「やさぐれ獅子 二十日目 43-1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「やさぐれ獅子 二十日目 43-1」(2007/02/11 (日) 14:11:41) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
『香取大明神』『鹿島大明神』
掛け軸となりて神心会本部道場を守護する神々。
長年通っていた聖地とはいえ、ところどころがぼやけてしまっている。加藤は最大トー
ナメントが終わってからは、再び闇社会に堕ちていたためだ。
しかし、この人だけはぼやけることがない。たとえ何年会わなかろうと。
耳を澄ませば、声すら聞こえてくる。
「……ぇな」
「……だとッ!」
「──ったく、おめぇといい末堂といい、分かっちゃいねぇな」
「なんだとッ!」
「これが三戦ってんだよ……。攻守に長け、なによりバランスがいい」
「バランス……」
「船の上で考案された代物だからな。あいつにもいったが、電車の中で喧嘩売られたら試
してみな」
回想を終える。と、加藤はごく自然に三戦立ちの体勢となっていた。
「館長、ありがとう。俺はもうこれに賭けるしかねぇ」
背水の陣。もし三戦が通用しなければ、城の落下と同時に加藤は吹き飛ばされ、彼にお
ぶられている井上は絶命を免れない。
二人の命運は、琉球の格闘士が試行錯誤の末に生み出した型“三戦”に委ねられた。
腹式呼吸で、精神を統一する加藤。
程なくして、急速落下が始まった──。
浮かばない。
先の二回はいとも簡単に天井に叩き上げられていた加藤が、微動だにしない。
(これが……三戦ッ!)
これが優れた型だということはとうに知っていた。事実、師匠である独歩は豪腕を誇る
リチャード・フィルスのパンチをこの構えで無力化している。
知っていたとはいえ、これ程とは。喜びと驚きを噛み締める加藤。
結果、三戦は降下から着陸まで、加藤と井上を完璧に護りきった。
「よし……ッ! こっから反撃開始だぜ、このクソ城がァッ!」
自ら落下して、中にいる人間を浮遊させて壁や天井にぶつける。城からの攻撃はこれだ
け。すなわちこれを破った今、城は無力も同然。
さて、どうやって加藤が反撃するかというと、
「セリャアッ!」殴るだけであった。
鍛えた拳をひたすら壁にぶつける、ぶつける、ぶつける、ぶつける、ぶつける。
材質は石。一流ならば、素手でも十分に壊せるレベルだ。
「キョアッ!」ひびが入り、
「セイイィィィッ!」ひびさえ砕け、
「オルアッ!」穴が開く。
この調子で、あちこちの壁を砕いていく。さらに、城は自ら行っている上下運動のせい
でどんどん自壊していく。
やがて亀裂は城全体に及び、何度目かになる着陸の際、加藤は井上と一緒にそっと城を
降りた。
そして、再度追跡モードに移行した城だったが、もはや崩壊寸前。
「あばよ」
加藤がこういうと、城中に奔っていたひびがひとつに繋がり──城は散華した。
城、消滅。
やはり今までと同じく、城を構成していた破片はいずれも溶けてなくなった。歓喜はも
ちろん、一抹の寂しさも覚える加藤。
一方、井上は気絶から睡眠に移行していた。命に別状はなさそうだ。
「………」
そばに井上を寝かせ、ボーッと体育座りで海岸に佇む加藤。水平線を特に意味もなく眺
める。
そんな加藤に、後ろから声をかける者があった。ヤツしかいない。
「おめでとう」
「……来たか」
武神だった。さして心のこもっていない口調で、加藤を褒め称える。
「よくぞ今日まで生き延びた。もう君は東京でも立派に通用するだろう。ただし、あと十
日間耐えねば水泡に帰すがな」
「分かってるよ」
武神が話題を変える。
「さて、あのお嬢さんの処遇だが、どうする」
ついに来た。井上が口を利けない今、加藤が決断をしなければならない。だが動揺はあ
れど、迷いはなかった。すでに彼の心は決まっていた。
「俺たちがいた世界に、帰してやってくれ……」
「分かった。そうしよう」
武神は横たわっている井上を、両腕で抱え上げた。出会ってしまったからには絶対に避
けられぬ、別れの刻(とき)。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: