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「~惑いて来たれ、遊惰の宴~ 一触即発」(2011/04/24 (日) 20:01:16) の最新版変更点
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夜を照らすは、幽(かす)かな月光。
時に暴力的に焼き付ける太陽の光ではなく、包み込むように淡く、優しい温もりだ。
「またしても人の家に入り込んで、好き勝手な事ばかり言って…傲慢ね、吸血鬼(ヴァンパイア)」
優艶にして幽玄なる亡霊姫―――西行寺幽々子。
「あら、御免あそばせ。あんまりにもボロっちいから、廃屋かと思ってしまったわ、亡霊(ゴースト)」
可憐にして苛烈なる吸血姫―――レミリア・スカーレット。
「…………」
彼女らの対峙を、ジローは息を詰めて見守る。
言葉こそ剣呑だが、幽々子もレミリアも本気で怒っている様子ではない。
両者ともに、口論を楽しんでいる風情がある。
ありがたい事だ、とジローは胸を撫で下ろす。
レミリアの強大な異能力と、サンレッドにも匹敵しうる絶大な戦闘能力は既に知っている。
幽々子の力は未知数だが、こうしてレミリアと平然と向かい合っている事から見ても、決して弱くはなかろう。
そんな二人が激突するような現場には、正直居合わせたくないというのが本音だ。
「で、かのレミリア・スカーレットともあろう者が、どういう御用件なのかしら?」
「さっきも言った通りよ。ジローに会いに来たわ」
ジローを見つめて、レミリアは意外な表情を浮かべた。
それは友好と、親愛の微笑み。
「こんな辺鄙な場所で、折角出会えた吸血鬼の仲間ですもの。仲良くしたいと思って」
「嘘ね」
幽々子は、断じる。
「いえ…というより、本当の事を半分しか言ってない。貴方の目当てはコタロウでしょう。まずは外堀から埋めよう
と、ジローに近づくのかしら」
「あら…邪推ね。そんな事しなくても、コタロウとは、もうお友達よ」
「レミリア・スカーレット。貴女が賢者イヴに憧れるのも、崇敬するのも勝手だわ。けれど、そんな感情をジローや
コタロウにまで押し付けないで」
「勝手なのは貴様だろう、西行寺幽々子」
ざわり―――と、大気が揺らぐ。
レミリアの目が見開き、紅き瞳が憤怒で爛々と輝いている。
「貴様や八雲紫はどうなんだ。あの方の―――賢者イヴの事があったから、ジローとコタロウの世話を焼いている
のだろうが。自分達はよくて、他の奴はダメ?巫戯化(ふざけ)るなよ」
「レミリア…」
「ああ、そうだとも。あの方の事があるから、私は二人に興味を持った。切っ掛けは確かにそうだ。だが、切っ掛け
など、それでいいだろう!興味を持った、だから色々と話をしたい、友達になりたい―――それの何が悪い!」
「―――何も、悪くなどありません」
それまで口を挟まず、二人のやり取りを静観していたジローが口を開いた。
「貴女は何も悪くありませんよ、レミリア」
「ジロー…よしなさい、こいつは危険よ」
「西行寺殿。心配して下さって、ありがとうございます…けれど」
彼女は、私に会いに来てくれたのです。ジローはそう言った。
「少なくとも、我々と友達になりたいという…そんな彼女の言葉に嘘や悪意はない。そう思います」
「それは…そうだけど」
「だから二人とも、そう喧嘩腰にならず。話くらい付き合いますよ」
ジローは帽子を取り、恭しく腰を折って、レミリアに向けて手を差し出す。
「幼くも偉大な真紅の姫君。こんな皮肉屋の青二才でよければ、貴公の夜の御供を」
「ジロー…」
その手を、レミリアは握り返そうとして。
「ダメですよ、ジローさん。侵入者を甘やかしちゃ」
―――レミリアの細く白い首筋に、刃が押し当てられた。
「こういう手合いは少し、痛い目見せないと反省しないものです」
月明かりを反射し、鈍く煌めく長刀。
装飾の殆ど施されていない、無骨な鋼。
それを握るのは対照的にたおやかな細腕。
肩で切り揃えられた白銀の髪が、夜風に靡く。
西行寺家が専属庭師にして西行寺幽々子様の警護役かつ剣術指南役―――魂魄妖夢。
酔い潰れていたはずの彼女ではあるが、その顔は既に素面(しらふ)に戻っている。
そう―――どれだけ普段、態度が悪くても、彼女は有能な剣士であり、西行寺家に仕える忠実な従者だ。
不穏な気配を察知すれば、すぐさま駆け付け、敵を討つ為に動き出す。
音もなく、静かに、だが素早く彼女は忍び寄り、レミリアへと肉薄していた。
<半人前>などと呼ぶにはいささか失礼ともいえる、卓越した足運びだった。
だが。
冷たい刃の感触を首に受けながら、レミリアには一切の動揺がない。
ただ静かに、妖夢の目を見ていた。
「さて…真面目な貴女は、不法侵入者である私を斬りに来た、と」
「それ以外に何がある」
「出来るかしら?」
「出来る出来ないじゃない…斬る!」
そして、言葉通りに刀を―――振るえなかった。
「…え?」
それどころか、指一本動かせない。全身が、石のように硬直している。
「こ…これは…!」
「だから半人前なのよ。吸血鬼相手に、目を合わせるなんて…」
吸血鬼の持つ異能が一つ―――
<視経侵攻(アイ・レイド)>。
視線を媒介として魔力を直接送り込み、対象の精神に干渉し、支配する魔術。
吸血鬼にとっては念動力である<力場思念(ハイド・ハンド)>と並び、基本ともいえる能力だが、同時にあらゆる
魔術の基幹でもあり、応用の幅は広い。
特に、レミリアのように強大な吸血鬼ともなれば、一瞬にして妖夢の自由を奪う事など、造作もない。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ―――とは有名な言葉だけど、ねえ、妖夢」
その指先が―――鋼をも容易に引き裂く指先が、妖夢の首筋にかかる。
「貴女…覚悟があって、私に剣を向けたのかしら?」
「あ、う、ううう…!」
「心配ないわ。殺す気までないから」
レミリアは―――真紅の悪魔は、見る者の背筋を凍らせるような、凄絶な笑顔を浮かべる。
「ちょっと、生まれてきた事を後悔してもらうだけよ」
「ひぅっ…」
「―――!いけません、レミリア!彼女をはな―――」
「手を、離しなさい」
決して大きくはない、だが、有無を言わせぬ言葉。
―――西行寺幽々子。
だがそれは、普段の人を茶化したような彼女ではない。
其処にいるのは冥界を支配し、亡者を支配し、死そのものを支配する、幻想郷最強の亡霊だ。
反射的に、レミリアは妖夢を突き飛ばす。身体も動かせぬまま、受け身も取れずに倒れこみそうになる彼女をジロー
が支えた。
どれだけのプレッシャーがかかっていたのか、妖夢はまるで雨に打たれたように汗で全身が濡れている。
レミリアはもはや妖夢には目もくれず、幽々子を睨み付けた。
「言っておくけど、今のは正当防衛よ」
「我が庭を踏み荒らした侵入者がふてぶてしい…ジロー」
幽々子は、ジローに目配せする。
彼女の目はこう言っている…妖夢と一緒に、安全な所まで避難しなさい、と…。
その意図を察し、ジローは妖夢を抱えて白玉楼の屋根へと飛び乗った。
妖夢の細い体躯を、静かに横たえる。
「妖夢さん、しっかり」
「だ、大丈夫…と、言いたいんですが…まだ、身体が…」
「…失礼」
妖夢の目を覗き込み<視経侵攻>によって、彼女の精神へと入り込む。
その中に巣食うレミリアの魔力の残滓を、一つずつ丁寧に断ち切っていく。
程なくして、妖夢がぎこちないながらも自力で起き上がると、ジローは安堵の息を漏らした。
「レミリアが全力でなくてよかった。彼女が本気だったら、私では手の施しようがない所でした」
「はあ…なるほど。あれで彼女なりに、手心を加えていたという事なんですかね」
気落ちした様子で、妖夢は顔を伏せる。
「ざまぁありません。どや顔で出てきてこれです…すいません。私、相当に空気読めない事をしましたね」
「全くです」
「こんなザマでは、ミストさんの事を笑えません」
「いや、誰ですかそれ」
「神霊廟で自機返り咲きなもんで、ついついテンション上がっちゃって」
「悪い方向に上げすぎです…それはまあ、置いといて」
ジローは腰に提げた鞘から、銀刀を抜き出す。
「何をするつもりですか、ジローさん」
「無理かもしれませんが…止めに入ります。あの二人が闘えば、ただではすまない」
「無理です」
断言された。
「下手に割って入れば、死ぬだけです」
「しかし…」
「死ぬだけですよ。特に…」
妖夢は、己の主を―――西行寺幽々子を見つめる。
死を司る、亡霊姫を。
「特に、幽々子様の邪魔をすれば、死ぬ以外にはありません」
赤く、紅い―――鮮血の如くに緋い吸血鬼が、牙を剥き出しにして嗤う。
「いい加減に適度に話を進めて、いい具合に適当に殺し合う…ふふ。こういうのも、我々らしいかしら?」
その矮躯から噴出し、迸る力が、真紅の霧へと形を変えていく。
吸血鬼がその力を振るう際、その身から自然と漏れ出す幻の霧―――<眩霧(リーク・ブラッド)>
だがレミリアの眩霧は、既に物理的な破壊力すら秘めている。
弱い妖怪ならばそれに触れただけで、瞬時に灰と化してしまうだろう。
対して。
白く、淡い―――桜花の如くに儚い亡霊姫が、扇を広げて幽雅に微笑む。
「あら、殺し合いなんて人聞きの悪い…これから始まるのは、一方的な処刑よ」
じわじわと。じりじりと。じくじくと。
幽々子の発する霊気に触れた草花が萎れて、枯れて、腐り落ちていく。
原因もなく、過程もなく、意味もなく、ただ<死>という結果だけが、そこにはある。
<死>
それこそが、西行寺幽々子の本質であり、本性だ。
対立する二人は、同時に吼えた。
「―――花のように散るがいいわ、白き亡霊!」
「―――灰に還って散るがいいわ、紅き悪魔!」
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