧。
幻想的な光景だったが、それがもたらすものはただ一つ―――<死>。
蝙蝠はそれに触れた瞬間、蒸発するように消し飛んだ。
―――誰かを、何かを<殺す>ためには、何らかの手段が必要である。
圧倒的な腕力で、物理的に。
それとも剣で斬り捨てるか。
もしくは毒を盛るという方法もあろう。
いずれにせよ、何もせずに<殺す>事は不可能だ。
しかし。しかし―――西行寺幽々子だけは、別だ。
神が、或いは悪魔が彼女に与えた<死に誘う程度の能力>。
意味もなく理由もなく際限もなく。
彼女がその気になれば、それだけであらゆる命は彼女の掌の上。
命ある者にとって其は、聳え立つ巨大な壁といえよう。
だが。
レミリア・スカーレットとて、自他共に認める幻想郷最上位級の大妖。
その壁を、むしろ楽しむかのように不敵に見据えていた。
「なら、これはどうかしら…?」
指先からパックリと傷口が開き、そこから噴水のように血が溢れ出す。
鮮血は蠢きながら形を成し、真紅の鎖となった。
それを掴み取り、ヒュンヒュンと風を切りながら振り回す。
「捕縛せよ―――<チェーンギャング>!」
レミリアの手から放たれた鎖がのたうつように蛇行し、旋回し、幽々子に向かう。
「無駄よ」
その鎖もまた、幽々子に触れる前に錆びて崩れて腐り落ちた。
「さて、こっちも反撃してみようかしら?」
幽々子の周囲を取り巻く霊気が変質していく。
それは―――蝶。
誰もが見惚れずにはいられない程に美しい、桜色の羽を持つ、無数の蝶だった。
だがそれがもたらすものは、臨死の恍惚。
「死符―――<ギャストリドリーム>」
蝶が一斉に飛び立った。優雅に舞う、幽雅に踊る、桜色した揚羽蝶。
その全てがレミリアに群がって、その矮躯を覆い隠す。
「このっ!」
魔力を噴出させて消し飛ばすが、そこから逃れた蝶が肩に、腕に、足に止まる。
溶けるように身体に染み込み、腐食させていく。
吸血鬼の持つ再生能力すら、作用しない。
レミリアは鬱陶しげに患部を引っ掴み、周囲の健康な肉ごと抉り出していく。
ようやく働き始めた再生能力でダメージは回復していくが、戦闘状況は明らかによくない。
遠距離戦は不利。
接近戦なら圧倒的にレミリアに分があるだろうが、そもそも近づけば死が待っている。
<死に誘う程度の能力>を発動している限り、幽々子はまさに無敵だ。
その防御を、崩さぬ限り。
「だったら、崩せばいいだけよ」
地上に降り立った吸血姫は、大地に掌を押し当てた。
「ハァッ!」
気迫と共に溢れ出した強大な力が、大地へと伝わっていく―――
ドゥン―――!
吸血鬼の異能<力場思念(ハイド・ハンド)>。
手を触れる事なく物体を動かす、いわゆる念動力。
それをレミリアは、この大地そのものに対して使用した。
即ち―――地球の核に向けて。
地軸が揺れ、傾き、震える。
突然の暴挙に、泰然としていた幽々子が足を縺れさせ、バランスを崩す。
能力の発動が、途切れた。
それが、狙いだった。
それだけの為に―――レミリアは、地球を動かした。
紅の閃光と化して、矢のように幽々子へと襲い掛かる。
瞬時、幽々子は身を捩りながら<死に誘う程度の能力>を再び発動させる。
交錯。
再び距離を取る両者。
幽々子は右腕を裂かれ。
対してレミリアの右腕は、幽々子の能力に侵食され、今にも崩れ落ちそうに腐れている。
忌々しげに、残る左手で使い物にならなくなった右腕を肩口からブチブチと引き千切る。
すぐさま肉の断面からゴボゴボと血の泡が吹き出し、細胞が凄まじい速度で増殖していく。
数秒後には、何一つ変わらない新品の右腕が出来上がっていた。
「ナメクジ星人?」
「いいえ、吸血鬼の力よ」
軽口を返してはいるが、レミリアの表情は優れない。
西行寺幽々子が相手では、手傷を負わせるだけでこのザマだ。
肉を切らせて骨を断つ―――どころか、腕一本失って僅かに肉を裂いただけ。
しかも彼女は、まだまだ本気とは言えない。
だがそれは、レミリアも同じだ。
黒き翼で、空へ舞う。
「本当の殺し合いは、ここから…って所ね」
再び、臨戦態勢に入って―――
レミリアと幽々子は、眉を顰めた。
二人の間に、割って入った者がいたのだ。
「…御二方。もう、おやめ下さい」
レミリアと同じく、紅を纏う吸血鬼―――<銀刀>望月ジロー。
「これ以上はどちらが勝っても、お互いにただでは済まない」
「控えろ。百年そこらしか生きていない若造が」
牙を剥き出し、鮮血のような眼でジローを睨み付ける。
「甘い顔をすれば付け上がったか?貴様に、この闘争を邪魔立てする権利などない」
「それは確かに、仰る通りです」
けれど。
「西行寺殿にはレッドやヴァンプ将軍共々、世話になりました。レミリアも私やコタロウにとっては、友人です」
ジローは慎重に、そして真摯に訴えかける。
仲裁し―――調停する。
「どうか、ここは矛を収めて下さい。御二人に何かあれば…コタロウが悲しみます」
「…………!」
その名を聞いた瞬間に、磐石の筈のレミリアの闘気が揺らぐ。その瞳には、ありありと迷いが浮かんでいた。
幽々子も同様だ。目を伏せ、静かにレミリアの反応を待っている。
「…卑怯ね」
レミリアが口を尖らせる。
「コタロウの名前を出せば、私も幽々子も引かざるを得ない…そうタカをくくってるんでしょう」
「いやはや、情けない限りです。何せ臆病者でして、このくらいしか貴女方を止める方法がないのです」
「…本当に臆病な奴ってのは、いつだって何もしない傍観者よ」
ゆっくりと地上に降り立ったレミリアから、燃え立つような鬼気は既に失せている。
「いいでしょう。身の危険を顧みずに割って入った勇気に免じて、此処はあなたの顔を立ててあげる」
「そうね。私も賛成」
腕の傷を止血しながら、幽々子もそう言う。
「ああ、クタクタ。やっぱり私みたいなお嬢様が肉体労働なんてするもんじゃないわ」
「よく言う、タヌキめ」
「あら、私タヌキは好きよ。美味しいもの」
「フン。まあどうでもいいけど、ボロボロにされたドレスは弁償してもらうわよ」
「いいわよ。領収書の宛名は<白玉楼(幽)>でね」
幽々子の人を喰った言動に対し、レミリアは小さく舌打ちしつつ、ジローの眼前で握り拳を作る。
その手を開けば、何処から取り出したものか、純白の封筒が掌に載せられていた。
「さあ、ジロー。ゴタゴタしたけど、今夜はこれを渡すために来たのよ」
「これは…」
品のいい金の縁取りを施した洋封筒。ジローはそれを、丁重に受け取る。
「我が城<紅魔館>にて明日、私の準々決勝進出を祝して、パーティーを行う」
いささか得意げに胸を反らし、レミリアは言う。
「望月ジロー、そして望月コタロウ。あなた達兄弟を、紅魔館へと招待する」
そして、空へと羽撃(はばた)いた。
「ヴァンプ将軍や、あの赤いヒモ男にも声をかけておくといい。目出度い席だ、無礼講でいこう」
ジローを見下ろして、その時ばかりは外見相応に可愛らしい仕種でウインクする。
「待ってるわよ、ジロー。楽しみにしているわ―――」
その姿が、歪んで霞んで赫色の霧と化す。夜風に流されるように消えていく。
そして静寂。
先程までの死闘が嘘のように、静まり返った。
「紅魔館…パーティー、ね。御馳走は出るかしら?」
「まだ食べるんですか、貴女」
「育ち盛りなの」
豪快な嘘を吐いた。亡霊に育ち盛りもクソもあるはずない。
「それはともかく…行くの?どうせロクな事にならないわよ」
「…正直、嫌な予感はあります」
ジローは重々しく頷いた。実際、嫌な予感だけはよく当たるのだ。
しかし…レミリア・スカーレット程の者からの、直々の誘いだ。
無下にする訳にもいかないだろう。
そうでなくとも。
ジローは、ある意味ではレミリアに強く惹かれている。
危険な存在だと認識しながらも、己の数倍もの時間を重ねたその血に、畏敬の念を禁じ得ない。
吸血鬼とは古き血が持つ重みに対して、本能的に一方ならぬ敬意を抱くものだ。
それらを鑑みれば、答えは決まっている。
「鬼が出るか蛇が出るか…紅魔館、行くしかないでしょうね」
―――結果的にはこの嫌な予感も、見事に的中する事となる。
望月ジローは紅魔館に巣食う<悪魔の妹>との、命懸けの遊戯に興じる羽目になるのだから。
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